MaaS専門コンタクトセンター「モビリッシュ」の狙いとは【TMJ小柏氏インタビュー】
2021/12/13(月)
次々と新たなMaaSアプリやモビリティサービスが誕生する今、いかにして他サービスとの差別化を図るか。その鍵の1つとなるのがVOC(お客様の声)だ。2021年6月、TMJはMaaS・モビリティビジネスに特化したコンタクトセンター「Mobilish(モビリッシュ)」を立ち上げた。
株式会社TMJ営業統括本部 情通サービス営業本部 第1営業部 MaaS/モビリティ業界推進担当 課長の小柏宜聖氏にモビリッシュの取り組みやVOCの分析・活用、今後の展望について話を伺った。
――モビリッシュ設立の経緯について教えてください。
株式会社TMJ営業統括本部 情通サービス営業本部 第1営業部 MaaS/モビリティ業界推進担当 課長の小柏宜聖氏にモビリッシュの取り組みやVOCの分析・活用、今後の展望について話を伺った。
まずTMJの前身はベネッセコーポレーションのインハウスのコールセンターでした。会員制事業で培った生産管理や品質管理面のノウハウを生かし、1992年からさまざまな企業・団体のコールセンター業務の設計運営・サポートなどを行なっています。
近年、モビリティ業界ではシェアサービスの普及やICTを活用したMaaSの実証実験が本格サービスへの移行するなど、大きな変化が起きています。便利なサービスが提供される一方、サービスの複合化・複雑化は加速し、モビリティサービスのユーザーは若年層から高齢者まで広く、またITリテラシーの低い方の利用も増えている状況がありました。
そこで2021年6月にTMJ内のモビリティ関連サービス業務を1つに集約し、MaaS・モビリティビジネスに特化したコンタクトセンター「モビリッシュ」を立ち上げました。
現在、モビリッシュではカーシェア、シェアサイクルとMaaSプラットフォームなどの領域をカバーしています。例えばMaaSの実証実験では、公共交通とシェアサイクルやカーシェアなど移動手段と移動目的を組み合わせた実証が行われますが、その際にはTMJで問い合わせ対応の部分のサポートなどしています。MaaS実証では「アプリの使い方がわからない」とか、「アプリにバグがある」といったお問い合わせが多いですね。
コンタクトセンター業務では、サービス利用開始前後の問い合わせや事故・故障などのトラブル系の問い合わせを電話やメール、チャットで受けています。オペレーターは札幌や博多などに合計で約110席、260名以上を配置しています。24時間365日対応のシェアードのコンタクトセンターとして、事故などの緊急性の高いお問い合せにも即時対応をしています。
またバックオフィス業務として、サービスの入会審査業務や運行監視、車両の修理・メンテナンスや決済関連業務など全体管理系のサポートなども行います。これらのノウハウを生かして、MaaSやモビリティ関連の新規サービス立ち上げ時の運用設計などコンサルティング業務も行っています。
モビリッシュを通じて、消費者が安全・安心に利用できる社会インフラを支える事業やサービスを提供していきたいと考えています。
MaaS・モビリティビジネス特化によるコストと教育への効果
――モビリッシュの強みや特徴は?1つはコスト面です。オペレーターがモビリティ関連の業務を複数兼務できるように教育しています。24時間365日対応ですが、問い合わせが少ない夜間はシェアードで人員を減らして対応できるため、コストを抑えることができます。
シェアードのシステムでは、お客様それぞれのシステムを同時に複数扱うことになり、業務が煩雑になりがちです。
モビリッシュではシステムUI改善ツールを積極的に導入し、オペレーターの操作画面を独自のUIに変更し、オペレーターの操作画面の類似化をしています。
また、自動入力や操作制御を施すことで、システム入力における負荷軽減やミス防止、作業が効率化できるような工夫もしています。
次は教育面。TMJユニバーシティという研修専門部門があり、そこで体系立てた各種の研修メニューを用意しています。研修内容はオペレーターの基礎として全社共通のものと業務特有の内容があります。さらにMaaSやモビリティ関連に特化した内容やお客様のサービスの落とし込み研修も行います。
研修プログラムの中でも、高齢者対応に力を入れた研修メニューを独自で構築しています。TMJでは2011年から東京大学との産学ネットワーク「ジェロントロジー(老年学)」に参画し、高齢者社会におけるコンタクトセンターの在り方について研究を続けています。その研究内容を基に、高齢者向けの応対スキル向上に特化した研修メニューを作成しました。
具体的には、自分の音声を録音すると模擬音声に変換されて高齢者の聞こえ方を体感できる、タブレット型の模擬音声シミュレーションツール「ジェロトーク」を開発し、高齢者に聞き取りやすい話し方の訓練をしています。オペレーターが自分の話し声を採点・点数化して、高齢者に聞き取りやすい声のトーンや大きさなどを習得していきます。
ほかには伝え方の研修もあります。加齢によって色覚が低下し、黄みがかって見えることを踏まえて、リモコンの操作説明の際には、「黄色いボタン」ではなく「中央の右から2番目」と表現したり、大きさを伝える場合は「A4サイズ」ではなく「新聞紙を四つ折りした半分の大きさ」と表現するといった、置き換えの訓練なども行なっています。
