特集

【特集】モビリティDX、車産業の現在地と針路 経産省伊吹局長に聞く

2025/10/7(火)

世界の自動車産業が「100年に一度の大変革期」にある中、ソフトウェア・デファインド・ビークル(以下SDV)、自動運転車への移行は不可逆な流れ。日系自動車の世界シェア3割を2030年のSDV時代でも確保するための「モビリティDX戦略」(以下、「戦略」)は始動2年目に入り、自動運転のAIモデル開発を新たな目標に加えて官民が実現に向け、尽力している。日本の自動車産業は現在、どのような立ち位置にあり、どこへ向かおうとしているのか。自動車・モビリティにとどまらず国内の製造業全体を所管する、経済産業省 製造産業局の伊吹英明局長に「戦略」の現在地と、その先に見据える未来を聞いた。
※図表は全て2025年6月9日に経済産業省 製造産業局と国土交通省 物流・自動車局発表の『「モビリティDX戦略」2025年のアップデート』https://www.meti.go.jp/press/2025/06/20250609001/20250609001.htmlより

伊吹 英明(いぶき・ひであき)氏 経済産業省 製造産業局長
経歴:1991年通商産業省(当時)入省。経済産業省 製造産業局 自動車課長、中小企業庁 長官官房総務課長、経済産業省 近畿経済産業局長などを経て2023年7月より現職。


日本の自動車産業の競争力と現在地

――日本の自動車産業の競争力をどう評価するか。日本企業が強みをもつ従来型の自動車(クルマ)と、自動運転車、SDVに分けて教えてほしい。
まず、自動車産業全体でいうと、年間約9000万台の世界市場のうち、日本車は2400万台ほどで、2024年のシェアは3割弱。この数字は認証問題など一過性の影響があり、実力はもう少し上だと思う。自動車産業の基本的な競争力は高い。ここ1、2年の結果だけを見ると、BEV化に大きく舵を切っていた欧州メーカーが需要の停滞で厳しい状況にあるのに対して、日本のメーカーは比較的堅調と思っている。BEV一辺倒ではなく、HEVやPHEV、ICEを幅広く造れる多様な技術が世界の消費者ニーズに応えられているのだと考える。
2030年、35年のSDV台数推計

2030年、35年のSDV台数推計



一方で、自動運転やSDVの分野では、状況が異なる。レベル3自動運転の市販車を日系メーカーが世界で初めて開発するなど、先行している部分があった半面、現在では無人運転のレベル4自動運転タクシーなど米国、中国のスタートアップに後れを取っている。SDVでは、統合されたソフトウェアを搭載したモデルが出始めていて、次の競争力の軸はソフトという意識は国内メーカー各社に浸透している。だが、SDVでこれまでの世界シェア3割を保っているかというと、そういうわけではない。だからこそ、「戦略」では、SDVでも従来の自動車と同様にシェア3割を数値目標として、取り組んでいる。


――クルマについて世界的な「BEV需要停滞」がいわれる。要因を何とみる。
一言で言えば、消費者が受け入れていない、ということだと思う。現時点ではやはり車両価格の高さが最大の要因と考える。加えて、電池のコスト、電力インフラや充電器、各国の規制などの問題がある。所得が高くない国でいきなりBEVは普及しないし、日本でも、既設の集合住宅で充電器を導入するのは簡単ではない。政策的に充電インフラの整備はだいぶ進めていると思っているが、不安を感じるユーザーが多いのだろう。

BEVの「停滞」は、日本メーカーにとっては、ある種「時間の猶予」と捉えることができる。今しっかりと準備をしないと、次のBEV需要の波に乗り遅れ、欧州勢と逆転しかねない。この猶予期間に、FCEVや合成燃料車といった多様な選択肢も含め、世界の市場を注視しながら、どこにどの技術を投入していくべきか、各社が戦略を練ることが求められる。日本勢はもちろん、BEV専業のイメージが強い中国BYDでさえ、エンジンの技術をベースにしたPHEVを相当な量生産している。現状に限ると、バランスの取れた製品ラインナップを持つ企業が、成果を挙げていると言えるだろう。

国内を走る自動運転タクシー、カギは制度整合と社会受容

――自動運転について「米中先行」の感がある自動運転タクシーから。
「後れを取っている」と言ったものの、「お手上げ」ではない。日本でも数年後には自動運転タクシーが走ると思うし、個人的な希望としては2、3年後だといいなと思う。米ウェイモが日本国内でもデータ収集を始めた一方で、国内企業も大企業、スタートアップを問わず実証実験、技術開発を進めている。

現行の各種法令を厳守した自動運転タクシーの運行は、これまでのタクシー事業の制度と全く同じ運用とはならない問題が生じる。自動運転タクシーの運行を考慮した各種法令課題の整理が必要であり、このためには、経済産業省だけでなく国土交通省、警察庁、デジタル庁などが連携し、1つ1つの課題を丁寧に解決していくことが重要になる。日本の自動車メーカーにも自動運転タクシーに取り組みたい意欲は確実にある。提携相手を見つけ、採算性を確保することが今後の鍵となるだろう。
海外自動運転タクシーの状況。国内OEMとも提携

