シェアリング・エコノミー×自動運転がもたらすものとは?株式会社ティアフォー 取締役 加藤 真平 氏 インタビュー
2017/3/1(水)
加藤真平氏
東京大学大学院情報理工学系研究科 准教授
名古屋大学未来社会創造機構 客員准教授
(株)ティアフォー取締役
2008年に慶應義塾大学大学院理工学研究科で博士(工学)を取得。その後、東京大学、カーネギーメロン大学、カリフォルニア大学サンタクルーズ校を経て、2012年より名古屋大学、2016年より東京大学に勤務。オペレーティングシステム、リアルタイムシステム、並列分散システムに関する研究に従事。特にメニーコアCPU、GPGPU(General-purpose computing on graphics processing units:GPUの資源を画像処理以外の分野に利用する技術)、FPGA(field-programmable gate array:製造後に構成を設定することができる集積回路)などを統合したヘテロジニアスコンピューティング環境に対するリソース管理に取り組んでいる。
自動運転技術の研究開発がますます加速する中で、プラットフォーマーとして名乗りを上げようとする企業がある。株式会社ティアフォー(以下、ティアフォー)、自動運転を中心とした研究開発や人材育成を手掛けており、2015年12月1日に名古屋大学発で設立されたベンチャー企業だ。
ティアフォーの取締役であり、東京大学大学院情報理工学系研究科・准教授、名古屋大学未来社会創造機構・客員准教授も務める加藤真平氏に話を伺った。
自動運転用OS “Autoware”
Autowareとは、簡単に言えば完全自動運転(レベル4)向けのオープンソースソフトウェアだ。LinuxとROSをベースとしており、名古屋大学、長崎大学、産業技術総合研究所により共同開発された。自動運転の研究開発用途に無償で公開されている。
機能としては、LIDARやカメラ、GNSSなどを使用して、自車位置測定、周辺環境認識などを行い、経路上を自律走行することができる。つまり、クルマとセンサーさえ用意すれば自動運転が可能になるというものだ。加藤氏はAutowareについて、「特定の自動車を造るというものではなく、好きなデザインの自動運転車を造るためのプラットフォームです」と述べている。クルマやセンサーは目的や用途に応じてカスタマイズすれば良い。
Autowareは、プラットフォームとしての有用性に特化したものであるとも言える。例えば、センサーによる物体検知と一口に言ってもさまざまな方法がある。周辺環境の認識、歩行者や障害物などの検知を行うとき、Autowareでは、カメラ(画像認識)でも、LIDARでも、その両方の組み合わせでも対応可能だ。
加藤氏によると、Autowareは、新しい技術を取り入れたソフトウェアというよりは、既知の技術を網羅的にそろえたものであるようだ。具体的には3Dでの地図生成や自己位置推定を行い、それをもとに経路を生成し、アクセルやブレーキ、ステアリングなどの車両制御を行う。車両や歩行者、信号の認識や、移動体の追跡も行う。センサーのキャリブレーション、センサー・フュージョン、Androidによるナビゲーション、データの記録、シミュレーションといった機能も網羅している。
加藤氏によると「Autowareに搭載されている技術は、学会の最新発表にキャッチアップしているわけではないので、自動運転技術の最先端を行く研究者からすれば廃れた技術とも言えます。誰も知らない機能が入っているということはありません」とのことだ。しかし、実際にプラットフォームとして利活用する側からすると最先端技術の粋を集めたものであることには違いない。
なぜオープンソースなのか
加藤氏によると、理由は二つあるという。一つ目はプラットフォーマーとしてのポジションを確立するためだ。そもそも、日本の一企業で作ったものをクローズドで市場に出しても、そこで勝ち残ることは不可能だ。一方、オープンソースで公開してしまえばプラットフォームを利用するプレーヤーは増える。ソフトウェアそのもので大きな収益を得ることができなくとも、プラットフォームさえ握ってしまえばそこからマネタイズしていくことは可能だ。
