SWAT Mobility Japanの挑戦 – AIオンデマンド交通が観光の未来を変える – 長野県大町市の実証実験
2025/9/16(火)
長野県大町市は、北アルプスの雄大な自然に抱かれた観光都市である。しかし、多くの観光地がそうであるように、旅行者の「足」の確保という課題を抱えていた。点在する魅力的な観光スポットを効率的に巡る手段が乏しく、特に急増するインバウンド(訪日外国人)観光客への対応は急務であった。この課題解決の切り札として、モビリティテック企業 SWAT Mobility Japan株式会社(以下、SWAT)が提供するAIオンデマンド交通システムが導入された。本稿では、当社の代表である末廣 将志氏と担当者である山川 桃果氏に、大町市でのプロジェクトの背景、核となるテクノロジー、そして観光交通の未来について話を聞いた。
――大町市が抱えていた観光交通の課題は。
以下、回答はSWAT。大町市では従来、「ぐるりん号」という観光周遊バスが運行されていた。しかし、定時定路線の運行形態がゆえに、平均待ち時間は40分、乗車時間も約37分と長く、旅行者が1日に訪問できるスポットの数が限定されてしまうという課題があった。特に、サントリーの天然水工場や博物館といった人気の観光スポットが点在しており、それらを結ぶ効率的な二次交通の不在が、機会損失を生んでいた。
それに加え、近年インバウンド観光客が劇的に増加している。2021年には139人程度だったのが、2023年には4万人を超えるまでになった。言語や決済手段の異なる海外からの旅行者にも分かりやすく、かつスムーズな移動体験を提供できる新しい交通システムの構築が急務となっていた。これが、今回のオンデマンド交通導入検討の直接的な背景である。
――課題に対し、SWATが提示した解決策は。
当社は、既存の「ぐるりん号」の運行データを分析し、AIオンデマンド交通に置き換えた場合のシミュレーションを実施した。これは、観光客の移動需要に基づき、予約制の相乗り交通を導入すれば、どれだけ利便性が向上するかを分析・検証する試みだ。結果として、車両の待ち時間を平均で26.5分、乗車時間を22.5分削減できる可能性が確認できた。これは、旅行者一人ひとりの需要に応じてリアルタイムに最適ルートを計算する当社のシステムが、従来の定時定路線バスに比べて圧倒的に効率的であることを意味する。このシミュレーション結果によって、旅行者の利便性を大きく向上させられると評価され、今回のプロジェクト採択に至った。
――シミュレーションと実績が導入の決め手。
当社が選ばれた理由はシミュレーションだけではない。すでに近隣エリアの白馬村で、同様の観光型オンデマンド交通に携わり、成功裏に運行していた実績も大きく評価された。白馬村での実績は、当社のシステムが観光地特有の需要パターンや課題解決に対応できる証明となったといえる。そして何より、当社の技術的な優位性、特に中核技術である「ダイナミック・ルーティング・アルゴリズム」が、大町市の課題を解決する上で最適だと判断された点が大きい。
――SWATのコア技術「ダイナミック・ルーティング・アルゴリズム」とは。
簡単に言えば、「いかに少ない車両で、多くの乗客を、効率的に目的地まで届けるか」を瞬時に計算し続ける仕組みだ。利用者がアプリで予約を入れると、その都度、ダイナミック・ルーティング・アルゴリズムが全車両の現在位置、乗車中の乗客の目的地、そして新しい予約のリクエストを考慮して、どの車両が迎えに行くのが最適かを瞬時に判断する。
「ダイナミック」と名が付く所以は、車両が移動中であっても、次々と入る新しい予約に応じて、常にルートを動的に再計算し続ける点にある。
例えば、ある車両がAさんを目的地に向かって運んでいる最中に、近くにいるBさんから予約が入ったとする。その場合、Aさんの到着時間を大きく遅らせることなくBさんをピックアップできるかを瞬時に判断し、可能であればルートを更新して相乗りを実現する。これにより、待ち時間の短縮と乗車時間の効率化の両立が可能。今回の実証では、この判断材料になる「待ち時間」「乗車時間」など設定できる優先的な制約条件 (パラメータ) が200通りもあり、あらゆる状況に対応できる。
――「観光体験の最大化」を目的とした最適化とは。
