「現行路線バスそのまま自動運転」に挑戦 “バスの街”平塚市の初実証
2024/3/29(金)
神奈川県平塚市は2月、初の自動運転実証実験を終えた。商業バス路線を、実際に運行している大型バスで走るという点で目を引く実証だ。市は、平塚駅から東京駅まで鉄道で60分足らずの首都圏に位置。だが、他の自治体と同様に、公共交通とりわけバス路線の維持が課題に上がる現状はある。市と、Level Ⅳ Discoveryを組成するアイサンテクノロジーら事業者による取り組みを取材した。
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バス70路線が走る市内「既存車両の自動運転化」に力合わせる
2024年3月時点で人口約26万人の平塚市は神奈川県のほぼ中央、東京都心から南西約60キロに位置する。平塚駅から南に1.5キロほど行けば湘南の海が広がり、季節を問わずマリンスポーツ愛好者が集まっている。交通の特徴としては、市内に鉄道駅はJR平塚駅が唯一な半面、バス路線が約70本と充実している。全路線を市内に本社を置く神奈川中央交通が運行し、「神奈中(かなちゅう)バス」の略称で市民に親しまれている。
近隣市の鉄道駅との間を結ぶ交通手段としてもバスは重要。市・まちづくり政策部 交通政策課は、神奈中と共に現行のバス路線と市民の使い勝手維持は必達の課題として「車両を小型化しない自動運転」に取り組んでいる。
市として初の自動運転実証は、実際に運行されているバス路線と車両を使い、しかも通常の運行ダイヤの中で自動運転車両を走らせる「難易度が高い」(平塚市 交通政策担当 主査 廣永倫明さん)ものだった。
さまざまな条件の下に初の実証を成功させるには、事業者の力が不可欠だったと廣永さんは振り返る。
その中に、Level Ⅳ Discoveryを通じてアイサンテクノロジーが積み重ねた120カ所超での実証の実績、ティアフォーの自動運転テクノロジーや、損保ジャパンの安心安全な自動運転を支えるサービスが挙げられる。
アイサン、神奈中、いすゞ異例の座組で早い実証
実証は市と、民間企業5社の計6者により行われた。5社の内訳は神奈川中央交通、アイサンテクノロジー、三菱商事、A-Drive、いすゞ自動車。市と企業は、自動運転を中心とする公共交通DX推進の連携協定を締結。23年4月より自動運転の実装に向けて本格的に動き出し、国土交通省の「自動運転実証調査事業」に9月、採択された。11月には自動運転車の試験走行を始めるスピード感で事業者と動いた。
交通政策担当 主査の平宮巧さんは「多様な強みをもつプレーヤーが連携して自動運転をいろいろな視点から検証し、深掘りできる全国でもまれな態勢ができた」という。バス事業者と車両メーカーも参画する意義は大きい。
実証実験の走行区間は神奈中のバス路線とまったく変わらず営業運転と同様に停留所で停車した。
車両はいすゞ製の自動運転仕様車。ティアフォー開発の自動運転システムを、神奈中が採用している市販大型バス「エルガ」最新タイプに組み込む設計・製造をいすゞが手掛けた。
車載コンピューターやカメラ、センサーを後付けするのに比べて特に内装をすっきりしたデザインにでき、システムと車両の動きの検証もしやすい。実装時にそのまま投入して乗客を乗せられると期待がかかる。
実証に当たって市が参考にした先行事例がある。アイサン、三菱商事、A-Drive、いすゞが関わる福岡県での実証2件だ。
いすゞ製自動運転バスがそれぞれ福岡空港内と、北九州空港から10.5キロを走行した。廣永さんらは北九州の実証実験を視察。自動運転車の挙動がたいへん印象に残ったという。また、実証をする上で地域の自動運転受容も欠かせない。福岡空港内の自動運転の映像を平塚市民へのPRに役立てた。
平塚市の実証実験においては、交通事業者である神奈中のオペレーション、運転士の協力で「難易度の高い」実証実験が成功に導かれた。その裏でアイサンは福岡県の2件を含む過去の知見に基づいた助言をしている。廣永さんは「これから日本各地の自治体が実証実験をする上で、Level Ⅳ Discoveryのパッケージが自治体に提供されていくかと思う。その拡大最初期に利用させていただいた点でよかった」と評価する。