海外自動運転タクシーの状況。国内OEMとも提携



――米中勢が自動運転タクシーからレベル4を始めた理由をどうみる。
都市部で自動運転タクシーを運行することで早く収益に結び付くとみているのでは。また、米中ではアプリによるタクシー配車がすでに浸透しており、自動運転タクシーに対する社会受容性の高さにつながっていると感じている。

――日本ではまずバス、そしてトラックからレベル4実装が進んでいるように思う。
バス路線であったり、新東名高速のトラック走行であったり、決まったルートを走り、走行環境が安定していると実装しやすいという判断で、商用車が先行している。自動運転タクシーでも商用車でも世界に展開可能なビジネスモデルの早期確立に向けて「戦略」を推進する。加えて国内では、人手不足に起因する公共交通・物流網の維持が社会課題としてあり、その解決策としての意義も大きい。「自動運転車やSDVが社会にとって有益で自分も使ってみよう」と人々に感じてもらえる受容性の醸成に省庁をまたいで取り組んでいる。
商用車領域が目立つ日本の実装事例

商用車領域が目立つ日本の実装事例



SDV開発速く力強く、協調と競争の「戦略」

――SDVは「戦略」の中核となる領域だ。「戦略」が2024年5月に始動して以来の総括を。
「戦略」の趣旨は、自動車産業の構造が大きく変わる中でも競争力を維持・拡大すること。そのために、産官学が協調できる領域では最大限力を合わせた上で、個社として競争する。協調領域の一例が、仕様の共通化。SDVに欠かせない半導体 (System on Chip、SoC)開発では、政府も出資して「自動車用先端SoC技術研究組合」(ASRA、読み:アスラ)を設立して、自動車OEM、サプライヤー、半導体メーカーなど現在14社が共同で開発を進めている。これは、企業が次世代で必要となる技術を全て自前で開発するのは非効率であり、困難という共通認識があるからに他ならない。
ASRA概要

ASRA概要



また、自動車関連の企業・スタートアップはソフトウェアの技術者を切実に欲している。そのため、「モビリティDXプラットフォーム」を組成してSDV開発に求められるスキルセットを整理し、自動車業界の魅力をエンジニアに訴える取り組みを各者が一丸となって推進する。その上で、「競争」の領域については、協調する基盤技術の先の独自技術開発に企業各社が尽力し、ソフトウェア人材が集まる拠点づくりも進めている。また、経済産業省としては例えば各社が車載電池の生産体制を増強する計画に対し、補助金を交付している。「戦略」を策定するに当たって産業界や学界で活躍する委員とは、百に届くかという、ものすごい回数の打ち合わせを重ねた。産業界との連携は経済産業省として毎日の仕事だが、各界の第一人者がたいへんな時間を「戦略」のために使ってくれたという点は特別かもしれない。


2年目の最重要課題、AI開発 産官学が一丸で

――今年6月に「戦略」の「アップデート」を発表した。ポイントとして「新たなAI技術を活用した自動運転技術の開発・実証」を挙げている。詳細を。
1年目の時点では明確に議論されていなかったエンドトゥーエンド(プログラムに基づかずAIが認識から制御までを行うモデル。E2E)の自動運転AIが急速に進歩し、世界の潮流となった。そのため、E2EのAI開発で日本に必要な施策を「アップデート」で打ち出した。その一つとして、オープンデータセットの構築を、2024年度補正予算を投じて進めている。自動運転AIの開発で今、求められているものが走行データだが、実際に車両を走らせて集めるだけでなく、AIを利用してデータを生成することで速やかにデータセット、さらにはE2EのAIそのものの開発に関するプロジェクトを考えていて、各業界にヒアリングを重ねて詰めている。2年目の最大のテーマと考えている。同時に、諸官庁の自動運転実証に関連した予算が3年や5年の複数年度になっていて2026年度に切り替え時期を迎える。実証だけでなくSDVや自動運転が社会に受け入れられる素地をつくる上でも重要で、しっかりと議論していく。
協調・競争領域の図解。AIを新たな開発テーマとし、アップデートされた

協調・競争領域の図解。AIを新たな開発テーマとし、アップデートされた



普及するSDV、自動運転を一般乗用車にも応用

――その他、日本のモビリティ産業が世界で競争力を維持するための施策は。
先述した3つの内容(協調・競争、社会受容の醸成、ソフトウェア開発)に尽きるが、追加するならば自動運転の技術を個人所有のオーナーカーに転用すること。現在の自動運転の開発は商用車を主眼にしているが、自動車メーカーとしては、SDVはもちろん、自動運転の技術も転用を意識しながら開発を進めていくことが重要になると思う。消費者も運転しないで済み、「衝突しない」安全性や機能のアップデートといったメリットを感じる。レベル2相当の安全運転支援システムは新しい軽自動車にも搭載されているので、今後はレベル2プラスが入ってきてSDVが着実に普及していくだろう。
自動運転の技術はオーナーカーにも生きる

