伊藤慎介の “Talk is Chap” 〜起業家へと転身した元官僚のリアルな産業論 第1回 このままでは 「次の自動車産業」で世界に負ける
2017/11/29(水)
アジア勢との競争に追い込まれたエレクトロニクス産業
自動車産業と並んで日本経済をけん引してきたエレクトロニクス産業。しかし、パソコン、テレビ、携帯電話、DVDプレイヤー、ポータブルオーディオなど、日本企業が強みとしていたハードウェアで軒並み競争力を失っていった。
その背景には、台湾、韓国、中国の製造能力が徐々に向上していくにつれて、彼らの成長を助けることで世界シェアを高めようとする欧米企業の存在があった。パソコンにおけるインテル、携帯電話におけるクアルコムやノキア、スマートフォンやポータブルオーディオにおけるアップルなどである。
これらの企業に共通するのが「オープンイノベーション」の思想である。
ある分野に参入したいという意思のある企業に対して、参入機会を提供する、あるいは参入に必要となるリソースを提供することで、新規参入する企業が増えれば増えるほど自社の存在価値も高まっていくように仕掛けていく。
彼らはそのオープンイノベーションの発想で、成長するアジア企業に対してハードウェアに対する参入機会を提供し、ソフトウェアやアプリなどについてはベンチャー企業に対して参入機会を提供してきた。その結果、ユーザーはあらゆるハードウェアやソフトウェアから自由に選択できるメリットを享受できるようになった。
日本語で言えば「損して得とれ」の発想で大成功したと言える。
その一方、日本の企業の多くはオープンイノベーションが「苦手」である。
あるいは、所属する業界での地位が確立するにつれて新しいことに挑戦することを恐れる体質へと変質していき、「苦手になっていった」という表現の方が正しいかもしれない。
エレクトロニクスの世界において、日本企業における台湾、韓国、中国とは、あくまで製造コストを下げるための進出拠点であり、自らの競争力を高めるための存在でしかなかった。欧米企業のように、彼らに必要な「道具」を提供することで、彼らの成長と共に自らも成長するという方法は取りえなかったのだろう。
そして、今や日本有数のエレクトロニクス企業がアジアのエレクトロニクス企業に買収される事例が増え始めている。
相手の力をうまく活用しながら自らも成長していき、最終的には産業構造を大きく変える存在になる。エレクトロニクス産業ではそれが世界の常識となり、日本のエレクトロニク産業は大きく衰退してしまったのだ。
自動車でも欧米とアジアの距離が縮まっていく
シリコンバレーが先行する自動運転(グーグル)、ライドシェア(UBER)、電気自動車(テスラ)。その動きに呼応するように台湾や中国では自動車に関する様々な取り組みが行われている。
20年前に創業したばかりの中国のBYDはバッテリーメーカーから自動車メーカーへと転身し、深センを中心として、あらゆるタクシー、バスを電気自動車化しようと本気で取り組んでいる。今や電気バスにおいては世界的企業であり、日本でも京都市で同社のバスを活用した実証実験が行われている。
台湾では、電動スクーターメーカーが急速に台頭しており、スマートフォンで有名なHTCをスピンアウトした人たちが創業したgogoroというベンチャー企業が交換式バッテリーの電動スクーターを展開している。
このgogoroは「台湾のテスラ」と呼ばれており、既にドイツのbosch社と提携し、ヨーロッパへの進出を始めている。UBERのようなライドシェアの分野では、中国版Amazonであるアリババ系の「快的打車」と中国版TwitterであるTencent系の「滴滴打車」が中国市場を二分していたが、2015年2月に2社が合併して市場シェア95%以上を占める「滴滴快的(現:滴滴出打)」が誕生した。
その滴滴出打は、中国で展開していたUBERの市場撤退を決断させてUBERの事業を買収した。更に、アップルからの10億ドルの出資も引き出している。
このように中国や台湾を中心として、「次の自動車産業」を作る動きが加速しており、シリコンバレーの企業を中心として欧米との距離が縮まり始めている。
「次の自動車産業」を強く後押しする行政
「次の自動車産業」の動きが加速する海外。その背後にある行政の強力なバックアップについても注目する必要がある。ハンドルのないグーグルの自動運転車が日々走行するシリコンバレー。公道という「実環境」で試験を行い評価することで、短期間に実用性を高め、世界に先駆けて市場投入できる条件が整っていく。
中国では電気自動車化を進めるための強力な行政支援と行政指導が行われており、BYDなどの台頭につながっている。また、ライドシェアの滴滴出打の台頭には、中国当局によるライドシェアの合法化の動きが大きく貢献している。
ヨーロッパでは、ロンドンやストックホルムなどにおいて市内中心部における渋滞税が導入されており、一般車両は高額の渋滞税を払わなければ市内に入ることができない。一方、ロンドンでは電気自動車だけは特別扱いされており、電気自動車は渋滞税を支払うことなく乗り入れることが許可されている。また、ストックホルムでは2018年より市内中心部に乗り入れられるのは電気自動車のみになるようである。
そして、パリでは市長の強力なイニシアチブの下に、シェアサイクルのVelib’やカーシェアのAutolibが導入され、道路の路側などの便利な場所でシェアサイクルやシェアカーを簡単に借りられる仕組みが普及している。これによって世界に先駆けた新しいサービスがパリ発で提供されるとともに、公共交通を補完する「2次交通」が広く整備され、市内の渋滞緩和と観光客などに対する移動手段の提供が実現している。
パリでスタートしたAutolibは既に4000台もの車両を保有し、2015年にはロンドンと米国のインディアナポリスでの展開もスタートしている。
このように海外では企業と行政がタグを組んで「次の自動車産業」を作るための動きが加速している。
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