これまでのITS、これからのITSの変革 ITS推進フォーラム1
2017/3/4(土)
ITS Japan 専務理事 天野 肇 氏
2017年2月14日、ITS Japanが主催する第11回日本ITS推進フォーラムが開催された。2006年から毎年開催されている本イベントは、関係省庁・団体が参画し、自動走行などITSに関連するテーマのセッションや、内閣府と共同企画でSIP-adusの進捗報告などが行われた。今号のLIGAREでは、ITS Japan専務理事の天野肇氏の基調講演、関係省庁として総務省の5Gの取り組み、SIP-adusからダイナミックマップとコネクテッド・ビークルについての取り組みを紹介する。
はじめに、ITS Japan専務理事である天野氏が開会に先立ち基調講演を行った。ITSが日本でどのようにして発足し、どのように発展してきたのか。また、日本に限らず国際的な課題とは何なのか。ITSはモビリティだけでなく、今後の社会を変えていく可能性を持つ。
1.日本におけるITSの発展の歩み
ITSの黎明期=ファーストステージ
1996年にまとめられたITS全体構想における9つの開発分野。ファーストステージではこの9つを実用化することが目標だった。
ITSとは、Intelligent Transport Systems(高度道路交通システム)の略で、情報通信技術や電子制御技術を活用して交通の諸課題を解決するとともに、生活の質的向上と経済発展を促進するものだ。日本でITSの推進が始まったのは今から25年ほど前。情報通信や自動制御技術を交通分野に適用しようという目的で始まった。そして1996年、ITS全体構想がまとめられ、9つの開発分野のシステムを10年以内に実現しようという目標が立てられ、官民連携して実用化への取り組みが始まった。ETCなど、個人が車載装置を買わなければいけないというものがあり立ち上がりが遅かったが、広く普及するに至った。
交通課題解決に向けたシステム統合=セカンドステージ
最初の9つのシステムが軌道に乗った後、交通課題を解決するために、安全・環境・利便といった目的別に、システムを統合していこうという動きが始まった。これがセカンドステージの始まりである。
はじめに、安全という目的では、協調型の安全運転支援システムが典型的な事例として挙げられる。現在、自動ブレーキなどの自律型運転支援システムが普及しているが、見通しの悪い交差点など車輛単独では対処が困難な場面が多く見られる。そこで、無線技術を使用し、車車間・路車間で情報をやりとりすることで事故を防止するのが協調型安全運転支援システムである。
路車間通信を利用した例として、首都高速道路では、見通しの悪いカーブの先に渋滞が発生しているという情報を侵入するクルマに伝えることで、約60%もの事故を減らすことに成功している。車車間通信では、民間組織としてITS Connect推進協議会が発足し、右折時注意喚起や緊急車両存在通知などの安全運転支援システムが実現している。
続いて、環境の目的というのは、化石燃料燃焼によるCO2排出の削減が挙げられる。2014年の統計では、世界のCO2排出量の23%が運輸によるものである。1997年にまとめられた京都議定書では、運輸によるCO2排出量を2億4000万トン以下に削減するという目標が立てられ、日本は前倒しでこれを達成している。
もちろん電気自動車やハイブリッド車などのエコカーの貢献が大きいところだが、CACC(Cooperative Active Cruise Control)によるサグ部(下り坂から上り坂にさしかかるV字部分)での渋滞緩和や、ETCによる料金所での渋滞緩和など、ITSもCO2排出量削減に貢献しているところとなっている。
自動車の電動化と電力供給システムの進化。自動車が街の電力の需給を調整するシステムとなる。
しかし、自動車の環境への貢献はこれにとどまらない。ITSによる交通流のマネジメントを発展させ、エネルギーを統合的にマネジメントする技術開発も行われている。これまでは自動車はエネルギーを消費するだけであったが、太陽電池パネルや地域とつながり、エネルギーマネージメントセンターを介して、自動車が電力の需給のバランスを調整する仕組みの中に入っていくだろう。
そして、情報という目的では、代表的なものとしてプローブデータが挙げられる。GPSなどをクルマに積んで位置情報、走行情報を取得し、通信によりセンターでまとめることができる。
このデータが日本で活用された代表的な事例は、東日本大震災である。事業者からの走行データと、国土地理院からの通行止めの情報を組み合わせることで、救援物資を積んだトラックが通行可能なルートを探索することができた。一台一台のクルマが提供する情報を統合することで大きく役立つことがわかる。
天野氏は「このように個別のITSのシステムをとにかく実用化しようという段階から、交通課題、安全、環境、利便、地域の活性化のために統合したシステムにしていこうというプロセスの中で、次々に技術革新があった。その結果、自動車や交通システムがもっと大きな広がりを持って、新しいパートナーと一緒に歩み出すようになったというのがセカンドステージである」と語る。
2.ITSの国際動向
協調型自動運転の実用化
