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MaaS事業化の課題とは 【東急×TMJ特別対談】

2022/5/31(火)

東急の豊田洋平氏(左)とTMJの小柏宜聖氏(右)

東急の豊田洋平氏(左)とTMJの小柏宜聖氏(右)

MaaSが実証から実装に移行しつつある中、課題とされているのが事業の持続性だ。ユーザーに選ばれ続けるMaaSやモビリティサービスに必要なものは何なのか。
MaaS・モビリティビジネスに特化したコンタクトセンター「Mobilish(モビリッシュ)」を運営する株式会社TMJ営業統括本部 情通サービス営業本部 第1営業部 MaaS/モビリティ業界推進担当 課長の小柏宜聖氏と、東急株式会社交通インフラ事業部 戦略企画グループMaaS戦略担当の豊田洋平氏に対談いただいた。

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――これまでのMaaSの取り組みについて教えてください

豊田氏:東急では2018年頃から観光型MaaSと沿線型MaaSの二本立てで進めています。当時盛んだったインバウンドへの対応の底上げと、少子高齢化が進む地方における地域の二次交通維持という社会課題を、デジタルを活用して解決することを目的に始めました。

毎回プロジェクトを区切り、ニーズを検証してサービスのレベルを上げ、段階的にバージョンアップしながら実証実験を続けています。観光型は伊豆エリアを対象とした「Izuko」を過去3回実施し、沿線型は過去2回、横浜市青葉区美しが丘エリアで各種モビリティの実験と通勤型に特化した「DENTO」の実証を行いました。

新型コロナの感染拡大などもあり、当初の目的とは変わった部分もありますが、日々刻々と社会情勢も変化するため、断続的に進める方法で良かったと思います。

横浜市青葉区美しヶ丘エリアでのオンデマンド交通実証の様子(提供:東急)

横浜市青葉区美しが丘エリアでの実証実験の様子(提供:東急)


小柏氏:TMJは、2012年より受託してきたMaaS・モビリティ関連の業務を、2021年6月に1つのセンターに集約し、MaaS・モビリティビジネスに特化したコンタクトセンター「モビリッシュ」を立ち上げました。
サービスの入会審査業務や運行監視、決済関連業務のバックオフィス業務と、サービス利用開始前後の問い合わせや事故・故障などのトラブルに電話やメールなどで対応するコンタクトセンター業務、またMaaSやモビリティ関連の新規サービス立ち上げ時の運用設計などコンサルティング業務も行っています。

――東急がコロナ禍で移動自体が減少した中でもMaaS事業を止めなかった理由は?

豊田氏:新しい生活様式の中でも移動がゼロになるということはなく、通勤やお買い物などの公共交通利用はわずかながら続いていました。そんな住民の皆様により安心安全な公共交通サービスを提供していくことが、まちづくり会社である東急の使命です。デジタルツールを活用した非接触型のチケット販売や、密を避ける移動サービスはまさにそうしたお客様を支える取り組みであり、コロナ禍だからこそ必要だという会社の理解を得ることができました。また事業存続のためには、新しい生活様式で変化するお客様のニーズをとらえていく必要があります。

MaaSでの移動データに加えて、店舗利用時のアンケートなどさまざまな粒度のデータが東急に集まってきます。それらを見える化し、エリアや時期、移動手段などを組み合わせて、それに合わせた商品を開発し、売り上げを検証するといったデータ活用も進めています。
それらのデータは沿線地域の関係事業者にもフィードバックして、エリア全体の価値を上げることにも取り組んでいます。

東急の観光型MaaS「Izuko」のイメージ(提供:東急)

東急の観光型MaaS「Izuko」のイメージ(提供:東急)


小柏氏:MaaS実証では、どのようにデータを集めているんですか?

豊田氏:デジタルチケットの利用・販売データに加えて、実証終了後に利用者アンケート、そして住民へのデプスインタビューでお客様のさまざまな粒度のお声を集めております。伊豆急下田駅でチラシを配って、その場でIzukoへ会員登録していただくというアナログな宣伝活動は非常に有益な時間でした。

直接コミュニケーションを取ることで高齢者にとっていかにスマホの壁が高いのかを実感しましたし、結果、一番ダウンロードしていただけました。どの操作でつまずくのかなど具体的に把握できたので、次のインターフェースに反映したいと思います。

