日本MaaSの面白さ世界へ発信!「必要なのはアクティビティ」
2023/8/10(木)
移動を便利にするための取り組みが日本各地で行われている。動きを注視している読者は多いだろう。
交通、MaaS、都市計画の研究者アザレル・チャモッロ氏(以下、チャモッロ氏)は、国土交通省・経済産業省による「スマートモビリティチャレンジ」、内閣府による「スーパーシティ構想」の採択・実施状況をボランティアでまとめ、オンラインマップの形で公開した。各地の事業の概要を英語で紹介している。また、世界各地のオンデマンド交通マップも公開した。
チャモッロ氏は現在、AI活用のオンデマンド交通を開発する株式会社未来シェアに勤務し、MaaS実装も行っている。マップ公開や、日本各地のMaaS関連プロジェクト、海外との対比などについて聞いた。
――マップを作った背景をお話しいただけますか?交通、MaaS、都市計画の研究者アザレル・チャモッロ氏(以下、チャモッロ氏)は、国土交通省・経済産業省による「スマートモビリティチャレンジ」、内閣府による「スーパーシティ構想」の採択・実施状況をボランティアでまとめ、オンラインマップの形で公開した。各地の事業の概要を英語で紹介している。また、世界各地のオンデマンド交通マップも公開した。
チャモッロ氏は現在、AI活用のオンデマンド交通を開発する株式会社未来シェアに勤務し、MaaS実装も行っている。マップ公開や、日本各地のMaaS関連プロジェクト、海外との対比などについて聞いた。
LinkedInなどのSNSで流れてくるモビリティニュースのほとんどは欧米のニュースです。日本で行われているプロジェクトにはすごく面白いものがあるのに、言葉の問題もあって海外に伝わりづらいところがあり、日本のプロジェクト情報をまとめたものも見当たらない。そこで、こういう価値があるプロジェクトをまとめたらいいと思ったので、マップで見せようと作りました。自分でその情報を発信しはじめたところ、今ではフォロワーが約1万6,000人に増えました。
――「Smart Mobility Public Calls in Japan」では、計309のプロジェクトが紹介されています。各プロジェクトの情報はどうやって集めたのですか?
省庁が公開しているプロジェクト概要を一人で調べてまとめました。国交省、経産省、内閣府がそれぞれ重複して紹介していたり、一覧があってもデータの形式がばらばらだったりと、整理するのは大変でした。重視したのは、完璧じゃなくても見やすいものを作ることです。
――マップを見た方からの感想をご紹介ください。
マップ上から私にフィードバックや問い合わせができるようにしていて、「日本の状況を知ることができてうれしい、面白い」というものが多いですね。その後、シェアモビリティとオンデマンド交通の専門家であるドイツのLukas Foljanty氏という知り合いの方が「世界オンデマンド交通」マップを作り、私から日本のデータも追加しました。こうしたデータベースは事業者に対する関心も目立ちました。
チャモッロ氏作成のマップ「Smart Mobility Public Calls in Japan」。「スマートモビリティチャレンジ」「スーパーシティ構想」「スマートアイランド」について2019年度から23年度にわたって事業概要をまとめている。
担当省庁の該当ページへのリンクあり
https://maphub.net/Azarel/smart-mobility-public-calls-in-japan
https://maphub.net/Azarel/smart-mobility-public-calls-in-japan
「世界のオンデマンド交通」マップ:On-Demand Ridepooling World Map
――先ほどお話しいただいた「日本で行われている面白いプロジェクト」について教えてください。例えば、未来シェアも関わっている北海道の「江差マース」です。ドラッグストアチェーン運営などのサツドラホールディングスが代表となり、江差町などと、乗り合いタクシーと地域ポイントカード「EZOCA」を組み合わせた実証を行いました。地域の小売業と連携して移動を地域活性に役立てようとの取り組みで来店回数、購入金額が約5倍に増えるなどの結果が出て、23年度も実装に向けて新しい取り組みを加えています。
日本の貨客混載サービスも世界的にみると珍しく、ユニークです。岡山県久米南町では未来シェアの乗り合いタクシーが小荷物を配達し、WILLERによる京都丹後鉄道では農場から街まで農産物を運んでいます。
実証実験をして1年たつと終わり、市長が代わると終わり、事業収入の多くが補助金といった例は多い。海外とは異なり、これら日本の取り組みは補助金に頼らず事業化できる収入を集めようとしています。日本の交通企業が独立採算制を目指すことを、私はすごくリスペクトしています。世界における日本企業の強みと思っています。
海外でも日本でも地域を問わず、9割のプロジェクトは平凡なものです。でも、1割はとても面白いものがあると私は思っています。
――「日本の面白いプロジェクト」に共通する特徴などあるのでしょうか?
