【特集】WHILLの法人・無人貸出が成長中 高齢者など新しい層来場増
2025/3/26(水)
運転免許不要の4輪モビリティ「WHILL(以下、ウィル)」機体の開発・販売と、関連するモビリティサービスを手掛けるWHILL株式会社(以下、会社名をWHILL、モビリティ機体をウィルと表記)が、法人向けに機体の貸し出しサービス採用を増やしている。最近では無人での貸し出しオペレーションを選択できるようになり、利用者・施設にとって利便性が高まり、集客にも効果的との反応をWHILLは確認している。
「駐車場から施設までの歩行がつらい」といったウィル利用者の声や、施設側が感じている課題に応えた。無人貸し出しによってWHILLのサービスはどう進化するのか? 同社 法人レンタル事業本部 本部長 杉浦 圭祐氏に聞いた。
「駐車場から施設までの歩行がつらい」といったウィル利用者の声や、施設側が感じている課題に応えた。無人貸し出しによってWHILLのサービスはどう進化するのか? 同社 法人レンタル事業本部 本部長 杉浦 圭祐氏に聞いた。
WHILLはウィル専用の保険とメンテナンス、自社開発した機体管理システムなどをパッケージ化し、法人向けの「WHILLモビリティサービス」として2023年4月に事業化。以来さまざまな施設で有人での導入を増やすとともに、無人貸し出しする実証実験も重ね、24年8月よりウィルをレンタルできるアプリ「WHILLレンタル」を活用した無人での貸し出しも組み入れた新たな形でサービス提供を開始した。25年1月、大阪・岸和田市の蜻蛉(とんぼ)池公園で定常運用が始まり、以降も採用例が増えている。
「駐車場~施設の歩行」「人割けない」の課題に対応
杉浦氏はモビリティサービスの事業化について、ウィルの貸し出しを始めた当初より顧客より寄せられていた「貸したい場所で貸せないという施設側の課題に応えた」と話す。ウィルの貸し出しをすでに行っている施設は約70カ所ある。ショッピングモールを例にとると、「インフォメーションセンター」などの窓口でウィルや車いす、ベビーカーの貸し出しをしている。こうした窓口の運営を、モール運営会社が別会社に委託していることは多い。
これらの貸し出しをすでに有償で行っている場合は、ウィルを窓口近くに置けば済む。ただ、モール運営会社と受託会社間で業務の契約中に「金銭の授受」が含まれていないことは少なくない。窓口で現金の受け渡しができないという問題を解決するには委託契約の見直しが必要となる。「しかし、契約は簡単に変更できないことが多い」(杉浦氏)。
また、モールだけでなく公園など含めたいろいろな施設で窓口と駐車場が離れている例は多い。高齢者をはじめ、長い距離を歩くことに不安をもつ、ウィルを使う可能性のある人にとって、駐車場から目的の施設までの移動がまずつらいという現状がある。しかし、駐車場で有人貸し出しをするには割けるスタッフが足りないという問題もある。
ウィルを駐車場に置いて無人でも利用できるようにし、移動が簡単になれば、来場者に有益と施設側でも認識している。また、レンタル料による収益も期待できる。こうした事情からWHILLは法人向けモビリティサービスの開発を決めた。
利用者も運営者も「すべての人に使いやすい」設計
モビリティサービスの開発にあたってこだわったのは、利用者側と施設運営側の双方にとって「使いやすいこと」だ。企業ミッションにもかかげる「すべての人に使いやすい」を意識して開発したと杉浦氏。アプリは、外出先でウィルが利用できるかどうかを示し、施設内のどこに機体が設置されているか分かるマップ機能を盛り込んだ。アプリを使って予約もできる。チュートリアルが充実し、QRコード読み取りですぐに機体に乗れる設計も利用者から好評。高齢者はじめスマートフォンを使い慣れない利用者でも、同行者が手助けして簡単に使える仕様だ。施設側の負担はわずかで済む。
管理画面には多くの施設運営者から寄せられた声を反映させた。「オペレーションポータル」機能で機体の現在位置とバッテリー残量が一目で分かり、利用者側にも施設側にとっても安心。また、WHILLや、自動車ディーラーなどウィル正規販売店のエンジニアが半年に一度、機体のメンテナンスを行う。
情報発信にも力を入れている。アプリやウェブサイト、SNSといった自社メディアは当然。マップ機能に施設のURLを掲載したり、施設側にウィルがあるとホームページ上に載せてもらったりしている。ウィルを利用する可能性がある人はバリアフリールートなど施設の情報を詳しく見ていることが多いからだ。
