ニュース

牛糞が未来のクルマを動かす? SUZUKIがインドで見据える「By Your Side」なカーボンニュートラル戦略【JMS2025】

2025/11/11(火)


きらびやかなコンセプトカーや最新の電気自動車(EV)が主役を飾る「ジャパンモビリティショー2025」。各社が未来の電動化ビジョンを競い合う中、SUZUKIブースの一角に一味違ったアプローチで興味をひくコーナーがあった。そこに展示されていたのは、CNG1(圧縮天然ガス)と、CBG2(圧縮バイオメタンガス)の両方を燃料にできる四輪車「ビクトリス」と、同じく二輪スクーターの「ACCESS」であった。

なぜ今、SUZUKIは「ガス」に注力するのか。その背景には、SUZUKIが掲げる「By Your Side」という、顧客一人ひとりに寄り添う徹底した思想と、インド市場で成功を収めている現実的な戦略があった。ブースの担当者への取材から、SUZUKIが描くユニークで壮大なカーボンニュートラルの未来図を深堀りした。

1: Compressed Natural Gas
2: Compressed Biomethane Gas

SUZUKIが示した、顧客に寄り添う多様な選択肢

プレスブリーフィングに登壇する社長の鈴木俊宏(すずきとしひろ)氏

プレスブリーフィングに登壇する社長の鈴木俊宏(すずきとしひろ)氏



「SUZUKIの戦略を理解する上で欠かせないのが『By Your Side』という思想である」。社長の鈴木俊宏(すずきとしひろ)氏は、プレスブリーフィングでSUZUKIの原点をこう語った。

「創業者の鈴木道雄(すずきみちお)はこう話していました。常にお客さまの側に立って発想する。お客さまが欲しがっているものなら、どんなことをしてでも応えろ。頑張ればできるものだ。今もこの思いは受け継がれています」。

この「お客さまのそばに寄り添う」という創業以来の精神は、まさにSUZUKIが掲げるスローガン「By Your Side」そのものである。この思想とは、画一的な技術を押し付けるのではなく、世界中の人々の暮らしや、それぞれの国・地域の事情に合わせた最適な選択肢を提供しようという考え方につながる。

EVが最適解の地域もあれば、ハイブリッド車が現実的な地域もある。そして、インフラやエネルギー事情によっては、別の答えがあるはずだ、とSUZUKIは考える。この思想に基づき、SUZUKIはEV一辺倒ではない「マルチパスウェイ」戦略を掲げている。その重要な選択肢の一つが、今回注目したガス燃料車である。

インドで好調!「3台に1台」を占めるCNG/ CBG車の秘密

インドで販売のビクトリス(CNG/CBG仕様)

インドで販売のビクトリス(CNG/CBG仕様)



SUZUKIの「By Your Side」の思想を体現した戦略が、最も大きな成功を収めているのがインド市場だ。インドの乗用車市場で約4割という圧倒的なシェアを誇るSUZUKIだが、驚くべきことに、その販売構成比を見ると「3台に1台」がCNG(圧縮天然ガス)車だという。

その人気を牽引する象徴的なモデルが、今回モビリティショーで展示されたコンパクトSUV「ビクトリス」である。2025年9月に発売された新型「ビクトリス」のパワートレインは、1.5L エンジンのマイルドハイブリッド、ストロングハイブリッド、CNG の 3 種類から選択可能。力強くスポーティなエクステリアデザインにプレミアムな内装、上級仕様にはヘッドアップディスプレイや360度ビューカメラといった先進的な装備を設定している。この高い質感が、経済成長著しいインドの若い世代やファミリー層の所有欲を強く刺激している。

魅力的なデザインと装備に加え、燃料費を劇的に抑えられるCNG仕様が、ビクトリスの最大の強みだ。特に、CNG タンクをボディ下に配置したアンダーボディータンクレイアウトの採⽤により、広いラゲッジスペースの確保も実現している。スタイリッシュなクルマに乗りたいという憧れと、日々のランニングコストを抑えたいという現実的なニーズを両立させた点が、インド市場で爆発的な人気を博している理由なのである。

また、CNG車は燃料をガソリンと併用できる点もポイントである。ボタンでCNGのモードとガソリンのモードの選択が可能。ユーザーは日常CNGを使用し、緊急時にガソリンで走行するといった使い方もできる。

商品企画部 チーフエンジニア 横山典洋(よこやまのりひろ)氏

商品企画部 チーフエンジニア 横山典洋(よこやまのりひろ)氏



商品企画部でチーフエンジニアの横山典洋(よこやまのりひろ)氏は、市場の状況を次のように語る。「(好調の)一番の理由は、圧倒的なランニングコストの低さです。インドではガソリン価格が高騰しており、燃料費をいかに抑えるかがユーザーにとって切実な問題です。CNGはガソリンに比べて非常に安価で、走行コストは(ハイブリッド仕様の)ビクトリスのカタログ燃費から計算すると約60%に抑えられます」。

