『自動運転技術の概要と社会へもたらすインパクト』トヨタ自動車・鯉渕健氏
2016/9/30(金)
トヨタ自動車株式会社(以下トヨタ)の鯉渕健・先進安全先行開発部部長(当時)は2016年7月、『自動運転技術の概要と社会へもたらすインパクト』をテーマに講演しました。
TU-Automotiveが主宰するイベントから、弊社が注目した講演の模様を連載でお届けします。
[LIGARE vol.29 (2016.9.30発行) より記事を再構成]人とクルマは『チームメイト』
一口に自動運転技術といっても、2つの方向性があると考えています。1つは自動走行の方向性。これは皆さんが自動運転と聞いて最初にイメージされるものだと思います。運転操作をシステムが実施し、ドライバーの疲労を軽減することで長時間ドライブする際の安全性を向上しようというものです。つまり、楽に安全に長距離を移動できるようにする方向性といえるでしょう。もう1つはリスク回避支援の方向性です。主体はあくまでドライバーで、それをシステムが見守ってリスクを回避していくというものです。たとえばリゾートに行ったときは、自分でオープンカーを運転したい、そういったドライバーが運転を楽しむ“Fun to drive”の考え方とも共存し、むしろ自動運転技術によってリスクを回避することでより楽しくドライブしていただこうという方向性です。
トヨタが目指す自動運転技術のあり方は、自動走行だけではなく、ドライバー運転時も含め幅広く応用可能であることです。つまり、高齢者や障がいのある方も含めたすべての人が自由に移動できるようになることを前提とした上で、ドライバーが運転したいときには運転を楽しむことができ、運転したくないときや運転ができないときは安心してクルマに任せることができるというものです。
このように人とクルマが協調する自動運転を作ることを目指し、トヨタでは“Mobility Teammate Concept”「人とクルマが、同じ目的を目指し、ある時は見守り、ある時は助け合う、気持ちが通った仲間の関係を築く」を掲げています。
自動運転技術の課題
ハンドルを握るドライバーは、自車の位置や周辺環境を“認知”し、それに基づいて“判断”を下し、適切な“操作”を行うことで安全に運転を行っています。これをシステムで行うためには、自車位置推定や周辺認識の技術によって“認知”し、状況判断や行動計画を正確に行う技術によって“判断”し、車両制御の技術によって“操作”しなければなりません。自動運転の実用化のためには、認識センサの高性能化や判断技術により高度な運転知能を実現することで“認知”や“判断”の能力を向上させることが必要です。また、高精度な運転制御や高い情報処理能力により、“操作”の能力も高めなければなりません。こと運転制御においては堅牢性も非常に重要な課題です。というのも、何か一つの故障によって制御を停止してしまっていては非常に危険だからです。なので、ドライバーが運転を引き継げるまでは危なくない範囲で持ちこたえて制御を続けなければなりません。
こういった技術的課題に加えて、自動運転のシステムと人との関わり合い方というのも重要な課題です。つまり、いかに人とクルマを『チームメイト』にしていくかという課題です。たとえば自動運転のシステムによって、道路に飛び出しそうな子供がいることを探知して右に避けたとします。しかし、ドライバーが子供に気づかず、なぜ右に避けたのか分からなければ「おかしいな」と不安になり、システムに不信感を抱くでしょう。最悪の場合はハンドルを危険な方向に戻してしまうかもしれません。したがって、クルマが何を認識してなぜそう振る舞うのかを適切にドライバーに伝えるため、使いやすいHMIなど、システムとドライバー間の意図伝達の整備が必要になります。
また、どれだけ技術が進んだとしても、その技術を社会でどう使って行くか、社会的コンセンサスをとっていかなければなりません。たとえば、公共交通機関も、タクシーもなく、多くの高齢者は自分で運転することができないというような地域があったとしましょう。そこで、自動運転技術を導入しようということになったとき、そのメリットとリスクを把握した上でどう使って行くかを、コミュニティ内で判断しなければなりません。そのためにも交通システム内での位置づけを明確化させたり、新たなルールを整備したりといったことが必要になるでしょう。
ドライバーモニター技術とHMI
自動運転技術が進めば進むほど、ドライバーの意識は低下してくるでしょう。ドライバーの判断によって自動運転と手動運転を切り替えるという自動運転レベル2の段階まで進めば、ドライバーはほとんど運転しなくてもよいにも関わらず、システムと周辺を常に監視しなければなりません。何もせずに集中力を保つというのはかなりつらいのではないでしょうか。また、あまりに優秀な自動運転ができてしまうとドライバーはシステムを信じすぎてまわりを見なくなってしまう懸念もあります。これが、ドライバーの判断ではなく、システムの要請によって自動運転と手動運転を切り替えるという自動運転レベル3の段階まで進むと、ドライバーが周辺環境を監視する必要は部分的になくなります。しかし、別の問題も浮上してきます。それは、システムからドライバーに運転交替の要請があったときにすぐに交替できないかもしれないという懸念です。交替必要時間も明確にしなければなりません。
こういったドライバーとシステムとの間の隔たりを最小化し、人とクルマを『チームメイト』にするためにはドライバーモニター技術が必要になってきます。ドライバーモニター技術とは、ドライバーは目をつぶって寝ていないか、顔の向きはどちらか、視線はどちらかといった、ドライバーが今どういった状態にあるのかをモニタリングする技術です。この技術は楽な走行と安全な走行を両立させるためには必要不可欠な技術になります。
トヨタでは、ドライビングシミュレーターを用いて、さまざまな局面で、どういった情報の与え方ならばドライバーが即座に対応できるのかを若者から高齢者まで含めて実験を行っています。さまざまなシチュエーションでのドライバーの振る舞いやHMIからの情報の与え方などを検証し、どうすれば人とクルマが『チームメイト』になれるのか模索しています。
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