「MaaSで働き方改革」日本マイクロソフトが語る未来の可能性
2020/8/20(木)
日本マイクロソフトが「MaaSに取り組む」と発表したのは2018年。国内におけるMaaS元年と言われる2019年を前に、社会実装を目指した取り組みが全国各地で少しずつ動き始めた時期だった。
これら黎明期のMaaSプロジェクトは、たとえば交通課題の解決、あるいは観光地の活性化などを掲げる取り組みがほとんどで、現在に至るまでその傾向は続いている。
そんな中、日本マイクロソフトが打ち出すMaaSの取り組みは、「働き方改革の促進」という独自の視点で語られる。
MaaSを導入するとなぜ働き方改革につながるのか。そして、彼らが描く未来予想図はどのようなものか。日本マイクロソフトのMaaS推進キーマンである清水宏之氏に話を伺った。
これら黎明期のMaaSプロジェクトは、たとえば交通課題の解決、あるいは観光地の活性化などを掲げる取り組みがほとんどで、現在に至るまでその傾向は続いている。
そんな中、日本マイクロソフトが打ち出すMaaSの取り組みは、「働き方改革の促進」という独自の視点で語られる。
MaaSを導入するとなぜ働き方改革につながるのか。そして、彼らが描く未来予想図はどのようなものか。日本マイクロソフトのMaaS推進キーマンである清水宏之氏に話を伺った。
なぜマイクロソフトがMaaSを?
――2年前、日本マイクロソフトが「MaaSへの取り組みを開始する」という発表を聞いたときは率直に驚きました。清水氏:日本マイクロソフトは、以前からクラウドサービスなどのベンダーとして旅客・物流など運輸業全般に関わってきました。これらの業界に向けたソリューションとしてMaaSに注目したのが始まりです。
「なぜマイクロソフトがMaaSを」という疑問は当然あると思います。現に取り組みを始める当初は、社内でも同じように疑問が挙がりました。われわれは自動運転のシミュレーションをしたり、コネクテッドカー向けのデータ基盤を作ったりしていますが、自動車そのものは作っておらず、交通機関も持っていませんから。
――そんな中、MaaSに取り組むことになったのはどんな背景があったんですか?
清水氏:2010年代からマイクロソフトは「いつでもどこでも」を実践する働き方改革を全社で推進してきました。さらに2017年からは、より一層社員が活躍できる働き方を目指して取り組みを強化しました。自社のOffice365を活用しながら生産性を上げてワークライフバランスを重視し、空いた時間を学びや家族ケアに充てるなど、さまざまな選択ができるように考えています。
みなさんも通勤や出張、日々の客先への訪問など、仕事をする上で移動しなければならない場面が多くありますよね。特に業務時間中の移動は日によって訪問先も変わり、都度経路を検索しないといけません。また、時差出勤やリモートワークが進むと、移動もよりフレキシブルになるでしょう。
生産性向上を目指したとき、このようにスケジュールを日々確認しながら何度も経路検索をする従来の行動が、非常に面倒だなと感じました。
――「働く中で移動すること」に課題を感じたんですね。
清水氏:はい。仕事の中で移動を効率化できれば、時間が節約できて生産性も上がります。日々働く中にMaaSを導入することは、その手段に最適だと気付いたんです。そして、この視点ならこれまでの延長線上で取り組めると思いました。
また、今までわれわれは仕事の効率化をデジタルの世界で行ってきましたが、MaaSの導入を通じて、実際の移動というフィジカルの世界にまで踏み込むことができます。マイクロソフトとして働き方改革を進めるためにもMaaSに取り組もうと、2018年に専門のチームを立ち上げました。
――取り組み始めて、社外からの反響はどうだったんでしょうか?