あとはTMJのDNAとして改善する文化が根付いているのも特徴だと思います。TMJでは2006年から「小さな改善活動」という正社員だけでなく契約社員やオペレーターまで全社員での改善の取り組みを進めています。全社で小さな改善の大会や表彰制度も設けていて、毎年200以上のチームが参加していますし、この活動を通じて業務効率化のツールが開発され、それを現場で利用しています。こういった活動が評価され、コンタクトセンター・アワードを4年連続で受賞しました。
ノウハウ提供とVOC分析・活用でトータルにサポート
――どういったケースにモビリッシュは有効なのでしょう?新しくサービスを立ち上げる際やまだ運用が確立されていない業務、MaaSの実証実験時のノウハウを応用・提供できます。これまでも多くの企業で、新規サービス立ち上げ時にTMJスタッフが常駐して、業務設計から標準化、運用までの一連をサポートしてきました。
MaaSの実証実験を考えている場合は、先に運用面での課題を踏まえて実証の準備ができるため、効率的かつ安心して立ち上げられると思います。実証実験用のトライアル版を設定していますが、予算をかけづらい実証実験でも低価格で導入できるという声をいただいています。
実証実験は実施期間も予算も限られているため、実証の計画段階からモビリッシュのような専門特化したコンタクトセンター機能を使えば、なぜその問い合わせが来るのかを分析し、課題を洗い出して、次の打ち手や対応策の提案までを早期に進めることができるので、有効だと思います。
あとは、すでにサービス提供中だけどさらに改善したい、またサービスの高度化に伴い窓口業務が多岐に渡ってきたため一つに集約したいというご相談も多いです。提供中のサービスの場合は、お客様の声(VOC:Voice of Customer)やオペレーターの声(VOE:Voice of Employee)を集め、分析して、フィードバックすることでサービスを改善の提案を積極的に行なっています。
生の声をサービスに反映し改善することで、ユーザーの不満を解消して満足度を向上させ、サービスからの離脱を防いでいけると思います。
サービスが充実するほどMaaSアプリの操作方法が複雑になる傾向があります。特に地方部でのITを使い慣れていない高齢者が多く、その対応のご相談も多いです。高齢者対応にはどこも頭を悩ませているようなので、この部分でもノウハウを生かせると思います。
より細やかな対応でアップセルの取り組みを
――今、新たに進めていることや将来展望について教えてください。強化を進めているのがコンシェルジュ的な細やかな対応です。利用予定だった交通機関が急きょ使えなくなった場合の代替手段の案内や予約代行などは現在も行っています。事故やトラブル発生時にこそ細やかな配慮や気配りの行き届いたカスタマーサポートが提供できるよう、研修メニューに組み込むなどして強化していきたいと考えています。
ユニバーサル対応もお客様の状況を把握した上で、適切に案内できる仕組みを強化していきます。例えば、足の具合が悪い、電話でしかコミュニケーションが難しいといった個人ごとの情報をシステムに蓄積することで、問い合わせが来た時点で即座に状況が理解でき、それに配慮した案内できるようになるでしょう。
また言語も、外国語は英語と中国語での対応ができますが、英語対応のコールセンターの要望も出てきているので今後、検討していければと思います。
遠隔操作ツールを活用したサポートも導入していこうと考えています。サービスやアプリが複雑化すると、操作サポートにますます時間がかかってしまいます。オペレーターがお客様の見ている画面を遠隔操作で見ながらサポートできれば、さらに寄り添った対応ができるはずです。
また、カメラを活用して事故現場の様子を映したり、レンタカーやカーシェアで車両返却時に車体に傷がないかをリアルタイムで確認するといった効率化も進めていきたいです。
その先には自動運転社会に向けた運行監視センターなどのサービスの提供も視野に入れています。自動運転化により無人化が進みますが、いかにシステム化・自動化されてもモビリティにトラブルや事故はつきものです。
必然的に運行状況の監視・管理へのニーズも高まってくると思うので、将来的には無人化の中での人による監視や緊急対応の部分にも取り組んでいきたいと考えています。いずれ、TMJの親会社であるセコムとも連携して、グループとしてサービスを提供していくこともあるかもしれません。
さらに自動運転化が進み、交通事業者が交通商品以外の新しい商品や複合化したサービスを販売するといった場合にもTMJでの流通・通販分野の受託業務ノウハウがあるので、対応していけると思います。
あとはやはりVOCですね。サービスの利用者数が増えてくると、VOC収集・分析は複雑になってきます。単純に文字化されたVOCの一覧を見て考えるだけでは、より良い対応策は生まれてきせん。質問や要望、不満が出た経緯や状況を可視化し、それをオペレーションやサービスの改善提案へつなげていけるように、AI分析の実装にも取り組んでいます。
モビリッシュはMaaS・モビリティビジネス事業者がまだ実感できていない課題を先に把握し、次のフェーズを見据えながら準備することができます。我々が蓄積してきたノウハウをMaaS・モビリティビジネス事業者に提供・共有することで、より安全・安心で使いやすい商品・サービスの開発に貢献していきたいです。
(取材/井上佳三・柴田祐希、記事/柴田祐希)