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全てのクルマからビッグデータを集める国、シンガポールの交通事情 慶應大学 特任准教授 佐藤 雅明 氏 インタビュー

2017/3/2(木)

 

 慶應義塾大学 政策・メディア研究科学部 特任准教授 佐藤 雅明

 

ISOの国際専門家であり、慶応義塾大学政策・メディア研究科 特任准教授である佐藤雅明氏。プローブ情報システムという名前が初めてつけられたという会議に参加するなど、20年以上にわたり最前線でインターネットとクルマを研究し続けている。現在、慶應大学から派遣研究員としてシンガポール国立大学に赴任している佐藤氏に、プローブ情報を生かした渋滞緩和政策や、現在シンガポールで最も注力されているという完全自律運転について伺った。

 

シンガポールと日本の架け橋に

モビリティサービスてくモビリティサービステクノロジー

 

――シンガポール国立大学で派遣研究員として、現在どのようなことに取り組まれていますか?

2009年にシンガポールが国外の研究機関と連携し、次世代のシンガポール産業育成につなげるという2国間連携のプロジェクトがありました。シンガポールの生活に根差した取り組みを日本の企業と行ってくれないかという依頼があり、シンガポールに行くことになりました。

 

シンガポール国立大学は国立ですので、シンガポール政府からの質問にお答えしたり、ISOでの活動を紹介したりもしています。慶應大学から赴任していますので、日本企業がシンガポールでビジネスやITSに関する取り組みを行う際に、共同で研究を行っています。交通や道路に関する分野は、一企業として実験を行うと不便なことが多いです。国立大学と日本企業が特定の目的で行っている実証実験であれば、周波数を利用できたり、成果について政府にコメントをもらえたりと利点は多いです。路車間・車車間の通信規格を作るコミュニティーのメンバーでもあるので、なるべくグローバルスタンダードに沿った提案をしながら、メンバーと相談して規格決めをしています。シンガポールと日本の架け橋になれればと思っています。

 

災害時やヒヤリ・ハットに生かせるプローブ情報

――シンガポール国立大学に派遣される前はどのような研究をされていたのでしょうか?

90年代後半からプローブ情報システム研究をしており、1996年にインターネット自動車を慶應大学で造りました。契機となったのは神戸の震災です。災害情報がインターネットで通信された初めての事例で、足りないもの、困っていることなどを通信でやり取りしました。クルマは人間と一緒に移動ができて、荷物も運べて、発電もできます。いわゆる最後の避難所であり、ライフラインになります。当時、最後まで動いていたコンピューターは、クルマからバッテリーを取っていました。

 

災害のためのシステムを利用するのは何十年に一度です。50年使わないと、いざというときに動きません。普段は交通情報を提供するようなサービスで、いざという時はライフラインとしてコミュニケーションができるというシステムが望ましいです。

そのためにはクルマそのものがインターネットとつながる必要があることを訴えたいと思いました。クルマがセンサー情報を集めるメリットを出すためにつくったのがABS動作状況による「ヒヤリ・ハットMAP」です。ABSの動作情報をもとにして、スリップしやすいところを調べる道路情報MAPなのですが、情報提供を依頼した自動車メーカーには難色を示されました。

事故を減らせる可能性を説明して、ABSの細かな制御情報ではなく、ランプのオンオフのインジケーターの情報を提供してもらいました。今ではナビゲ―ションシステムで実用化されており、凍結や路面スリップの情報が確認できます。これの前身となるシステムでした。

路側のインフラにVICSがなくなっても、インターネットを使って情報収集をしているので、スマートフォンさえあれば、渋滞情報や通れる道の情報を提供できるというのは便利です。今では、災害時に各メーカーが連携して情報を共有しているので、少しでも役立てたかなと思いますし、プローブをやっていてよかったです。

 


 

渋滞緩和のためのALSERP

――シンガポールはどのような国ですか?

