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アイシンが目指す水素社会とは?可搬型FC発電機が拓くエネルギー構想

2025/9/30(火)

自動車部品大手のアイシンは、カーボンニュートラル社会の実現に向けて「可搬型FC発電機」を開発している。トヨタの燃料電池車・MIRAIや、家庭用燃料電池・エネファームに用いた技術を応用し、小型・軽量・静粛性を実現した製品だ。

従来のガソリンやディーゼルを用いる発電機やポータブルバッテリーでは実現できなかった価値を提供する「第3の電源」として、実地での検証を行いながら2028~29年のテスト販売を目指している。

なぜアイシンは車載型や定置型ではなく、持ち運び可能な小型発電機の領域をターゲットとして定めているのか。水素事業をはじめとした同社のエネルギー構想に迫った。
【トップ写真右から アイシン E-VC事業戦略部 水素事業グループ 主幹 石田賢司氏/先進開発部 発電システム開発グループ グループ長 梶尾克宏氏/同開発グループ 主任 髙田亮氏】

小型・軽量ながらも2kWの出力。駆動音も静粛に

アイシン製の可搬型FC発電機

アイシン製の可搬型FC発電機


アイシンの可搬型FC発電機の定格出力は2kW。寸法は496mm×654mm×512mmで、これは宅配便の大型段ボールとほぼ同等のサイズだ。また、質量37kgは同出力帯のガソリンやディーゼルの発電機と比較して約30%軽い。

キャリーハンドルも内蔵されている

キャリーハンドルも内蔵されている


小型・軽量以外にも特徴があり、その一つが静粛性だ。「動作中の音量は60dB程度で、エアコンの室外機や換気扇の音と変わらない程度です」と開発担当者の梶尾氏は説明する。従来の発電機特有の唸るような騒音とは無縁で、夜間工事や住宅密集地での使用にも適している。

稼働中の様子(デモ運転はスポットクーラーに接続して実施)


始動性においても現時点でマイナス10度での始動が確認されており、将来的にはマイナス30度での始動を目指している。これは寒冷地での使用を想定した重要な機能だ。安全面では、燃料電池の特性上、排出されるのは水のみで、CO2や環境汚染物質は排出しない。また、水素漏れ検知システムを搭載し、異常を検知した場合は即座に緊急停止する仕組みを備えている。さらに耐久性の面でも「他社製品が1,000時間程度の寿命であるのに対し、我々の製品は10,000時間以上の実現に向けて開発を続けています」と梶尾氏は自信を見せる。


屋内から災害現場まで、多様な利用シーンを想定

可搬型FC発電機の用途は幅広い。前述したように夜間工事などの静粛性が求められるシーンで優位性があるほか、キッチンカーやキャンプなどのレジャーシーンでの使用が想定されている。また水素燃料はガソリンなどと比べて長期保存が可能であるため、災害発生時などのいざという場面でも信頼性が高い。さらにCO2の排出削減が求められる建設現場などでの活用も期待できる。

そのほかに、現在アイシンが取り組みを進めているのが、ドローンとの連携だ。協業パートナーのAutonomyと共同で、有線給電による長時間飛行を実現。従来30分程度しか飛行できなかったドローンを、一般的なサイズ(14.7MPa/47L)の水素ボンベ1本で10時間連続飛行を可能とする。次いで、ドローンのワイヤレス充電システムへの給電も成功しており、夜間照明や遠隔操作といった場面での活用が期待できる。

(資料提供:アイシン)

トヨタMIRAIや家庭用燃料電池で培ったアイシンの強み

アイシンがこの分野で優位性を持つ背景には、長年にわたる燃料電池技術の蓄積がある。同社は1990年代から小型燃料電池の開発に着手し、家庭用燃料電池「エネファーム」で技術を蓄積してきた。さらに、トヨタMIRAIへの部品供給を通じて得た自動車用燃料電池の知見も有している。

トヨタの燃料電池車「MIRAI」

トヨタの燃料電池車「MIRAI」
(出典:トヨタ グローバルニュースルーム)


その蓄積は、空冷式FCモジュールの採用という点で生かされている。「自動車用の燃料電池は水冷式ですが、この製品には数kWクラスに最適化した空冷式を採用しました」と梶尾氏は語る。冒頭で述べた小型・軽量化を実現できた背景には、この点が大きく影響している。さらにMIRAIやエネファームの要素部品を流用することで、コスト削減と信頼性を向上させているという。

中央の設備がアイシン製「エネファーム」

アイシン製「エネファーム」(写真中央)


エネルギーバリューチェーンを構築し、2028年テスト販売開始へ

ところで、なぜ自動車部品メーカーのアイシンが、このような発電機の開発に注力するのか。その答えは、同社が掲げる「エネルギーバリューチェーン」構想にある。

アイシンは2030年に向けた中長期戦略として、既存の自動車部品事業に加えて、エネルギー分野を新たな成長領域と位置付けている。「売上の95%を占める自動車部品事業は、ガソリン車向けATなど縮小が見込まれる分野もある。水素を含めたエナジーソリューション事業を拡大させていく必要がある」と、E-VC事業戦略部の水素事業グループで主幹を務める石田氏は語る。

アイシンが目指すエネルギーバリューチェーンのイメージ図

(資料提供:アイシン)


同社のカーボンニュートラル推進センターでは、2035年の生産工程でのCO2排出実質ゼロ、2050年のライフサイクル全体でのカーボンニュートラル達成を目標に掲げている。この実現に向けて、ペロブスカイト太陽電池やCO2分離回収技術(CCS/CCUS)の開発などを一体的に進行中だ。

その中でも水素の利活用は重要視されており、固体酸化物形電解セル(SOEC)による水素製造、純水素による固体酸化物形燃料電池(SOFC)といった具体的な研究開発が進んでいる。今回の可搬型FC発電機は、産生した水素を「利用」するための機器という位置づけになる。

可搬型FC発電機の実用化に向けて、現在は展示会などを通じて、顧客ニーズの把握に努めている段階だ。実地テストなどを繰り返しながら、2028〜2029年頃のテスト販売を目指す。車両等に用いられる50kW以上の大型領域やフォークリフトなどに用いられる8kW以上の中型領域とすみ分けを図りながら、数kWクラスの小型領域でのシェアを獲得する方針だ。

「お客様の声として、静粛性や排ガスゼロという特徴は高く評価されている一方、水素需要の広がりを疑問視する声もある」と石田氏は率直な現状を明かす。水素社会の実現に向けては、アイシン単独ではなく、自動車業界や、政府省庁、自治体との連携も求められるだろう。「今後、さまざまなパートナーと連携しながら、社会全体でカーボンニュートラルを実現していく」と、石田氏は将来を見据えて語った。

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