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「交通空白の解消」はAIデマンド交通や公共ライドシェア以外でも良い?〜北九州市発「おでかけ交通」〜

2025/10/9(木)

出典:北九州市「おでかけ交通の実施地区」

「交通空白の解消」にAIデマンド交通や日本版・公共ライドシェア以外の方法はないのだろうか。北九州市の取り組みと「おでかけ交通」を紹介しつつ考えたい。「おでかけ交通」は、タクシー事業者が地域住民から電話予約を受け、4人乗りから9人乗りの乗合タクシーを使って地域の公共交通を確保するサービス。地域交通の専門家が視察し、国土交通省の「交通空白」解消本部でも紹介された。人口50万以上の政令指定都市や県庁所在地など、タクシー会社が複数社ある都市の参考になり、基本的な考え方はどの地域でも応用できるものだ。

傾斜地の住民の足を確保

北九州市は、明治期に開港した国際貿易港としての門司港、および1901年に操業を開始した官営八幡製鐵所を中核とする日本の物流・鉄鋼産業の拠点として発展した。特に高度経済成長期においては、鉄鋼製品の供給や物資の輸送を通じて、国内産業の発展を支える重要な役割を果たした。人口は約91万人、面積は約491平方キロにのぼり、門司区、小倉北区、小倉南区、若松区、八幡西区、八幡東区、戸畑区の7区から成る。またタクシー業界のリーディングカンパニーである第一交通産業や国際興業グループなどの本社が所在する。

公共交通網は鉄道(JR九州、筑豊電鉄)、軌道(北九州モノレール)、バス(北九州市交通局と西鉄バス北九州)、タクシーから形成されている。バス路線は交通局と西鉄バスの間で運行エリアの住み分けができているのだそうだ。また北九州タクシー協会のホームページによれば、市内には60社以上のタクシー会社が存在している。

このように非常に交通の便に恵まれた地域だ。高度経済成長期に、臨海部の工業地などと近い通勤に便利な地域が居住地として選択されたこともあり、八幡東区や門司区、若松区などの斜面地においても市街地が形成され、その地域の住民の高齢化と移動の足確保が問題となっている。バス利用者は新型コロナウィルスの影響で減少し、2001年から2023年までに79路線、総延長205キロのバス路線が廃止となり、バスにかわる移動手段が必要となっている。

AIデマンド交通を導入しない理由──地域特性とコストの現実

路線バスの代替手段としてAIを活用したデマンド交通が全国的に注目を集めており、北九州市も導入を検討したことがある。しかし、導入には至っていない。その理由は明確だ。一つはAIデマンド交通の導入・運用コストが1台1,000万円から1,500万円と高額であること。市内の地理に精通した地域のドライバーによる電話予約対応で高齢者の日常の足として十分機能し、AIを使うほどではないことがわかったためだ。高齢者の移動ニーズは予測しやすく、前日予約でも十分に対応可能であることなども挙げられる。北九州市ほどの大都市でもAIデマンド交通の必要性を検証し、導入に至っていないのであれば、他の自治体でも検討が必要だろう。

もしもに備えて、できるだけプロに任せたい

さらに北九州市は、公共ライドシェア(自家用有償運送)も走っていない。既存の路線バスやタクシーが市内の交通をカバーしており、タクシーを手掛けるこれら事業者がおでかけ交通の運行にも協力しているためだ。また非職業ドライバーや企業に属していない人が事故やトラブルを起こした場合、その地域に住みづらくなるので、緑ナンバーのプロドライバーによる運行が前提であるべきだとの考え方も理由の一つ。「日本版ライドシェア」も運行していない。

公共ライドシェアは一見、手軽と考えがちだが、実際に求められるサービスはタクシー会社の事業と同じだ。ドライバーの募集・育成やドライバー、車両の管理・保険、さらに集客・運営費の確保などの手間が挙げられる。しかも、公共ライドシェアはタクシーがビジネスとして成り立たない地域で高齢者を乗客とする事情から、継続するには長期的な熱意と努力が必要となる。

市が地域交通のリ・デザインのためにタクシー会社のドライバー募集を支援

出典:北九州市「タクシーやバスの運転手の全体数の底上げ」


これまで見てきたように、バスやタクシー会社がまだ元気な地域は、既存の交通事業者を自治体が応援したり連携したりしながら、地域住民の足の確保に努めた方が賢明だ。

北九州市では、市がバスのみならずタクシー会社と連携協力し、乗務員の採用支援と同時に省人化の取り組みに同時に力を入れている。これが公共交通のリ・デザインにも欠かせないと考えているからだ。

具体的な事例として、市がタクシーやバス乗務員の採用支援で参考とする第一交通産業の取り組みを紹介する。

同社は、現役の乗務員を集めて意見交換を実施し、採用に繋げる乗務員参加型イベント(女子会、60代ドライバーのマスターズ会、若手ドライバーの会)や、実際のタクシー車両を用いて、アプリ配車や無線配車、車両の安全性などを生で見ることができる体験型会社説明会を開催している。そのかいあって、2024年にグループ合計での約2000名のドライバー入社に成功したのだそうだ。

その他にも同社では北九州空港の乗客対応で、航空会社・バス・タクシー会社と連携する体制を福岡県と共に構築し、運行の効率化に努めている。

市当局はこうした交通事業者の事例を参考とし、主体的にタクシーやバス事業者などへ展開し、事業者の乗務員確保につなげていく考えだ。

地域住民とタクシー事業者と市役所で作る「おでかけ交通」とは?