広さは東京23区と同じくらいです。華人が7割強。全国の人口540万人のうち、4割近くは海外籍の人間で成り立っている国家です。国が強力なイニシアチブを持っていて、公団の民族比率まで統制されています。

 

国内の渋滞は、建国当初から深刻な社会問題です。シンガポールは貿易によって黒字を出しているので、物流が止まることで経済の伸びが落ちます。ですので、とにかく渋滞させてはいけません。1975年に世界で初めてロードプライシングシステム、ALS(Area Licensing Scheme)を一般道で導入しました。1998年には自動料金徴収システムERP(Electronic Road Pricing)を導入しています。

 


シンガポールで稼働するERPシステム

 

――ALSとERPの効果について、教えてください。

ALSはステッカーを買って、貼っていないクルマは市街地に入らせないというシステムです。ステッカーが貼ってあるかどうかは監視小屋から人が確認しています。これが劇的な効果を生み、自家用車の流入量は4分の1となり、交通量は44%改善されました。車両の平均時速も31kmに回復しました。次に、監視小屋のない道路や人件費、コスト面を解決するためにつくられたのがERPです。実質全てのクルマが車載器を装着しなければいけないマンダトリー(義務)になっています。フリーフローといってクルマを止めずに課金をする他、駐車場の料金収受や入退管理が可能です(EPS:Electronic Parking System)。日本でいうSuicaのようなカードも利用できるので、利便性が高いシステムで、ある程度の渋滞は抑制できました。しかし人口が3割増え、車両が6倍に増えたので、ERPだけではカバーしきれなくなってきました。そこででてきたのが次世代型のERP2.0と呼ばれているものです。

 

夢の値、プローブ情報の真値が取れる

スマートフォンや携帯電話のGPSを利用するので、どこにいても位置情報を政府が把握しており、渋滞が起こりそうになるとそこからお金を徴収することが可能です。ガントリーのようなシステムをつけなくても料金収受ができますし、渋滞が緩和されるとすぐに徴収を止めることもできます。普及率が100%のビッグデータを集めるのは世界初です。研究者からすると夢のような値で、真値がとれるのでシミュレーションの必要がありません。料金を変えたらクルマのフローがどう変わったのか、新しい道が増えた時のクルマの流量などを全部把握することができます。全てのクルマが同じ通信・プラットフォームが入っているので、車車間・路車間通信もできる大きな可能性を秘めています。自立型の料金収受も世界初で、ITSでは夢のジャンルの一つです。一般車両の位置情報全てを国がトラッキングしてロードプライシングするのはシンガポールしかできないと思います。個人情報はどこへ行ったという話ですよね(笑)政府は、国益や国の成長を考えて嫌な人はクルマに乗らないでくださいという強いメッセージで国民に語りかけています。これが実現できるシンガポールはおもしろいなと思います。

 

ERPを活用したCITIUS(キティウス)

 

――2014年に慶應義塾大学とシンガポール国立大学の研究機関・Keio-NUS CUTEセンターと三菱重工業が開発した「CITIUS(キティウス)※1」について教えてください。

 

※1「CITIUS(キティウス:Communication Infrastructure of Transport Information for Universal Service)」=シンガポールのバス車内向けに位置認識技術に基づく情報提供システム。バスの正確な位置情報に基づき、運行情報や店舗情報などの情報をリアルタイムに知らせるものです。GNSS(全地球航法衛星システム)を利用して次のバス停の情報や近辺のイベント情報、路面の凹凸や速度制限、急カーブなども取得できます。

 

ERPをバス2台に取り付けて半年以上動かしました。バスの中にデジタルサイネージがあり、路線情報を車内のディスプレーで見ることが可能です。シンガポールにはバスがたくさんある割には路線情報が少ないので、旅行者は助かると思います。他にも、ある店舗に向かう方のバスに向けて、今日は雨が降っているので空いていますなどの期間限定のプロモーションを出すことができます。また、ERPの車載器についている加速度センサーをベースにして急加速度を前後方向で取得できるので、ドライバーが安全運転しているかを把握することが可能です。バス停の待ち時間で乗降者の多さや利用の頻度、信号の待ち時間のデータも取れます。これらを生かして、安全運転をしているドライバーを表彰したり、事故が起こった時に安全運転をしていたという証拠データを基にドライバーを擁護してあげたりできます。他にもドライバーの教育など、さまざまなことに生かせます。このように、シンガポールのトランスポーテションの質を高めるという意味でERPは役に立ちます。

 


CITIUSは現在、NUSのキャンパス内で走行するバスで稼働している。

 

ビッグデータ市場は政府が切り開く

――ビッグデータを収集する際の個人情報はどのように扱われていますか?

