特集

塩尻の地域人材が進める自動運転実装 市と企業共創の交通DX

2024/1/26(金)

市と企業の取り組みを詳細に説明してくださった塩尻市役所のみなさん
写真左から
産業振興事業部 先端産業振興室 係長 松倉昌希さん
産業振興事業部 先端産業振興室 主任 百瀬亮さん
建設事業部 都市計画課 計画係 計画係長 浅川忠幸さん。6月開設の地域DXセンターcore塩尻で撮影


長野県塩尻市は、地域全体のDXを熱心に進めていて、交通分野のDXにとりわけ力を入れている。AI活用型オンデマンドバス「のるーと塩尻」の拡大や、2025年度のレベル4実装を具体的に計画している自動運転は、その代表例。2010年よりテレワークを活用した地域デジタル人材の育成を進めていて、地元の人々が交通DXを動かしている。

地域デジタル人材育成と、その人材による自動運転実装の試みは、他の自治体が注目する成功例。Level Ⅳ Discoveryメンバーと取り組む、市の交通DXや自動運転の実装を取材した。

Sponsored by Level Ⅳ Discovery

元々コンパクトな街、鍵は市街地と農山村地域の接続

人口約6万6000人の塩尻市は、長野県のほぼ中央に位置し、太平洋側・日本海側の中間に当たる。江戸時代には主要道路「五街道」の一つ、中山道などの宿場町として栄えた。今も東京・名古屋の各方面へ出やすい交通の要衝だ。



名産はブドウとワインで、約100年前から作られ続け、現在は市内で16のワイナリーが醸造する。製造業ではセイコーエプソンの工場が2カ所立地し、同社の従業員約1万3000人のうち、およそ半数が2工場で働いている。

ブドウ畑やワイナリーが集まる土地の名を桔梗ヶ原というように、もともと山間の平野に作られた街が塩尻。都市計画法に基づく区域区分制度により、「優先的かつ積極的に市街化を図る区域」(市街化区域)と「自然環境と調和しながら土地利用を図る区域」(市街化調整区域)が1971年に指定され、まちづくりを進めてきた。

「区域区分制度による適切な土地利用のために、市街地がコンパクトに形成されています」と市・都市計画課の浅川さんは説明する。長野県内77市町村のうち、この区域区分制度がとられているのは4市1町のみ。

塩尻市の面積約290平方キロのうち、市街化区域は3.4%。農山村地域に住む人がマイカーなしでも買い物や通院などで市街地に行くためには、地域公共交通網の整備が市政の重要課題としてある。

市が目指す交通の概念図

市が目指す交通の概念図



市は「地域公共交通計画」を策定するとともに、「塩尻市DX戦略」の中で交通DXをリーディングプロジェクトに位置付けた。オンデマンドバスや自動運転をはじめとするモビリティ関連の各種取り組みを積極的に実施し、既存交通サービスの高度化と新たなサービス創出を進めている。目標とするのは「コンパクトシティ・プラス・ネットワーク」「都市と自然の両立」したまちづくりだ。

公共交通の現状、民営路線バスは99年に撤退

市内の公共交通は現状、市営の地域振興バス「すてっぷくん」と「のるーと塩尻」、3社が運行するタクシーが担っている。鉄道JR線は、隣接する松本市など近隣都市への通勤・通学利用が中心。市民の交通手段はマイカーが多い。

「すてっぷくん」は、99年に民営路線バスが撤退したために市が運行を開始し、現在7路線を運行している。だが、大型二種免許を持つドライバー不足や利用者が少ないといった課題は、他地域と同じくある。

そこで市は、大型二種免許が不要な、のるーとや自動運転バスで既存の公共交通を補完し、マイカーなしでも移動しやすい街を作ろうと交通DXに取り組んでいる。すてっぷくん10路線のうち市街地を走る3路線は、20年度から22年度の間に、のるーとへ置き換わった。

公共交通整備の概念図

公共交通整備の概念図


地元育成のテレワークが交通DXを支える

市の政策と二人三脚の関係に当たるのが地域のデジタル人材。市は10年にひとり親や子育て中の女性などの就労支援を目的とした自営型テレワーク推進事業「KADO」(カドー)を始動させた。このKADOが、塩尻市が交通DXを進めるきっかけとなり、自動運転を地域人材で運用するチャレンジにつながっている。

KADOは、子育てや介護、自身の障がいなどの理由で就労に時間的な制約のある人が「好きな時間に好きなだけ安心して働ける場所」を提供する仕組みであり、市が100%出捐して設立した一般財団法人塩尻市振興公社(以下、公社)が事業を運営する。

公社は民間企業や自治体などから業務を受注して、KADOの登録者(テレワーカー)に業務を委託し、技術を学びながら働ける機会を提供。また、働く人が希望の時間で無理なく仕事できるよう、業務を細分化して割り振り、進捗を管理することにも大きな力を割いている。

「行政が主体となって働く人のスキルを育て、地域に新たな仕事をつくる点で他の自治体や国に注目されています」(市・先端産業振興室の松倉さん)。すでにスキルを持った人に仕事を委託する民間の人材事業と異なる点だ。