沿線型ではDENTO実施期間中にお客様がデジタルチケットを購入する都度、アンケートを送信していたので、それに購買データなどを加えて分析しました。加えて、実証終了後に、より深い地域の移動課題を掘り起こすため、1人1時間ほどデプスインタビューも実施しました。個別に詳しく聞くことで、利用者アンケートや自治体が公表しているマクロデータでは出てこない移動に対する不満や要望を聞くことができました。


豊田氏:観光型と沿線型では利用者の年齢層や利用傾向、ニーズ、課題は異なります。ただ、対面で話を聞くことで利用者自身も気づいてない課題が発見できることや、課題を抽象化して捉えなおし、次のサービス開発に生かすというサイクルは大事なことだと学びました。

小柏氏:我々もコンタクトセンターを運営する中で生の声を重要視しているので、共通する部分がありますね。モビリッシュでは、コンタクトセンターに入ってくるお客様の声(VOC)と、お客様との会話の中で出た不満や意見をオペレーターから収集して(VOE)、分析し、委託元の企業に定期的にフィードバックしています。

また、お客様の生の声の中にサービスの改善ポイントが見つかることも多いので、最近はオペレーターとお客様の会話音声を音声認識システムとAIを活用し、全文テキスト化して、そこに隠されているキーワードの分析も始めています。


豊田氏:生の声には最も純度の高い課題が潜んでいますよね。アンケートには出てこないクリティカルな問題も発見できる。サービスの評価や事業判断は俯瞰(ふかん)データと生の声、両方を踏まえてすべきだと思います。

――モビリッシュでは、どういうケースを扱うことが多いのでしょうか?

小柏氏:MaaS・モビリティビジネスに特化したコンタクトセンターなので、やはり実証実験ですね。最近はバスやタクシーなどのオンデマンド交通の話も増えていますし、観光型では高齢者用には電話予約できる体制を用意したいという話が非常に多いです。

豊田氏:高齢者向けには電話予約は必須ですよね。ただ、コンタクトセンターの対応が悪いと、そのサービスをもう使っていただけないこともあります。電話であれ何であれ、お客様に「良い」と思える体験をしていただきサービスを継続的に使っていただくことが大切なので、その対応は丁寧にしたいです。

小柏氏:継続利用してもらうことが重要ですよね。顧客満足の高いサービスを提供してこそリピートされて利用率も上がるので、我々もそこは重視しています。
大抵の場合、お客様はトラブルや事故など緊急性が高い状況で、不安な気持ちで電話をかけてこられますから、そこで機械的に対応してしまうと信用を失いかねません。なので、オペレーターは、「大丈夫ですか?」「お怪我はないですか?」など気遣う言葉を会話の中に入れながら、お客様の状態を確認して、丁寧に対処方法をご案内するように徹底しています。

高齢者対応には特に力を入れていて、2011年からは高齢者への話し方や伝え方、言い換えなどを研究し、オペレーターの対応に取り入れています。「ジェロトーク」という高齢のお客様の聞こえ方を模擬体感できるタブレット型模擬音声シミュレーションツールを独自に開発して研修を行うなど、高齢者と円滑なコミュニケーションが取れるような訓練もしています。今後はITリテラシーの低い方向けに、相手の画面を見ながら操作方法を案内するリモートサポートも進めようとしています。

また最近はコンシェルジュ的な丁寧な対応へのご期待に沿うべく、CX(カスタマーエクスペリエンス)観点でのオペレーター教育も行っています。お客様のサービス購買プロセスと、その時の心理を理解しながら、各プロセスでの問い合わせに対して、どのような回答をすることで不満や不安を解消できるのかをディスカッション形式で研修しています。

高齢者研修のイメージ(提供:TMJ)

高齢者研修のイメージ(提供:TMJ)


豊田氏:すごいですね。DENTO実証実験の際も、予算の都合上、平日のみ開設していましたが、やはり休日の問い合わせが多く、次回の対応方法に課題を感じていました。
東急はまちづくりの会社なので、東急のコンタクトセンターの印象が街の印象と直結するため、コンタクトセンター業務は非常に重要ととらえています。

小柏氏:土日に問い合わせが多くなるので、せめてサービス提供している時間はコンタクトセンターを開けて、対応できる状態にしておきたいですよね。モビリッシュは24時間365日対応をしていますし、MaaSの実証実験向けに価格を抑えたプランも設定しています。最初に立ち上げたら、第2弾の場合は少しのカスタマイズでできるので、イニシャルコストは落として進められると思います。

豊田氏:我々はプロジェクトをアジャイルに進めていきたいと考えておりますが、実証の都度、事務局の立ち上げコストがかかるのが悩みなので、それはいいですね。

小柏氏:実証実験ではサービス提供の方に注力するため、顧客サポートは後回しになりがちです。コスト面からコンタクトセンターを設置せずにいたら、アプリが動き出した途端に問い合わせが続出して大変だったという話はよく聞きますね。

モビリッシュのコンタクトセンターの様子(提供:TMJ)

モビリッシュのコンタクトセンターの様子(提供:TMJ)


――TMJではMaaSの立ち上げ支援もされていますが、難しかったケースはありますか?

