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【特集】自動運転実装の最前線 国際基準はどうなる? ――国交省 猶野室長・WP.29副議長が見据える日本と世界の今後

2025/8/25(月)

自動運転の技術は、世界中で今も進化を続けている。一方、今後のサービス実装を見据え、国際基準の策定に関する議論も活発化している状況だ。そんな中、欧州発の国際組織である自動車基準調和世界フォーラム(WP.29)において、初めて欧州以外の国から副議長が選出された。その重責を担うのは、国土交通省物流・自動車局の車両基準・国際課で安全基準室長を務める猶野喬氏だ。同氏に取り組みの最前線を伺った。

猶野喬(なおの・たかし)氏 国交省 自動車局 車両基準・国際課 安全基準室長/WP29副議長
経歴:2000年に運輸省(現・国交省)に入省。初めは鉄道局、2003年に自動車交通局(当時)へ異動。その後、外務省への出向(ODA関連)や東北運輸局の復興支援室長などを経験しつつ、キャリアの大半は型式指定などの自動車行政に携わる。2014年から2017年まで自動車基準認証国際化研究センター(JASIC)のジュネーブ事務所長としてWP.29に深く関与。2020年7月より現職。2023年からはWP.29副議長も務める。


欧州以外では初のWP.29副議長に

――WP.29副議長に就任した意義。
WP.29※は、もともと欧州の基準調和を図る組織として活動していた。その後、日本やアメリカ、中国が入ってきて世界的なフォーラムになったが、議長・副議長は欧州の国々から選出されていた。組織自体が欧州発であり、加盟国も欧州が多いことから、欧州の意見が反映されやすいのは事実としてある。
※自動車基準調和世界フォーラム(WP.29):安全で環境性能の高い自動車を普及させるため、安全・環境基準の国際的な調和や、各国政府による自動車の認証の国際的な相互承認の推進を目的としている。国連欧州経済委員会 (UNECE)の下にあり、傘下にある6つの専門分科会で、技術的、専門的検討を行っている。欧州各国に加え、日本(1977年~)、アメリカ、カナダ、オーストラリア、南アフリカ、中国、インド、韓国などが参加。(参照:国交省「自動車基準調和世界フォーラム(WP.29)の概要」


2023年に私が、欧州以外の国から初めて副議長に選出された。このことは、単に「日本人初」という意味合いよりも、WP.29が欧州中心の組織から世界的な組織に成長していることを示す点で重要と考えている。


WP.29の検討体制や検討項目(資料:国交省「自動運転技術に係る国際基準検討体制の概要」より抜粋)

WP.29の検討体制や検討項目(資料:国交省「自動運転技術に係る国際基準検討体制の概要」より抜粋)



――副議長になることで、日本にどのようなメリットがあるのか。
議長や副議長は公平公正な立場であることが大原則。特定の国だけの利益を追求することはできない。他方、国際会議における時間配分やアジェンダを決定したり、各国の議論がまとまらないときの調整役を担ったり、表舞台からは見えないところでの貢献を通じて、各国から信頼を得ることができる。

その結果、日本政府が何かしらの提案をした際、「信頼している日本が言うのであれば、前向きに検討しよう」となるケースもある。短期的な影響力の行使ではなく、日本の意見が継続的に国際基準に反映される土壌を作れる点がメリットだと言えるだろう。

WP.29自動運転専門分科会(GRVA)会議は、2024年に米国の国連本部で開催された。欧州以外で初のWP.29会議で、この6月2日から5日にはタイ・バンコクにてアジアで初めて開催された。日本の呼びかけに応じて欧米中だけでなく東南アジア各国も参加し、本当の意味での国際会議に近づくという意味でも、日本から副議長が出ることに意味があると思う。

https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha10_hh_000328.html

自動運転の国際基準づくりと各国の立場

――現在、WP.29ではどんなトピックが議論されている?
最も熱心に議論されているトピックは、自動運転レベル4の国際基準について。レベル1の自動ブレーキは日本の提案をもとに整備し、レベル2の運転支援についても去年、国際基準がまとまった。レベル3は高速道路における基準がすでに成立しているが、一般道においてはまだ。

現在、2026年6月までに一般道におけるレベル3と、レベル4の国際基準を取りまとめようと、各国が精力的に議論しているところ。レベル4については日本、中国、アメリカ、カナダ、イギリス、欧州委員会の6カ国が共同議長国として議論を進めている。
自動運転のレベル分けについて(資料:国交省)