現在約400人がテレワーカーとしてKADOで仕事をし、自動運転の実証・実装、市のDX推進でも活躍している。同様の課題や目的を持った自治体が枠組みに加わり、自治体の境界にこだわらない運営がされている。

KADOにおけるアイサンテクノロジー(以下、アイサン)からの業務受注が、市がのるーと導入や、自動運転の実証を行うきっかけとなった。

KADOを信頼、アイサンが自動運転呼びかけ

公社は、17年よりアイサンから、自動運転で用いられる高精度3次元地図製作の業務を受注する。KADO最大の業務であり、製作に習熟したKADOのテレワーカーはアイサンにとっても不可欠な人材となっている。

19年に、アイサンをはじめとする企業は自動運転の実証を市にもちかける。市は、最先端の企業が集まることで地域課題を解決する新しいサービスが生まれると期待し、「将来的な自動運転技術の社会実装時にも技術やサービスの地産地消が可能になる」との思いから、市やアイサンなど7者による包括連携協定を結び、自動運転の実証を開始した。

22年11月には産学官連携「塩尻自動運転コンソーシアム」を組成。事業化を見越した自動運転車の走行ルート設定など具体的な取り組みをしながら、実証・実装で協力している。また、タウンミーティングやシンポジウムを開催。市民の自動運転受容を促す取り組みや「市の公共交通に欠けているもの」といった交通施策について検討、実行している。

塩尻自動運転コンソーシアムを22年11月に組成

塩尻自動運転コンソーシアムを22年11月に組成



23年6月には地域DXの拠点「core塩尻」が始動した。アイサン、ティアフォーらがパートナー企業として入居する産官学民共創の拠点でもあり、23年度の自動運転実証では遠隔監視もここで行う。地域住民が最先端の技術やデジタルを活用したサービスを体験したり、気軽にデジタル活用に関する相談をしたりできるスペースも備えている。

企業は一緒に実装するパートナー「互いにリソース全部出す」

企業の中でも、とりわけ市と縁が深いのがアイサン、ティアフォー、損害保険ジャパンの3社。連携協定からのパートナーで、コンソーシアムに加盟する3社は「Level Ⅳ Discovery」を組成して、自動運転の実証実験をするためのソリューションを提供している。

実証・実装の最前線で動く先端産業振興室の百瀬さんは、3社について「受発注関係ではなく、一緒に自動運転の実装を進めていくパートナー。市のリソースを全て出していますし、それは企業から市に対しても同じだと思っています。共通の認識ができているので、事業が非常に進みやすい体制になっています」と評価する。

企業と互いに全リソースを出して自動運転を実装していく」と百瀬さん

企業と互いに全リソースを出して自動運転を実装していく」と百瀬さん


新たな公共交通として定着、のるーと

連携協定を受けて、市と企業は20年度に市内で自動運転実証実験や、のるーと導入を国の交付金事業や補助事業を活用しながら始めた。

のるーとは、塩尻駅・市役所などを含む「大門エリア・広丘高出エリア」とその南東「塩尻東エリア」の2エリアで有償運送が定着。さらに市街地の利用エリアを拡大している。アプリや公式LINEまたは電話で予約し、電話予約はKADOで受け付ける。

のるーと乗降場・運行エリアを拡大中

のるーと乗降場・運行エリアを拡大中



現在の運行エリアから北で、地域振興バスすてっぷくんが走っている「広丘エリア」と「吉田エリア」では、のるーと実証運行を23年10月から24年3月にかけて実施中。利用者の意見を集め、のるーとで2エリアの路線を代替可能と判断できれば、バス・大型二種ドライバーを他路線に振り替えて住民の利便性向上や運行事業者の負担軽減につなげる。

のるーと利用者数は23年4月1日から9月30日までで1日平均103人。地域振興バス利用者を大きく上回る。「普段マイカー移動が多いだろう30代~50代の利用も増え、公共交通を持続可能なものにする上で非常に成果があったと感じています」(浅川さん)という。

レベル4環境を整備、23年度の実証実験

のるーと導入と並行して自動運転の実証も市内で経験を積んできた。百瀬さんは「路上駐車の回避や無信号での右折、狭路走行も含めてレベル4で走れる環境を構築できています」と胸を張る。

23年度の実証実験は、ティアフォーが開発した新型の自動運転バス「Minibus」を使う。22年度実証で使った「GSM 8」よりも大きい車両。24年1月に市民が試乗する。公社は実装に向けて、今回このバスを購入している。

塩尻市振興公社が購入した自動運転バス。セイコーエプソン社との共創事業でラッピングが施されている

塩尻市振興公社が購入した自動運転バス。セイコーエプソン社との共創事業でラッピングが施されている



走行ルートは3通り。塩尻駅から近隣の高校近くまで鉄道の時刻表に合わせた朝4便を運行するなど、通学・通勤や買い物で公共交通を使う市民のニーズに沿った、より実装に備えたルートとした。

走行環境では、ルート上の信号機8カ所全てで車両と信号機の連携を行う。なお、百瀬さんが他自治体に聞き取りしたところでは、信号機に設置した機器は実証後に取り外す例が多い。塩尻市内はこれまでの実証で使った信号制御器が残置され、信号機連携を含めた走行実証ができる環境が整っている。

