名古屋SRTが拓く都市の未来:戦略的インフラが牽引する新たな価値創造
2025/7/7(月)
名古屋の都心風景が今、大きな変革期を迎えている。リニア中央新幹線の開業やアジア・アジアパラ競技大会の開催を控え、名古屋市は魅力あふれる都市への成長を目指し、さまざまな取り組みを進めている。その中核を担うのが、名古屋市独自の新たな路面公共交通システム、SRT(Smart Roadway Transit 以下:SRT)である。SRTは単なる移動手段ではなく、都市の景観と一体となり、まちの回遊性向上と賑わい拡大を図ることを目的としている。
5月10日、まちづくり講演会「名古屋の都心風景が変わるSRTとまちづくり」が開催された。当日は名古屋市によるSRT計画の説明に続き、株式会社GKデザイン機構代表取締役社長/CEOの田中一雄氏が基調講演を実施。その後の有識者によるトークセッションも含め、SRTが都市の未来を拓く戦略的インフラとして、いかに新たな価値創造を牽引するかが深く議論された。
5月10日、まちづくり講演会「名古屋の都心風景が変わるSRTとまちづくり」が開催された。当日は名古屋市によるSRT計画の説明に続き、株式会社GKデザイン機構代表取締役社長/CEOの田中一雄氏が基調講演を実施。その後の有識者によるトークセッションも含め、SRTが都市の未来を拓く戦略的インフラとして、いかに新たな価値創造を牽引するかが深く議論された。
SRTの特徴――名古屋らしい都市交通の新時代
SRTは従来のバスや路面電車と異なり、名古屋の都心風景を未来へと導く都市設計の一環として導入された乗り物である。主な特長は以下の通りである。
名古屋市独自のコンセプトとネーミング
SRTは「Smart Roadway Transit」の略で、名古屋市が独自に名付けた。先進性や快適性を表す「Smart」と、都市の回遊性を意識した「Roadway」により、新たな公共交通の価値観を示している。従来のバスや路面電車には見られない、名古屋ならではの都市設計思想が反映されている。景観を引き立てる車両と停留所デザイン
SRTでは、車両・停留所・サインに至るまで、全てが統一されたトータルデザインで整備されている。歴史ある広小路通にふさわしいアーバンゴールドのシンボルカラーやシックな車体、車内の大きな窓と眺めやすい座席など、街の景観を引き立てる工夫が随所に見られる。なかでも、停留所のデザインや沿道空間の活用は大きな特徴だ。納屋橋や本町エリアでは、停車帯を利用して歩道を拡幅し、「テラス型」と呼ばれる待合空間の整備が予定されている。「SRTを見る空間」と「SRTから眺める空間」の双方を意識し、壁面後退区域や公開空地の積極的活用によって、魅力的な景観の創出に意欲的である。
人が集うウォーカブルな都心空間へ
SRTは単なる交通網にとどまらず、ウォーカブルな道路空間の形成とも連動している。沿道には公開空地などが整備され、歩きたくなる街への変革を推進。SRTによる新たな賑わいと人流の創出が期待されている。さらに、SRTは情報発信基地としての役割も担う。車内の窓に透過型ディスプレイを設置し、位置情報に応じて街並みや名古屋の魅力に関する情報を表示する。停留所のデジタルサイネージでもリアルタイムの運行情報や地域の魅力を発信することで、移動手段以上の存在を目指す。
SRTの運行ルートとサービス計画
SRTは、令和7年度(2025年度)後半に、まず名古屋駅と栄を結ぶ“東西ルート”での運行開始が予定されている。途中、納屋橋や本町エリアにも停車し、エリアごとのまちづくりと連携した相乗効果も期待できる。
この東西ルートでは、名古屋駅と栄を中核に、歴史ある広小路通を賑わいの軸として、シンボル性の高い連節バスが走行する。停留所は4つのエリアに計7カ所設置され、現地の実情に合わせ標柱型や上屋型の停留所が整備される予定だ。
さらに、令和8年度(2026年度)に開催されるアジア・アジアパラ競技大会にあわせて、名古屋駅と名古屋城を結ぶルートでもSRTの運行開始が計画されている。これにより、名古屋の観光における新たな軸としての役割も期待される。
運行開始当初は、トータルデザインを施した連節バス1両が週3〜4日、1日12本程度運行される計画だ。
SRTの導入により、名古屋駅・名古屋城・栄・大須で囲まれた都心部を対象に、回遊性の向上とさらなる賑わいの創出が期待されている。
SRTのトータルデザインを手がけるGKグループ
SRTのデザインは、公共交通分野で国内外に多くの実績を持つGKデザイングループが担当している。代表の田中一雄氏は自ら講演を行い、「SRTは“動く彫刻”である」といった哲学や、名古屋の広告添加型バス停のデザインが世界的にも高い評価を得ていること、富山や宇都宮のLRTデザインなど、これまで都市交通全体をパッケージとして手がけてきたトータルデザインの意義と実績について語った。
GK設計の入江寿彦氏は、SRTのデザインについて、従来の公共交通機関が識別性を高めるためにカラフルな有彩色を用いる手法とは異なり、車体をモノトーンのアーバンゴールドにすることで「まちをきれいに見せるための乗り物」という考え方を採用したと説明している。これは、名古屋駅の目抜き通りである広小路通りの格式にふさわしく、派手さではなく品格を追求した結果だという。
名古屋市立大学の森旬子教授も、SRTについて「名古屋の街の色彩や要素をうまく残しつつ、邪魔をしない素晴らしいデザインである」と高く評価している。
市民の誇りは“デザイン”で育つ―富山LRTの成功に学ぶSRTの可能性