ビクトリスのような魅力的なモデルにCNGという経済的な選択肢を用意したことが、市場での絶大な支持につながっているのだ。これだけ魅力的なビクトリスだが、SUZUKIによれば、あくまでインド市場のニーズに合わせて開発された戦略車であり、残念ながら現時点での日本導入の予定はないという。

究極の循環型社会へ。牛糞が生むエネルギー「バイオガス」

CNG/CBG仕様のACCESS

CNG/CBG仕様のACCESS



CNG車の普及で確かな手応えを得たSUZUKIが、次に見据えるのが、さらに環境貢献度の高いCBG(Compressed Biomethane Gas:圧縮バイオメタンガス)の活用である。CBGは牛糞や生ゴミといった生物由来の資源(バイオマス)から作られる。主成分はどちらもメタンガスであるため、SUZUKIのCNG車は基本的な機構を変えずにCBGも燃料として使用できるのが大きな特徴だ。
インドには、日本の人口を上回る約3億頭もの牛が存在し、その糞はこれまで十分に活用されてこなかった。この未利用資源に着目したのが、SUZUKIのバイオガス事業だ。

SUZUKIのCBG事業による循環

SUZUKIのCBG事業による循環



バイオガス事業本部の山野博之(やまのひろゆき)氏は、その仕組みをこう解説する。「牛の糞を発酵させてメタンガスを生成し、不純物を取り除いて高純度にしたものが圧縮バイオメタンガス(CBG)です。これを自動車の燃料として使います。原料である牛糞は、もともと植物が光合成で大気中のCO2を吸収してできたものなので、燃焼させても大気中のCO2は実質的に増えません。そのため、カーボンニュートラルなサイクルが実現できるのです」。

この事業が画期的なのは、単なる環境対策に留まらない点である。SUZUKIは、牛糞を農家から「1kgあたり約2円」という価格で買い取る。これまで処理にコストを要した廃棄物が、農家にとって新たな収入源に変わる仕組み。山野氏によると、この取り組みは特に地域で農業に従事している女性たちの経済的自立を支える力になっているという。

バイオガス事業本部 山野博之(やまのひろゆき)氏

バイオガス事業本部 山野博之(やまのひろゆき)氏



また、ガスを生成した後の発酵残渣は、栄養豊富な有機肥料として農地に還元される。これにより化学肥料の使用を減らし、土壌の質を向上させ、安全な食料生産にも貢献できる。このサイクルを実現させるプラントは今秋から試運転が開始されている。

規模感でいえば、牛糞が日当たりで約100トン、牛の数にすると約7000頭相当、そこから作られるガスはCNG車約200台を満タンにできる相当量である。この事業は、環境、農家、社会それぞれに利益をもたらす「三方よし」の価値を生み出す、まさに究極の循環型モデルと言えるだろう。

展示中の自動車工場とプラントの模型

展示中の自動車工場とプラントの模型



2024年度にインドで販売した車両が約180万台で、うちCNG車が約62万台。この割合からもバイオ燃料への注目度の高さがうかがえる。

インドから世界、そして日本へ。SUZUKIの描く未来図

SUZUKIは、このインドでの成功モデルを、同じような課題を抱える他の地域へ展開することを目指している。公式な成長戦略の中でも、将来的には農業が盛んでバイオマス資源を豊富に得られるASEANやアフリカなどへの展開を示唆している。自動車を売るだけでなく、地域のエネルギー問題や社会課題の解決に貢献するビジネスモデルは、多くの新興国で求められることだろう。

この視点は、私たち日本の未来を考える上でも示唆に富んでいる。日本でも、酪農が盛んな地域での家畜排泄物や、日々大量に発生する食品廃棄物は大きな課題である。これらをバイオガスとして活用できれば、地域のエネルギーを地産地消する、持続可能な社会を築く一助となる可能性も秘めている。

取材を終えて
今回のモビリティショーでは数多くの未来技術に触れたが、最も心に残っているのは何かと問われれば、私は迷わずスズキの「牛糞」の話を挙げるだろう。

最新EVのスペックや夢の自動運転技術も確かに魅力的だ。しかし、それ以上に心を動かされたのは、これまで厄介者とされてきた牛糞が価値を生むという現実だった。「1kgあたり約2円」という対価が、インドの農家の女性たちに新たな収入と経済的自立をもたらしている。私はこの事実に深く心を揺さぶられると同時に、技術とは最終的に「人の幸せ」のためにあるのだ、という普遍的な真理を改めて教えられた気がした。

取材・文/LIGARE記者 松永つむじ

関連記事はこちら▼


get_the_ID : 248875
has_post_thumbnail(get_the_ID()) : 1

ログイン

自動運転特集

ページ上部へ戻る