TomTom 「地図はプラットフォーム」へ。CEOが語ったSDV時代を勝ち抜くエコシステム戦略
2025/7/9(水)
地図情報大手のTomTom(トムトム)は2025年7月2日、年次イベント「TomTom Discover」を初めて日本で開催した。来日したハロルド・ゴダインCEOは、リアルタイムで更新され、APIを通じて多様なサービスと連携する「ダイナミックマップ」こそが、ソフトウェア定義自動車(SDV)時代の核になると強調した。
本稿では、同イベントで公開されたTomTomの最新技術と、自動車メーカーやIT企業、研究機関など多様なパートナーと共創するエコシステム戦略を詳報する。「単なる地図データプロバイダーから、モビリティ社会の基盤となるプラットフォーム」への変革を目指す同社の現在地と未来像に迫る。
本稿では、同イベントで公開されたTomTomの最新技術と、自動車メーカーやIT企業、研究機関など多様なパートナーと共創するエコシステム戦略を詳報する。「単なる地図データプロバイダーから、モビリティ社会の基盤となるプラットフォーム」への変革を目指す同社の現在地と未来像に迫る。
CEOが語る、TomTomの現在地と「ダイナミックマップ」が拓く未来
「地図業界、特に自動車で使われる地図業界は非常に大きな変化を遂げている。その変化は加速し、進化のレベルも上がっている」。
7月2日、TomTomのハロルド・ゴダインCEOは、説明会の冒頭で自動車業界の現状をこう分析した。30年前に同社を創設して以来、常に業界のパートナーにデータとテクノロジーを提供し、道路の安全性向上に貢献してきた自負を語る一方、近年の地政学的リスクやサプライチェーンの変化、そしてソフトウェア定義自動車(以下SDV)への移行は、これまでにない複雑なダイナミクスを生んでいると指摘。この複雑化した時代において、TomTomが果たすべき役割は、より一層重要性を増しているとの認識を示した。
ゴダインCEOが戦略の中核に据えるのが、同社が提供する「ダイナミックマップ」である。説明を聞くと筆者には「これは、もはや単なる位置情報を示す静的な地図ではない。」と感じられるものであった。「ダイナミックマップ」は、世界中の6億台以上のデバイスから常時収集されるプローブデータをはじめ、車両センサー、衛星情報などを統合し、30秒ごとに更新される「生きている」地図プラットフォームである。
「昔であれば、地図の要件は限定的だった。しかし今は、欧米の自動車メーカーはより高い精度とカバレッジ、そして更新頻度を求めている。これを実現するには膨大なコストがかかるが、我々は車両からの信号(データ)をリアルタイムで処理し、地図を自動で構築・更新する技術を確立した」とゴダインCEOは胸を張る。このプラットフォームは、先進運転支援システム(以下ADAS)や自動運転に不可欠な高精度地図としてだけでなく、交通流の最適化、EVの充電計画、そして災害時のインフラ状況把握など、多様なソリューションの基盤となる。
日本の交通課題に挑む。パートナーと共創する「生きたデータ」の活用法
CEOが示したグローバルなビジョンを、日本市場でどう具体化していくのか。続いて登壇した日本営業責任者の田中秀明氏は、日本特有の課題解決に向けた取り組みを説明した。
「日本では交通情報をメインに、災害対策やスマートシティ、物流といったエンタープライズ領域に力を入れている」と田中氏は語る。特に近年、警察庁や警視庁、住友電気工業などと連携し、TomTomの交通情報を活用した信号制御の高度化プロジェクトが活発化しているという。これは、交差点に設置された感知器の情報だけでなく、実際に走行している車両のプローブデータを活用することで、よりリアルな交通状況に基づいた信号制御を目指すものだ。
また、休憩を挟んで行われたパートナーセッションでは、計量計画研究所の絹田裕一氏が登壇。生活道路の安全性を高めるための「ゾーン30」(最高速度30km/h規制区域)の分析事例を紹介した。絹田氏は、「規制導入前後の交通量や実勢速度の変化を、TomTomのデータを使って定量的に評価できる」と、解説した。
