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JR西日本が新幹線で「物流2024年問題」に挑む。発車30分前受付「荷もっシュッ! Quick」がスタート

2025/9/25(木)

JR西日本が新幹線で「物流2024年問題」に挑む。発車30分前受付「荷もっシュッ! Quick」がスタート

(画像提供:JR西日本)


「物流の2024年問題」への対応が急務となる中、JR西日本が新幹線を活用した法人向け緊急輸送サービス「荷もっシュッ! Quick」を2025年7月1日に開始した。「発車30分前までの当日受付」というリードタイムで、企業の緊急ニーズに応えるのが狙いだ。

この革新的なサービスは、どのようにして定時運行と両立させたのか。また、医療や産業分野にもたらす価値とは何か。サービスの立ち上げを担当した地域共生部の髙中裕之(たかなかひろゆき)氏に詳しく聞いた。

――新幹線による緊急輸送サービス「荷もっシュッ! Quick」を開発した背景とは。

荷もっシュッロゴ_緊急

輸送サービス「荷もっシュッ! Quick」のロゴ



企画の直接的なきっかけとなったのは、社会的に大きな関心となった「物流の2024年問題」だ。我々鉄道事業者としても、この物流課題に対して何ができるのかを常に模索してきた。トラックドライバーの労働時間規制強化による輸送能力の低下、特に長距離輸送における人材確保難やコスト増といった課題が顕在化する中で、日本の大動脈である新幹線が持つポテンシャルを最大限に活用すべきだと考えたのが全ての原点である。

我々は2021年から新幹線による荷物輸送を手掛けてきたが、当初は沿線地域の産品を都市部へ輸送して販売するといった、地域の活性化を主眼に置いていた。しかし、お客様と対話する中で、事前調整を行い計画的に輸送することとは異なる、より切実な「緊急輸送」へのニーズが浮き彫りになってきた。

――「緊急輸送」へのニーズとは。

従来のサービスは、オペレーションの都合上、原則として2週間前までの申し込みをお願いしていた。しかし、お客様からは「輸送量や発車時刻を2週間前に確定させるのは、ビジネスの現場では極めて困難だ」という声が多数寄せられた。

特に、天候や漁獲量によって輸送量が直前まで確定しない水産事業者様などからは、「豊漁で20箱になるかもしれないし、不漁で1箱になるかもしれない。それを2週間前に予測するのは不可能だ」という声だった。これは輸送量が変動しやすい食品に限らず、突発的な需要に応える工業製品や、急なイベントで必要になる産業資材など、あらゆる業界に共通する課題だった。

こうした「今すぐ、この量だけ送りたい」というリアルな声に正面から向き合うことこそが、鉄道会社として社会に貢献できる道筋ではないか。そうした議論を経て、これまでの荷物輸送とは一線を画す、「当日受付・即日配送」をコンセプトとする新サービスの開発「荷もっシュッ! Quick」の誕生につながった。

――サービスの最大の特徴である「発車30分前受付」は、どのように実現したのか。

「発車30分前受付」は、主に「提供時間の限定」と「積載量の制限」という二つの工夫を組み合わせることで実現した。これは、旅客輸送の定時運行を絶対に阻害しないという大前提に基づくものだ。

まず、サービス提供は当面、利用ニーズを見極めるため日中時間帯の列車に限定している。そして、より重要なのが1列車あたりの荷物を最大5箱までとする積載制限だ。この制限があるからこそ、駅では作業員1名での運用が可能になる。停車時間が1〜2分と短い駅でも、この数量なら列車の運行に影響を与えることなく積み込みを完了できる。

安全・安定輸送を最優先し、定時運行と顧客の利便性を両立させるための、現時点での最適解がこの運用だ。

荷物積込の様子

荷物積込の様子


――将来的に積載制限の緩和はあるのか。

現在の「5箱まで」というルールは、サービスを安全にスタートさせるための初期設定であり、絶対的なものではない。お客様からの要望や利用実績に応じて、柔軟に見直していく方針だ。

具体的な緩和策として、「こだま」など停車時分の長い列車を活用することを検討している。これらの列車であれば積載量を増やす余裕が生まれるため、新たなサービスメニューとして追加することも可能になる。また、需要が集中する時間帯に作業員を増員したり、機材を改良したりといったオペレーション体制の強化も選択肢だ。

将来的には、「10箱まで対応」「提供時間の拡大」といった、多段階のサービス体系を構築することも検討課題としている。常にサービスの進化を追求し、ビジネスチャンスを最大化していきたい。