ISOで「22837」というプローブデータフォーマットの国際標準を作っていました。その後個人情報の基本原則を作っていたときに、シンガポール政府から呼ばれました。そこでERPでプローブデータを集めた時にどうしたら国際標準に準拠する仕切りができるか、プライバシーの上で気を付けないといけないことは何かを聞かれ、いくつかアドバイスをしています。シンガポール政府がすごいのは、個人情報は全て国が集め、政府が責任を持って匿名化して、データはアノニマスプローブデータとしてサードパーティーに配り市場をつくっていくところです。オープンプラットフォームを政府が主導でつくるので、サードパーティーとしてはやりやすいと思います。

 

日本はバブルの頃、産官学連携で国力が増大していきました。シンガポール政府は日本の高度成長期に学んでいます。シンガポールには強力なメーカーが存在しません。これはメリットでもありデメリットでもあって、どんなメーカーとも組めるし、今一番旬な企業を誘致して実験してもらってビジネスをつくって他の国に売ることができます。

 

――シンガポールにおけるプローブ情報の収集度合いは、現在どれくらいですか?

ERP2が次に導入されるのは2020年といわれていますので、それ以降です。日本だとプローブ情報の収集の主体が不明確です。シンガポールは明確で、政府と国民との契約で集めることができ、国のインフラでオープンにすることも可能です。

 

――オープンデータと有料データの切り分けはどのようにされているのでしょうか?

ERPはそもそもロードプライシングのための仕組みですから、公開されるかどうかは政府の判断です。ERPベースで集めている渋滞情報は、条件さえ満たせば今購入することができるはずです。

 

無人運転に注力している

――SAVI(Singapore Autonomous Vehicle Initiative )について教えてください

シンガポールが今一番力を入れているのが自動運転で、SAVIが先導しています。政府や官僚は危機感を持っていて、景気を維持して発展するためにできることは全部やろうと思っています。

 

タイムラインとしては、2015年8月に自動走行車のトライアルがワン・ノース(※2)で行われて、2016年5月には自動運転でトラックを隊列走行させるための提案が出されました。2018年から2019年にかけてオペレーティングトライアルをして、2020年には自動運転を前提とした新しい街をつくり、走らせます。

 


※2 ワン・ノースは主要官民機関が入居するための3つの目的別研究施設。バイオポリス(バイオメディカル研究開発施設)、フュージョノポリス(情報通信、メディア、科学・エンジニアリングの各産業の研究開発専用施設)、メディアポリス(必要な設備を完備したデジタル・メディア・クラスター)があります。民間部門の研究所が公共部門の研究機関、3次医療機関、大学と同じ敷地内に入居し、官民の研究者間の連携を促進しています。

 

日本でいうITSコネクトのようなものやITSスポットについて、シンガポール政府はすごく勉強していており、路側にビーコンを埋め込んでいます。自動運転については、メーカーが考える自動運転と無人運転は随分異なります。無人運転はロボット技術がメインですので、従来のITSや自動車技術に強みがあるからといって必ずしも成功するとは限らない分野です。無人のモビリティサービスをしないと結局レベル3だろうが2だろうが同じで、人が乗っていないクルマは怖いという概念やクルマがもし人をはねたらどうするかという問題も解決できません。シンガポールは最初から完全無人運転という条件で技術を高めている国です。

 

限定エリアにおける完全自律運転車両は運用しないと何が起こるかわかりません。ワンノースなどの環境で知見を積み、安全という実績を重ねて事故の原因を探る必要があります。走らせないとその先にあるものではないですし、将来的に自律運転に乗る方たちの漠然とした不安を払拭できません。メーカーの見本市ではなく、ユーザーが良いと思うような自律運転車両を活用したユースケースやビジネスモデルをつくっていかないといけません。例えば、ユーザーは時速120kmで車線から全くはみ出さないクルマが欲しいのか、時速20kmでも安いクルマで移動したいのかを問う必要があります。自律運転がある暮らしをデザインして、ちょうどいい車両・サービス・技術を当てはめていくことが求められています。

 


 

シンガポールでは、各メーカーや企業とのしがらみのない前向きな取り組みが世界初の事例を多く生み出しています。交通や自動運転分野で他国の先駆けとなるための取り組みや姿勢からは、景気を維持して国を発展させていきたいというシンガポール政府の本気度が伺えます。

 

 

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