未来の車室空間に求めるものは?<テイ・エス テック×ソニー特別対談>
2020/9/10(木)
今年4月にレベル3の自動運転車の公道走行が認められ、自動運転社会の到来が現実味を帯びてきた。自動運転化で注目されるものの一つが車内での移動時間の過ごし方だ。運転タスクから解放され自由になった時間に、どのようなサービスを提供できるかが今後の重要なテーマになるだろう。
移動のスタイルが変わり、車に求められる価値も変わっていく中で、移動時間を楽しい時間に変えることができれば、それは高い付加価値となりうる。ではそれを提供するためにはどのような発想が必要なのか。
自動車用シートを中心に内装品メーカーとして実績を上げながら、新しい「座る」を提案しつづけているテイ・エス テック。そして、自動運転とエンターテインメントの組み合わせで「必要な移動」を「楽しい移動」に変える提案を行ってきたソニー。両社は自動運転時代の車室空間に対してどのように考え方や両社の取り組みについて聞いた。
テイ・エス テックは1960年の設立以来、「安全・環境・魅力」の3つを軸に独創的な技術とグローバルな供給力で成長を続けている。長年の研究・技術開発で培った知見と技術を活用し、次世代の車室空間「INNOVAGE(イノヴェージ)」や、スポーツ・ヘルスケア分野での応用も期待される「愛されるシート」など、自動車用内装品の新しい魅力を提案している。移動のスタイルが変わり、車に求められる価値も変わっていく中で、移動時間を楽しい時間に変えることができれば、それは高い付加価値となりうる。ではそれを提供するためにはどのような発想が必要なのか。
自動車用シートを中心に内装品メーカーとして実績を上げながら、新しい「座る」を提案しつづけているテイ・エス テック。そして、自動運転とエンターテインメントの組み合わせで「必要な移動」を「楽しい移動」に変える提案を行ってきたソニー。両社は自動運転時代の車室空間に対してどのように考え方や両社の取り組みについて聞いた。
ソニーは2019年にヤマハ発動機と自動運転車両「SC-1」を共同開発。移動をエンターテインメント体験の場に変えることを目指し、すでにゴルフ場や観光施設、商業施設などでのサービスを開始している。
テイ・エス テック株式会社で取締役 開発・技術本部長を務める小堀 隆弘氏と、ソニー株式会社 AIロボティクスビジネスグループ商品企画部 担当部長の江里口真朗氏、同グループAM事業準備室 SCプロジェクト プロジェクトマネジャーの髙梨 伸氏に、自動運転時代の車室空間に対しての考え方や両社の取り組みについて対談いただいた。
■テイ・エス テック×ソニー、それぞれのプロダクト
—テイ・エス テックが開発した「INNOVAGE」と「愛されるシート」、それぞれのプロダクトについて教えてください。小堀氏:「INNOVAGE」は、CASE を見据え、センシング、やすらぎ、シートアレンジなどをキーワードに弊社の先端技術を集結しました。座った人の体格に応じてシートポジションや硬さを自動調整し、体圧を分散させることで各自に合った快適な座り心地を提供します。
そのほか、空調や照明の自動コントロール機能を搭載し、乗降やドライブ、コミュニケーションなど9パターンから利用シーンに合わせたシートアレンジを選べます。
「INNOVAGE」という名称はイノベーション(Innovation)と ブリッジ(Bridge)からきていて、人とクルマ、社会、未来とをつなぐ架け橋となる新しい車室空間を提案しています。
(左)次世代の車室空間「INNOVAGE(イノヴェージ)」
(右)テイ・エス テック 取締役 開発・技術本部長 小堀 隆弘 氏
「愛されるシート」は、自動車用のシート技術とIoTを融合したシートシステムです。シートに内蔵したセンサーが座った人の動きを感知し、シートを使った新しい楽しみ方を提案しています。(右)テイ・エス テック 取締役 開発・技術本部長 小堀 隆弘 氏
シートはさまざまなアプリケーションと連動していて、大人から子ども、障がいのある方や高齢の方など、誰もが座って楽しめるスポーツやレクリエーションなどへの活用を広げています。
弊社は今年60周年を迎えますが、100年企業を目指していくとき、これまでどおり安心安全に応える技術開発を続けながら、さらに時代の変化に合わせて進化する自動車内装品メーカーとして何か新しい価値を提供できないかと試行錯誤しながら開発しました。
―ソニーが開発した「SC-1」について教えてください。