SRTの導入は、名古屋の都市価値を高め、市民のシビックプライド(まちへの誇り)を醸成することに大いに寄与すると期待されている。この点について、GKグループの田中一雄氏は、他都市の公共交通の事例を挙げて説明した。
世界のLRTが都市にもたらした変化
例えば、フランス・ストラスブールのLRT(ライトレールトランジット)は、車両を含めたトータルデザインの力により、新たな都市機能や価値の社会実装に成功した好例として世界中で注目された。宇都宮のライトレールにおいても、当初は市民からの反対運動があったが、車両デザインの発表をきっかけに意識が変化し、事業は好調な業績を維持している。これは、デザインが単なる見た目だけでなく、人々の感情を動かし、事業の成功へと繋がる力を持っていることを示している。市民の愛着を育てる富山のトータルデザイン
また、富山市のライトレール(ポートラム)は、車両デザインだけでなく、駅舎・サイン計画・広報ツール・ユニフォーム・イベントプロモーションなど、都市交通のさまざまな要素を包括的にデザインすることで、市民の愛着を育むことに成功した。例えば、紫色の車両にまつわる「乗ると恋が叶う」という都市伝説が女子高生の間で広まり、市民が自分たちの交通機関に親しみを持つきっかけとなった。また、企業スポンサーによる広告と、地域グラフィックデザイナーが手がけた美しいポスターを組み合わせた独自の広告システムは、景観の質を保ちながら収益を生み出す工夫としても注目されている。こうした取り組みにより、富山ライトレールは開業後、平日で利用者が2.2倍、休日で5.3倍に増加し、黒字経営が続いている。SRTが目指す“ファンづくり”と課題
事例が示すように、SRTについても単なる運行だけでなく、市民参加や地域との連携を通じた「ファンづくり」が重要である。現状、商店街関係者などからはSRTへの大きな期待が寄せられている一方、一般市民への認知拡大にはまだ課題があるという指摘もなされている。地域商店街が感じるSRT効果――納屋橋からの声
SRT効果を最前線で実感しているのは、沿線で長く営んでいる地元商店主たちである。創業78年の納屋橋の老舗「髙山額縁店」三代目・髙山大資氏は、こう語る。
「名古屋駅と栄のちょうど中間に位置する納屋橋は、これまで“素通りされやすい場所”という悩みがありました。私は額縁店の経営だけでなく、川沿いのギャラリーやバーなど、“滞在したくなる仕掛け”にも取り組んできましたが、交通の便はやはりまちの活気に直結します。
SRTが開通すれば、『ついでに立ち寄れる』『短時間で遊びに来られる』まちに生まれ変わると、商店主たちは大きな期待を寄せています。ただ、地元でも“SRT”という言葉やその理念自体はまだ十分に浸透しておらず、今後は行政・市民・商店街が一体となった情報発信が重要だと感じます。
SRTの車両デザインについても、当初は『名古屋だから金ぴかになるのでは…』と不安がありました。しかし、実物は予想と違い街並みに調和し品格があり、納屋橋の住民として誇りに思います。名古屋の人は車移動に慣れているので、『歩くには遠いがタクシーに乗るほどでもない』場所こそSRTの出番でしょう。これから地元を代表して、“自信を持ってPRしていきたい”ですね。」
髙山氏の言葉からも、人の流れや「まちで過ごす時間」そのものの価値が、交通インフラをきっかけに再発見されている様子がうかがえる。
SRTは“水平エレベーター”―誰もが移動しやすい都市への挑戦
モビリティジャーナリスト・楠田悦子氏は、SRTを「地上を走る新しい移動手段」、すなわち“水平エレベーター”として位置付けている。従来、日本各地に存在した路面電車は都市化やモータリゼーションの進展とともに姿を消してきたが、SRTは連節バスという新たなプラットフォームと、都市の競争力や居心地を高める先進的デザインを両立し、新時代のパブリック・インフラとして注目されている。
SRTの導入により、高齢者や子育て世代、障がいのある方も気軽に市街地を回遊できるようになり、“水平エレベーター”のごとく都市を立体的につなぐ役割が期待される。また、バス運転手不足という社会課題に対しても、SRTの新しい魅力が新たな担い手を惹きつける可能性もあるだろう。
名古屋の広大な道路空間を“ウォーカブル(歩きたくなる)”なエリアとして再整備するという発想について、名古屋市立大学の森旬子教授は、「ただ歩けるだけでなく、雨の日でも楽しい空間や、一歩先のデザインが名古屋の特徴になるはず」と強調している。
トークセッションの最後に、コーディネーターを務めた名古屋学院大学の井澤名誉教授が、こうした都市の新たな価値と風格を実現するには、行政・企業・市民が一体となって“ファンづくり”に取り組むことが不可欠である。そのきっかけが今日の講演会になればよいと思う。とまとめられた。
「動く彫刻」と称されるSRTは、単なる移動手段という役割をはるかに超える。この挑戦を名古屋の新たな価値と風格に昇華させる鍵は、行政・企業・市民が三位一体で取り組む「ファンづくり」に他ならない。 SRTが市民の誇りとなり、未来の名古屋を牽引する力となる、その歴史的な瞬間を、私たちはやがて目の当たりにすることだろう。
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なお、本講演会の様子は、名古屋都市センターのウェブサイトにて動画で公開されている。登壇者たちの熱のこもった議論を、ぜひ映像で体感してほしい。
>>講演会の動画はこちらから(名古屋都市センター公式サイト)