【特集】「実装」から「持続可能なまちづくり」へ。技術商社マクニカがNavya社と共に描く、自動運転サービスの真価
2025/12/3(水)
国が「2027年度までに100カ所」という目標を掲げ、社会実装が加速する自動運転。しかしその重心は、単なる技術目標「レベル4」の達成から、「いかに持続可能なサービスを地域に根付かせるか」という事業化の課題へと明確に移り始めている。この変遷の中で、技術商社として培った知見を武器に、仏Navya社を完全子会社化し、技術実装と事業継続性の両立という核心的課題に挑むのがマクニカだ。累計50件以上の実証実験と「交通商社」構想を踏まえた次なる戦略を、同社で事業を牽引するスマートシティ&モビリティ事業部の福田 泰之(ふくた やすゆき)氏に伺った。
技術商社から自動運転のインテグレーターへ

――マクニカが自動運転事業を手掛けるようになった経緯を教えてください。
(以下、福田氏)当社の主力事業は半導体であり、売上は1兆円を超えています。その中で、車載市場向けは売上の20〜30%を占める注力市場で、実は20年以上前から手掛けています。2015年ごろ、取引先であるNVIDIA社が自動運転のデモ車両を開発したのをきっかけに、我々もその知見を生かして、2018年前後には研究開発用途で自社のデモ車両を製作するようになりました。
自動運転は、センサー、半導体、ソフトウェアといった多様な技術の集合体です。我々の強みは、世界中の最先端技術を見つけてきて、それをお客様のいる現場で、地域の特性に合わせて実装・適合させる技術力にあります。主力は半導体、次にサイバーセキュリティ、新事業としてCPSソリューションを展開しています。従業員約5,000人のうち3人に1人が技術者という体制で、ただ売るだけでなく、実装までを担う。この点が他社との大きな違いであり、自動運転という複雑なシステムを社会実装する上で不可欠な機能だと考えています。
――数ある技術の中から、フランスのNavya社と深く連携したのはなぜでしょうか?

2020年に提携を開始した当時、商用向けの自動運転車両を開発しているメーカーはまだ少なく、特に日本では車両の知見を持ち、実装から運行後までサポートできる企業が不在でした。Navya社は、レベル4達成に必要なソフトウェア開発力と、それを搭載するハード(車両)の両方を一体で提供できる世界でも数少ないプレイヤーだったのです。
実際に導入してみると、Navya社の車両は運行後のオペレーションが非常にしやすい仕組みを持っていました。モーターやブレーキ、通信状況といった車両の細かい状態がすべて可視化されており、問題が発生した際に原因の切り分けが迅速に行えます。これにより、遠隔でのトラブルシューティングが可能になり、安定した定常運行を実現できる。これがグローバルで多くの運行実績を持つ理由だと確信し、長期的なまちづくりには不可欠なパートナーだと判断しました。この技術力と安定供給体制が、2025年のNTT西日本からの30%追加出資にもつながっています。
技術の世代進化と実装現場のリアル

――車両も「ARMA」「EVO」そして最新の「EVO3」へと進化しています。
一般の方から見るとデザインの違い程度に思われるかもしれませんが、中身は全くの別物です。初代の「ARMA」に比べ、第2世代の「EVO」ではレベル4で走行できる環境が広がり、そして最新の「EVO3」ではセンサーやコンピューティングの性能が劇的に向上し、より遠くの物体を、より広い範囲で検知できるようになりました。これにより、安全性と走行のスムーズさが格段に向上します。遠くの障害物を早期に発見できれば、急ブレーキのリスクが減ります。また、日本の道路交通法に適用するための「倒れている人の検知」や、同一車線内の障害物を滑らかに回避する機能も搭載されました。このEVO3をベースに、ソフトウェアを継続的にアップデートすることで、対応できる環境(ODD)をさらに拡大していく計画です。将来的には、現在の時速20km未満という速度を向上させ、全長6.9m級の次世代バスの開発も視野に入れています。
――これまでの実績と、現在の社会実装の状況を教えてください。

