【特集】自動運転実装の最前線 国交省 物流・自動車局 笹本氏「事業化と制度整備急ぐ」
2025/8/27(水)
2025年度目途に国内50カ所程度でのサービス提供を目指し、普及が進む自動運転。国土交通省 物流・自動車局は自動運転の普及に向けて司令塔の役割を担う。局 自動運転戦略室 自動運転技術審査官(インタビュー当時)を務める笹本翔氏は国内で実証実験が行われ始めた時期から制度の設計を担っている。日本の自動運転の発展を実務で支える氏に社会実装の現状と今後の展望を伺った。
笹本翔(ささもと・しょう)氏
経歴:2009年国土交通省入省。国産旅客機スペースジェット(旧MRJ)の安全認証審査や、自動車関連の制度などの海外展開、省全体の科学技術政策の企画立案・総括、公道での自動運転を可能とした道路運送車両法改正などを手掛ける。自動運転には2017年の技術政策課 課長補佐時代から携わり、2024年から再び自動運転を担当。2025年7月より物流・自動車局 自動車情報課 総括課長補佐。
制度に横串を通して実装、普及を推進 自動運転戦略室の役割
――自動運転戦略室の役割から。自動運転戦略室は、国土交通省物流・自動車局内で自動運転にかかわる“司令塔”的な役割をもつ。局には保安基準を担当する車両基準・国際課、移動サービスを管掌する旅客課、整備事業を担当する自動車整備課といった複数の部門がある。自動運転車を移動サービスとして走らせるには保安基準に適合したり、運送事業の許可をとったりと各課の連携が必要となる。そのため、戦略室は自動運転の実装に向けて各部門を横断して制度企画、予算調整、政策立案の取りまとめ、国交省の用語で言うと総括をしている。また、国交省のほかにも自動運転に関わるデジタル庁、経済産業省、警察庁、内閣府、総務省といった各省庁の調整を図る。
――自動運転に関連する自身の実績紹介を。
2017年、国内で実証実験がレベル2で始まるところから自動運転に関わり、2019年にレベル3、レベル4自動運転を実現するための道路運送車両法の改正を担当した。同法ではエンジン、ハンドルといった自動車の各装置が保安基準の対象となっているが、この対象に自動運転システム、法令用語でいうと「自動運行装置」を新しく位置付けるものだった。法律の改正案執筆から施行まで行い、安全な自動運転車を世に出すための法改正は、大きな仕事だったと思う。
迅速な実装の二本柱 事業化と制度整備を推進
――現在、取り組んでいる仕事は?「技術審査官」という職名から連想されるのと異なり、自動運転の実装に関わる企画や制度の整備、予算などの総括を主業務としている。まとめると、社会実装を加速するため、「事業化推進」と、「制度整備」の二つに従事している。道路運送車両法の改正によって、公道に自動運転車を安全に走らせるための制度整備はできた。今は、自動運転サービスの普及拡大で重要な、円滑かつ迅速に社会実装するための業務に取り組んでいる。
――「事業化推進」と「法制度整備」の代表的な仕事として何が挙げられるか。
「事業化推進」を象徴する取り組みとしては、地方自治体に対する補助事業、「自動運転社会実装推進事業」がある。自動運転による移動サービスを地域に導入するための「初期投資支援」と位置付けている。
「制度整備」の方は、自動運転の実装を加速するための制度の在り方についての検討。具体的には、「ビジネスモデルに対応した規制緩和等」「認証基準等の具体化による安全性の確保」「事故原因究明を通じた再発防止」といった観点で検討を行った。例えば自動運転バス・タクシーの運行管理で、現行法上で求められる営業所ごとの運行管理者の配置についてどのような要件が必要か検討するといったもの。それと、万一事故が起こったときに、警察による責任追及のための捜査とは別に、事故原因を究明する権限をもった組織づくりの検討を進めている。これらは省内の「自動運転ワーキンググループ(WG)」で論議し、本年5月に「中間とりまとめ」を行った。
――自動運転車では、保安基準も従来のクルマから変わってくると思うが?