自動運転のレベル分けについて(資料:国交省)



――自動運転以外の注目トピックについて。
環境面ではカーボンニュートラル(CN)が大きなテーマで、最近注目されているのがLCA※だ。これは走行中のCO2削減だけでなく、EVや水素燃料電池自動車(FCV)、内燃機関車の生産時から廃車時まで含めて、本当にどれが環境に優しいのかを公平に評価しようという取り組み。実はこれは日本が提唱している。

EVが環境排出量ゼロで完璧なシステムだと宣伝している国もあるが、実際はそうではない。日本で普及しているハイブリッドやプラグインハイブリッドが正しく評価されるよう、LCAをちゃんと踏まえた国際的な基準を作ろう、と日本から議論を提起している。
※LCA(ライフサイクルアセスメント):製品やサービスのライフサイクルを通じた環境への影響を評価する手法。自動車分野においては、車両の原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでの全工程における環境負荷を評価する。

――日本国内の議論はどのように取りまとめているのか?
国際会議に臨む前に、自動車メーカーやサプライヤー、研究所を交えた協議を行っている。現状では、JASICを構成する国交省や自動車関係団体の意見を中心に調整しているが、異業種や新興の自動運転ベンチャーはJASICには参加していない。JASICメンバーでないこうした企業の考えは検討会などの機会を通じて伺っているが、多様な意見をどう反映するかは今後さらに検討すべき課題だと捉えている。

――レベル4の国際基準で日本はどのような主張をしているのか?
日本はレベル3の基準を整備する時点から、一貫して「C&C driver(Capable & Careful driver)」コンセプトを主張している。これはすなわち、「能力があり注意深く運転している人間のドライバー以上の安全性を自動運転車に求める」という考え方だ。「どこまで安全なら自動運転を世に出せるか」という議論で、日本は明確な基準を示し続けており、グローバルスタンダードになりつつある。

――C&C driver以上という基準は、具体的にはどう評価する?
(事故やヒヤリハットに)遭遇するシナリオは膨大な種類があるため、「現時点で定量化は難しい」というのが国際的な共通認識だ。また、一律の基準を決めてしまうことで、自由な技術開発を阻害するおそれもある。そこで、特定のシナリオ、例えば事故が起きそうな状況において、シミュレーションを使って自動運転車両の挙動を評価する方法を検討している。

――アメリカや欧州、中国はどのようなスタンスなのか?
必ずしも、各国内における意見が一枚岩となっているわけではない。その上で、アメリカからは「一律の評価方法を決めるのは困難であるから、メーカーごとの自主性に任せるべき」との意見がある。

欧州は事故報告や監視体制の充実を重視しており、自動運転車両が事故を起こした際の即時報告システムなどを提案している。中国は、各国の議論をよく聞いた上で最善の対応策を検討している印象だ。ただし、議論を反映して国際基準の調和を目指す立場は、いずれの国においても同じである点は付け加えておきたい。

日本のポテンシャルと普及のタイムライン

――レベル4のサービス提供ではアメリカや中国が先行している。日本の現状をどう評価するか?
サービス提供が遅れているのは認めざるを得ないが、技術が遅れているわけではない。レベル1・2における自動ブレーキや運転支援技術では日本は先行している。世界で初めてレベル3の型式指定を取ったのも日本だ。


日本とアメリカ・中国の違いは国柄にあると思う。日本人は慎重な検討を重視する傾向があり、自動運転車両の公道走行へのチャレンジにもその考え方が反映されているように感じる。他方、道路標識やその他インフラの整備、交通法規の遵守などの面で長所もある。この長所を踏まえると、日本は自動運転の検証やサービス化を行いやすい環境だと言える。

――国内における自動運転の普及スピードについて。
日本は慎重な国民性だが、自動運転車両に乗る経験を一度することで、心理的な不安は大きく軽減されると思う。技術は十分進んでいるので、あとはコストの問題だ。30年後(2050年代)にはレベル4相当の機能が新車のかなりの割合に搭載されているとの見方もできる。

私もアメリカや中国で自動運転のバスやタクシーに実際に乗り、運転技術が未熟な人間のドライバーよりも安全な運転をしていると評価できた。そうした体験を踏まえつつ、あくまで個人的な見解ではあるが、世間の想定よりも早く普及が進むと考えている。

(取材/和田翔・楠田悦子、文/和田翔)

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