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伊藤慎介の “Talk is Cheap” 〜起業家へと転身した元官僚のリアルな産業論 第5回 「自動走行」を理由に先送りされかねない地方の高齢者の移動問題

2017/10/30(月)


電気自動車をやめるために燃料電池自動車に取り組んだGM

 

写真1 90年代後半にGMが発売した電気自動車EVー1
出典:https://en.wikipedia.org/wiki/File:Gm-impact.jpg



 

「誰が電気自動車を殺したのか ?」はカリフォルニアのフリーウェイを颯爽と走る電気自動車の走行シーンから始まる。90年代後半にGMが発表したEVー1という電気自動車だ。(写真1)

悪化するカリフォルニアなどの排ガス対策の切り札として、映画に登場するトム・ハンクスなど環境派の消費者にとって、このEVー1は注目の的だった。実際に、映画ではEVー1の走行体験をしたユーザーのワクワク感が随所に取り上げられている。

ところが、2003年にGMはEVー1を市場から撤退させることを決定し、リース契約で使用していた全てのユーザーに対して契約が更新できないことを伝え、一方的に車両を回収して最終的にはスクラップにしてしまうのである。

GMのこのような事業判断に対して、映画では「誰が殺したのか ?」という刑事ドラマ仕立てで7人の容疑者がリストアップされる。

自動車会社、石油会社、連邦政府、カリフォルニア州政府、燃料電池自動車、消費者、バッテリーの7つである。

 

燃料電池自動車の基本構造
出典:http://www.jari.or.jp/Portals/0/jhfc/beginner/about_fcv/



 

この燃料電池自動車だが、実態としては航続距離に限界のある電気自動車に「発電装置」としての燃料電池を搭載した「発電機機能付き電気自動車」なのである。

プラチナなどの高価な素材を活用し技術的難易度の高い「燃料電池」と、700気圧もの高圧に圧縮された「水素タンク」を搭載する必要があることから、技術的にも価格的にも電気自動車よりも更にレベルの高いエコカーといえる。

EVー1を市場から撤退させたのちに、GMは燃料電池自動車の開発を表明している。

この行為について、「誰が電気自動車を殺したのか ?」では、電気自動車の普及によってGMが優位とするビジネスモデルが破壊されてしまうのではないかという懸念から電気自動車を撤退させる一方で、エコカーや環境に対して消極的と思われてしまうと企業イメージを損ないかねないことから、燃料電池自動車に取り組むことを表明したのではないかとの容疑をかけている。

電気自動車よりも「技術的に難易度の高い」燃料電池自動車に取り組むことで、イメージ悪化を食い止めようとしたというわけだ。

映画の解説が真相であるかどうかは全く分からないが、今すぐにできそうなことをやらずにより難しい課題を設定して行動を回避するという姿勢は、高齢者の移動に伴う日本政府の取り組みに共通するものがある。

 

免許返納では解決しない高齢者の移動の問題

近年、我が国では高齢者の運転する乗用車が歩行者に突っ込む、高齢者同士が正面衝突する、高齢者が高速道路を逆走して衝突するなど、高齢者による悲惨な死傷事故の報道が絶えない。

自分自身の認知・判断能力が衰えていることを本人が自覚できていないためにこのような悲惨な事故が相次いでしまうのだろうが、その対策として高齢者に免許返納させることを軸として、免許更新時や交通違反時における検査の実施が強化されつつある。

 

高齢運転者が関与した交通事故(平成27年中)
出典:http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kotsu/jikoboshi/koreisha/koreijiko.html



 

個人的には、このような場当たり的な対策で本当に良いのだろうかと思ってしまう。

先日、地方自治体の交通担当の方と意見交換する機会があったが、高齢者の移動の問題については頭を抱えているという。地方の多くはモータリゼーションの進展によって自動車による移動が大前提であるクルマ社会になっており、その代替手段となりうる公共交通機関は人口減少、財政悪化に伴って縮退の一途をたどっている。

一人一台のクルマ保有が当たり前であり、クルマがなければ買い物にも病院にも金融機関にも行けない状況なのである。

コンパクトシティ政策によって、なるべく公共交通で移動しやすい場所への移転を推奨しているそうだが、実際には高齢者ほど地域コミュニティに対する愛着や連帯感が強く、なかなか引っ越してもらえないようだ。

そういう高齢者にとって、自分の力で移動できることは「自立」や「生活の質」に大きく関係しており、実際に運転をやめてしまうと急速に老化が進み、医療や介護を常に必要とする状態になってしまうという。

免許返納を推進すると交通事故は減少するかもしれないが、その一方で医療や介護に関する家族や地域社会の負担は増してしまうことなり、一つの問題を解決する一方で別の大きな問題を発生してしまうのだ。

高齢化と人口減少が進む地方において顕著である高齢者の移動の問題だが、都市部や郊外にとっても他人事ではない。団塊世代の高齢化が進んでいくと都市部や郊外などでも確実に同じ問題を抱えるようになるだろう。

 

高齢者の救済措置となるはずだったシニアカー、超小型モビリティは?