自動運転の技術はオーナーカーにも生きる



世界の変化に対応、国内産業を支援する政策

――米国の関税と、自動車はじめ国内産業への影響に注目が集まる。
米国政府が当初25%としていた完成車の関税引き上げは15%に定まった。日本の自動車メーカーは関税影響により、収益を削っていたのが実情。これからの企業活動としては、製品値上げ、原価低減、調達の工夫といった動きについて、この先数カ月の米国市場での影響をみながら判断すると思う。

――半導体、原材料など自動車の関連産業についての政策は。
自動車がSDVやEVに移行する中で、統合制御するための半導体や電子部品の需要はますます増大する。半導体産業は、国として法律をつくって支援している他、ASRAも発足した。また、電池や半導体の原材料として日本に入ってこないと困るレアメタルの国家備蓄をしたり、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)を通じて鉱山や精錬工場に出資をしたりで、あるルートで供給が途絶えても製品の生産を止めないよう対策を打っている。加えて、経済安全保障の観点から、友好国と連携した調達網を確保する努力も欠かせない。

素材について言うと、自動車のライフサイクルを対象としたCO2規制が欧州をはじめ入る。クルマが走る間の排出は、BEVなのかHEVなのか合成燃料なのかエネルギー源も含めて各マーケットで最少のCO2排出を探していくことになる。一方、クルマができるまでの製造工程で排出量が一番大きいのは鉄鋼の生産なので、高炉製鉄に比べてCO2排出を抑制し、自動車に使われる高級鋼を生産可能な電炉開発に対して補助金を交付し、今年度のCEV補助金において、いわゆるグリーン鉄の導入に関する自動車OEMの計画・取り組みを評価し、補助額を加算する措置を新設した。廃車後の金属やプラスチックのリサイクル政策も進めていく。
60秒早わかり解説 GXを推進するグリーン鉄って何? METI Journal ONLINE

空と宇宙のモビリティ ビジネスモデル確立を推進

――局で担当する自動車以外のモビリティ政策も伺いたい。
大きく分けて飛行機、ドローン、空飛ぶクルマ、そして宇宙関連がある。飛行機では、2050年のカーボンニュートラルが義務で、ハイブリッドや燃料電池といった、日本が優位性をもつ技術が求められる。エンジンや機体を製造する国内企業を支援し、事業モデルとしてメンテナンスでも稼ぐことも推進する。将来は飛行機全体を国内で製造できる産業基盤を目指す。ドローンは、生産コストで海外に負けているので、費用対効果の十分な製品を開発することが必要になる。物流やインフラ点検といった民需だけでなく公共工事で使われる例も多い。この部分を日本勢がとれるよう応援する。空飛ぶクルマは、万博での実証を終えて空港と発着ポート間の往復、遊覧飛行といった営業運航を2、3年後から始める予定で実績を重ねていくことが重要になる。これら空のモビリティがお互いに干渉して事故の起こることがないよう制御する制度づくりが進んでいる。



宇宙は、国の機関が大型ロケットで大型衛星を打ち上げるモデルから小さい衛星を多数打ち上げる「コンステレーション」へと変化し、スタートアップ参入も著しい。衛星通信や地球観測データを活用したビジネスモデルを数多くつくっていきたい。

国内で自動運転車造れる日本、優秀な公共交通は弱み?

――最後に、自動運転における日本の強みと弱みは。
強みは、自動運転車の開発に必要な産業が国内にフルセットで揃っていることだ。完成車メーカーはもちろん、半導体、電装品、カメラといったキーコンポーネントを製造する企業が揃っている。そして、海外の先端技術をきちんと評価して自社のシステムに組み込む、いわゆる“手の内化”できる企業・人材も豊富に存在する。他国にはない大きなアドバンテージで、日本の一番の強みと考えている。
日本の技術力は世界有数、課題は事業化との評価

日本の技術力は世界有数、課題は事業化との評価



一方で、弱みは新しいモビリティに対する慎重さ、社会受容性の低さだと思っている。自動運転実装のスピード感が米中に比べて弱い理由は、皮肉なことに日本の公共交通が非常に優れている点にある。時間通りにバスや電車が来ることが当たり前の社会では、自動運転という新しい技術に対する利用者の期待水準が非常に高く、失敗に対する風当たりも強い。例えば、私が住んだことのあるロンドンでは、バスの定時定着性がたいへん悪く、路線バスが途中で運行を打ち切り、乗客を降ろすことが珍しくない。ロンドンなら「またか」と利用者もあきらめるが、日本では許されない。公共交通に対する信頼性の高さが、新しい技術の社会受容でスピード感の欠如につながっている面は否めない。
実装の加速に向けて自動運転車の政府調達も計画

実装の加速に向けて自動運転車の政府調達も計画



(取材/後藤塁・楠田悦子・松永つむじ、文/松永つむじ)

▼ 自動運転特集のその他の記事はこちらから! ▼
自動運転特集_バナーリンク

get_the_ID : 247706
has_post_thumbnail(get_the_ID()) : 1

ログイン

ページ上部へ戻る