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【特集】経産省 菊川局長が語る産業競争力とイノベーション、L4政府調達

2025/10/1(水)

国際的な産業競争が激化する中、日本の競争力強化とイノベーション創出に向けた政策は、かつてないほどのスピードで進化している。経済産業省では2024年に「イノベーション・環境局」を新設し、「戦略技術領域」への集中投資、スタートアップ支援、イノベーションの促進など、省庁横断の施策を本格化させている。同局の菊川人吾 局長は政府と自治体が協力して100台単位でレベル4自動運転車を調達し、社会実装を早めたいとも話す。日本の競争力強化に向けた政策の全体像と、その背景について伺った。

菊川人吾(きくかわ・じんご)氏 経済産業省 イノベーション・環境局長
経歴:1994年通商産業省(現・経産省)入省。WTO TBT委員会議長(在ジュネーブ日本政府代表部参事官)、経産省 商務情報政策局 情報産業課長、内閣官房・デジタル庁 参事官などを歴任し、2024年7月よりイノベーション・環境局の発足に伴い現職。米国公認会計士の資格も持つ。


社会実装まで政府調達含め伴走、投資につなげる支援

――産業の一気通貫支援の考え方について。
日本の産業競争力を高め、「賃上げと投資が牽引する成長型経済」を実現するためには、基礎研究から社会実装までを切れ目なく一気通貫で支援する政策が不可欠だと考えている。従来は研究段階への支援が主だったが、それだけでは不十分であり、技術の産業化や社会実装まで伴走し、最終的に民間の投資を呼び込む政策が重要と考えている。この一気通貫支援の根底には、※「戦略と創発」の両立という考え方がある。あらかじめ支援分野を固定するのではなく、民間や現場から生まれる創発的な技術にも柔軟に対応し、変化の激しい社会情勢や技術トレンドを捕捉する。

※日本経済団体連合会(経団連)が国内の研究開発について提唱する考え方。「破壊的イノベーションは選択から外れた想定外の分野から起きる」ことを前提とし、従来盛んに言われた「選択と集中」から、長期的な視野に基づき、多様性と融合によってイノベーションを創出する「戦略的・創発的な研究・投資」が必要と説く

――政府はどのような支援体制を描いているのか。
現在、量子コンピュータや先端半導体といった分野において、数千億円に上る投資を進めている。たとえば、半導体メーカーRapidus(ラピダス)への支援や、産業技術総合研究所(産総研)つくばセンターに計3基を備える量子コンピュータが例だ。最高水準の量子コンピュータを視察するために世界中から研究者が訪れている。

こうした分野の支援を、従来の補助金や税制優遇にとどまらず、政府調達や法制度の整備までを含む包括的な政策として推進している。次世代産業の種をまくと同時に、民間単独では資金面をはじめとするリスクをとるのが難しい分野に、政府がユーザーとして参入することで、確実な市場形成を促していく。中小企業は量子コンピュータを購入することはできないので、政府や自治体の研究機関が調達し、企業が利用できるようにする。必要なら法律を改正して支援する。政府が必要に応じてリスクを取ることで、イノベーションの社会実装を確実に後押ししていきたい。

世界で勝つ産業を育成、国際標準、市場作りも注力

――支援を一気通貫で行う「戦略技術領域」は具体的にどういった領域を考えているか。
候補として挙がっている領域をさらに細分化して詳しく検討し、詰めている段階だ。いずれにせよ戦略と創発を大事にして「日本が強みを生かし、世界で勝てる」次世代産業を育てようとしている。5年に一度改定される内閣府「科学技術・イノベーション基本計画」が2026年度に次の改定を迎える中で戦略技術領域を決定する。国内産業の勝ち筋を創る意思を明確に、力強く進む。

世界で勝つには国際標準作りも重要と考える。新しい産業が興り、市場が生まれるのとタイミングを同じくして国際標準・規格も決まっていくからだ。量子分野では24年5月にISO/IEC規格の議論が始まっていて、日本が標準作りを主導している。標準を整えた上で基礎研究・技術を産業化し、市場を作っていくことも政府が果たすべき役割と思う。
新たな産業育成と国際標準に政府が主体的に取り組む

新たな産業育成と国際標準に政府が主体的に取り組む



霞が関から自動運転車を調達、全国に100台単位で広める

――産業化・市場作りで局・政府が進めている具体例を教えてほしい。モビリティについても伺いたい。
前述した量子コンピュータなど政府調達が市場作りの一つの形となる。モビリティで言うと、霞が関の庁舎と議員会館の間では、国会対応のために10分間隔で定期便が走っている。この車を無人のレベル4自動運転に置き換えたい。経路が決まり切っており、比較的、自動運転化しやすい。政府がまずL4を実装することで、自動運転を全国展開する姿勢をはっきりと示したいと思う。これは名だたるスタートアップが集うイベント「IVS2025」でも少しお話しした。


