「パンクしないタイヤ」と「タイヤがタイヤに還る」未来。ブリヂストンが描く、持続可能なモビリティ社会【JMS2025】
2025/11/28(金)
ジャパンモビリティショー2025で、ブリヂストンはこれからのモビリティ社会を支える2つの革新技術を提示した。パンクしない次世代タイヤ「エアフリー」と、使用済みタイヤを再びタイヤに蘇らせる水平リサイクル技術「Ever-tire Initiative」だ。これらは単なる新技術ではなく「自動運転時代のメンテナンスフリー」と「資源循環型社会の実現」という、未来への課題に対する2軸の答えである。
自動運転の時代に求められるメンテナンスフリーの次世代タイヤ
CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)の潮流は、タイヤに走行性能以上の価値を要求する。特に、自動運転やシェアリングサービスが普及する社会では、車両の稼働率を最大化することが事業の生命線となる。そこで大きな障壁となるのが、パンクや空気圧管理といったタイヤにまつわるメンテナンスだ。この課題に対し、ブリヂストンは「空気を使わない」という抜本的な解決策を提示している。
「パンクしない安心感」―タイヤ管理の常識を覆す
「エアフリー」は、その名の通り空気を使わずに車両を支えるタイヤだ。側面に張り巡らされたスポーク状の特殊な樹脂が、従来のタイヤが持つ空気の役割を代替し、荷重を支え衝撃を吸収する。これにより、ドライバーや運行管理者は、タイヤにまつわるリスクであった「パンク」を含む空気圧管理などのメンテナンスから完全に解放される。これまで、タイヤの空気圧管理は安全運行の要であり、同時に大きな負担でもあった。空気圧の低下は燃費の悪化や偏摩耗を招き、最悪の場合は走行中のバースト(破裂)につながる。特に多くの車両を管理するフリート事業者にとって、日々の空気圧チェックと調整は、手間と時間を要する重要な業務だった。
自動運転時代の鍵を握る「メンテナンスフリー」の価値
この「空気」という概念を取り払ったエアフリーの価値は、省人化・無人化が進む次世代モビリティにおいて、より一層際立つ。技術広報室の靏隆弘(つる たかひろ)氏はその親和性を次のように話す。「自動運転社会が近づく中で、これまで人が行ってきたメンテナンスをどう効率化するかが大きな課題になります。パンクの心配がなく、空気圧管理も不要なエアフリーは、その課題に対する一つの解であり、自動運転車両との親和性は非常に高いと考えています」。
ダウンタイムの削減、点検工数の低減、そして何よりも運行の安全性の劇的な向上。これらは、24時間365日の稼働を目指す自動運転サービスや物流ロボットにとって、事業性を左右する重要な要素だ。エアフリーは、モビリティの運用形態そのものの変革につながるポテンシャルを秘めている。
公道実証が本格化―技術検証から「人を乗せる」段階へ
ブリヂストンのエアフリー開発は2008年から続く長い歴史を持つ。長年の基礎研究を経て、社会実装に向けたフェーズへと本格的に移行した。その土台となったのが、2024年から東京都小平市の公道で始まった軽EVを用いた実証実験だ。実際の交通環境下で装着車両を走らせ、性能や耐久性についての技術検証が行われた。
次のステップの舞台となったのが、富山県富山市で運用されるグリーンスローモビリティ(低速の電動車両)だ。これは、実際に乗客を乗せた初の公道実証であり、エアフリーが単なる実験品ではなく、実際の移動サービスを支えるコンポーネントとして機能することを証明する試み。
今回の実証では、乗り心地や静粛性といった乗客が直接感じる性能にフォーカスされている。地方都市の交通課題解決への貢献を目指すこの取り組みは、今後の路線バスでの実証へとつながる重要な位置づけだ。
サステナビリティと共存する設計思想
エアフリーの革新性は機能面にとどまらず、サステナビリティを前提に設計されている。視認性が高く、特徴的な青い樹脂スポークはリサイクルが可能で、摩耗する路面のトレッド部分は張り替え(リトレッド)に対応。これにより製品寿命を大幅に延ばすことが可能だ。しかし、靏氏は全てのタイヤがこれに置き換わるわけではないと強調する。「空気入りタイヤは100年以上の歴史を持つ偉大な製品です。乗り心地や高速性能といった優れた特性があり、我々はエアフリーの価値が活きる領域を見極め、うまく組み合わせることで社会全体を支えたいと考えています」。
乗り心地が重視される乗用車には空気入りタイヤを、一方でパンクのリスクが事業継続に直結する自動運転シャトルや配送ロボット、農業・建設機械などにはエアフリーを。適材適所で2つの技術が共存する未来こそ、ブリヂストンが描く姿だ。
廃棄から再生へ。資源循環を実現する「Ever-tire Initiative」
カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーへの移行は、今やあらゆる産業に課せられた責務である。製品のライフサイクル全体にわたる環境責任が問われる時代、タイヤ産業もまた、化石資源への依存からの脱却と、資源循環の実現という大きな課題に直面している。ブリヂストンは、この課題への答えとして「タイヤがタイヤに還る」未来に挑戦している。
「タイヤ to タイヤ」への挑戦
ブリヂストンがサステナビリティの象徴的な取り組みとして掲げるのが、使用済みタイヤを再びタイヤへと生まれ変わらせる水平リサイクル技術「Ever-tire Initiative」だ。日本のタイヤリサイクル率は9割を超え、世界的に見ても高水準にある。しかし、その内実の多くは、細かく砕いたタイヤチップを製紙工場などのボイラー燃料として燃焼させる「サーマルリサイクル」だった。これはエネルギー回収には貢献するものの、CO2を排出し、タイヤを構成していた貴重な資源は失われてしまう。カンファレンスに登壇した材料開発統括部門長の大月正珠(おおつき まさし)氏は、この現状に対する強い問題意識を語った。「2050年には世界の人口が96億人に達し、自動車保有台数は現在の1.5倍に増加すると予測されています。このままでは資源の枯渇は避けられません。タイヤはスチールや繊維、カーボンブラックなどが複雑に組み合わされた複合材料から成り、その約半分が化石資源由来です。だからこそ、使い終わったタイヤを“廃棄物”ではなく“資源”として捉え、再びタイヤに戻す『タイヤ to タイヤ』の水平リサイクルに挑戦する必要があるのです」。
一度化学的に結合したゴムを分解し、再びタイヤ原料として使えるレベルの品質に戻すことは、極めて困難とされてきた。ブリヂストンは、精密熱分解という技術を核に、この難題に挑んでいる。
共創で築く資源循環エコシステム

この構想は、ブリヂストン一社の力だけでは成し遂げられない。実現の鍵を握るのは、業界の垣根を超えた共創だ。プロジェクトの中核を担うリサイクル事業準備室 課長の井戸海平(いど かいへい)氏は、パートナーシップの重要性を強調する。
「我々が精密熱分解で生成した分解油を、ENEOSさまの持つ石油精製技術で精密に精製し、合成ゴムの原料となる化学品へと変換していただく。分解時に得られるカーボンブラックは、東海カーボンさまの技術で不純物を取り除き、再びタイヤの補強材として使える高品質な再生カーボンブラックに。各社の強みを持ち寄ることで、初めてこの循環の輪が完成するのです」。
原料となる使用済みタイヤの特性から、最終製品である再生タイヤの性能までを見据え、バリューチェーン全体で情報を共有し、プロセスを最適化していく。資源循環という共通の目標に向けたエコシステムの構築であり、日本の製造業が持つ高い技術力を結集した、新たな産業モデルへの挑戦と言える。
実証から実装へ ― ロードマップが示す本気度
「Ever-tire Initiative」は、構想段階ではなく、この技術で作られた再生原料を用いたコンセプトタイヤが完成し、会場で披露された。また、技術の信頼性を磨く場として、世界で最も過酷なソーラーカーレースの一つ「ブリヂストン・ワールド・ソーラー・チャレンジ」を選んだ。実際にレース車両に装着したタイヤは、再生原料を用いたもの。3,000kmもの道程を走破させることで、性能と耐久性を極限状態で検証。その知見を市販品開発へとフィードバックするサイクルを回し始めている。そして、この挑戦を事業化へと導くための最重要拠点が、岐阜県関市で建設が進むパイロットプラントだ。2025年10月に起工式を終え、2027年後半からの実証試験開始を目指す。井戸氏はこのプラントの意義を次のように語る。「実験室レベルの成功を、事業として成立させるためのステップです。ここでは、量産に近い規模で安定的に高品質な再生原料を製造する技術確立につなげます。2030年頃には、このプラントでの検証を経て、本格的な商業プラントの展開がスタートすることになるでしょう」。
具体的なタイムラインが示されたロードマップは、この取り組みが一過性にとどまらず、ブリヂストンが事業の根幹として着実に成し遂げようとする強い意思を示している。
取材を終えて
「エアフリー」は、自動運転社会に求められる“メンテナンスフリー”を実現し、限られた人手でも安全な運行を維持できる価値につながっている。
また、「Ever-tire Initiative」は、使用済みタイヤを再びタイヤとして循環させる“資源の持続可能性”への挑戦だ。異なる領域の技術ながら、根底にあるのはモビリティを持続可能な形で未来へつなぐという共通の意志である。動き始めたこの挑戦が、やがて私たちの日常を変えていくだろう。
取材・文/LIGARE記者 松永つむじ
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