「MaaSとは何か?」と聞かれたときに私はよく「モビリティ」の分配モデルと答えています。デジタルツールは必要ですが、その先にモビリティがあって、さらに先にはアクティビティがある。欧州ではモビリティは単に「移動」という意味ですが、日本では「移動× アクティビティ」という意味です。MaaSはデジタル連携を使用しますが「MaaSに一番必要なのはアクティビティ、アプリではない」。
移動×アクティビティは、例えば、阪急電鉄を創設した小林一三が100年前に始めた沿線開発の考え方です。鉄道のオペレーションだけでなく不動産開発や、旅行、生活といった周辺のサービスとつなげることで大きな利益を生む。MaaSのエコシステム、交通とデータを使って何をするか?という視点が必要と思います。
――「MaaSはアクティビティ、アプリではない」は新鮮に感じます。
「アクティビティ」のよい例が群馬県前橋市です。前橋市はウェブアプリ「MaeMaaS」(マエマース、現GunMaaS)を作りましたが、ほとんどMaaSとは言われません。これを私は面白いと思います。
前橋市は人口減や高齢化の中でバス会社6社が、前橋駅から県庁間の中心市街地を走る11路線でダイヤ調整し、運行間隔を縮めて便利になりました。一方、周辺部の公共交通をどうするか?乗り合いを使いましょうと決め、シェアサイクルも始めました。またマイナンバーカードの活用も交通、医療、防災、複数の分野で行われています。
移動を便利にしてアクティビティにつなげる、その上にいろいろなサービスを加えていく、こうした形が本当のMaaSだと思います。
――日本、海外のMaaSについてどのようにとらえていますか?
日本だと民間主導のMaaSが多く、東急グループなら渋谷、西鉄グループなら福岡といったように、路線があり、沿線開発を行うエリアでそれぞれのプラットフォームによりMaaSの環境を作っています。強いビジネスが先にあり、そこにMaaSを加えてユーザーに提供する価値向上を考えている垂直統合型、囲い込みモデルが特徴と思います。
対して欧州ではプロジェクトの主体が自治体で、これは公共交通が公営のためです。自治体が入札をして、MaaSプラットフォームのプロバイダーを募り、APIを用意してそこにさまざまな公共交通のオペレーターが参加します。水平分業モデルと言えます。
日本の場合、民間企業がそれぞれに自社のMaaSシステムを使ってほしいと考えて動いています。企業のビジネス面ではメリットがたくさんありますが、一方でユーザー視点では、システムの乱立は必ずしもニーズに合わないというリスクもあります。
そのためいずれ淘汰が進み、欧州のようにいくつかのプラットフォームに集約されるのではないでしょうか。企業が意見交換をしてユーザー、社会のニーズに沿ったシステムを作ることも重要だと思います。例えば、AIオンデマンド交通研究会では、未来シェアなどオンデマンド交通に関わる10社が社会のニーズに合う実装のために情報共有をしています。
――教育機関で講義したり国際学術イベントにも携わったりしているそうですね。
日本のモビリティ環境について海外で講義をしたり、母校のバレンシア工科大学で客員講師をしたりしています。直近行われるイベントでは、2019年より続く各国のシェアモビリティを主題とするEUプロジェクトの「SHARED MOBILITY ROCKS」に参加していまして、今年はカナダ・バンクーバーで9月13日に開催されます。紹介ページを見ると驚くかもしれないけれど、真面目なシンポジウムです(笑)。
SHARED MOBILITY ROCKS公式ウェブサイト:https://www.shared-mobility.rocks/
「Shared Mobility Rocks」は日本でオンライン開催を担当したこともあり、横浜国立大学やNearMeや小田急電鉄に登壇いただいて「街にモビリティハブを作るためのフレームワーク」といったテーマについて語りました。今回のバンクーバーでは50名超のプロが集まり「MaaSのエコシステム」「シェアモビリティとデータ同期」「マイクロモビリティ」などのテーマで議論、発表を行います。私は今回「GODZILLA EATS SHARED MOBILITY」の演題で発表します。演題は、「ゴジラ」の東宝を作った小林一三に由来します。小林一三は阪急電鉄の創設者で、初めて沿線開発の考え方を提唱した人でもあります。現代の「MaaS=交通×アクティビティ」というコンセプトは当時の沿線開発の進化版なので、日本は100年前からMaaSをやっているということになりますね!
私の担当するセッションの内容は日本版MaaSです。未来シェアの地方の取り組みおよび前橋市の事例紹介です。また、大日本印刷がモビリティUX、AMANEがモビリティハブについて発表する予定です。
――さまざまな地域のMaaSを研究して未来シェアで実務にも携わり、日本のMaaSについて思うところを教えていただけませんか?
学会やセミナーなどでMaaSプロジェクトについて「海外でやっているけれど、日本でできていない」と聞くことがありますが、日本のMaaSには素晴らしいものがあります。
Lukas Foljanty氏の世界オンデマンド交通マップによると、日本における乗合サービスのプロジェクト数は90件以上です。なお、参考としてアメリカにおける取組数は200件、ドイツは100件です。また、日本生まれの未来シェアは、この分野で世界で3番目に急成長している企業です。日本政府の「スマートモビリティチャレンジ」は公共の取り組みとしては世界でも最大規模だと思います。日本ではMaaSに対するどのようなニーズがあり、ニーズに対してどんなMaaSを作れるのか、関係者には積極的に発信してもらいたいと思います。
未来シェアを例にとれば、乗り合いの技術プラットフォームだけでなく、MaaSを使い続ける環境とガバナンスを支援する、アクティビティとの組み合わせを生み出せる企業だと思っています。プロジェクトについてできる限り共有するので、広く見てもらい、話し合いをしたいと思いますね。
Azarel Chamorro(アザレル・チャモッロ)氏
バレンシア工科大学、名古屋工業大学で学び、文部科学省の奨学生として東京工業大学院を修了して、英コンサルタント大手ジェイコブス(Jacobs)などで勤務。ドイツ・中国政府間のプロジェクトも手掛けた交通の専門家。
現在は株式会社未来シェアに在籍しつつ交通コンサルタントや、MaaSの国際機関Cities Forumのアドバイザーなどで活躍。国際公共交通連合(UITP)や経済協力開発機構(OECD)、講演などでも精力的に活動している。