二つ目は、OSの開発競争を避けるためだという。有償提供というフィールドにいる限り、資金力のある既存の大企業との開発競争に巻き込まれてしまうことは明白だ。それでは勝ち目がない。しかし、無償提供ということになれば話は別だ。そこにチャンスを見出したことで、自動運転用途としては世界初のオープンソースソフトウェア(名古屋大学「自動運転ソフトウェアのオープンソース公開」2015年8月25日リリースより)であるAutowareが生み出されたのである。
利用実績と課題
AutowareはすでにOEMやTier1、Tier2などを対象に実績を上げている。例えば、自動運転用ナビだ。自動運転レベル3の段階では、自動運転区間が終わる際にクルマとドライバーの交替が必要になる。この切り替えの仕組みを一から作り上げるのは非常にコストがかかる。
しかし、クルマとセンサーを用意してAutowareをダウンロードすれば、開発期間の大幅な短縮を見込むことができる。実際に、3〜4年かかるような開発が、3カ月程度でかなりの段階まで進捗があったという。全般的に部署単位での利用が多く、自動運転中の乗車員の挙動などの情報を得るといった目的で使われているようだ。
自社で開発途中のプラットフォームを使うよりも、簡単に動作することから好まれる傾向にあるようだ。Autowareの特徴である“新しい技術を取り入れたものというよりも、むしろ既知の技術を網羅的にそろえたものである”ということが有効に作用していると言えるだろう。
一方でAutowareには、課題もあるという。オープンソースであるため、想定外の形で利用されることもありうるのだ。使う側の自己責任と言ってしまえばそれまでではあるが、「やはり倫理の問題は丁寧に対処していきたい」というのが加藤氏の考えだ。Autowareでは、正しい利用法を規定しているものの、それをさらに発信して周知していく仕組みが必要だという。
Autowareからティアフォー、そして人材育成へ
実はAutowareは、開発当初の段階では自動運転用ではなかったそうだ。加藤氏らは、本来はOSを全般的に取り扱っており、プラットフォームの研究を手がけていた。プラットフォームを高速化したり、信頼性を高めたり、セキュリティーを上げたり、といった研究の中で、あくまで応用の一つとして自動運転に着手したというのが端緒である。そこで、開発中のプラットフォームの評価のベンチマークとして、画像認識技術や位置認識技術の研究開発も進めることとなった。そして最終的に自動運転向けの網羅的なOSが完成したわけである。
Autowareは2015年8月のZMPフォーラムで公開されて以降、多方面からの引き合いがあったそうだ。利用が増えれば、それに応じて使い方、利用方法に関する問い合わせも多くなる。そうした問い合わせに対応するためにはコストもかかる。そうして、Autowareの有償サポートとして事業化する形でティアフォーが同年12月に発足。そしてティアフォーの事業が拡大するに連れて、人材育成の必要性が浮上し、後述する学生ベンチャーの仕組みへとつながっていく。
マイクロ・ベンチャー
現状のティアフォーは50〜60人のスタッフの体制で研究開発を進めている(2017年1月25日取材当時)。大手企業でも自動運転技術の研究開発部門は20〜30人程度であり、自動運転の研究開発体制とはかなりの規模であると言えるだろう。ベンチャーにも関わらず、この規模のスタッフをそろえているのには訳がある。マイクロ・ベンチャー(学生ベンチャー)の仕組みだ。
マイクロ・ベンチャーは、ティアフォーがティアフォー・グループの構成企業の一社として、学生の起業を支援するという取り組みである。起業が盛んな米国などの諸外国と比較して、日本での起業は比較的敷居が高いと言われている。ベンチャーがどういうものか知らずに、ただよくわからないからという理由だけで敬遠してしまうのはもったいない、というのが加藤氏の考えだ。そこで、出資金をティアフォーが拠出し、卒業時に起業した会社を畳んで他の企業に就職するという場合にも、その会社をティアフォーが買収するという形でしっかりとエグジットさせる。このようにリスクはティアフォーが負担することで、学生は気軽に起業をすることができ、ティアフォーとしても研究開発の厚みを増すことができるという仕組みだ。
