【特集】1社のみでは難しい自動運転バスの実用化。繋がりをつくり機運醸成を/アルピコHD今村氏インタビュー
2025/12/11(木)
バスやタクシーの乗務員不足が深刻化し、自動運転の実用化が期待されている。全国に先駆け、塩尻市とともに実証実験に参画してきたアルピコホールディングス。自動運転バスに取り組むようになった背景や自動運転の実用化によるバス事業の変化について、同社で取締役を務める今村正平氏に伺った。
(取材・文/モビリティジャーナリスト 楠田悦子)
(取材・文/モビリティジャーナリスト 楠田悦子)

アルピコホールディングス株式会社 取締役 今村 正平氏
1996年、松本電気鉄道株式会社(現アルピコ交通株式会社)に入社。アルピコ交通 人事部長、執行役員長野支社長、執行役員営業本部長、取締役管理本部長兼経営企画室長、取締役関連事業本部長を経て現職。現在の主な担当は、経営企画室 ・ICT推進室・インバウンド&マーケティング推進室担当、アルピコホテルズ株式会社・アルピコリゾート&ライフ株式会社取締役など。その他にも長野県インバウンド推進協議会まちづくり・交通部会部会長や塩尻市振興公社の理事も務める。
新しいことにチャレンジする企業文化
――アルピコホールディングスに対する私のイメージは、新しいことに積極的に取り組まれている企業という印象です。今村氏:ありがとうございます。アルピコホールディングスは、ドローンスクールやeスポーツ事業を立ち上げたり、ホテルの地下にビールの醸造所をつくったり、なんてことも行っています。たしかに新しい取り組みに積極的な企業文化があるかと思います。
――アルピコホールディングスの売上構成についてご説明いただけますか。
今村氏:アルピコホールディングスは1920年、松本市における鉄道事業から始まりました。現在は、松本市・茅野市・諏訪市など長野県主要都市で、路線バス事業やタクシー事業を展開しています。グループ売上は約1,000億円。そのうち約7割をスーパーなどの流通事業が占め、2割が鉄道・バス・タクシーの運輸事業、1割がホテルなどの観光事業です。地方型のコングロマリット企業として幅広く事業を展開しています。
塩尻市からの実証実験の打診が一つの転機に
――自動運転に参画された背景は?今村氏:塩尻市からは、2019年秋ごろに「AIオンデマンドバスや自動運転などに関するコンソーシアムを作って、新しいMaaSに取り組みたい」という話をいただきました。当時、既に慢性的な乗務員不足が顕在化している中で、今のビジネスモデルのままでは公共交通を持続させていくのが難しいと感じていたので、「ぜひ将来を見据えて参加させていただきたい」と参画した背景があります。
乗務員がいなくても動かせるというのは、ちょっと夢のような話だと感じた一方で、プロジェクトを組んでやっていくというのは、非常にありがたい話でした。われわれとしても、この機会をチャンスと捉えグループのトップも含めて積極的に取り組みはじめました。
最初は半信半疑ながらも「将来的に実現できる」と手応えも
――2020年ごろ自動運転バスの参画前後で、経営層や現場の運転手の皆さんの反応はどう変わりましたか?今村氏:参画した当初は自動運転レベル2の実証実験でした。正直、「本当に自動運転は実現できるのだろうか」と、半信半疑だったんです。しかし、実証実験の運行が始まると、経営層も乗務員も驚きました。もちろん運転席には乗務員が座っているのですが、ハンドルを握らなくてもバスがしっかり動いたのです。はじめに想像していた自動運転バスよりも、ずっと出来が良かったので、「これは全然先が見えないわけではなく、将来的に使っていける」と確信が持てました。
中長期ビジョンに自動運転バスの導入を掲げるように
今村氏:アルピコホールディングスでは、人口減少やビジネスを取り巻く環境の変化を受けて、事業を持続させるにはDXに取り組まないといけないと考え、2024年に、2035年までの長期ビジョン「ALPICO VISION 2035」を作成しました。その中で3つの大きな方針を掲げています。
1つは「便利で快適な生活を実現する生活インフラを提供」、次に「世界に誇る山岳リゾート信州の価値創造」、そして「安全安心を基盤としたサステナビリティ経営」です。
これらを実現していくにはDXの推進は不可欠と考えており、具体的な施策の一つとして「自動運転やAIなど新技術の積極的導入による、効率的かつ顧客利便性の高い交通システムの構築」を掲げています。この方針は、塩尻市のプロジェクトの参画を通して、実用化に向けた手応えを得られたから、ビジョンの中に盛り込むことができました。
「自治体がけん引役に」地方における自治体と交通事業者の関係

