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伊藤慎介の”Talk Is Cheap” ~起業家へと転身した元官僚のリアルな産業論 第3回 “やるやる詐欺”のオープンイノベーションでは何もおきない

2017/3/7(火)

 
組織を越えて他企業や大学、ベンチャー企業などと組んで新しいことにチャレンジすることを「オープンイノベーション」という。エレクトロニクス産業を中心として日本企業が苦戦する中、自前主義から脱却しオープンイノベーションを進める必要性が各所で叫ばれており、経済紙の紙面には毎日のようにこの言葉が登場する。

大企業の多くでは新規事業推進室やイノベーション推進室などが設置され、社を上げてオープンイノベーションを推進するための体制も整備されつつある。

また、オープンイノベーションの一環として、大企業によるベンチャー企業への投資も行われるようになっており、コーポレートベンチャーキャピタルという大企業がベンチャー企業に投資するための投資機能を持つケースも増え始めている。

ところが実際に経済産業省を飛び出してベンチャー企業の立場になってみると、オープンイノベーションの取り組みは企業によってかなり温度差があることを肌にしみて感じている。

 
実際には“やるやる詐欺”が横行
何かを“やる”と言っておきながら実際は行動に移さないことを私は“やるやる詐欺”と呼んでいる。こんな表現の英語はないだろうと思っていたら、No Action Talk Only=略称NATOという英語の表現もしっかりとあるらしい。

オープンイノベーションに関していうと、“やるやる詐欺”が横行しているというのが個人的な実感だ。

 
電気自動車の開発にあたっては、経済産業省で培った人的ネットワークを駆使すれば、モーター、バッテリーをはじめとして様々な大企業とのコラボレーションが実現するだろうと勝手に思い込んでいた。

 
しかし、残念ながら、経済産業省時代のネットワークを活用して訪問した会社については、100戦100敗でコラボレーションに至らず終わったというのがこの2年間の結果であった。

経済産業省時代の私は、役所や会社組織の壁を越えて関係性を構築することを狙いに研究会の開催を含めて様々な活動を実施してきた。役人というと机に座って来客を待っているイメージがあるかもしれないが、私自身はオフィスの席にほとんど座っていないくらい、常に様々な会社を訪問し、意見交換を重ねてきた。それくらいオープンイノベーションには徹底的にこだわって活動してきたと自負している。

 
過去に立ち上げてきた国家プロジェクトもオープンイノベーション的な要素を数多く含んでいる。街ぐるみで電気自動車の普及を目指す「電気自動車・プラグインハイブリッド自動車タウン構想」、発電機器・蓄電機器・スマート家電をつなげて賢い家を実現する「スマートハウスプロジェクト」、電気自動車を「動く蓄電池」として捉えた上でエネルギーの地産地消を目指す「スマートコミュニティプロジェクト」など、いずれも会社組織を超えた連携が必要不可欠であるプロジェクトであった。

 
ところが、これらの努力は全て水の泡であったというのが起業してからの2年間で突き付けられた厳しい現実だったのだ。

その一方で明るい光となったのが、当社の開発パートナーである三井化学株式会社、帝人フロンティア株式会社、ローランド株式会社との出会いである。

 
サンプルいっぱいのバッグを抱えて訪問して下さった三井化学

三井化学がrimOnO への搭載検討をしている最新材料
 
三井化学との出会いは2015年3月に遡る。パートナーの根津がベンチャー企業とのコラボレーションを模索しているとの話を三井化学の担当者から聞いた際に、新しく始めようとしているrimOnOのことを言及したところ、一度チームで訪問したいという話になったのがきっかけである。

 
当時の当社は、ベンチャーKANDAという東京都が運営するインキュベーション施設に入居していた。大手町すぐ近くの内神田というロケーションであるにもかかわらず家賃4万円という破格の条件の施設であり、資金力のないベンチャー企業にとっては非常に恵まれた場所であった。一方で、ビル自体は古い雑居ビルであり、大勢の来客がある場合は共用の会議室にご案内する必要があることから、名だたる大企業の人たちをお迎えするのに適した場所とはとても言えなかった。

