CHAdeMO 1,000V化はEV普及の起爆剤となるか? 東陽テクニカに聞く、高電圧充電の現在地と未来
2025/7/25(金)
電気自動車(EV)普及の壁である「充電時間」。この課題を解決する切り札として、急速充電器の「高電圧化」が期待されている。日本発の規格CHAdeMO(チャデモ)も、ついに1,000V対応の環境が整った。高電圧化は充電時間を大幅に短縮する一方で、技術・安全面で新たな課題も生み出している。この重要な転換期において、EV開発を「評価・計測」の側面から支えるのが東陽テクニカである。同社は世界各国の規格に対応した「電気自動車(EV)充電評価サービス」を2023年に開始し、EV社会の品質と安全を根底から支えている。本記事では、東陽テクニカの田中 喜之氏(eモビリティ計測部)に1,000V化の背景から未来までを詳しく聞いた。
1.「1,000V化」の背景 ― なぜ今、高電圧充電なのか
――「1,000V化」の背景は?
CHAdeMOの仕様書自体には、2018年5月に発行された「バージョン2.0」の時点で、すでに1,000V(仕様上は最大1,000V、500A)への対応が盛り込まれていた。しかし、国内での普及には大きなハードルがあった。それは、経済産業省が定める「電気設備の技術基準の解釈」という法令の存在である。経済産業省|電気設備の技術基準の解釈P200 199条の2
この中で、経済産業省は高圧受電設備(以下:キュービクル)を設置していない場合(電気主任技術者による監督が不要)に450V以下と定めていたが、逆にキュービクルを置いた場合(電気主任技術者による監督が必要)の事例が非記載であったために450V以下にすべきという解釈がされ、CHAdeMO仕様書の付属書の中でも自主規制として450V以下とすることが記載されていた。
ところが海外、特に欧州では800V級の高電圧バッテリーを搭載したEVが次々と登場し、高電圧充電器のインフラ整備も進んでいた。この状況に対し、「日本は高電圧化で遅れている」との指摘が高まり、経済産業省もこの問題を重視するようになった。そして、2023年6月に開催された「充電インフラ整備促進に関する検討会」でこの点が問題視されたことをきっかけに、2024年10月に電気設備の技術基準の解釈が改正される運びとなった。
第7回充電インフラ整備促進に関する検討会事務局資料p25
経済産業省|電気設備の技術基準の解釈の一部改正について
また、これに伴いCHAdeMO仕様書・付属書の450V以下とする記載も削除された。
これにより、キュービクルを設置した場合、最大1,500Vまでの直流電圧が明確に認められることになり、国内で高電圧充電器を設置する道がようやく開かれた。これが今回のCHAdeMO1,000V化の大きな背景である。
―これまでのCHAdeMO(450V以下)と大きく変わった点は?
端的に言えば、「高出力化」が可能になった点に尽きる。充電器の出力(kW)は「電圧(V)×電流(A)」で決まる。これまで高出力を得ようとすると、電圧が450V以下に制限されていたため、電流を大きくするしかなかった。しかし、電圧を1,000Vまで上げられるようになれば、同じ出力を得るために必要な電流を相対的に小さくできる。また、海外メーカー製の高電圧バッテリー搭載車(750Vや800V)の場合、これまで日本仕様にするために電圧を下げた仕様で市場投入していたが、元の電圧仕様で日本国内でも充電できるようになったことも、大きな変化点である。
2.高電圧化がもたらす技術的メリットと新たな課題?
―1,000V対応の充電器・車両側技術で、特に注目すべきポイントは?
技術的なメリットとしては、先ほど述べた電流を抑えられる点が大きい。電流が小さくなると、電線(充電ケーブル)を細く、軽いタイプに変更できる。これまで急速充電器のケーブルは「太くて重い」という指摘が多く、特に女性や高齢者には扱いづらい面があった。ケーブルが細径化すれば、この取り回しの問題が改善され、利便性が大きく向上する。安全性の観点も重要である。CHAdeMO規格では、500Vを超える高電圧充電を「拡張機能」と位置づけている。充電器と車両(EV)が通信によって互いの能力を確認し、双方が合意した場合にのみ高電圧での充電を開始するという、安全性を確保した仕組みが採用されている。この合意形成のプロセスが、安全な高電圧充電を実現する上で重要なポイントとなる。
―高電圧化にともなう設計や安全面での課題は?
大きく2つの課題がある。一つは「コネクタ」、もう一つは「熱」だ。高電圧・大電流に対応できるコネクタは、まだ製品が限られているのが現状だ。EVと充電器の性能が上がっても、その間をつなぐコネクタの選定に制約がある状況となっている。
もう一つの課題が熱マネジメントだ。電流を流せば必ず熱が発生する。特にコネクタの接触部分は発熱しやすく、温度が上がりすぎると性能低下や安全上のリスクにつながる。電圧が高くなっても、高出力を目指せば電流もある程度は大きくなるため、この発熱をいかに抑えるか、あるいは効率的に冷却するかが極めて重要になる。欧州で先行している高出力充電器では、コネクタとケーブルの内部を冷却液が循環する「液冷システム」が採用されており、日本でも今後こうした技術開発が不可欠になるだろう。
3. 利用者と市場へのインパクト ― EV普及は加速するか
―充電時間短縮や利便性向上は、具体的にどの程度期待できるのか?