小柏氏:特に難しいということではないですが、提供いただいたオペレーターの管理画面がどうにも使いづらく、操作ミスしやすい仕様の場合は少し困りますね。ただ、その場合は、TMJ側で、お客様側でUI(ユーザーインターフェース)を改変することなく、管理画面側のUIを変更できる仕組みを活用し、利便性を向上させる提案を行ったりしています。

豊田氏:サービス要件を見て、ここがわかりづらいから、問い合わせが来るだろうという予想がたつものですか?

小柏氏:はい、わかります。まずは、申し込み、予約、キャンセルなど高い頻度で行う操作のしやすさがどうであるかがポイントです。例えば、ご利用の手順に合わせたUIになっているかや、入力の案内表現がご利用者目線になっているかなど、それを解消するだけで問い合わせが格段に減ります。アプリのサービスの仕様を見て、「この画面だと問い合わせが多くなるから、こう変えた方がいい」「こういうFAQを用意した方がいい」などお伝えして、CX観点での運用設計支援も行っています。

豊田氏:ローンチ前に課題を解消しておけるのは理想的ですね。ところで、東急でもMaaS事業で独自にコンタクトセンターを持つべきなのかを議論しているんですが、昨今は内製化とBPO、どちらが主流ですか?

小柏氏:お客様自身が本来のコア業務に特化する流れもあり、アウトソース化は進んでいるように思います。自社だけだとクローズした環境になってしまうので、運用やノウハウに発展性の限界がすぐに来てしまうので。あとは、TMJ内で蓄積したノウハウに加えて、新技術を活用したトライアルの結果なども活用できるのは利点かと思います。

対談時の様子。東急の豊田洋平氏(左)とTMJの小柏宜聖氏(右)

対談時の様子。東急の豊田洋平氏(左)とTMJの小柏宜聖氏(右)


豊田氏:アウトソーシングはメリットが多いように感じますが、あえてデメリットを上げるとすれば何でしょう?

小柏氏:一緒に作っていこうというスタンスでないと、結果、エンドユーザーに迷惑をかけるので、デメリットになると思います。我々で改善できる部分もありますが、委託元の企業にもサービスを改善していただくことで相乗効果が生まれていきます。良いサービスを提供していくためには、双方で改善してこそメリットが生まれると思います。

豊田氏:単に顧客サポート業務を切り渡して楽をするのでなく、より良いサービスにするためにアウトソースするということなんですね。

――最後に、今後のビジョンについてお聞かせください。

小柏氏:モビリティやMaaSは社会インフラになっていくと思います。一般消費者が安全安心にMaaS・モビリティサービスを使えるように、我々はその社会インフラを支えるコンタクトセンターであり、サービス提供企業のサポーターになりたいと考えています。
コンタクトセンターで顧客満足度の高い対応ができれば次の利用につながりますし、それが結果、委託元企業様の事業への貢献になるので、そこには一層こだわっていきたいですね。

豊田氏:東急が手がけているのは「まちづくり」です。先日、多摩田園都市エリアの新たなまちづくりプロジェクト「nexus構想」もリリースしましたが、「この街に住み続けたい、働き続けたい」と思っていただけるような多様なサービスを提供していくことが、今後はより大事になってくると思います。
電車やバス、MaaS、デマンドなど、単体でのサービス力や収支を考えつつも、そこに固執しすぎず、商業や不動産、諸々のサービスなど、東急が持つ多様なアセットにどう還元できるか。まちづくり全体でMaaSを捉えながら取り組んでいければと思っています。

【取材後記】
生の声に重要な課題が潜んでいる。今回の対談で両者が大切にしていたのは、俯瞰できるデータだけでなく、サービス利用者の生の声であり、そこから課題を見つけ、解決策を探ることだ。MaaSビジネスを事業化するには、今後「生の声」がポイントになるのではないだろうか。両社のノウハウやアイデアが世の中をどのように便利にしていくのか。今後の活動にも期待したい。

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