これまでマクニカが主体となって実施した実証実験は累計で50件以上にのぼり、Navya車両を用いた定常運行も6件関与しています。特に茨城県常陸太田市では、第2世代車両「EVO」を用い、日本で唯一となる年間365日の定常運行が実現しました。持続可能な運用のモデルケースとして現在も運行を継続しており、遠隔監視型レベル4を見据えて現地に「遠隔運行管理センター」も設置しました。
今年度は、主に新型車両「EVO3」を使い、約25件の実証実験を予定しています。国の目標達成に貢献するという側面もありますが、我々の目的は単にレベル4を達成することだけではありません。むしろ、そこからが本番です。レベル4運行を実現する目的と、それを使って「持続可能な低コストのサービス」と「魅力あるまちづくり」を実現する目的。我々はこの両輪を同時に進めていく必要があると考えています。
「交通商社」構想と、価値ある移動体験の創出

――国の目標が先行し、実装後のサービス継続性が課題との指摘もありますが。
まさしくそこが本質的な課題です。国の「25年に50カ所、27年に100カ所」という目標は、実装を加速させる上で重要でしたが、手段が目的化してしまい、実装後のサービスをどう継続させるかという視点が十分ではなかったかもしれません。自動運転車両はあくまでアセット(資産)の一つに過ぎず、導入後は住民の方に利用され続けなければ意味がありません。この課題意識は国も同様で、最近デジタル庁が「交通商社」というキーワードを打ち出しました。これは、地域の移動ニーズを可視化し、それに対して適切なサービスを供給する役割を担う存在の必要性を示すものです。我々もこの考えに強く賛同しており、自動運転を実装する前提として、この「交通商社」的な役割も自ら担っていく必要があると考えています。
――「交通商社」として、具体的にどのような価値を提供していくのでしょうか。
一つは、補助金頼りの発想から「投資」へとマインドを変えることです。自動運転は、ドライバー不足という社会課題を解決し、新たな地域創生を促すための「投資」です。国や自治体と共に、その投資効果を最大化するモデルを設計していく必要があります。もう一つは、「価値ある移動体験」の創出です。人をA地点からB地点へ輸送するだけでなく、その移動時間そのものを楽しく、快適なものにできないかと模索しています。例えば、実証実験で行っている取り組みは、AIコンシェルジュをディスプレイに表示させ、会話しながら移動する体験や健康状態を可視化するサービス連携などです。さらに、我々が持つスマートシティやヘルスケア、エネルギーといった他事業の知見と自動運転を結合させることで、住民一人ひとりにパーソナライズされた、まったく新しいサービスを創出できると考えています。単なる移動手段の提供に留まらず、地域の課題解決と魅力向上に貢献する。それが我々の目指す「まちづくり」です。
未来のモビリティ社会を共に創るパートナーへ
――最後に、今後の展望と、自動運転に関わる方々へのメッセージをお願いします。
自動運転を核としたまちづくりは、非常に時間がかかり、多様なステークホルダーの皆様との共感・協働が不可欠な事業です。私たちがこの事業を始めて痛感したのは、街を変えるのは想像以上に大変だということです。だからこそ、自治体の皆様には、地域を熟知している強みを活かして、様々な関係者をつなぐハブとしての役割を期待しています。私たちは技術で、交通事業者の皆様はサービスで、そして国とは投資というマインドで連携していければそれぞれの役割分担で街づくりにつながります。
私たちは、単なる車両やシステムの提供者ではありません。技術と社会をつなぎ、未来のモビリティのあり方を共に考え、課題を解決していくパートナーです。この大きな変革期に、ぜひ一緒に新しいモビリティ社会を創っていく仲間になっていただければ嬉しく思います。
取材/モビリティジャーナリスト 楠田 悦子・LIGARE記者 松永 つむじ
文/LIGARE記者 松永 つむじ