「シェアリング・エコノミーの発達により、リターンを損なうことなくリスクを分散していくことができるようになりました。ハイリスク・ハイリターンはもう古い考え方です。全体でローリスク・ハイリターンになるような仕組みを倫理に従って作っていくというのが私のポリシーです」(加藤氏)
このマイクロ・ベンチャーの仕組みは名古屋大学や東京大学を中心に国内数カ所の大学に広がっているが、自身の大学・研究室にないようなさまざまな先端技術に対して常にキャッチアップすることができるようになるという効果もある。「この取り組みを世界中の大学に広げてネットワークを構築していきたい」と加藤氏は述べている。
シェアリング・エコノミーとしての自動運転
ティアフォーのAutowareが導入された車両のイメージ図。既存の車両にLIDARや各センサーを搭載することで、完全自動運転(レベル4)を可能とする。しかし、加藤氏によると、既存の車両の自動運転化だけでなく、新たな自動運転の形を模索していく必要があるという。
加藤教授によると、「一昔前のものづくり隆盛期は“良いもの”が売れる時代でした。それが段々と変わりつつあり、近年は特に情報を知ることができるということが価値になってきました」という。それは、検索サイトやSNSなど、様々な情報を得ることができるサービスの急成長からも顕著に見て取ることができるだろう。そして、これがまた徐々に変わってきつつあるのだという。
「依然として“良いもの”や情報検索の価値は高いままではありますが、人々はそれらの価値に対して慣れてきつつあります。そこで、今は少しずつシェアリングのサービスが浸透しつつあります」(加藤氏)
シェアリング・エコノミーは、価値を維持したまま分散によってコストやリスクを低減させていくことができる。世界中でライドシェアを手がけるUberや、個人の持ち家などをホテルとして貸し出すウェブサイトを手がけるAirbnbなどが挙げられるだろう。
加藤教授は自動運転の領域にも、こうしたシェアリング・エコノミーの流れは浸透していくと考えており、単に“既存のクルマが自動運転化する”という視点のみに捉われず、様々な自動運転のあり方を模索していくべきだという。
ワンマイルモビリティ事業
ティアフォーが提供するライドシェア用の自動運転車のイメージ図。既存の車両イメージに囚われることなく、自動運転とライドシェアという二つの要素から照らしわせて最も使いやすい形を追求していく。100以上のデザイン案が検討されており、2017年夏をめどにプロトタイプを試作していく予定。
シェアリング・エコノミーの考えに基づいて構想を進めているのが、ワンマイルモビリティ事業だ。ワンマイルモビリティは、低速自動運転サービスによる移動の無料化を実現するというものだ。
ティアフォーのプラットフォームを用い、地図、ナビ、ECU、車両、クラウド、通信、保険、電力から事業者を巻き込んで低速自動運転車両のモビリティパッケージを構築。個人や自治体、サービス事業者に向けて提供し、ライドシェアなどの形での利用を促して行く。そしてプラットフォームにアプリを提供するアプリ・ベンダーの存在もサービスの深化には欠かせない。ティアフォー自身もアプリ開発を進める。
また、ティアフォーはサービス事業者としても参画していく構想だ。広告や車内サービスを使うことで移動のための利用料を無料にするというビジネスモデルも考えられる。コストの面でも主なコストはオペレーションや電気料金程度であり、人件費などのコストがほとんど発生しないということも重要な要素であるようだ。
ティアフォーは研究開発、人材育成、サービス提供の面でうまくシェアリング・エコノミーの仕組みを取り入れて活用しているようだ。近年、注目の集まる自動運転とシェアリング・エコノミーという二つのキーワード、その両輪を用い、ティアフォーがどのような展開を見せるのか、今後も注目していきたい。