高齢者が歩行者に対する交通事故の加害者となってしまう要因は、彼らが運転する自動車の大きさと速度に起因する部分が大きい。

高校生の物理で習った通り、力の大きさは質量に比例し、速度の二乗に比例する。1トンの乗用車が時速50㎞で衝突する場合には、500㎏の小型車が時速25㎞で衝突する場合の8倍もの衝撃をもたらすという計算になる。ということは、運転技能の低い高齢者が運転する乗り物は質量と速度を抑えてしまえばよいのだ。

実際に、高齢者がクルマを必要とするのは市街地での移動であると想定できることから、高齢者用の車両を小さく軽くし、最高速度を制限すれば、市街地における歩行者などとの交通事故はかなり軽減できると思われる。

2013年に国土交通省が提案し、各社が実証実験に取り組んできた「超小型モビリティ制度」はまさに地方の高齢者に必要となる最低限の移動手段を提供するための解決策だった。送迎ができるよう2人乗りとし、高速道路を走行させないことを条件として小さく軽い車両とすることを狙っていた。

 

国土交通省が進める「超小型モビリティ制度」



 

そして、実証実験から3年後である2016年頃には全国で市販が可能な制度が整備され、高齢者にとっての「最後の移動手段」が確実に提供される予定となっていた。私が超小型モビリティに挑戦することにしたのもこういう見通しが示されていたからである。

 

超小型モビリティの導入事例(出典:国交省資料より)



 

ところがどうだろう。2017年になっても超小型モビリティが市販できるのがいつになるのか全く見通しが立たず、移動に困っている高齢者は放置された状況にある。

妥協案としてスズキやホンダなどから市販されているシニアカーを利用してもらうことも考えられるが、このシニアカーについても海外と比べて非常にお寒い状況にある。

アメリカではシニアカーの最高速度についての制限はなく、高齢者はどんな車両に乗ることも可能とのことであるが、補助が受けられる医療機器認定が最高速15㎞以下を条件にしていることから、時速15㎞であれば様々な車両を開発することが出来る。

また、イギリスでは歩道走行が可能な最高速6㎞のカテゴリーと車道走行が義務付けられている最高速12㎞のカテゴリーの2種類があり、高速バージョンであっても講習さえ受ければ免許なしで運転できるそうである。イギリスというと、日本と同様にセグウェイの公道走行がなかなか実現しない数少ない先進国であり、新しいモビリティに対して消極的とのイメージを持っていたが、シニアカーに関していうと日本と比べてずっと先を行っているようだ。

 

国内で販売されているシニアカー(左 スズキ、右 ホンダ)
出典:http://www.suzuki.co.jp/welfare/et4d/detail/ http://www.honda.co.jp/monpal/style/



 

翻って日本ではシニアカーは「歩行補助器具」と位置付けられており、歩道を走行することが前提となっている。他の歩行者を傷つけてはならないとの理由から最高速は時速6㎞に制限されており、アメリカやイギリスのような高速バージョンの車両は認められていない。

その結果、シニアカーの市場規模は、日本の2万台に対して、アメリカの20万台、イギリスと5万台に大きく引き離されている。使い勝手が悪いのだから数が出ないのは当然である。

前述の地方自治体の担当によると、仕方なくシニアカーを利用している高齢者もいるとのことだが、歩道が十分に整備されていない地方では自動車とのすれ違い、段差の乗り越えなどの際に転倒したり、側溝に落下したりしてしまうケースが多く、事故が絶えないとのことだった。

世界で最も高齢化が進む我が国であるが、モビリティ関していうと、乗用車や軽自動車からの受け皿となる乗り物がほとんどないという圧倒的に世界に遅れた現状となっているのだ。

超小型電気自動車rimOnOは、布製ボディのカワイイクルマを提案すればクルマ好きではないユーザーにも気に入っていただけるだろうという狙いで開発したものであるが、昨年5月の発表会以降にお問い合わせを頂くユーザーは圧倒的に年配者・高齢者が多い。

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