伊藤慎介の “Talk is Chap” 〜起業家へと転身した元官僚のリアルな産業論 第4回 起業未経験者がベンチャー起業をあおるのはどうなのか?
2017/11/3(金)
起業直後のことである。それまでにお付き合いのあったダイヤモンド社からの依頼を受け、ダイヤモンド・オンラインに「元経産官僚・伊藤慎介の“天落”奮闘記」という連載を担当させていただいた。起業から3カ月後の2014年12月に掲載が始まり、最終回である第10回が掲載されたのは起業から半年後の2015年4月22日である。
[LIGARE vol.33 (2017.5.31発行) より記事を再構成]
今になってその最終回である第10回を振り返ると、そのタイトルは「起業で仕事は100倍楽しくなる ! リスクを恐れず未来を創ろう」となっており、何となく起業することをお勧めするような内容となっている。
起業してから2年4か月が経過したが、この短い間でもこれまでの経験はスリル満点であり、相当な凸凹道であった。そして今も様々な不透明感がある中で会社の経営に携わっており、一つの判断ミスが会社全体の存否につながる緊張感のある毎日を送っている。
そういう経験を積み重ねていくと、安定した職業である公務員の人たちや様々なセーフティーネットが用意されている大企業の人たちに対して、安易に起業をお勧めしてはならないと思い始めており、過去に書いた自らの連載の主張に対して否定的になりつつある。
しかし、世の中は依然として“起業をあおる”雰囲気が蔓延しているように感じる。
最近のベンチャーブームを受けて、メディア系、銀行系、証券系、政府系など様々な機関が主催し、数多くのピッチイベントが日本各地で開催されている。
そういう私もインキュベーションオフィスに入居していた際には、経済産業省系の政府関係機関であるNEDOが開催するTechnology Comm-ercialization Program(TCP)というピッチイベントに参加し、優勝特典であるシリコンバレー派遣を夢見てプレゼンテーションをした経験がある。結果は第一次選考通過、第二次選考落選という惨めな顛末だったのであるが。
ところが最近になって聞いて驚いたのは、ベンチャー企業のアイデアを“盗む”ためにピッチイベントに来ている大企業が少なからずいるということだ。
今になって振り返れば、ピッチイベントという構造自体がベンチャー企業を小ばかにしていると思わざるを得ない。ヒト・モノ・カネがなく吹けば飛ぶようなベンチャー企業に対して、忙しい大企業の社員が“わざわざ来て”話を聞いてやるのだから、短い時間で簡潔に説明するのが当然だろうという立てつけになっていること自体がそうだ。
まさに“美人コンテスト”のような形で比較されるわけだが、その結果として“スター”を確実に生み出していくなら理解できるものの、真剣に準備をして簡潔にまとめたベンチャー企業のプレゼンテーションを聞いて自社の新規事業のネタにしようと企む大企業が聴衆にいるとすると、これほどの差別はないだろう。
ベンチャー企業と言っても、株式会社である限りはどんなに資本金・売り上げ・社員数が少なかろうとちゃんとした“法人”なのである。法人という資格がある限り、規模の差があったとしても法人同士の関係は対等でなければならないと思う。そうであれば、ベンチャーだけがプレゼンテーションを行うのではなく、大企業とベンチャーの双方がプレゼンテーションをし、関心のあう会社同士が個別に話し合うというスタイルを取るべきではないだろうか。
主催している大企業や参加している大企業が本気でベンチャー企業と組もうと思っていない限り、ピッチイベントの大半はベンチャー企業にとって時間と労力の無駄遣いを強要し、彼らのアイデアを食い物にする活動だと言わざるを得ない。
代表格というべき政策が、一次選考で私が落選した「研究開発型ベンチャー支援事業」である。前述のNEDOが実施している事業であり、大企業や大学などに勤務する「起業家候補」を対象に、選定されると年間で650万円/人の給与と1500万円/チームの活動費が支払われるという破格の支援を受けることが出来る。
また、文部科学省では、「大学発」ベンチャーを積極的に推進しており、大学と民間人材のマッチングによる大学発ベンチャーの創出を支援するSTARTプログラムを始め、東京大学、京都大学、大阪大学、東北大学の4大学へのベンチャーキャピタル創設、JSTによる研究開発型ベンチャーへの出資など、大学の研究成果をシーズとして起業することをあらゆる角度から推進している。
昨年4月に取りまとめられた「ベンチャー・チャレンジ2020」には、2022年までに開業率を倍増するとともに、ベンチャー企業へのVC投資額を倍増するとある。
その上で、前述した政策を含め、政府が充実させようとしているあらゆるベンチャー支援策について網羅されている。
バブル崩壊以降、約30年に渡って低成長を続けている我が国を尻目に、世界ではグーグル、アップル、アマゾン、フェイスブック、アリババなどベンチャー企業から立ち上がった企業が時価総額上位を占める大企業に成長している。
一方で、我が国では日本経済を支える2本柱の一つであった電機産業が苦戦し、それに代わる新しい産業を生み出せないまま、もう一つの柱である自動車産業が一本足打法で日本経済を支える状態となってしまっている。
このような事実を目の当たりにし、政府としても「次の大企業」となるベンチャー企業を生み出さなければ高い経済成長を期待できないという気持ちになったのだろう。
そして、起業を積極的に推進している中央政府に倣って地方自治体でも同様の政策が打ち出されており、日本各地で起業家向けのセミナーが開催されたり、ベンチャー企業のためのインキュベーションオフィスが開設されたりしている。
しかし、起業すること、ベンチャー企業を経営することの難しさを肌で理解していない役人が起業をあおることは甚だ無責任ではないかと思ってしまう。
[LIGARE vol.33 (2017.5.31発行) より記事を再構成]
