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浜松市がめざす「地域医療×MaaS」の最適解とは?

2020/10/27(火)

春野町の風景(提供:浜松市)

医療MaaS実証を行う春野町の風景(提供:浜松市)


離島や中山間地域など過疎や住民の高齢化が大きな社会課題となっている地域において、遠隔診療やドローン配送など「医療×MaaS」の取り組みが始まっている。

デジタルを活用した持続可能な都市づくりを掲げ、デジタル・スマートシティの推進を進める静岡県浜松市では、今秋から「オンライン診療と服薬指導・薬剤配送」の実証実験が始まる。

地域にとって持続可能かつ全体最適なサービスとは何なのか。医師会や企業と共に検討を進めている浜松市デジタル・スマートシティ推進事業本部の瀧本陽一氏に話を伺った。

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浜松市が主導する中山間地域での医療MaaS

静岡県浜松市が地域の医師会や企業などと連携して進めるのが「オンライン診療・服薬指導(薬剤配送)」プロジェクトだ。同プロジェクトは、経済産業省・国土交通省が主導するスマートモビリティチャレンジにも選定されている。

浜松市は岐阜県高山市に続き国内で2番目に広い市域面積を有し、過疎化の進む中山間地域から都市部まで、異なる条件の地域が多数内在している。その中で、特に中山間地域を中心に、公共交通の存続などの移動に関する課題だけでなく、医療や物販、宅配など生活サービスの維持も課題になっていた。

今回の実証実験では中山間地域の患者を対象に、移動診療車を用いたオンライン診療を実施する。さらに、オンライン診療を受診した患者に対して医師や薬剤師と連携してオンラインでの服薬指導やドローンなどを使った薬剤配送を行い、それらの運用上の課題や採算性を検証するという。

同プロジェクトは今年4月に発足した浜松市モビリティサービス推進コンソーシアム(以下、モビリティコンソーシアム)と連携して進めている。モビリティコンソーシアムの幹事は浜松市のほか、地域の公共交通を担う遠州鉄道、浜松市に本社を構えるスズキが共同で担う。さらにアドバイザリー会員として昨年度浜松市と連携協定を締結したMONET Technologies(以下、MONET)、内外から募集した48社(9月時点)からなる一般会員で構成されている。

浜松市デジタル・スマートシティ推進事業本部の瀧本陽一氏

浜松市 デジタル・スマートシティ推進事業本部 瀧本陽一氏



「春野町医療MaaS」オンライン診療と服薬指導・薬剤配送

実証実験の舞台は浜松市北部の中山間地域に位置する天竜区春野町。JR浜松駅から車でおよそ1時間ほどの場所に位置する。人口4,018人(10月1日現在)、高齢化率が約50%で、運転免許の返納によって通院が困難な住民が増えている。さらに、地域内にある5つの診療所の医師も高齢化し、通常診察と往診との対応など、地域医療の継続に課題を抱えていた。

「(オンライン診療の)サービス実装を見据えた時、いかに地域の中で持続的に維持・運用していけるかという課題が生じます。今回の実験では、地域にとってミニマムのラインを見定めることも重要だと考えています。いかに地域の中で維持できるモデルを作れるかがアイデアの出しどころでもあります。」(瀧本氏)

今回の実証実験では、専用車両にオンライン診療用の機器を搭載して患者宅まで訪問し、車両の中から町内の診療所の医師につないでオンライン診療を実施する。実験には、MONETがバンタイプの車両をベースに改造した専用車両を使用する。中山間部特有の道幅の狭さや急勾配といった地域事情を考慮しながら、さらなる改良を続けている。

実証実験に使用する車両

実証実験に使用する車両



実証実験ではドライバーは専任のドライバーを配備し、車両には1名のスタッフが乗り込む。また、このスタッフは必ずしも看護資格の保持者とは限らない。

「地域の中で医師や看護師の有資格者は限られており、看護師の資格を持たない人が対応するときに実際どこまでできるのかも見極めたい」(瀧本氏)という考えがあるからだ。看護師資格保持者の場合と、看護師資格を持たず機器の操作補助などをするスタッフの場合の2パターンの検証を予定している。

オンライン診療のデモの様子

医師が患者宅への往診に出るとその時間帯は院内診療ができないが、オンライン診療なら次の患者宅への車両が移動する間に、院内診察も並行してできる。

「今は地域内で完結していますが、今後、地域内では対応できない診療科目や高度な医療サービスを提供するためには、域外の病院や診療所との連携も必要になります。将来的には患者のカルテのクラウド上での共有やウェルネスデータを域外に住む家族が見守りに活用できるように発展させるなど、様々な可能性を探っていきたいと考えています」(瀧本氏)

実証実験のイメージ図(提供:浜松市)


オンライン服薬指導と薬剤配送

春野町には調剤薬局がないため各診療所内で服薬指導や薬剤処方をしている。通院できる患者はその場で薬剤を受け取れるが、往診の場合は医師による診察後に家族が診療所まで薬剤を取りに行くことも多かった。この非効率の解消を目指し、実証実験では2つの検証を行う。