「何分短縮できる」と定量的に示すのは非常に難しい。急速充電の速度は、バッテリーの残量や温度、車両の仕様など、様々な要因で常に変動する。そのため、常に最大出力で充電されるわけではない。しかし、従来に比べて充電時間が短くなることは間違いない。また、先ほど述べたケーブルの細径化による取り回しの向上も、利用者にとっては大きな利便性向上に貢献できると考えている。
― 1,000V対応の普及が、EV市場や充電インフラにどのような変化をもたらすと考えているか。
2つの観点がある。一つは「EVを買う人」、もう一つは「充電インフラを置く人」への影響である。EV購入をためらう理由として「充電が心配」「充電が遅い」という声は根強い。高電圧化による充電時間の短縮は、この購入のハードルを下げる大きな要因になるだろう。
一方、インフラを設置する事業者にとっては、高電圧充電器は設備投資額が大きくなるという側面がある。しかし、充電時間が短縮されれば充電器の回転率が上がり、事業の採算性が改善する可能性がある。EVの普及とインフラの利便性向上が互いに良い影響を与え合う「ポジティブなスパイラル」に入るきっかけになり得ると期待している。設置場所としては、まず高速道路のサービスエリアや大規模商業施設など、滞在時間が短く高出力を求める場所から普及が進んでいくだろう。
4. 東陽テクニカの役割 ― グローバル規格を評価する「1,000V対応評価サービス」
―貴社が提供する「電気自動車(EV)充電評価サービス」の概要と特徴は?
東陽テクニカは、2015年から、高機能なEV充電評価アナライザ/シミュレータの輸入販売と技術サポートを行ってきた。これはEVや充電器が正しく規格通りに動作するかを検証するための装置である。カーメーカー等を中心に導入が進んだ一方で、利用頻度等の観点から導入に至らないケースもあった。そこで2023年9月、東京・木場にある東陽テクニカR&Dセンター内の専用の試験室(EV充電テストラボ)に評価環境を構築し、そこに設置した装置を使って試験を行う「受託試験サービス(EV充電評価サービス)」を開始した。このサービスは工業製品の安全試験・認証を提供するテュフ ラインランド ジャパン社との協業により行っている。これにより、自社で装置を購入していないメーカーでも、必要な時に開発中の車両・充電器の試験を実施できるようになった。
東陽テクニカが提供するサービスの最大の特徴は、単に試験環境を提供するだけではない点だ。CHAdeMOはもちろん、欧米のCCS、中国のGB/T、そして最近話題になることの多いNACS(テスラ方式)まで、世界中の主要な充電規格を網羅的に評価できる体制を整えている。さらに、長年のサポート経験で蓄積してきた膨大な知見、例えば過去の失敗事例や規格の解釈に関するノウハウを基に、単なるOK/NGの判定だけでなく、「なぜNGなのか」「どうすれば解決できるのか」という具体的なフィードバックを提供できる。これが、開発現場のエンジニアから高く評価されている点である。
5. CHAdeMOの未来と業界へのメッセージ
―世界の充電インフラの中で、CHAdeMOの役割は今後どのように変わっていくと考えるか?
かつて日本発の規格として世界に普及したが、現在は欧州ではCCS2、北米ではNACSが主流になるなど、地域ごとにマジョリティが形成されている。その中でCHAdeMOは、V2H(Vehicle to Home)に代表されるエネルギーマネジメントとの連携機能に強みがある。また、今後は自動車だけでなく、電動化が進む船舶への充電や、コネクタを接続しない非接触充電など、新たな分野への応用も期待されている。CCSとは通信方式も異なるため(CHAdeMOはCAN、CCSはPLC)、それぞれの長所を活かした棲み分けや共存が進んでいくのではないかと考えている。
― 最後に、一般消費者や業界関係者に向けたメッセージを
今日のEVの進化は、自動車メーカー、バッテリーメーカー、充電器メーカーなど、多くの関係者が真摯に、そして妥協なく開発に取り組んできた努力の賜物である。東陽テクニカは、その開発プロセスを「評価」という立場で支え、ユーザーの皆様が安心して使える製品が世に出るための一助を担っている。高電圧化は、EVの利便性を大きく向上させ、普及をさらに後押しする重要な技術だ。この技術革新を通じて、EVを使う人が一人でも増え、よりクリーンで便利なモビリティ社会が実現することに貢献できれば、これほど嬉しいことはない。東陽テクニカは今後も、EV社会の安全と品質を支え続けていきたいと考えている。
取材を終えて
「なぜ今まで高電圧化が進まなかったのか」。その答えは、法規制という大きな壁にあった。技術的な課題だけでなく、こうした社会的な背景がEVの進化に大きく関わっていることを痛感した取材だった。
その壁が取り払われようとしている今、東陽テクニカのような企業が果たす役割は大きい。彼らは世界中の規格を相手に様々な難題に奮闘するEV・充電器の開発者にとって技術的な道標となり、製品の品質を確かなものにする重要なプロセスを担っている。高電圧化は日本のEV市場にとって大きな一歩である。EV普及の「ポジティブなスパイラル」が、もうそこまで来ていることを確信させてくれた。
取材・文/LIGARE記者 松永つむじ