バスベイも自動で、既存ダイヤの間を縫い走行
平塚市による実証実験は1月22日から2月2日の間で計10日行われた。市の評価は「非常に満足」。4月から始まる24年度も実証を行って自動運転に磨きをかけ、早期のレベル4実装に結び付けたいと強い意欲を見せる。今回走行した区間は神奈中のバス路線「平15系統」全4.3キロで、平塚駅南口を起点に南へ向かって海沿いの国道を経由し、駅へと戻る循環路線。交差点3カ所に信号連携を設置し、右折する交差点1カ所には路側センサーを置く路車協調も講じた。また、神奈中は実装に向けて駅南口近くの本社内に遠隔監視室を設け、「車内外の状況の監視」に特化した自動運転時代の運用のあり方を検証した。
1運行計12の停留所に停車する際には、バスベイ(歩道に切り込ませたバス停車用のスペース)進入・停止などを自動運転にて実施した。
なお、神奈中は「平15系統」で通常の運行をしつつ自動運転車を走らせる特別ダイヤを組んだ。自動運転車は乗客のいない停留所にも全て停車するため、営業車両が追い付くこともあった。今回は、営業車両のリアルタイム運行状況を確認しながらオペレーションでカバーしたものの、今後は自動運転車と有人の営業車両の時間差を小さくする取り組みが必要になるとみる。
平15系統をさらに充実、レベル4実装を見据えて
実証参加者による努力の結果、試乗者アンケートでも「今のバスと変わらない乗り心地」または「今のバス以上に満足」とする回答がほとんどを占めた。今後の課題としては手動介入を減らしたり、「減速時に身体にかかる力が路線バスより大きいように感じられる」点を改善したりが挙げられるという。手動介入になる状況の半分は路上駐車の回避に伴うもの。残りは対向車、車道を走る自転車回避や、交差点内での右折待ちの最中に信号が赤になるときの対処だった。市と事業者は道路インフラ、自動運転システムの両面を調整して改善する考え。
24年度の実証実験は平15系統区間での自動運転をさらに充実させる。路上駐車を減らす取り組みに加え、自動運転技術面で回避ロジックを構築していくことが課題であり、市と事業者で一緒に検証する。また、各停留所で乗客が乗り降りすること、運転士の目視によらない扉の開閉や着席確認の検証も「路線バス」の自動化には必須項目であるとみている。
そのほか、信号連携を拡大したり、一部の区間でレベル4自動運転の許可取得を考えたりし、市は26年度から27年度をめどにレベル4実装と拡大を目指したい構想だ。
公共交通全般を使いやすく 利用促進策
市は、タクシーや鉄道を含めた公共交通の維持に向けて自動運転の他にも多くの取り組みをしている。08年からノンステップバス導入補助をしており、神奈中・平塚営業所が運行するバスの約8割はノンステップ。また、ユニバーサルデザインタクシー導入補助もしている。自転車からバス乗り換えを円滑にする無料駐輪場「サイクル&バスライド」も各地に設置。これらは公共交通を使いやすくし、市民に利用してもらうための取り組み。同時にCO2排出削減も狙う。「ゼロカーボンシティ宣言」をした市は、神奈川県内の自治体に先行して22年度にEVバス導入補助制度を始めている。
自動運転をはじめ、市民が使いやすい交通について日々考え、市内の自治会を巡るなど地道に公共交通の利用を促している。「たまにでも市民にバスやタクシー、鉄道に乗ってもらえれば公共交通の利用者数は大きく増えるので、平塚の公共交通の維持、日本全体の公共交通維持につながってほしい」(廣永さん)思いで取り組む。
市民の移動を守るため 事業者と共創で自動運転実装
市内のバス路線は、現状、他地域で見られるような「路線撤退」といった状況には至っていない。「神奈中の献身的な努力が背景にある」と交通政策担当長の長谷川昌章さんは感謝する。とはいえ、運転士不足を取り巻く環境は厳しい。神奈中と市は大型バス自動運転を重要な課題と位置付けて取り組んでいる。レベル2でも自動運転を導入していけば運転士の負担を軽減できる。レベル4実装となれば、運転士を他の路線に配属することができ、全体として現在の路線を維持できるとみる。また、自動運転を実装・拡大していくと「MaaS開発につながる芽もありそう」と長谷川さんは期待をのぞかせる。大型バスの自動運転に市と事業者一丸で取り組んでいく。