【特集】AIと3Dプリントで“車”を再定義する。PIX Movingが描く自動運転の未来と日本市場への期待
2025/10/23(木)
中国を拠点にグローバルに事業を展開し、2024年にTIS株式会社との合弁会社「ピクセルインテリジェンス株式会社」を設立して本格参入を果たしたPIX Moving。
AIによる設計、3Dプリントによる製造という革新的なアプローチで、従来の自動車産業の常識を覆す同社の創業者兼CEOである喩川 (Angelo Yu)氏は、建築デザイン出身という異色の経歴を持つ。同氏が描くモビリティの未来像とは何か、そして、なぜ今、日本市場に本格参入するのか。「PIX Moving」設立の背景、そして「ジャパンメイド」との融合がもたらす新たな可能性について、詳しく話を聞いた。
通訳:営業責任者 劉 東(Alex Liu)
建築デザインから自動運転の世界へ。AIでクルマを再定義するグローバル企業の挑戦
――創業者の経歴と、PIX Movingを創業した経緯について。
もともと私は建築業の出身で、デザインや設計の経験を積んできた。PIX Movingを2017年に立ち上げたのは、ちょうど世界で自動運転関連産業が大きく成長し始めた時期である。私たちのビジョンは、AIによる設計・製造手法を活用し「クルマ」という存在の形態と機能を再定義することにある。
多くのスタートアップが運行コストの削減、つまりドライバーをなくすことを主な目的に開発を進めていた。しかし、私たちの考えは少し違う。車に対してドライバーをなくすことだけに注目するのではなく、空間におけるサービスに注目している。
これはスマートフォンの進化と似ている。かつての携帯電話は通話やショートメールなどが主な機能であったが、iPhoneの登場以降、様々なアプリやコンテンツを搭載し、私たちの生活に付加価値をもたらす存在へと変わった。私たちは、クルマも同じように、移動する空間そのものに価値を提供するプラットフォーム「Moving Space(ムービングスペース)」へ進化させたいと考えている。つまり、視点を変えて「モビリティに価値ある空間をプラスする」アイデアがPIX Movingの原点である。
――PIX Movingについて。
PIX Moving(中国語名称:像素智能)は、都市型ロボット分野のグローバルな先駆者である。主力製品にはRoboBus、RoboShop、Beastie、RoboSweepなどがあり、すでに30カ国と地域に展開している。
弊社は、レベル4自動運転技術、AIによる設計、大型金属の3Dプリントを中核技術とし、中国・アメリカ・欧州で200件以上の特許を出願済み。また、世界経済フォーラム(ダボス)より「グローバル・テクノロジー・パイオニア企業」に選出された実績も持っている。
さらに今後5年間で、世界100都市・1,000の生活シーンにRoboBusを導入し、年間10億人超の利用者数を目指している。これにより、次世代のインテリジェント交通インフラを構築し、都市や地域経済の高度化を目指している。
中国内外の自動運転、ロボバス、ロボタクシー、デリバリーの最前線
――国内外での走行実績や導入事例について。
中国市場全体に目を向けると、多様なシナリオで商用化が進んでいる。ロボタクシーは北京や上海などの限定エリアで商用化が進んでいるが、既存のタクシードライバーの雇用問題などもあり、全面的な展開には社会的な課題も残る。
一方で興味深いのは自動運転によるデリバリーロボットだ。中国特有の広大なゲート付き住宅団地において、物流センターから団地の入り口までは自動運転車両で無人輸送し、団地内は配達員が各戸に配送するというハイブリッドな運用がすでに広く普及している。これは、日本とは異なる都市構造が可能にしたユニークな事例である。
また、私たちのロボバス(自動運転ミニバス)は、現在、中国国内の貴陽、蘇州、深圳、青島など10以上の都市で実用化されている。観光地や都市間でのシャトル接続サービスとして運行しており、累計走行距離は100万kmを超えた。これは現在、中国で最も多く運行されているレベル4自動運転ミニバスの一つである。現在、ニーズが多く、今年の3月に浙江省に第2工場を立ち上げて生産能力の拡大を進めている。
グローバルではイタリア、サウジアラビア、韓国、アメリカなど30以上の国と地域に展開している。例えば、韓国では産業団地内のシャトルソリューションとしてRoboBusが導入され、スイスでは現地のロボット企業と連携し、「ラストワンマイル」配送の実証実験なども行っている。
AIと3Dプリントが可能にする新しい製造方式「RTM™」
――製造プロセスにおけるAIによる設計や3Dプリントについて。
私たちは、AIによる生成設計とRTM™(リアルタイム・マニュファクチャリング)技術、モジュール化アーキテクチャ、さらに大型金属3Dプリント技術を融合させ、これまでにない新たな車両製造の方式を生みだした。まず、生物の構造を模倣して強度と軽量化を両立する構造生成から、空間レイアウトの最適化までをAIが行う。続いて、そのデジタルモデルを金属や複合材料の3Dプリント技術と組み合わせることで、物理的な製品へと迅速な生産を可能にしている。
これにより、従来の数年単位での開発期間を大幅に短縮し、多種多様なロボット関連製品をいち早く市場に投入できる。つまり、従来の自動車製造が、数多くのサプライヤーから部品を調達して組み立てる複雑な工程に依存するのに対し、私たちの手法ではすべて自社で簡素化できる点が強みだ。