――サービス開始後、特にどのような分野での利用や引き合いが強いか。

特に強いニーズがあるのは「医療」「機械部品」「生鮮食品」の3分野である。

中でも社会的意義が最も大きいと期待しているのが、医療分野、特に病院から臨床検査センターへ血液や細胞などを運ぶ「医療検体輸送」だ。一刻を争う検査において、トラック輸送と比較して新幹線の速達性は圧倒的なアドバンテージとなる。輸送の時間を短縮できれば、それだけ早く正確な診断結果を患者様へ届け、最適な治療方針の決定につながる。

「医療検体輸送」は人の命に関わる分野で価値を提供できることは、我々にとって非常に重要な役割だと認識している。今後、地方における高度医療へのアクセス向上にもつなげていけるだろう。

検体輸送の様子

検体輸送の様子


――「機械部品」「生鮮食品」でのニーズは。

機械部品の分野では、日本の基幹産業である製造業の緊急部品輸送で真価を発揮する。工場の生産ラインが故障し、交換部品が在庫不足の状況は、企業の経済活動に深刻な影響を与える。そうした場合に新幹線で部品を緊急輸送することで、停止時間を最小限に食い止め、サプライチェーン全体の安定稼働に貢献できる。

また、事業開始のきっかけとなった生鮮食品分野も、依然として大きな可能性がある。急な需要増や品質問題発生時の緊急補充といった「守り」の活用がその一つだ。さらに、朝採れの野菜や水揚げ直後の鮮魚など、鮮度が価値に直結する高付加価値食材を最高の状態で都市部に届ける「攻め」の活用も期待される。このように、食の安全確保と新たな価値創造の両面で貢献できると考えている。

――事業のエリア拡大や、他のJR各社との連携については。

視野はJR西日本エリア内に留まらない。すでに定期輸送ではJR東日本やJR東海、JR九州とも連携しており、全国的な輸送網が我々の強みだ。緊急輸送においても連携は不可欠で、特に日本の経済の中心である東京市場と結びつくことで、より大きなニーズに応えられると考えている。

実際に、JR東海も同様のサービスを開始したことで、お客様からは「東京まで運べないか」という具体的なお問い合わせをいただいている。会社間のオペレーション調整やシステム連携といったハードルはあるものの、お客様のニーズがある以上、会社間をまたぐ緊急輸送の実現は、最重要課題の一つだ。これを実現し、博多から東京までといった長距離輸送にも応えていきたい。

――航空輸送との競合・棲み分けについて。

競合ではなく、それぞれの強みを活かした棲み分けが進むと考えている。航空輸送は一度に大量の荷物を運べる積載量が強みだが、新幹線には独自の優位性がある。

第一に、新幹線の駅が都市中心部にあることによるアクセス性の良さだ。空港への移動時間などを考慮すると、「ドア・ツー・ドア」の所要時間では新幹線が優位となる場面が多い。第二に、天候に左右されにくい運行の安定性だ。航空機に比べ遅延や運休が少なく、ビジネスにおける確実性という観点では大きなアドバンテージがある。

第三に、環境負荷の低さも重要だ。CO2排出量が格段に少なく、企業のSDGsへの取り組みが重視される現代において、環境に優しい輸送手段という価値を提供できる。これらの強みを活かし、お客様の荷物の特性に応じて最適な輸送モードとして選ばれる存在を目指す。

――最後に、この事業がJR西日本グループ全体の中で持つ意味合いについて。

この事業は、社内の「イノベーション創出プログラム」から生まれた一人の社員のアイデアが元になっている。これは現場の課題意識が形になったものであり、ボトムアップで新しい価値を創造していく当社の姿勢を示すものだ。

当社グループは長期ビジョンの中で、旅客輸送以外の「ライフデザイン分野」の事業割合を高め、持続的成長を目指している。人口減少社会において、鉄道会社が人々の暮らしを支える総合サービス企業へと変革することは不可欠だ。今回のサービスは、物流の社会課題解決に貢献しつつ、新たな収益源を確保する重要なモデルケースと位置づけている。

今後も駅や車両といった長年培ってきた我々の鉄道アセットを最大限に活用し、社会の新たなライフラインを構築していく。この挑戦はまだ始まったばかりであり、利用者の声に真摯に耳を傾け、早朝・夜間便へのサービス拡大なども含め、さらなる利便性の向上を図っていく方針だ。

取材を終えて
今回の取材を通じ、「荷もっシュッ! Quick」が単なる物流サービスではなく、「物流2024年問題」という社会課題への具体的な処方箋であることが強く印象に残った。特に「発車30分前」という圧倒的な即応性は、医療や産業の緊急現場に新たな選択肢をもたらすだろう。

JR西日本の挑戦は、鉄道アセットの価値を再定義する試みでもある。この動きが全国に波及し、日本の物流網をどう変革していくのか、物流の新たな選択肢の活躍を期待したい。

取材・文/LIGARE記者 松永つむじ

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