初採用から法人の導入続く「新客層呼べる」感想
アプリを使ったモビリティサービスの定常運用として第一弾の蜻蛉池公園は約62万㎡、甲子園球場の約16倍の面積をもつ。自然の地形を利用してつくられた園内には池や花園、アスレチックや各種の競技場が設けられている。一方で自然を生かしたがための高低差がつらいという来園者もおり、課題となっていた。そこで管理会社はモビリティサービスの採用を決め、ウィル「モデルS」2台を設置した。ウィル正規販売店の地場カーディーラー、カローラ南海も定常運用に協力した。急な坂を登れるかの試走など導入前から入念に準備を重ねた。
2月には商業施設シャポー市川で定常運用が始まった。24年6月に実証実験を行い、利用者・テナント双方の好評を受けて採用された。実証後の調査ではテナント店舗の約7割が「ウィルの導入により新しい客層を取り込める」と回答。シャポー市川以外の施設でも同様の感想は多い。歩行に不安がある人がウィルを使うことによって施設のすみずみまで回遊でき、新しい層の来場が期待できる。
「移動が生活豊かに」好例 祖父母ウィル乗り孫と買物
店舗・施設から多く挙げられる感想として杉浦氏が紹介してくれ、読者も感覚的に分かるだろうエピソードもある。「歩きづらさから外出をあきらめていた祖父母が家族と一緒にウィルをモールで買い物し、孫に何か買ってあげる」ことで新しい消費が生まれるというものだ。モビリティ(移動できること)が生活を豊かにするという典型例ではないだろうか。また、さまざまな場所で実証をすると、「こんな便利な乗り物があると知っていれば、おじいちゃんおばあちゃんを連れてきたのに」といった声を聞くことが多いと杉浦氏は紹介した。笠間つつじ公園(茨城県笠間市)での「つつじまつり」期間中の実証の様子がテレビ放映されると、次週、高齢者の来園が20人増えた。
協業がつくる新しい使い方
WHILLは施設と協力してWHILLモビリティサービスを活用した新しいサービスも作り出している。仙台・秋保温泉の旅館「佐勘」ではウィル利用付きのバリアフリールーム宿泊プランを2月より提供。北九州市のスカイレンタカー九州は折り畳み型のウィル「モデルF」と自動車レンタルを組み合わせた全国初のプランを始めた。
東京・天王洲で行われたアートイベント「動き出す浮世絵展 TOKYO」では、来場者や主催者、WHILL社員がウィルに乗って作品を鑑賞するツアーが行われた。また、だれもがアートやイベントを楽しめるようディスカッションするワークショップも開催された。
目標 国内10万カ所でウィル借りられる
人手不足が大きな課題とされて久しい日本でウィルの無人貸し出しニーズは増えてくるだろうと杉浦氏は予測する。とはいえ、WHILLの方針は無人サービスを増やすことでなく「駐車場からの距離、有人の車いすやベビーカー貸し出しをしているかなど、それぞれの施設に最適な形・動線でウィルを導入してもらう。無人サービスはあくまでオプションの一つとして提案する」(杉浦氏)。さまざまな施設でウィル導入の引き合いは大きい。杉浦氏はモビリティサービスの導入目標を「ちょっと大きく出る感じだが、10万カ所を考えている」と明かす。モールや公園といった施設の数を合計すれば国内約10万カ所となる。全ての場所に1台以上のウィルがあり、「すべての人に使いやすく」レンタルできることを目標としている。
市場は日本の何倍? 海外展開
訪日観光客の利用や海外での導入増にも期待がかかる。WHILLは設立1年の13年時点で米国に現地法人を設立しており、現在、海外に計5拠点を構えている。米国でのウィル貸し出しは大きく成長した。杉浦氏によると、米国では歩行支援モビリティの市場規模は日本の約30倍。歩行につらさを感じたら迷わずモビリティを使って外出する素地があるという。日本でも海外でもウィル利用の伸びしろは大きいとみている。
「外出満喫が一番嬉しい」モビリティ整備が生む賑わい
「歩行に不安を感じる利用者が、『同行者に手間をかけたくない』といった遠慮をせずウィルを使って外出を満喫してもらえれば一番うれしい」と杉浦氏。「うちの施設に高齢者は来ない」といった、新しい客層を呼ぶことをあきらめている施設運営者も多い。モビリティを整備することによって人のにぎわいを作り出せる可能性を考えてほしいと語った。※図表はすべてWHILL提供