このようにITSが進展してきた中、セカンドステージの次にはどのような発展があるのだろうか。現在、センシング、AI、制御といったクルマの技術はすでに商品化の競争になっている。それを超えたところで、行政や異業種と協業してつくり出すべき共通基盤や社会の仕組み、さらには自動運転の出現により、どのようなサービスが生まれてくるのかというところに議論が移っている。
協調型自動運転がサービス化する前提として、安全性の担保、責任問題、サイバーテロ対策など、社会としての身構え・体制を準備しておかなければいけない。
例えば、自動運転が実現するといっても、レベル3の段階ではコンピューターと人間による運転の切り替えが必要になり、運転の責任も移る。これをどのように安全に、確実に行うかの議論が必要になる。個々の機能の満たすべき基準や評価の仕組みをつくる必要があり、現在WP29のもと活発な議論が進んでいる。さらに難しい問題として、倫理問題が挙げられる。例えば、駐車しているクルマの向こうからボールが飛び出してきたとき、人間ならばそれに続いて子どもが飛び出してくるという判断ができるが、自動運転車はそれが不可能である。トロッコ問題などもこの倫理問題にあたる。このような思考実験は、MITにより大規模なアンケート調査が進められているが、単位数学的な論理だけで解決できるのかといった問題がある。
交通データのオープン化と活用
現在、欧米では交通データのオープン化の法制度が整っており、日本もその方向に向かっているが、行政・ビジネスとしての活用が課題としてあげられる。例えばシンガポールでは、交通データを行政施策に反映する段階に差し掛かっており、ヨーロッパでは「Mobility as a Service」(MaaS)という概念が広がっている。これは、公共交通を一元管理し、乗り換え、空き状況、予約の情報サービスを提供するものだ。料金も起終点で計算し電子決済で一元化される。フィンランドでは国策としてMaaSを推進しており、すでに4都市で試行が始まっている。データと通信によるIT化が自動車にも影響を及ぼしていることが見て取れ、交通という体系そのものが大きく変わる可能性を秘めている。
社会を変えていくモビリティ
情報がモビリティを変えていく一方で、モビリティが社会を変えるという広がりを持つ。都市交通を変えることによって、貧困や格差といった社会の根源的な問題を解決するという大きなテーマが議論されている。アメリカでは、Smart City Challengeというプロジェクトが起こり、78の応募都市からオハイオ州コロンバス市が選ばれ、インフラの接続、電気自動車充電インフラ、自律運転車を用い、住宅、商業、貨物などを含めた移動の支援を2017年に行う予定だ。「ITSも社会システムと一体となって次世代の交通システム、つまり交通の課題を解決するだけでなく社会全体の課題を解決するというのが国際的な議論だ」(天野氏)。
これは欧米だけに限らず、日本でも「国土グランドデザイン2050」の中で、対流促進型国土の形成としてまとめられている。極端な人口減少に備えて、生活に必要な機能を中心地に集約し、周辺地域とネットワークで結ぶ「コンパクト+ネットワーク」がまさにそれである。
それに基づいてITS Japanは社会のネットワークを中期計画にまとめている。そこでは、商店や銀行などを中心として周辺の集落とを自動運転などの移動手段でつないだ1万人規模の「小さな拠点」が想定される。さらに、県庁所在地を持つ中核都市などと「小さな拠点」を鉄道や広域バスなどでつないだ「高次都市連合」として、地域の機能をまとめていく方針だ。天野氏は「高齢の方がいつまでも自分自身の意思で自立した暮らしをしたい、買い物でもなんでもしたいというときに、必要なものの1つとして移動手段の確保がある。机上ではなく、現地に足を運んでその方たちと一緒に、その方たちの目線で議論されたものを、私たちが手段を提供するといった形で一緒にできないかと考えている」と語る。
産業の構造が変わる革命期に差し掛かっている
これまで述べてきたように、現在はITSというコミュニティの外側で大きな変革が起こっており、大規模クラウドのオペレーターやベンチャー企業などのプレーヤーが参加してきている。これにより、産業構造が劇的に変わるかもしれない。
天野氏は「このような産業構造の変革が、Society5.0という形で語られていると理解している」と言う。農業革命で農耕社会が生まれ、産業革命、情報革命と3つの革命を経て、その次の4番目の改革が今まさに起ころうとしている。次に来る5番目の社会がSocirty5.0、つまり超スマート化社会だ。これにより持続的な発展と、国際競争力を確保しようという時代に差し掛かっているのかもしれない。
一方で、天野氏は「ITSもこれを念頭に置いて取り組まなければいけないと思うが、産業革命以降、われわれはさまざまな作業を外部化し、孤立化していった。近所の人、コミュニティで支え合う協同の社会を復活させなければいけないと強く感じる。IT、AIというところで競争力を高めるのは大事だが、少し時間を巻き戻して人間らしい生活をする、額に汗をして一生懸命働く、そういう活躍の場があって、達成感を得ていけるような全員参加社会をつくりたい」と、高度化の一方で自立した生活から離れている現代に警鐘を鳴らした。
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