――自動運転を全国展開する工程を詳しく教えてほしい。
限定された地域だけでなく文字通り全国で展開するために、公共調達の形を考えている。例えば「四国で100台、九州で100台」といったようにブロックごとにまとまった台数を調達することで、自動運転車の調達・生産コストは下がるし、事例の横展開もしやすい。「何十カ所の自治体と一緒にまとめて調達しますよ」という計画を政府が責任をもって示すことで実現できると思う。経産省だけでできる話ではないので、私は国交省の幹部に「とにかく一緒にやろう」と何年も言い続けている。

――国会との定期便だけでも、いつごろ調達・走らせたいというのは。2025年度内と期待してもいいか。
「できるだけ早く」の一言に尽きる。省内や省庁間の調整も必要だが。「モビリティDX戦略」に政府調達はじめ自動運転の早期社会実装に向けた構想が加えられ、公共インフラとしての自動運転の必要性が「骨太の方針」に明記された。そして、紹介してきた通り、イノベーションの社会実装を実現するため、企業や大学を応援する仕組み作りに努力している。

産業の多様性に世界注目 産学強い連携で研究成果を形に

――モビリティDX、異業種連携に関して、自動運転、SDVで必要となるソフトウェアやAIの技術者は自動車業界に関心が薄いように思う。人材を呼び込む政策は。
「戦略」の中で産学官、自動車業界と異業種の連携プラットフォームを発足させ、局として基礎研究と産業界を結びつける取り組みを文部科学省と共に進めている。また、「世界で競い成長する大学経営のあり方に関する研究会」で、産業界から大学に研究費を出しやすい仕組み、次代に必要となる研究に企業が投資する仕組みを作れないかと議論を始めている。次世代の自動車だったらAIや半導体、センサーの基礎研究に投資がされるよう局として導いていきたい。大学に投資がされ、産業界との連携が緊密になることで日本の強みが生きる。

日本の強みとは、基礎研究の成果をユースケースとして現物に仕上げる豊かな産業構造にある。製品も素材も、自動車・造船・半導体・化学・鉄鋼といった多様な産業を擁する国は世界で見ても少ない。英国大使館の講演で私が登壇したところ、英国人の出席者が「国では素晴らしいAIや量子の研究成果が発表される。しかし、成果を生かす産業が自国にはない。全部日本の産業に使われる」と笑っていた。日本であれば、AIと自動車、ロボットといった組み合わせが実現できる。国内の産業構造を「再編が進んでいない」と問題視する向きもあるが、特長と捉える人も多いということだ。この強みを伸ばす。
海外各国の政府も勝ち筋を狙い投資を進める

海外各国の政府も勝ち筋を狙い投資を進める



最大の課題 科学力の再強化、スタートアップを応援

――多様な産業が残る日本の企業の中でも、局がスタートアップにとりわけ注視する理由は。
スタートアップがイノベーションの担い手だからだ。急激に変化する世の中では機敏に動けるスタートアップにかかる期待は大きい。自動運転ではAI・通信・センシングといった技術の融合が不可欠で、若い企業の横断思考は強みとなる。スタートアップによるGDP創出額は間接波及効果まで含めると2024年度で約22兆円、前年度比15%の高い成長率を示し、経済における存在感が大きくなっている。大学発スタートアップが2024年度で5000社強に増え、学界と産業界の関係で見ても可能性を感じさせる。

――イノベーション・環境局の発足から1年を経て感じる課題と対策を伺いたい。
一番の課題と思っているのは、産業界や経団連が指摘するように国内の基礎的な科学力・研究力が落ちていること。日系企業はグローバルに展開しているので、日本の中に優れた研究者や拠点が見つからなければ、当然海外で研究する。企業が海外に委託する研究の割合は20年前で約10%だったが、最近は40%を超えている。委託増によって海外からの受託費と差し引きした「研究赤字」は1兆7000億円に上る。日本の企業に国内で研究してもらうインセンティブを作らなければいけない。そのためにイノベーションの担い手であるスタートアップを応援し、大学で行われる基礎研究と産業界とを結びつける政策を実行していく。日本には素晴らしい研究者がいて、研究拠点があるということを知ってもらうよう力を尽くす。

※図表は全て経産省のイノベーション・環境局と、GXグループが6月23日に発表した資料「今後のイノベーション・GX政策について」より

(取材/後藤塁・楠田悦子、文/松永つむじ)

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