――メンテナンスと安全テストは。
車両のメンテナンスも大きく変わる。私たちの車両は、家電製品のようなモジュール設計を採用しており、故障した際には各機能モジュールを取り外して交換できる「プラグイン型」の保守体系を構築している。そのため、保守の複雑性やコストを大幅に削減し、新機能への迅速なアップグレードも可能だ。私たちの車両は、主に低速かつ限定された空間、またはそれに準じる半開放の環境で使用されることを想定している。しかし、安全性に妥協はない。私たちは、欧州、日本、中国における安全テスト体系に準拠して開発を行っている。
もちろん、各国の法規に合わせたローカルな適応も必須だ。現在、日本の認証機関とも協議を進めており、日本国内での安全認証を並行して推進する計画である。グローバルに事業を展開する企業として、それぞれの市場の安全基準をクリアすることは当然の責務だと考えている。
TISとの協業で目指す「技術と実用シーンの融合」
――2024年、TISとの合弁でピクセルインテリジェンスを設立。

日本市場でパートナーとしてTISを選んだのは、彼らがMaaSやスマートシティ分野で豊富なプロジェクト経験を持ち、強力なB2Bネットワークとシステム統合能力を備えているからだ。
私たちの協業は、PIXの先進的な技術と、TISが持つ日本の具体的な実用シーンを結びつける最良の組み合わせだと考えている。この強固な基盤の上にピクセルインテリジェンスを設立し、日本をPIX技術のローカル拠点、そして将来的には世界への輸出基地として発展させていくことを目指している。
――生産拠点を日本に。
日本に生産拠点を置く理由は2つある。1つは、少子高齢化の現状だ。人口は1億人以上の市場で今後はさらに自動化されるニーズの増加を見込んでいることが挙げられる。もう1つは「Made in Japan」が職人技、信頼、品質保証の象徴であると考えているからだ。日本のものづくり精神と私たちの新しい製造方式を融合させることで、世界市場に向けた高品質のモビリティロボットを創り出せると確信している。
確かに、自動運転やEVの分野では、大規模なAIモデル、車両統合、活用シーンといった面で中国が先行して強みをもつ。私たちが掲げる「Made in Japan, Powered by China, Going Global」という言葉は、まさに私たちの戦略を的確に表している。中国と日本のそれぞれの強みを組み合わせることで、世界的に競争力のあるソリューションを構築できると考えているのだ。
特に、日本の品質管理システムや、お客様のアフターサービスに対する高い要求水準に応えていくことで培われるノウハウは、私たちがグローバルで事業を展開する上で大きな力になると信じている。
「共にエコシステムを構築する」日本とのコラボ
――今後の日本市場での具体的な計画やビジョンは。
まず、神奈川県茅ケ崎市に最初の工場を設立した。そして2028年までに日本国内で第2工場を建設し、年間1,000台規模の生産体制を整えることを目標にしている。
私たちは、単に車両を販売する従来型のビジネスモデルは考えていない。「共にエコシステムを構築する」という理念で、日本の地方自治体や企業パートナーと共にモビリティによる社会変革を推進していきたいと考えている。
具体的なプロジェクトとして、RoboBusやRoboShopの導入を観光地の接続地点や、都市の環状路線、無人配送などの用途で検討している。その中心となるのが、私たちが提唱する「wonder loop」という構想だ。
これは、単に自動運転車を走らせるのではなく、移動体験そのものをパッケージ化し、地方都市の再生を目指す総合的なソリューションである。例えば、複数の観光スポットをRoboBusで結ぶ周遊ルートを設計し、移動中には車内で地元の特産品を販売したり、地域の魅力を伝えるエンターテインメントコンテンツを提供したりする。これにより、移動時間を新たな観光体験や消費の機会へと転換させる仕組みだ。
この構想は、私たちだけで実現するものではない。現在、パートナー候補となる企業や自治体と企画段階から共に創り上げる「共創」モデルで進めており、地域に根差した持続可能なエコシステムの構築を目指している。
私たちの技術と日本のニーズを深く結びつけ、各地の課題解決に貢献することで、持続可能なモビリティ社会の実現を目指していく。今回のインタビューをきっかけに、さらに多くの日本の皆様に私たちの取り組みを知っていただけることを楽しみにしている。
取材を終えて
建築デザイン出身の喩氏が語る「ムービングスペース」という概念は、単なる移動手段である車からの脱却を予感させる。AIと3Dプリントを駆使した製造プロセスは、従来の自動車産業の常識を覆す革新的な可能性を秘めている。「Made in Japan, Powered by China, Going Global」という言葉通り、中国のスピード感と日本の品質が融合した時、どのようなモビリティが生まれるのか。今後の展開から目が離せない。
取材/モビリティジャーナリスト 楠田悦子・LIGARE記者 松永つむじ
文/LIGARE記者 松永つむじ
▼ 自動運転特集のその他の記事はこちらから! ▼
















