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伊藤慎介の “Talk is Chap” 〜起業家へと転身した元官僚のリアルな産業論  第4回 起業未経験者がベンチャー起業をあおるのはどうなのか?

2017/11/3(金)


仕事をもらえそうな人からもらえないという現実

 

出展::http://www.kantei.go.jp/jp/topics/2016/seicho_senryaku/venture_challenge2020.pdf


 
経済産業省を辞めて一番ショックだったことは、経済産業省時代に付き合っていた人の中で、自分が辞めたら仕事をくれるのではないかと予想していた人からは一切仕事をもらえなかったという事実だ。

役所の内と外の境界をうろうろとしていた自分としては、外の世界を見せてくれる人であれば自分が飛び出した際に協力してくれるだろうと勝手に思い込んでいた。ところが、そういう人にとって私は“外の世界について理解のある”役人に過ぎず、結局役所から出てしまうと価値がなくなってしまったのだろう。前回のオープンイノベーションの議論とも通ずる話である。

実際に私に仕事を下さっているのは、今現在も含め、大半は全く想定していなかった人たちなのである。

車両の開発に膨大な費用がかかっている当社では、開発費と会社の経費を支払ってしまうと役員に報酬を支払う余裕がないことから、約1年近く役員報酬が払えない状況が続いている。したがって、自分自身の生計は別の会社から頂く顧問料で立てている。更に、創業時に調達した開発費はプロトタイプを作るために全て使い果たしてしまったため、現在発生している開発費と経費は、私自身がコンサルティングや講演などで売上を立てることで賄っている。

そして、実際に顧問料、コンサルティング費、講演料などのお仕事を下さっているのは、大半が起業後に出会った人たちなのである。

このような経験から分かったことは、自分がやりたいことでお金を稼ぐのは簡単ではなく、誰かの役に立たなければお金を稼ぐことが出来ないという事実である。そして、自分がどういうことで誰かの役に立てるかどうかは、独立して色々と挑戦してみない限りなかなか見えてこないのが現実であるということなのだ。

起業前の私は、今のような形で仕事をしている自分を全く想像することが出来なかった。ということは、今現在において大企業、大学、官庁など大きな組織で働いている人が仮に起業して独立した場合、実際にしっかりと生計を立てられるかどうかは全く想像が出来ない。

したがって、お金を稼いで生計を立てるという一点だけを見ても、「起業した方が良いのではないか」とは簡単に勧められないというのが正直な気持ちなのである。

 

給与振込、登記、税金など面倒な手続きが満載

起業して株式会社を設立すると、お金を稼ぐ大変さに加え、サラリーマン時代には想像していないような面倒な手続きに追われることになる。

当たり前のように毎月振り込まれていた給与は、自ら振り込まなければならなくなる。毎月の給料日に自動的に給与が振り込まれるようにするためには銀行に膨大な手数料を支払う必要があることから、自らATMに並んで機械を操作しながら振り込むのである。オンラインで振り込めば随分と楽になるのだが、法人の場合はオンラインだと手数料が108円余分にかかるので、ATMに並ぶ方が安上がりなのだ。

したがって、給料日として一般的である毎月25日には数多くの中小企業の給与担当がATMで給与振込を行うためとんでもなくATMが混雑する。そんなことを全く知らなかった私は25日を給料日としていたのであるが、ATMに並ぶ時間の無駄を知って途中から20日に変更した。

こういう経験をすると毎月同じ日にちゃんと給料が振り込まれていることが、どれほどすごいことでありがたいことであったかを身に染みて知るのである。

給与に続いて面倒なのが登記である。

 

毎年提出を求められる税務書類


 
株式会社を設立するためには、法務局に登記する必要があるのだが、そのためには書類を作成し、資本金を振り込んだことを証明するコピーを取り、創業メンバーが捺印し、公証人役場において公証人のチェックと証明を受ける必要がある。そして、最終的には法務局での書類審査を受けた後に正式に届出が受理されるというプロセスを経る。

この法務局への登記は、設立時だけでなく、本社移転(本店移転という)、追加出資(第三者割当増資という)、取締役追加などの度に行う必要があり、その度に書類審査と届出内容に応じて設定された手数料(1万円~)の支払いが発生するのである。

中でも重要なのは法務局で届出を受理してもらう前の書類審査である。担当の法務局まで出向き、「相談窓口」と書かれたブースで担当官に書類をチェックしてもらい、不備がないことが確認できない限り受理してもらえないのである。

法務局のホームページに掲載されているフォーマットになるべく忠実に従えば書類審査は通過しやすいのであるが、会社の状況などによって使うべきフォーマットの種類や用意すべき書類が異なるため、なかなか手間のかかる作業なのである。

官庁における事務手続きについては相場観がある元役人の私であっても間違いを指摘されたり、書類の不備があり出直さなければならなかったりするのであるから、役所での経験が全くない起業家が対応するのはなかなか大変だろうと想像してしまう。

事務手続きで最も大変なのが税務である。

国税と地方税の二種類があるため、届出や書類提出の度にそれぞれの税金事務所に足を運ばなければならない。そして、源泉徴収、年末調整(法定調書)、法人税確定申告、固定資産税など、毎年いくつもの書類作成と提出を求められる。

顧問税理士を雇えばよいのだろうが、そのために毎月3万円程度の固定費と決算期の20万円程度の手数料を支払うのも売り上げの少ないベンチャー企業にとっては大きな負担となる。そもそも、税金を払うために税理士に費用を払わざるを得ない仕組み自体が大きな問題であり、ベンチャー企業や零細企業の場合は誰でも簡単に税務書類を作成できる仕組みにすべきではないかと思ってしまう。

起業経験のない役人やサラリーマンは、起業するとこれほどの面倒な手続きが発生することを十分に理解していないはずである。私のように数多くの行政手続きを経験してきた元役人であっても大変だと思うのであるから、研究者、エンジニア、学生といった人たちが起業した場合にはどれほど苦労するだろうかと気の毒になってしまう。

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