清水氏:チームの立ち上げ以降、外部に向けて色々な情報発信をするようになりました。当初セミナーなどで講演した際は、「MaaSと働く人を結びつける」という発想は初めて聞いた、という参加者の反応をよく頂きましたね。
特に当時は、地方の交通課題を解決するため、あるいは観光地を活性化するための施策としてMaaSを考えている方が多かった印象でしたので、「働く人向けのMaaS」は斬新な取り組みと受け取っていただくことが多かったです。
働き方改革×MaaS
――MaaS導入で働き方改革を進めるにあたって、何から始めたんでしょうか?清水氏:まずマイクロソフトの社内向けにMaaSアプリを試作しました。他の企業が出しているサービスを参考に、交通分野以外にも「こんなサービスと連携していたらいいな」というものを色々掛け合わせてみようと思いました。
どんなサービスが必要かというのは、実際に試してみないとわからないことも多いですよね。お客様に提案をする際も、「こんなサービスがあれば働く人は嬉しい」という実感を持って話したいと考えた結果、それならまず自分達で作ろうとなったわけです。
――社内向けのアプリにはどのような機能があるんですか?
清水氏:アプリはローコードで開発できるマイクロソフトの「Power Apps」で作りました。Power Pointのような操作感でアプリを作れるのが特徴のソフトです。
機能面の特徴は、まず予定表と連携している点です。Outlookとひもづけしてあり、アプリ上でスケジュールの確認ができます。
予定表からすぐに経路検索ができると便利だということで、裏側で経路検索のエンジンとも連携させています。例えば品川から天王洲アイルまで行く予定があるとします(下図)。 目的地までの移動方法が簡単に検索できて、さらにその行程を予定表に登録することもできます。
これに交通費の情報も加えて予定表に登録すれば、それを後で抽出することは難しくないので、経費精算などの業務にも応用できると考えています。
――他にはどんなサービスと連携しているんでしょうか?
清水氏:他には、NearMeの「スマートシャトル」とのサービス連携を検証中です。アプリ上からシャトルサービスの予約を簡単にできるようにしたいと考えています。
マイクロソフトはもともと海外出張が多い会社なので、NearMeが提供する空港と都市を結ぶシャトルサービスの利用を見越した試みです。また、新型コロナの影響もあり、NearMeでは通勤シャトルのサービスも始めました。今後はそちらへのシフトも考えています。
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――モビリティサービス以外ではどうでしょう?
清水氏:JR東日本が駅で展開するブース型のシェアオフィス「STATION BOOTH※」とも連携しています。
※JR東日本は2019年から駅ナカシェアオフィス事業「STATION WORK」を都内主要駅などで開始。個室型ブースの「STATION BOOTH」やコワーキングスペース「STATION DESK」を展開している。
次の予定まで時間が空いているけど、会社に戻るには時間が短い場合がありますよね。その時すぐに利用ができるように、アプリから直接予約できるようにしています。予約した情報は予定表に登録されて、ブースを開ける鍵代わりになるQRコードが表示されます。
通常はWebサイトで予約を行うサービスなんですが、一つの予定表を起点にさまざまなサービスを活用できると、働いている人にとってすごく便利になるだろうなと考えました。
――移動の効率化だけではなく、得られた時間を活用できる場所づくりにも取り組んでいるんですね。
清水氏:マイクロソフトではMaaS以外に「スマートビルディング」にも取り組んでいて、設備メーカーと一緒にオフィスビルのインテリジェント化を進めています。
例えばMaaSアプリから社内の会議室を予約することは技術的には簡単に可能なんですが、それと同じようにカーシェアや社用車を予約できたり、デジタルキーが発行できたりすれば楽ですよね。
企業の業務活動の中でもいろいろな課題があると思いますが、それらをアプリで解決していければと考えています。
――MaaSアプリに業務活動を効率化する要素が加わると、業務を管理する側にも変化が起きるのではないでしょうか?