23年度の走行ルート。移動ニーズに合わせて朝、日中、夕方3ルートを走行する

23年度の走行ルート。移動ニーズに合わせて朝、日中、夕方3ルートを走行する



また、国交省の実証に併せて、今回はスマートポールを使った路車協調システム実証も行う。スマートポールには「自動運転バス走行中」のLED表示板を設置して地域住民に自動運転車両が走行中と知らせる。

今回のルート上にある市役所ロータリーには無信号の丁字路で右折して入るが、信号が連続することからスピードを出す一般車もあり、自動運転車が一時停止・右折して入ろうとすると手動介入が起きやすい。路車協調システムも活用して歩行者、対向車、車両を守り、安全に走行する。

実装を地域の手で 自動運転バス購入、24年度に定期運行

実証後は24年2月から3月の間に「地域人材のみによる自動運転車両運行」を実施する予定だ。KADOのワーカーとアルピコ交通のドライバーという地元で働く人々が自動運転車の遠隔監視、保安、車両オペレーター業務を本格的に担い、自動運転車両を運用する。遠方に拠点を置く企業の技術者がいなくても運用できる体制を準備する。

KADOワーカー、アルピコ交通はこれまでの実証でも業務を担当してきた。今回、ティアフォーから自動運転システムの使用法や手動介入、運行結果の高度分析などで改めて詳細な技術移転を受け、両者が主体となって運行する。「地域の人々が担い手となることで自動運転を真の意味で実装する、大きなチャレンジを進めています」(松倉さん)。

4月以降、24年度も地域のオペレーションで実装へ進む予定。地域で完結するオペレーションと公社の裁量により動かせる車両で、24年度からは毎月の定期運行を考えている。

教育、家庭、街じゅうに公共交通を根付かせる

公共交通を市民に使ってもらう上で市は“草の根的な”情報発信を大事にしている。例えば、のるーと拡大では、「実証運行中の一定期間は、ほぼ毎日、公民館で住民に使い方の説明会を開いている」。

さらにユニークなのは、教育に交通DXを取り入れてもらうこと。市教育委員会と連携し、小中学校で交通DXの出前講座をする、小学校の校庭内を自動運転車が走り、約300人の児童が乗車するなどだ。22年に始まった取り組みは、KADOワーカーや、ティアフォーの協力を得て進めている。

校庭で自動運転バスに試乗(塩尻市提供)

校庭で自動運転バスに試乗(塩尻市提供)



「KADOで作った地図で自動運転バスが塩尻市内を走ると知り、それが全国へ展開されるモデルとなることで、子どもたちが市を誇りに感じ、将来の学びにつながると思っています」と、出前講座を呼びかけたり、自身も講師になったりする百瀬さんは話す。学んだ内容を、子どもが家庭で保護者に教えることで自動運転に対する理解が広まっているとも言う。

レベル4実装の先 市民生活の向上、成功例の横展開へ

市は25年度までにレベル4も含めた自動運転サービスの社会実装を計画している。レベル4走行の認可をまず取得するのは塩尻駅と市役所間になる見通しだ。実証開始以来、走行を最も積み重ねてきている。レベル2走行と組み合わせながら、国の補助事業などを活用して段階的にレベル4区間を拡大することを見据えている。

ただし、自動運転はあくまでも手段。目的は、公共交通を市民生活の質の向上に役立てることだ。「レベル2、4を問わず、市民が日常的に自動運転バスを利用できる環境づくりがサービスを実装することだと思っています」(松倉さん)。

自動運転の環境を整え、既存の交通網に自動運転を組み込んでいく。複数の公共交通を接続させたアプリ開発などMaaSにも同時に取り組み、隣接する松本市、安曇野市や長野県との広域連携につなげていきたい考え。企業や市民の声を聞きながら、事業性検討も含めた持続可能で、市に最適な交通を探る。

交通の変革で新しいサービスの創出も期待できる。「公共交通を使ってお店で使えるポイントがもらえる」や「自動運転でイベントに行こう」といった提案を地域の事業者から受けることが増えた。思わぬところからの声かけが増えているのは、事業者との連携や実証実験を継続してきた結果と市はみている。

市としては当然、事業性、コストの検証も必要となる。一方、自動運転で生まれる多領域での新たな便益(クロスセクター効果)もあると見込み、コンソーシアムのメンバーと議論を継続している。

市はこれまでに培った強みを生かし、全国から注目を集める交通DX、自動運転の環境を作り上げた。その背景には取材に応えてくれた担当者の皆さんはじめ市の努力と、企業や自治体に対して開いた姿勢、協力を惜しまないパートナー企業や地域の人々の力がある。

市は、KADO事業で成功したように、地域で作る公共交通のモデルを、課題を持つ全国の自治体と広く共有する考え。地域、企業と一緒に新しい交通を作り、横展開を図る。

※図表は全て塩尻市より提供

get_the_ID : 207375
has_post_thumbnail(get_the_ID()) : 1

ログイン

ページ上部へ戻る