1つ目は診療所の医師によるオンライン診療と服薬指導後、薬剤を診療所から患者宅までドローンで無人配送する方法だ。実験ではスマホなどが使用できない高齢者を想定し、診療所側がドローンの位置情報を確認して、患者宅に到着した際に電話で連絡を行う。ドローンは町内を流れる川沿いを飛行し、患者宅の庭などを到着場所に予定している。機体の提供と操縦はモビリティコンソーシアム会員である株式会社トラジェクトリーが担当する。

薬剤配送時に使用するドローン機体(提供:浜松市)



2つ目が地域の調剤薬局の薬剤師によるオンライン服薬指導の後、薬局の車で薬剤を配送する方法だ。前述の通り、春野町には調剤薬局がないため5つの診療所が院内処方をしている。その体制でも現時点で大きな問題はないが、「今後のことを考えて、域外の薬局の薬剤師がオンライン服薬指導後に自宅へ配送する。将来的には、生活用品も一緒に薬局から配送することも視野に入れて検討する」(瀧本氏)という。このオンライン服薬指導・配送には浜松市に本社を置く杏林堂薬局が協力し、薬剤の配送も同社が行う予定だ。

「将来的な話になりますが、薬剤の配送と一緒に生活物資を送ることについて、その仕組みを取り入れることで町内の既存商店が存続できなくなってしまっては、良かれと思ったことがむしろ逆効果になります。住民生活の実態などを把握した上で、地域にとっての全体最適を見出していきたいです。」(瀧本氏)

杏林堂薬局の車両

杏林堂薬局の車両



地域内のバランスを考慮し、最適解を探す

春野町での医療MaaS実証実験は10月下旬から12月末までの実施を予定している。その先に見据えるのは、地域でのサービス実装だ。

「2020年4月から新型コロナウィルス感染症の特例として、オンライン診療による初診も認められていますが、今後サービス実装するには、次年度以降も継続される必要があります。今回の実証実験は国の採択を受けているプロジェクトでもあるため、実証実験を通じ、診療点数の課題や患者側の利便性なども含めて検証していきたいと思っています。実験結果を踏まえ、次年度以降できることからスモールスタートで始めていきたいと考えています。」(瀧本氏)

浜松市が掲げる「デジタル・スマートシティ構想」

浜松市は2019年10月に「デジタルファースト宣言」を発表した。⼈⼝減少や少⼦⾼齢化をはじめとした社会課題が深刻化する中、AI・ICT等先端技術やデータ活⽤など、デジタルを活用した持続可能な都市づくりを掲げ、デジタル・スマートシティの推進による都市の最適化の取り組みを進めている。

デジタルファースト宣言では、「都市づくり」分野でデジタル・スマートシティの推進による都市の最適化、市民サービス向上、自治体運営の生産性向上の3つを戦略分野に挙げている。この取り組みを推進するべく設立されたのが、エネルギー、モビリティ、防災、産業など9分野からなる官民連携プラットフォームだ。

官民連携プラットフォームでは、各分野で収集したデータの利活用の推進や分野間の連携によって、地域課題の解決に向けた多様な提案を企業から集めていく。それを新たなイノベーションや新規ビジネスの創出に活かし、市民QOLの向上や都市の最適化につなげていく狙いだ。

官民連携プラットフォームは浜松市長が代表を務め、事務局は浜松市のデジタル・スマートシティ推進事業本部が担っている。この推進事業本部とプラットフォームの二本柱が密に連携しながら、デジタル・スマートシティの政策を推進する。

「いろいろなサービスをモビリティで掛け合わせることで地域の生活サービスの維持や活性化につなげるため、新たにMaaS政策をデジタル・スマートシティ推進事業本部で進めることになりました。現在、デジタル・スマートシティの構想や浜松版MaaS構想の策定作業を進めています。」(瀧本氏)

静岡県浜松市が進めるデジタル・スマートシティの構想(提供:浜松市)


MaaSによって「繋がり合う」まちづくりを

前述の9分野のうち、モビリティ分野を担うモビリティコンソーシアムが策定に取り組んでいる「浜松版MaaS構想」。基本理念に「ヒト・モノ・コトをモビリティで”繋ぐ”と浜松の暮らしはもっとかがやく」を掲げ、その実現に向けて「地域ごとの魅力を最大化」すること、「ともに支え、ともに創造」し、利用者目線のシームレスなサービスにより「しなやかに繋がる」ことの3つの視点を挙げている。

浜松版MaaS構想では、交通・生活課題の解決から取り組み、2045年まで先を見据え、モビリティ×サービスの連携分野を拡大していく計画だ。

「MaaSアプリや自動運転など先端テクノロジーを導入するだけで地域の課題が解決するわけではありません。これまでのヒアリングなどから、特に地域の中での共助の精神や共創が重要だと強く感じています。浜松でのMaaSはどうあるべきか検討しながら、繋がり合う社会を実現したいです。」(瀧本氏)

(取材・記事/柴田 祐希)

浜松市役所外観(提供:浜松市)

浜松市役所外観(提供:浜松市)

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