今になってその最終回である第10回を振り返ると、そのタイトルは「起業で仕事は100倍楽しくなる ! リスクを恐れず未来を創ろう」となっており、何となく起業することをお勧めするような内容となっている。
起業してから2年4か月が経過したが、この短い間でもこれまでの経験はスリル満点であり、相当な凸凹道であった。そして今も様々な不透明感がある中で会社の経営に携わっており、一つの判断ミスが会社全体の存否につながる緊張感のある毎日を送っている。
そういう経験を積み重ねていくと、安定した職業である公務員の人たちや様々なセーフティーネットが用意されている大企業の人たちに対して、安易に起業をお勧めしてはならないと思い始めており、過去に書いた自らの連載の主張に対して否定的になりつつある。
しかし、世の中は依然として“起業をあおる”雰囲気が蔓延しているように感じる。
やたらと開かれているベンチャーのピッチイベント
起業してインキュベーションオフィスに入っていると、やたらと“ピッチイベント”なるものへのお誘いが来るようになる。ベンチャー企業が50社~100社程度集められ、ベンチャーキャピタル、銀行、大企業などの前で2分~5分程度の短いプレゼンテーションを行うイベントのことだ。ピッチイベントの中には選考の上で優秀と認められたベンチャーを表彰し、資金提供などの特典を与えるものも多い。最近のベンチャーブームを受けて、メディア系、銀行系、証券系、政府系など様々な機関が主催し、数多くのピッチイベントが日本各地で開催されている。
そういう私もインキュベーションオフィスに入居していた際には、経済産業省系の政府関係機関であるNEDOが開催するTechnology Comm-ercialization Program(TCP)というピッチイベントに参加し、優勝特典であるシリコンバレー派遣を夢見てプレゼンテーションをした経験がある。結果は第一次選考通過、第二次選考落選という惨めな顛末だったのであるが。
ところが最近になって聞いて驚いたのは、ベンチャー企業のアイデアを“盗む”ためにピッチイベントに来ている大企業が少なからずいるということだ。
今になって振り返れば、ピッチイベントという構造自体がベンチャー企業を小ばかにしていると思わざるを得ない。ヒト・モノ・カネがなく吹けば飛ぶようなベンチャー企業に対して、忙しい大企業の社員が“わざわざ来て”話を聞いてやるのだから、短い時間で簡潔に説明するのが当然だろうという立てつけになっていること自体がそうだ。
まさに“美人コンテスト”のような形で比較されるわけだが、その結果として“スター”を確実に生み出していくなら理解できるものの、真剣に準備をして簡潔にまとめたベンチャー企業のプレゼンテーションを聞いて自社の新規事業のネタにしようと企む大企業が聴衆にいるとすると、これほどの差別はないだろう。
ベンチャー企業と言っても、株式会社である限りはどんなに資本金・売り上げ・社員数が少なかろうとちゃんとした“法人”なのである。法人という資格がある限り、規模の差があったとしても法人同士の関係は対等でなければならないと思う。そうであれば、ベンチャーだけがプレゼンテーションを行うのではなく、大企業とベンチャーの双方がプレゼンテーションをし、関心のあう会社同士が個別に話し合うというスタイルを取るべきではないだろうか。
主催している大企業や参加している大企業が本気でベンチャー企業と組もうと思っていない限り、ピッチイベントの大半はベンチャー企業にとって時間と労力の無駄遣いを強要し、彼らのアイデアを食い物にする活動だと言わざるを得ない。
拡大する中央省庁のベンチャー振興策
政府や自治体のベンチャー振興策も拡大傾向にある。代表格というべき政策が、一次選考で私が落選した「研究開発型ベンチャー支援事業」である。前述のNEDOが実施している事業であり、大企業や大学などに勤務する「起業家候補」を対象に、選定されると年間で650万円/人の給与と1500万円/チームの活動費が支払われるという破格の支援を受けることが出来る。
また、文部科学省では、「大学発」ベンチャーを積極的に推進しており、大学と民間人材のマッチングによる大学発ベンチャーの創出を支援するSTARTプログラムを始め、東京大学、京都大学、大阪大学、東北大学の4大学へのベンチャーキャピタル創設、JSTによる研究開発型ベンチャーへの出資など、大学の研究成果をシーズとして起業することをあらゆる角度から推進している。
昨年4月に取りまとめられた「ベンチャー・チャレンジ2020」には、2022年までに開業率を倍増するとともに、ベンチャー企業へのVC投資額を倍増するとある。
その上で、前述した政策を含め、政府が充実させようとしているあらゆるベンチャー支援策について網羅されている。
バブル崩壊以降、約30年に渡って低成長を続けている我が国を尻目に、世界ではグーグル、アップル、アマゾン、フェイスブック、アリババなどベンチャー企業から立ち上がった企業が時価総額上位を占める大企業に成長している。
一方で、我が国では日本経済を支える2本柱の一つであった電機産業が苦戦し、それに代わる新しい産業を生み出せないまま、もう一つの柱である自動車産業が一本足打法で日本経済を支える状態となってしまっている。
このような事実を目の当たりにし、政府としても「次の大企業」となるベンチャー企業を生み出さなければ高い経済成長を期待できないという気持ちになったのだろう。
そして、起業を積極的に推進している中央政府に倣って地方自治体でも同様の政策が打ち出されており、日本各地で起業家向けのセミナーが開催されたり、ベンチャー企業のためのインキュベーションオフィスが開設されたりしている。
しかし、起業すること、ベンチャー企業を経営することの難しさを肌で理解していない役人が起業をあおることは甚だ無責任ではないかと思ってしまう。
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