手についた時に浸透していった藻のオイル

船やジェット機を動かす重油の構造に似ているという藻のオイル。エンジン試験の際、「重油のイメージだったので、手についたら大変なことになると思っていたら、スーっと浸透していった」(渥美氏)。

この出来事が開発のきっかけになった。その後、スクワランとオリーブオイルと共に外部評価をしてもらうと、保湿力が両者よりも高いということが判明した。この結果を受け、社内の技術開発展示会（R＆D展）で社内女性20名に藻から生成されたオイルを配り、2週間使用してもらった。

「たまたま化粧品売り場の顕微鏡でオイルを塗布した箇所の写真を撮っていた女性がいた。2週間後にもう一度、写真を撮ったらしわがなくなっていたと聞いて確信した」という渥美氏は㈱東洋発酵と本格的に試作品作りを始めた。試作品を配ったが「足の裏につけたとか、母親にあげたと言われ困っていた」と渥美氏は当時の状況を振り返る。

研究物から化粧品へと変化させた女性社員たち

2012年の1月から渥美氏が研究物として悪戦苦闘していたオイルを化粧品へと変化させたのは女性社員たちだった。

2012年10月からプロジェクトリーダーとして、企画から商品化まで携わった新事業推進部 新事業開発室の池部久美代氏（以下、池部氏）。「当時、バイオは知らない世界だったので、話を聞けば聞くほどいろいろな可能性を感じた。化粧品の分野であれば女性の知見を生かせると思い、一緒に開発することになった」と語る。

より多くの視点を取り入れるため、新事業推進室にいた女性社員5名に声をかけたところ、全員が参加を表明。2012年の12月、夢を叶えるプロジェクトとして「ドリームプロジェクト」が発足し、藻から産生されたオイルの化粧品化が本格始動した。

女性ならではの感覚が壁に

藻から産生されたオイルを生かした化粧品は「moina」と命名され、2014年11月にハンドクリーム、2017年6月にUVクリームが販売された。

容器、名前、手モデルに至るまですべて内製だ。蓋のキラキラしたチャームやストーンは藻をイメージしている。

「かわいい」「持っているだけでモチベーションが上がる」という感覚でデザインを決める女性社員に厳しい意見も飛んだ。蓋に動くストーンを入れたときには「なぜキラキラを入れるの？なぜ動くの？」と上層部に質問された。

池部氏は、「『単なるストーンではなくお客様と話すときの第二次コミュニケーションのツールです。チャームは藻のコロニーをあらわしていて、ここからオイルが出ていることをストーンで具体的に表現しようと思いました』と伝え、どうしたらロジックに訴えられるかを考えた」と語る。



販売に至るまでの道のりも長かった。

「技術の会社なので『しっとりする』などの感覚的な言葉では認めてもらえない」（渥美氏）。数字で示すべく、社内女性1000人、外部モニター1000人に評価をしてもらった。2000人のモニターに好評価を得ても、化粧品の販売許可は下りなかった。

化粧品会社の名を伏せた目隠し試験の結果、トップの評価を得たことでようやく販売許可が出た。半年で15000個は完売。現在、Mプロ(モイーナプロジェクト)として新たに9名の女性が加わり、販売やイベント企画に携わっている。

当初はボランティアだった活動も、本業の5％の活動を限度とし業務として認めてもらい、1カ月に1日は業務として活動が可能となった。人事からの評価対象にもなる。

池部氏は、「プロジェクトに参加してとても成長し、男性脳に訴える仕事の進め方、通し方を学んだ。女性脳を生かした仕掛けを重視して作っていくことも大切。両方が合致することで、いい製品ができるということを具現化できた。担当レベルである程度任せてもらえるケースはレア。補助職として働いている女性にも自主性を持たせてくれるようなプロジェクトがもっと増えればいいなと思う」とプロジェクトで得た経験を本業にも生かしていきたいと語る。

棚置きできる条件が整っていないため、現在取り扱っているのはインターネットとトヨタ、アイシン精機、デンソー等の各売店での販売のみ。

「単なる化粧品ではなく、環境に配慮した取り組みに賛同してもらい、口コミからリピーターになってもらいたい」(広報部　奥山千絵美氏)。

メディアからの反響も大きく、会社をPRする商品として一役担う。デンソーの新たな一面に、女性も含めたファンがさらに増えていくことだろう。