江里口氏:「SC-1」はヤマハ発動機の自動運転技術とソニーの映像技術を融合させた低速のエンターテインメント用車両です。コンセプトは「スマホが走る」で、携帯電話にカメラ機能やお財布機能など新しい機能が増えていくように、移動する機能を載せたらどうなるかという発想で開発しました。
ベース車体はヤマハの電動ゴルフカーで、電磁誘導方式の自動運転※で走行します。フロントガラス部分は窓ではなくモニターで、車載カメラで車外360度を撮影した映像を映し出すので、実際の風景にCGを重畳させることができます。
※車両に搭載したセンサーが地中に埋設した電磁誘導線の磁力を感知し、設定されたルートを走行する仕組み。
SC-1は公道ではなく、基本的にわれわれの責任が届くクローズな場所で、決められたルールの中で遠隔での自動運転走行を想定しています。実証実験ではホテル敷地内やゴルフ場で夜間の観光アクティビティとしてナイトクルーズなどを有償サービスで実施しており、SC-1で移動をエンターテインメント体験の場に変えていきたいと思っています。(左)テイ・エス テックの「愛されるシート」(写真は東京モーターショー2019で展示したもの)
(中)ソニーのエンタテインメント用車両 Sociable Cart(ソーシャブルカート)SC-1
(右)SC-1はホテルやゴルフ場などの敷地内でナイトクルーズサービスなどを実施している。
(中)ソニーのエンタテインメント用車両 Sociable Cart(ソーシャブルカート)SC-1
(右)SC-1はホテルやゴルフ場などの敷地内でナイトクルーズサービスなどを実施している。
■乗れば運動できるシート? 先端技術による新たな可能性
—高梨さんと江里口さん、愛されるシートを体験されてみていかがでしたか?高梨氏:非常に面白かったです。シートをコントローラーにして、右に重心をずらしたら右に曲がって、真ん中に動かしたら直進する、前進後退と右左の移動が座ったままできるのは画期的ですね。
座り方で動かせるという新しいUIができると、車室空間の考え方が変わると思いました。SC-1に載せてみると面白そうですね。
あと、INNOVAGEにはハンドルが付いていましたが、ハンドルを取って愛されるシートでINNOVAGEを操縦できるようにしたら、さらに面白くなるんじゃないでしょうか。
小堀氏:INNOVAGEと愛されるシートの融合は確かに面白そうですね。ちなみにINNOVAGEに載せているシートにも弊社の技術が詰まっているんです。
今のINNOVAGEに載せているシートは過去のモーターショーで提案してきたものの最新版です。最初に展示したのは2013年、ドライバーのパートナーのような存在になってほしいということで「相棒シート」と社内では呼んでいます。
この時は座った人の体格や姿勢をセンシングして、快適な運転ポジションに自動調整して、さらに走行中のカーブを曲がるとき、体のねじれを支えるようにシート形状を変化させることで快適な運転をサポートする機能を搭載していました。
第2世代は、センシングした姿勢情報を基に、理想姿勢へと促すようにシート形状を変化させたり、座っている人の呼吸をセンシングして眠気を判断して、必要に応じて振動で眠気を低減させる機能を付けました。
さらに、第3世代は「エクサライドシート」というネーミングにして、運転中の信号待ちや安定走行などの比較的安全な環境になったときに、座面クッションの臀(でん)部と接する箇所が動くことで、運転時間を運動時間に置き換えることが可能です。
一般的な生活において1日の理想運動量に足りないとされるカロリー消費を、運転時間で補えるシートです。ちなみに、「エクサライド」はエクササイズ(Exercise)とライド(Ride)の造語です。
江里口氏:「エクサライド」という発想と言葉、良いですね。運転で運動不足解消ですか? これが実際に車載できれば運動のために車に乗って出かける人が増えそうですね。
小堀氏:皆さん驚かれるのですが、実際にカロリーが消費される仕組みなんです。
INNOVAGEには「エクサライド」機能の搭載は見送りましたが、企画コンセプトの中に「健康」というキーワードもありまして、呼吸や心拍をセンシングして体調管理するのはもちろんですが、座ってるだけで運動不足を解消して健康になったら良いじゃないですか。
CASEへの対応はもちろんですが、移動時間を目的地までの単なる時間ではなく、シート技術を活用して、新しい意味を持つ時間へ変えられる「座る」価値を提供したいと考えています。
次ページ: 「移動時間の意味が変わる」