 
2015年3月16日、その雑居ビルの会議室に三井化学の人たちがやってきた。R&D戦略室の森亮二氏を筆頭にそれぞれの担当者がサンプルの詰まった紙袋を持参し、テーブルの上に材料サンプルを並べたのちに、それぞれの材料の特性を説明して頂いたことをはっきりと記憶している。

 
その時の打ち合わせがあんまりにも盛り上がったこともあり、翌月には役員である星野研究開発本部長が足を運んで下さった。

 
今を思えば、試作車の影も形もない創業期の当社に大企業の役員の方が来られることがどれくらい異例なことであるかと思わざるを得ない。

 
このような形で衝撃的な出会いから始まった三井化学との関係であるが、試作車においては外装ボディに使われるウレタン素材、回転シートのクッション材として使われているゲルシート、フロントガラスの樹脂窓の施されている曇り止めコーティング(内側)及び撥水コーティング(外側)に三井化学の最新技術・最新素材が活用されている。

 
また、今後の量産車に向けては、車両重量の軽量化を目的として鉄で構成された骨格構造の一部に樹脂材料を活用することや、外装の着せ替えの際にウレタンがむき出しになるとウレタン素材の劣化の原因となることから、劣化のほとんど起きない無黄変ウレタンを外装部材に活用することで着せ替えを容易にすることなど、三井化学の最新素材・最新技術を活用することでrimOnOの機能を大幅に向上させることを計画している。

 
開発中のフォルティモフォームのシート

 
布のクルマを作ると聞いてすぐに連絡がきた帝人フロンティア
2015年3月、根津が手掛けている電動バイクのプロジェクトであるzecOO(ゼクウ)がいよいよ市販されることとなり、以前からzecOOを追いかけていたテレビ東京のワールドビジネスサテライトが根津に取材を始めていた。

 
番組のディレクターから、根津がzecOOの次に取り組んでいるプロジェクトとしてrimOnOを取り上げたいという要請があり、zecOOの特集の最後でrimOnOも取り上げてもらえることになった。

 
そして、3月31日の放送において、zecOOの次に根津が取り組んでいるプロジェクトとして“布のクルマ”のrimOnOが紹介されたのである。

 
その翌日、番組を見た帝人フロンティアの東京キャンバス資材課の松本氏から同社のテント生地を紹介するメールがあり、5月11日に根津と共に東京キャンバス資材課の野田氏、松本氏とお会いすることになった。

 
今だからこそ申し上げると、根津が提案してきた “布のクルマ”について、私としては少々懐疑的な意見を持っていた。濡れたらどうするのかという課題については、テント生地を使えばよいとは聞いていたものの、キャンプ用のテント生地のイメージしかない私としては、あのような薄っぺらくバタバタと音のする素材でクルマのボディを構成することに少々疑問を感じていた。

 
しかし、帝人フロンティアのお二方が持参したテント生地のカタログを見て、私の懸念は一気に払拭された。カフェやレストランのひさしに使われる丈夫なテント生地、しかも防水性、防炎性、防汚性などの優れた機能を有しており、更に様々なカラーバリエーションが取り揃えられている。

 
このカタログを見るだけで布のクルマを作ること自体がすっかり楽しみになってしまったのだ。その後、何度かの打ち合わせを重ねた結果、rimOnOのボディには“シャガール”という撥水性があり布のような質感のあるテント生地を使うこととし、ルーフには“ニューパスティ”という防水性の高いテント生地を使うことになった。そして、プロトタイプ発表後は帝人フロンティア社の会社案内にrimOnOが掲載されるまでに至ったのである。

 
rimOnO に使われている帝人フロンティアのテント生地

 
発表化まで2カ月を切っているにも関わらず協力してくれたローランド
ローランドと言えば、世界的に有名な電子楽器メーカーである。大学時代にバンドサークルに属していた私は、もちろん電子楽器メーカーのローランドは良く知っており、バンド仲間でローランド製品を愛用していたのを覚えている。