運転者の存在を前提としないレベル4のドライバーレス車両になると、今の保安基準で装備が義務付けられているハンドルやペダル、バックミラーが不要になる。こうした車両について、現在の制度では、個別に認定した上で公道走行が可能となっているが、「中間とりまとめ」を踏まえ、世界に先駆けて、保安基準自体をドライバーレス車両にも対応していくこととしている。
また、より一層の安全な自動運転車両の開発・普及のため、2024年6月に策定した「自動運転車の安全確保に関するガイドライン」の具体化を図ることとしている。こうした日本の考えを、自動車の国際基準を議論する唯一の場である「国連自動車基準調和世界フォーラム(WP.29)」で提案して国際議論に反映し、日本の優れた技術を世界に普及させたいと強く思っている。
実装・実証の現状と課題
――無人自動運転移動サービスを「2025年度目途に50カ所程度、2027年度までに100カ所以上で実現」という目標がある。これまでの成果と2025年度の課題を伺いたい。2022年度から先ほど述べた初期投資支援のための補助を行っており、2024年度は全都道府県で99の自動運転事業を採択し、補助金を交付した。事業化の成果としては、レベル4を実装している地域は2023年度末時点では福井県永平寺町の1カ所だけだったが、2024年度末時点では8カ所となり、着実にサービス実装が広がっている。
その一方、もちろん課題もあり、一番の課題はやはり事業性の確保かと思っている。まず、自動運転車両の価格が通常の車両に比べて高い。これは社会実装が進むにつれて低減していくだろう。また、レベル4自動運転で運転者が不要となることにより、人件費の削減が期待されているが、レベル4を実装した地域でも、現在は、「運転者」としてではなく、料金収受や車いす客の乗り降り介助など行う「乗務員」として人を乗せている事業者が多い。省人化・人件費削減の効果は限定的となっているため、1人が複数車両を遠隔監視する、いわゆる「1対nN」型のサービスに移行させることが重要になると考えている。
――事業性以外の課題には何が挙げられる?
技術面でいうと、ODD(運行設計領域)の広い車両、すなわち多様な環境で走行可能な車両を普及させていく必要があると考えている。日本国内の傾向としては技術レベルの高い車両を走らせるほかにも、走行環境の整備、例えば歩車分離された道路を経路として設定したり、信号連携したりで安全性を高めている。地域での実装を進める上で効果的だが、地域ごとにローカライズが必要になり、そのまま全国に展開するには限界が出てくる。そのため、ODDが広く汎用性の高い車両、例えば右折が得意だったり路駐の回避が当たり前にできたりする車両の普及を進めていく必要があると考えている。
また、社会受容性も重要で、補助事業を通じて地域住民に乗ってもらうなどで、地域の受容性が高まっていると思う。この意味では、期間限定でなく、地域で通年運行をしてもらい、自動運転車にいつでも乗れる、走る姿をいつでも見られることが重要だろう。
補助事業の制度変更の狙い 重点支援と自治体に促す持続可能な事業設計
――2025年度の補助事業では、補助上限額を引き上げた半面、全額だった補助率の上限は5分の4までとした。その理由は?「メリハリをつける」ことがポイントとしてある。額を引き上げたのは、先駆的・優良な事例を重点的に支援してモデルケースとし、モデルを核として他地域へ横展開しようと狙っている。率を抑えたのは、各地で自動運転を持続可能なサービスとして設計するよう促す目的がある。補助の目的は実装にあたっての初期投資支援だが、予算が100パーセント補助金頼りでは実装後にすぐに立ち行かなくなるだろう。サービス導入後のコスト負担を見据えている事業、すなわち持続可能性のある事業を支援するため、変更した。
――――全国において特に注目している事例があれば紹介を。
愛媛県松山市や茨城県日立市では、緑ナンバーを使って従来のバス路線に自動運転車両を導入しており、こうした事例を広めていきたいと考えている。自動運転用に設計された経路のみを走ったり低速で走ったりでなく、現在当たり前のように人が運転するバスやタクシーが走っているが、個人的には、こうしたことが自動運転でも可能となるような世界を期待している。
日本の自動運転はバスが先行しているように思う。なぜか?
日本では少子高齢化に伴う担い手不足等からバスの減便が相次いでおり、地域の足の確保に関するニーズが高まっていることから、定時定路線のバスより導入が始まっている。一方、自動運転タクシーの導入を目指す取り組みも進められており、タクシーの自動運転もバスと同様に、補助事業を通じて実装の支援を進めていく。
――米国や中国で自動運転タクシーが商用運行されている背景をどう考える。
米中ではレベル4自動運転タクシーの有償サービスがいくつかの地域で実装されているが、例えば米ウェイモは自動運転システムやサービスの開発に巨額の投資を行っており、日本企業と比べものにならないほどお金をかけている。また、バスよりもタクシーが先行しているという点では、個人的には、旅客運送サービスという目的だけではなく、走行して集めたデータを自動運転以外にもさまざまな使い方をするという意味で、走行ルートが限定されず、多くのデータを収集可能な自動運転タクシーの方が目的に合致しているのではないかと思う。
――読者や自動運転に関わる人々にメッセージなどあれば。
自動運転サービスは、高齢化に伴う人手不足や地域の足の確保など、日本社会が抱える課題解決の切り札と考えている。社会実装には事業者や地方自治体、いろいろな関係者の協力が欠かせない。国交省では、補助による支援と車両認可をはじめとする制度の二大ツールを通じて、自動運転の社会実装を加速していきたいと考えており、ぜひ関係者の皆さまにもご協力いただけるとありがたい。
(取材/楠田悦子・松永つむじ、文/松永つむじ)