清水氏:MaaSアプリを使うことで従業員がどのような業務活動を行っているのかが見えるようになってくるので、管理者からすれば非常に役立つと思います。
交通費を例にとると、今までは申請書などをベースに1件ずつチェックするのが基本でした。しかし、それはあくまで経費を精算する作業なので、誰がどこへ移動しているのか、おそらく統計的には分からなかったのではないでしょうか。それが見えるようになってくると、どこを削減すればよいのか考えるための根拠にもなります。また、コワーキングスペースの利用履歴などから、スペースの利用料と交通費との相関性を見たり、サテライトオフィスを構える場所を検討する材料にしたりといったことにも活用できます。
――サービスを導入する企業、利用する個人、どちらのユーザーにもメリットが出ますね。
清水氏:われわれがMaaSに取り組む中で特に意識しているのはユーザー視点で物事を考えるということです。
サービスを導入する企業・日々の業務で利用する従業員がどうなると嬉しいんだろうという視点が大事だと思います。そうした両者の視点から考えたサービスは、便利なことに加えてコストの削減や最適化にもつながります。単純に「使い勝手が良い」というだけではなく、さらに広い視野で考えています。
MaaSプラットフォーマーを目指すのか?
――すでに社内検証の枠を越えて、さまざまな企業と実証実験やサービス実装に向けた取り組みも行っていますよね。どのような方向性で進めていくのでしょうか?清水氏:社内検証で結果が良かったサービス・機能を反映させ、社内でMaaSを活用した働き方改革を進めるのと並行して、B2B向けの展開を進めています。
われわれ自身もその作ったアプリを使ってみて、働く時間が節約できたとか効率が上がった経験を実際にしました。そうなれば、自分達自身も働き方改革になりますし、その成果をお客様にも提案することができます。また、それを元にお客様とサービスを考えたり、出てきたアイディアを実装したりと、そういう取り組みをずっと続けてきました。
例えば、3月に東京メトロが発表した「my! 東京MaaS」では、先ほど説明したようなスケジュールと個室型のワークスペースを連動させた機能を検討しています。ビジネスの空き時間を有効活用することで新たな移動価値を提案する取り組みです。
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――つまり、日本マイクロソフトはMaaS事業者にとってシステムインテグレート、あるいはソリューション提供を行う立場ということでしょうか?
清水氏:はい、われわれはプラットフォーマーとして表に立つことはしません。事業者への支援を通じてMaaSの発展に貢献する考えです。サービス利用する側と交通サービスを提供する側を結びつける縁の下の支援ができればと思っています。
両者を結ぶという視点から見ると、MaaSによる働き方改革を推進することが接点になるのではないかと思っています。
混雑を「把握する」から「予測する」へ
――今後の展開を考えた場合、新型コロナの影響を考えるのは避けられません。その点はいかがでしょう?清水氏:交通事業者によるサービスを考えたとき、今後はユーザー側からすると混雑をいかに回避するかというニーズが出ますよね。今、駅とか車両の混雑状況がオープンデータで見えるようになってきていて、それを利用して先ほど示した予定表に混雑状況を表示できるようになれば、遠回りでも混雑していない交通手段を選ぶなどの選択につなげることが可能です。ポストコロナを考えると、次のステップは混雑緩和ができるようなサービスが求められると思います。
もう一つは、リアルタイムの混雑状況ではなく、混雑予測です。経路検索の履歴をもとに今後の動きを予想する他社の事例などもありますが、未来の情報は限られますからこれはすごく難しいんです。そこで、予定表の活用という方法があります。
例えば仕事の予定を入れるときは、明日の予定や1カ月先の予定を入れるわけですから、それを収集すると混み具合がある程度分かります。企業活動の予定を外部に公開するのは企業のセキュリティポリシーがあるので一筋縄ではいかないところもありますが、こうした方法で未来の混雑予測ができる可能性があります。
――混雑する時間帯が前もってわかれば、個人が避けるだけでなく事業者側で緩和させる施策も取れますね。
清水氏:そうですね。交通事業者からユーザーに向けて、混む時間帯の利用を避けて一駅歩いてくれたら割引しますとか、そういうレコメンドをするのもいいかもしれません。
また、これからは従業員への定期券支給を廃止する企業も出てくると思います。交通事業者にとっては固定収入が減少しますので、代わりとなる収入をどう確保していくかという観点で考える必要があります。その際、MaaSのサブスクリプションモデルは一つの可能性です。
ただ単純に交通だけだと今までの定期券と何が違うんだという話になるので、さまざまな関連サービスとの連携も積極的に提案を続けていきます。
(インタビュー/井上佳三、記事/和田 翔)