どの道路で速度が低下し、どの道路に交通が転換したかを可視化することで、対策の効果測定や次の施策立案に繋がる。こうした分析は、これまで膨大な手間とコストをかけて現地調査を行うしかなかったが、データによって効率的かつ客観的に行えるようになった」と、データ活用の有効性を強調した。
TomTomのデータは、もはやカーナビの渋滞情報にとどまらない。都市計画、交通安全政策、防災、物流最適化といった、日本の社会が抱える複雑な課題を解決するための「生きたデータ」として、その価値を急速に高めていると示唆した。
SDV時代、開発手法はどう変わるのか? 「効率化」と「エコシステム」が成功の鍵
イベント後半のパネルディスカッションでは、「自動運転」をテーマに、損保ジャパン、日本マイクロソフト、そしてTomTomの担当者が登壇。議論は、SDV時代の自動車開発手法の変革へと及んだ。日本マイクロソフトの石黒裕太郎氏は、「15年前はガソリン車だけでよかったが、今はハイブリッド、EVとプラットフォームが増え、さらにADAS、コネクティビティとソフトウェア開発の量は爆発的に増大している。自動車会社は圧倒的に“やらなければならないこと”が増えている」と現状を分析した。この課題に対し、同社はAIを活用した開発支援ツールなどを提供し、開発の生産性向上を目指しているという。
これらの開発において、TomTomの役割はさらに重要になる。TomTomは、地図データやナビゲーション機能を異なるソフトウェアやアプリケーション間の情報共有を可能にするAPIを開発に必要なツールのSDKとして提供する。これにより、自動車メーカーは地図機能をゼロから開発する必要がなくなり、自社の強みであるUI/UXの作り込みや、ブランド独自のサービス開発にリソースを集中できる。
技術デモでは、その一端が示された。デザイナー向けツール「Figma」上で地図の色やデザインを変更すると、即座に車載ナビの表示に反映される。また、AIアシスタントに「途中でイタリアンレストランに寄って」と話しかけるだけで、ルートが自動で再計算される。パートナー企業にとってはこうした高度な機能を新たに開発することなく、迅速に自社製品に組み込めるメリットがある。
「開発期間をいかに短縮するかが、今の自動車業界の最重要課題。従来2〜3年かかっていた開発を、半分以下に縮小することが目標になっている。そのためには、シミュレーションの活用や、我々のようなパートナーが提供する基盤技術をうまく使うことが不可欠だ」と、TomTomの担当者は語る。
もはや、一社ですべてを開発する時代は終わり、TomTomのようなベンダーが提供する地図プラットフォームを上手に活用することが求められている。それを核に、自動車メーカー、IT企業、コンテンツプロバイダーなどが連携する「エコシステム」を構築することが必要。これは、SDV時代を勝ち抜くための手段であると強調されていた。
地図データは「インフラ」へ。TomTomが目指すモビリティ社会のOS
取材を終えて
今回の「TomTom Discover」で示されたのは、単なる新製品や新技術の発表会ではなかった。それは、TomTomが自らを「地図会社」から、モビリティ社会の基盤となる「プラットフォーム・カンパニー」へと再定義する、強い意志表明でもあった。ゴダインCEOが語ったダイナミックマップは、道路や電力網と同様の社会インフラとなりつつある。そのプラットフォーム上で、パートナー企業が自由にアプリケーションやサービスを開発し、新たな価値を創造する。TomTomが目指しているのは、さながらモビリティ社会におけるOS(オペレーティングシステム)のような存在だ。
自動運転、MaaS、スマートシティ。これらの未来を実現するためには、信頼性が高く、リアルタイムで、誰もがアクセスできる地図プラットフォームが不可欠である。TomTomが描く未来図は、日本の交通課題解決に貢献するだけでなく、世界のモビリティの進化そのものを牽引していく可能性を秘めている。同社の挑戦は、まだ始まったばかりだ。
取材・文/LIGARE記者 松永つむじ