――最近のモビリティサービスの動きを見ていますと、民間企業がデジタル化を推進して自治体がついていくパターンと、自治体がR&D機能を担ってそこに民間企業がついていくパターンがあると思います。
今村氏:都市部では民間の交通事業者の収益力があり、新技術に対して事業会社自身がある程度主体的に投資を進めることができるかもしれませんが、われわれのような地方の公共交通事業者では、同じようにはいきません。
現にアルピコグループでは、塩尻市の地域で自主運行での公共交通維持が難しくなり、今は行政から委託を受ける形で公共交通を担っています。このような状況ですから、中長期的な視点に立って民間会社が公共交通のために新しい技術へのリソースを割くという発想は、我々のような地方の公共交通事業者には難しい状況です。
ですから、塩尻市のように、自治体がけん引役となるような取り組みは、私たちにとって非常にありがたい存在です。
人手不足の中でも、若手社員を中心にモチベーション高く参加

――実証実験はどのような体制で行われていますか。乗務員不足が深刻化している中で、実証実験に乗務員を出すことに抵抗はありませんでしたか。
今村氏:2021年ごろに実施した最初の実証実験はコロナ禍の最中で、バスの利用者が少ない時期でしたから、実証実験に参加しやすかったという背景があります。
実証実験は冬場の11月から2月ごろの期間に行いますが、その期間は実証実験の専属として4名を派遣しています。毎年メンバーの入れ替えは多少ありますが、ほぼ固定しています。
業務内容としてバス乗務の担当と遠隔監視の担当を午前午後で交代しながら行っています。参加乗務員のモチベーションは総じて高く、若手乗務員は特に意欲的で新しい技術に触れることを喜んでいます。
ただし、コロナ前と比べ、バス乗務員は約100人も減少しています。このような状況下で無人運行の実装時期が明確に見えない自動運転の実証実験に、専属で4名の運転手を確保することに対しては、この取り組みの意義をしっかりと説明する必要があります。実際、現場サイドから「乗務員が4人もいれば、他の足りない路線に回せるのでは」という声があることも事実です。
自動運転バスに求められるスキルは、通常の乗務員とは異なる?
――実証実験を通して、これからのバス事業者はどう変わっていくと思いますか?今村氏:実証実験を通じて、自動運転バスを動かすために必要なスキルは、従来の乗務員とは異なる、エンジニア寄りのスキルが必要と感じました。運行管理側も含めて、これまでの考え方とは異なる考え方でバスを運行する必要が出てくるのではと思っています。
当面は既存のバスの延長で対応するイメージで導入が進んでいくだろうと思いますが、自動運転が本格的に実装されていく段階に向けては、バス事業者が今の延長で自動運転バスを担うのか、はたまた自動運転専門の運営部隊を作るのか、塩尻市と検討しているところです。
そして「自動運転に携わりたい」と希望する人材を採用して、専門的な人材へと育成していく必要があるのではと思っています。このように新しい職種を作り、人材を確保していくやり方が良いのではないかと思うのです。
ロボタクシーは既存のタクシー事業に取って代わるのか?
――タクシー業界でも自動運転の動きが活発です。どう見られていますか?今村氏:都内でも実証がもう始まるような報道も出ていますよね。われわれとしても、期待している反面、「地方でもその技術が使えるのか」、「既存のタクシー事業者とは異なる企業にタクシー事業を取って代わられてしまうのではないか」という懸念もあり、よく見極めていく必要があります。われわれとしては、自動運転タクシーの事業についても、我々自身が将来担っていけるように取り組んでいきたいと考えています。
横のつながりを作り、実用化に向けた機運醸成を
――これから取り組まれる自治体や事業者にメッセージをお願いします。今村氏:自動運転に取り組んでいるバス事業者同士での意見交換は、まだそれほど活発ではありません。今年の春に日本バス協会で勉強会があり、そこで自動運転に取り組む事業者が顔合わせをした程度です。取り組みはじめた背景や使っているシステムが違いますし、全てのバス事業者が主体的に取り組んでいるわけではないので、苦労話を共有することはできますが、実装に向けた情報交換まではなかなか難しいのです。
とはいえ、どこか特定の会社だけが自動運転バスに取り組んでも、なかなか全国には広がりません。横のつながりを作って、実用化に向けた機運を醸成していけたらと思っています。
【取材後記】
塩尻市の特定自動運行許可に必要となる「自動車特定整備事業」の認証は、アルピコグループの整備工場が取得しています。今回の取材にあたり、認証取得に向けて行った当時の研修の様子を写真で提供していただきました。貴重な資料として、以下に掲載いたします。(LIGARE編集部)
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