出典:北九州市「おでかけ交通の概要」


このようにバスやタクシー業界との関係がしっかり結ばれている北九州市では、バス路線が廃線になった地域での足を確保できている。さらに地域住民とも連携が取れている。北九州市、交通事業者、地域住民の良好な関係により実現しているのが、おでかけ交通なのだ。

おでかけ交通は道路運送法第4条に基づく「一般旅客自動車運送事業」の定時定路線型と自由路線型で運行されている。三者の役割は次の通りだ。地域住民は、運営委員会を立ち上げ、積極的な利用を住民に促し、需要者や協力金などの確保を行う。行政の担当は住民や事業者との協議・調整、運行に対する助言・指導、助成など。交通事業者は運行主体となり、運行計画の立案、コスト低減の工夫、継続的な運行を担っている。

おでかけ交通が運行するのは、乗客が少なくバス事業が成り立たない地域。地域の人々が自分たちの交通手段を確保する必要性から、近隣住民より相談を受けたときに、おでかけ交通として運行してくれるタクシー事業者を探す仕組みにしている。タクシー探しも、住民による運営員会が北九州タクシー協会に事業者の推薦を依頼し、事業者を紹介してもらっている。

タクシー事業者は自社の運行区域ではおでかけ交通もできるだけ走らせたいという思考が働くのだそうだ。日頃から住民・行政との関係が構築できているからこその思いだろう。

運行経費にかかわる市の支援もうまく設定されている。おでかけ交通による、事業者の収支が赤字の際に、運行経費の一部を助成するものだ。定時定路線型は運行経費の1/2または赤字額のいずれか少ない額を、自由路線型は、運行経費の2.7/4(4分の2.7)、または赤字額の少ない額を助成する。さらに車両購入に要する費用に定員に応じて最大400万円、または800万円の助成をしている。

地元タクシー会社の発意から生まれたおでかけ交通

おでかけ交通の前身となる「枝光やまさか乗合ジャンボタクシー」は、地元の光タクシー代表取締役・石橋孝三氏の強い思いにより2000年に生まれた。光タクシーの営業所は、当時の新日本製鉄・八幡製鉄所の本事務所に隣接。かつては製鉄所で働く労働者やその家族で商店街は賑わったのだそうだ。しかし、製鉄所の本事務所の移転や合理化で人口が減少し、衰退していった。また、傾斜地に住む住民は高齢化による外出が減少しがちとなった。

交通弱者や交通空白地の救済が目的のコミュニティ交通ではなく、残った商店街を何とか活性化するため、高台の住民を商店街に流して地域経済を回そうと考案されたのが、枝光やまさか乗合ジャンボタクシーだった。残念ながら光タクシーはコロナ禍の影響で、廃業に追い込まれたが、その意思は第一交通産業に引き継がれているのだそうだ。

「地域人材のプロドライバー化」運転手を地域で発掘しタクシー事業者が雇用

さらに特筆すべきは、市が地域で運転手を募集し、タクシー事業者が雇用する「地域人材のプロドライバー化」を2025年に始めた点だ。市とタクシー協会が自治会などでタクシー乗務員の説明会を行い、地域住民を採用候補として発掘する。タクシー会社が採用試験を経て地域住民を雇用し、二種免許の教習を行っておでかけ交通の乗務員として乗務する制度を作ったのだ。

これは全国的にも類例が少なく、九州初なのだそうだ。この制度であれば、地域住民は安全運行に対する知識やスキルを身につけた上で、給料を得ながら地域貢献ができる。またコロナ禍や高齢化により乗務員不足で頭を抱えており、おでかけ交通に協力することが難しくなっていたタクシー会社としても、気持ちよく協力できるというわけだ。市としても、税金の負担を抑え、持続可能な交通の仕組みを構築できるというメリットがある。

連携関係にある自治体とタクシー会社

このように、互いの悩みを共有しながら、”餅は餅屋”でそれぞれのリソースやノウハウを活用し、地域の移動手段を確保していくことが、持続可能な地域交通の在り方と言えるだろう。

かつては公共交通計画において重視されることの少なかったタクシーだが、今では地域交通に不可欠な存在となっている。自治体担当者とタクシー事業者との信頼関係の構築は、これからの交通政策において、ますます重要性を増している。

また、自治体職員に求められるスキルも大きく変化してきている。「地域人材のプロドライバー化」という新たな仕組みを立ち上げた北九州市都市交通政策課では、ジェネラリストが、これまで以上に求められているという。専門的な知識をもつスペシャリストはもちろんのこと、事業者同士をつなぎ、住民の視点に立って本当に効果的かを考え、多様な立場から最善策を模索できるスキルが必要になってきているのだ。

(取材・文/楠田悦子)

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