最大の違いは、最適化の「目的」にある。住宅地向けのサービスでは、主に通勤・通学や買い物といった地域住民の日常の足を確保することが目的であり、相乗りによる効率性を重視する傾向が強い。一方、大町市のような観光型では、「旅行者一人あたりの観光スポット訪問数をいかに増やすか」を重要な指標として設定した。相乗りをさせすぎると、目的地への到着が遅れ、結果的に観光時間が削られてしまう可能性がある。大町市は観光スポット間の距離が比較的離れているため、この点を特に考慮し、住民向けのサービスに比べて意図的に相乗りの比重を少し下げ、乗車時間が長くなりすぎないようなパラメータ調整を施している。すべては、旅行者が限られた時間の中で一つでも多くの体験ができるよう、移動の最適化を図るためだ。
――オンデマンド交通の導入が地域経済の活性化につながる。
移動がスムーズになることで、旅行者はこれまで時間的な制約で諦めていた場所にも足を運べるようになる。例えば、午前中に博物館を見学した後、午後に少し離れた場所にある飲食店で昼食をとり、さらに別のエリアの体験施設に行く、といった周遊が可能になる。訪問スポット数が増えれば、それに伴って飲食、物販、各種サービスへの支出、つまり地域での消費の増加が期待できる。
将来的には、当社の交通サービスを、単なる移動手段としてだけではなく、地域のさまざまなサービスとの連携も構想している。過去には、レストラン予約とオンデマンド交通をシームレスに連携させる実証実験も行った。アプリでレストランを予約する際に、そこまでの交通手段として当社のサービスを同時に予約できる、といった仕組みだ。こうした連携を広げることで、移動を起点とした新たな消費を喚起していきたい。
――急増するインバウンド観光客に対しての工夫。
まず、言語の壁を取り払うことが重要だと考えた。アプリは、英語、中国語、タイ語、ベトナム語、インドネシア語など、6カ国語以上に対応している。次に、決済のスムーズさが重要である。不慣れな土地で現金を用意するのは旅行者にとって負担が大きいため、アプリ内でクレジットカードによる事前決済を可能にした。これにより、ドライバーとの現金のやり取りが不要になり、乗降が非常にスムーズになる。
また、利用回数が多い旅行者向けに、アプリ内で定期券を購入・利用できる機能も提供しており、滞在中の移動コストを気にせず、より自由に周遊してもらえるような工夫も盛り込んだ。
――今回の運行は2025年10月までの期間限定だが、この実証運行から目指すものは。
この実証期間中に得られる詳細な利用実績データを分析し、サービスをさらに高度化させていくことが第一の目的だ。例えば、どの時間帯にどのエリアで需要が多いのか、利用者はどのような場所を乗降地に設定しているのかを分析し、現在は設定されていないホテルや観光施設などを新たに乗降場所として追加していく、といった改善を考えていきたい。
そして、この大町市での成功事例を、他の観光地への横展開を目指している。特に、当社が白馬村での経験から知見を持つ、スキーリゾートのグリーンシーズンにおける移動課題は、全国共通の悩みでもある。大町市での実績は、そうした他地域への力強い提案の根拠となるだろう。すでに複数の観光地から関心を寄せられており、協議を進めている段階だ。
――最後SWAT Mobilityのサービスが持つ独自性や強みのアピールを。
当社の最大の強みは、これまで述べてきたコア技術「ダイナミック・ルーティング・アルゴリズム」と、それを各地域の固有の課題に合わせて最適化できる柔軟な「パラメータ設計」にある。システムには、約200通りもの調整可能なパラメータが用意されている。これにより、「相乗りをどの程度許容するか」「待ち時間と乗車時間のどちらを優先するか」といった複雑な要件に対して、地域ごとに最適なサービスをオーダーメイドで設計できる。さらに、当社はシステムを導入して終わりにはしない。導入前に行うシミュレーションとデータ分析はもちろん、導入後も常に運行データを分析し、継続的に運行改善の提案を行える点が強みだ。仮想空間上で車両を走らせて改善効果を事前に検証し、それを実際の運行にフィードバックしていく。この「データ駆動型のアプローチ」こそが、当社のサービスの価値の強みであり、他の追随を許さない独自性だと自負している。今後もこのシステムを活用して日本各地の地域活性に役立てたい。
取材を終えて
SWAT Mobilityの強みは、単なる高度な技術力ではない。データに基づき「導入後の未来」を具体的に提示する提案力と、地域課題に合わせて200超のパラメータを調整する「対話力」にある。テクノロジーが地域の足となるとき、最も重要なのはこうした細かい調整能力なのだと思う。移動の最適化が体験価値の最大化につながる。今回の取材を通して、データが拓く観光DXの確かな可能性を肌で感じることができた。
取材・文/LIGARE記者 松永つむじ