信州大発の企業が挑む カーシェアで相互扶助・空白解消のDX
2025/9/24(水)
人手不足や人口減少を背景に、地方の「交通空白」が深刻な社会課題となっている。この課題に対し、信州大学発スタートアップの株式会社TRILL.は、法人・個人の”遊休車両”を活用した個人間カーシェアリングサービス『OURCAR』(読み:アワカ)を立ち上げた。2025年10月からは国土交通省の「地域交通DX事業」として長野県内で実証実験を開始する。この事業を立ち上げた背景やその根底にある「相互扶助」の理念、そして目指す未来のモビリティ社会について、代表取締役の藤森研伍(ふじもりけんご)氏に話を伺った。
――まず、事業を立ち上げた経緯から。
原点は三つある。1つは信州大での学生時代に立ち上げた光回線訪問販売の業務だ。顧客によってはサービス自体がプラスになるかわからない商品を販売することに疑問を感じ、「本当に価値があり、信じられるサービスを作りたい」という思いが芽生えた。2つ目は、その後に旅したインドやアフリカでの体験である。そこではお金がなくても「助け合い」で社会が成り立つ光景を目の当たりにし、この「相互扶助」の精神をビジネスにできないかと考えるようになった。そして最後の3つ目が、長野県での車のない生活で感じた不便さだ。そんな折、自分が友人や祖父から車を譲り受け、突然2台持ちになった。「余分になったこの車を、困っている人に使ってもらえないか」。この発想が『OURCAR』の直接のきっかけとなった。
――国交省との実証実験。その狙いは。
本プロジェクトの最大の狙いは、「資本主義の限界を超えた交通インフラを、相互扶助によって実現できるか」というコンセプトを検証することにある。既存の大手事業者が経済合理性から参入しないエリアにこそ、我々の価値がある。「車を持っている人が、持っていない人に貸す」という「助け合い」によって交通の空白を埋められるか、その可能性を実証したい。「利用者と車両オーナー双方に価値を提供し、持続可能な仕組みとなり得るのか」が重要な焦点になる。特に法人オーナーの懸念なども含め、ビジネスモデルそのものの成立性を2025年11月からの本格検証で見極めていく。
――既存サービスとの違い、独自性はどこにあるか。
根本的な理念が違う。「お金を稼ぐために車を貸す」のではなく、「使っていない車を、必要な人に使ってもらう」という助け合いがサービスの根幹にある。地域に存在する遊休リソースを最適化することで、移動の課題を解決しようという点が最大の独自性だと考えている。
――サービスの核となる技術について。
「助け合い」という理念を円滑に実現するため、テクノロジーを徹底活用している。個人間の貸し借りで最大の障壁となる鍵の受け渡しや免許証の確認といった手間をなくすため、24時間無人で完結する貸し渡しシステムを自社で開発した。車両に取り付ける専用のキーボックスも独自開発しており、これによりオーナーは手間なく車両を提供でき、利用者はいつでも気軽に使える仕組みだ。テクノロジーで「相互扶助」のハードルを下げることが我々の役割である。
――事業を進める上での課題と手応えは。
現状、オーナー獲得には難しさも感じている。しかし、一番のポイントは実証実験が始まった後、「実際にどれだけ使われるか」だと考えている。「使われるなら車を提供してもいい」という潜在的なオーナーは多いはずだ。利用実績という事実が、今後につながる利用者の判断やオーナーの協力意欲を大きく左右するだろう。まずはサービスのメリットを証明することが重要だ。――長野という地域へのアプローチ戦略は。
いきなり広範囲に展開するのではなく、まずは地域に密着し、密度の高いエリアを点在的に作っていく。そのために、新しいものを積極的に受け入れてくれるアーリーアダプター層(初期採用層)に協力してもらい、成功モデルケースを構築することが重要になる。その成功事例を元に、より多くの人々へと信頼の輪を広げていきたい。また、高齢者の方々へも段階的なアプローチを考えており、将来的には免許返納者向けのライドシェアのようなサービスも視野に入れている。――『OURCAR』が目指す未来のモビリティ社会とは。
我々が目指すのは、「車の所有権そのものをアップデートする」ことだ。車を個人が所有し続けるのは、維持費の負担が大きい。そうではなく、車を株式のように地域全体で共同保有し、使いたい人が使いたい時にだけ負担する仕組みを構築したい。最終的なビジョンは、「国籍や年齢に関係なく、誰もが、いつでもどこでも、目の前にある車に乗って移動できる未来」を創ること。既存の公共交通がカバーしきれない部分を、最適化された車の利用で補完する社会を実現したい。
――最後に、今後の事業展開に向けたメッセージを。
この実証実験にとどまらず、来年度以降は長野県外への展開も視野に入れている。我々の理念に共感し、共に事業を推進してくれる協業パートナーを求めている。このサービスに興味を持っていただけた企業や個人の方がいれば、ぜひ気軽に声をかけていただきたい。取材を終えて
藤森氏の言葉には、自分の体験に裏打ちされた確かな熱量が感じられた。『OURCAR』は単なるカーシ
ェアではなく、「助け合い」をテクノロジーで社会実装する挑戦だ。地方の交通空白を人の善意とテクノロジーで埋めようとするこの試み。長野から始まる一歩が、日本の未来を照らす大きな希望となることを期待したい。
取材・文/LIGARE記者 松永つむじ