 
そのローランドが京都発の電気自動車ベンチャーであるGLM社とともに電気自動車用のサウンドシステムを開発していることを知ったのは、発表会を控えた2016年の2月か3月頃だったように記憶している。

 
取引先の方がローランドとの商談を進めており、サウンドシステムの話を聞いて大変興味を持った私のために、ローランドのRPG新規事業推進部長である宮本氏を交えた懇親会に招待してくれたのである。2016年3月24日の秋葉原の居酒屋での出来事である。

 
懇親会では当社が開発している電気自動車の紹介をしたのちに、ローランドが開発しているサウンドシステムの説明を受けたのであるが、発表会が5月20日に控えていることもあり、ダメもとで恐る恐る聞いてみた。

 
「ローランドさんのサウンドシステムは本当に素晴らしいですね。rimOnOらしくカワイイサウンドが鳴らせたりすると非常に嬉しいのですが、発表会まで2ヶ月を切っているのでちょっと間に合わないですよね ?」

 
ところが宮本氏の返事があんまりにも意外だったのだ。

 
「まだ2ヶ月あるじゃないですか。全然間に合いますよ ! 」

 
後日、根津を交えた打ち合わせを行い、ざっくりしたイメージの共有を行った後、なんと1カ月後にはrimOnOサウンドが完成したとの連絡を受け、3種類も用意されたrimOnO専用のサウンドシステムのデモを体験させていただいたのである。

 
こうして発表会から2カ月弱前に初めてお会いしたローランドが当社の開発パートナーとして名を連ねていただくことになったのである。

 
ローランドが開発したrimOnO専用のサンドシステム(デモ機)

 
現場の熱量と行動力がなければオープンイノベーションは起きない
当社の開発パートナーとなって下さった三井化学、帝人フロンティア、ローランドの3社。どの会社も我々から頭を下げてお願いしたのではなく、最初の出会いから相当な協力姿勢で臨んでいただいた。出会いは偶然であったかもしれないが、組むべくして組むことになったとも言える。

 
3社に共通していることは、少しでも新しいことに挑戦したいという熱量が現場に備わっており、組織や上司の意向を気にする前に先にどんどん実行に移していくという行動力も兼ね備わっていることである。

 
オープンイノベーションの議論をすると、よく出てくるのが「エコシステム」という言葉である。エコシステムとはオープンイノベーションを動かすための「仕組み」のことを言う。

経済産業省時代の私は、エコシステムという「仕組み」の必要性を肌で感じ、その構築を主張したこともある。

 
しかし、この2年間の体験を通して思うことは、オープンイノベーションとは熱量を持った個人がどれだけ行動に移しているかで決まってくるものであり、エコシステムとはそうした個人の行動の蓄積として“結果的に”構築されるものではないかということだ。

 
経済産業省時代にオープンイノベーションの必要性について一緒に語っていた人たちは、自らがオープンイノベーションの担い手となる覚悟も実行力も十分になく、国やエコシステムに依存してしまう“やるやる詐欺”の人たちだったのではないかと思ってしまう。そして、恥ずかしながら自分自身もそういう“やるやる詐欺”の集団に属してしまっていたのだ。

 
だからこそ、起業後に経済産業省時代の人的ネットワークを活用してコラボレーションを模索しても、全く成果につながらなかったのだろう。

 
オープンイノベーションの必要性、あるべき姿については既に散々語りつくされている。もう議論は十分だ。これからは本気で“やる人”を増やそう。そうすれば、結果は自ずとついてくる。

 
著者紹介
伊藤慎介(株式会社rimOnO 代表取締役社長)

1999年に旧通商産業省(経済産業省)に入省し、自動車、IT、エレクトロニクス、航空機などの分野で複数の国家プロジェクトに携わる。2014年に退官し、同年9月、有限会社znug design(ツナグデザイン)代表の根津孝太氏とともに、株式会社rimOnOを設立。

 

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