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コロナ時代に日本の交通はどう変革すべきか? 筑波大・石田東生名誉教授に聞く

2020/9/9(水)

筑波大学 石田東生 名誉教授

筑波大学 石田東生 名誉教授

公共交通は今、大きな転換点を迎えている。近年の高齢化や過疎化の進行に加え、新型コロナウイルスの感染拡大によって新たな移動スタイルへのニーズが高まるなど、そのあり方は大きな変革を求められている状況だ。それでは、日本の交通はどのような道を進むべきなのか? 交通政策の第一人者である筑波大学 石田東生 名誉教授に、日本の交通事情の現状および海外との比較、今後の道筋などについて聞いた。

【石田東生氏プロフィール】
1951年大阪府生まれ。74年東京大学土木工学科卒業。大学院を経て、東京工業大学土木工学科助手、筑波大学社会工学にて講師。以降、助教授・教授・社会工学類長・学長特別補佐などを経て、2017年定年退職。同時に名誉教授。同年より日本大学交通システム工学科特任教授。また、社会活動として未来投資会議「次世代モビリティ・次世代インフラ」産官協議会アドバイザー、国土交通省社会資本整備審議会道路分科会長、国土審議会委員、経済産業省・国土交通省スマートモビリティチャレンジ推進協議会、一般財団法人「日本みち研究所」理事長。著書に『スマートシティ Society5.0の社会実装(共著』(時評社)、『みち――創り・使い・暮らす』(技報堂)、『都市の未来(共著)』(日本経済新聞社)など。


新型コロナ感染拡大以降の交通・移動に関する一番の変化は?

——石田先生は、このコロナ禍によって交通に生じた変化をどう捉えられていますか。

特に東京では、公共交通が快適になりましたね。車内や駅構内の混雑が減り、定時制が保たれるようになったことが一番の変化だと思います。先日東京メトロ日比谷線に乗車した際も、3〜4駅ごとに発車時間待ちをしていることに気づきました。通常では乗り降りの時間も含めた余裕を持ったダイヤが組まれていますので、乗客が少ないとスムーズにいきすぎてしまい、時間調整が発生してしまうようです。

利用者側からすると不安感を除くと以前と比べて快適な状況であるといえますが、公共交通機関の経営は危機を迎えています。これはつまり、サービスレベルの悪い混雑を前提にして公共交通の採算性が考えられてきたことを意味しています。今回のコロナ禍はある意味、サービスレベルや生き方をどう考えるかという視点で交通を捉えるチャンスでもあると思います。

一方で、感染予防のために自動車で移動する人が増えたことで、道路は混雑するようになりました。また、自転車に乗っている人や、ジョギングしたり歩いたりしている人も増えましたよね。自宅に閉じこもっていると体を動かしたくなるのかもしれません。

——世界的にはどうでしょうか。

Appleが公開しているモビリティデータを見ると、今年の3月初旬に各国の人々の移動が急激に止まったことがわかります。歴史をひもとくと、1918年から1920年にはスペイン風邪、14世紀にはペストの流行がありましたが、世界中でこれほど一斉に移動が止まってしまったのは人類の進化史上、今回が初めてのことではないでしょうか。これはモビリティだけではなく、人類や地球の存亡にも関わってくることだと思います。

当面は、人々のアクティビティのレベルが100%元に戻ることはないでしょう。そうしたなかで、混雑の問題だけでなく、エネルギー消費や二酸化炭素排出の問題などをどう考えていくかということは重要です。



欧米では、交通サービスは政府の責務

——コロナ禍に対する海外の対応についてはどう見られていますか。

欧州は上手く立ち回っている印象です。たとえばイギリスでは、自転車専用レーンの設置を進めるなど、国を挙げてマイクロモビリティの普及を進めています。

また、これはコロナ禍以前からの取り組みですが、フランス・パリでは、市街を1周するLRTの整備が進んでいます。このLRTは、移民が多いことで知られる北東部から作られ始めています。なぜそうした土地からスタートするかというと、格差のあるところにこそ、公共交通を入れるべきだという強い信念があるためです。

かれこれ4〜50年になりますが、欧米では公共交通サービスは政府の責務であるとされ、その持続可能性が議論されてきました。公共交通への税負担は、社会の断絶を減らし、ソーシャル・インクルージョンに必要な費用という考え方が一般的です。
※「全ての人々を孤独や孤立、排除や摩擦から援護し、健康で文化的な生活の実現につなげるよう、社会の構成員として包み支え合う」という理念。
(引用:障害保健福祉研究情報システム https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/glossary/index.html)

しかし、日本は先進諸国と異なり、公共交通サービスは大部分がビジネスとして行われているため、なかなかそうした発想に至りません。約60カ国が加盟するInternational Transport Forum(ITF:国際交通大臣会議)が今年5〜6月に開催したCOVID-19とモビリティに関するウェビナーに参加したのですが、海外の人たちからすると、「日本で問題になっている公共交通崩壊ってそもそも何?」という認識です。

日本の交通が進むべき道筋は

——そうしたなか、日本は今後どう対応していけばよいのでしょうか。

民間ビジネスだけでは公共交通が成り立たないところにまで来ているわけです。公共交通は移動だけではなく、ソーシャル・インクルージョンや公平性の問題、街の活気や景観、地球温暖化など、さまざまなものに関係しています。国土交通省や経済産業省などでもMaaSやスマートシティなどのプロジェクトが進んでいますが、そうした取り組みのなかで、これらのクロスセクター・ベネフィットをどう認識して可視化していくか、そしてそれに基づいたビジネスエコシステムをどう構築していくかに掛かっていると思います。

そのためにも、データ連携と最大活用のための仕組みを作ることが大きな課題です。交通事業は日本では民間主体ですが、そのためデータの相互利用、連携活用がうまく進まないという面もあります。公共交通や新しいモビリティサービスのデータ連携をはじめとする展開において、やはり公的セクターが頑張ってリードしていくことも大事だと思います。
※ある分野での行動が、他の分野に利益をもたらすこと

——国土交通省道路局が今年6月に打ち出した2040年のビジョンは、ポストコロナの新しい生活様式や社会経済の変革も見据えた内容になっていて、非常に画期的だと感じました。
※国土交通省「2040年、道路の景色が変わる〜人々の幸せにつながる道路〜」
https://www.mlit.go.jp/road/vision/pdf/01.pdf

これは、国土交通省の若手が中心になってつくったものです。私が分科会長を務める社会資本整備審議会道路分科会の基本政策部会で1年くらい議論をして進めてきました。昨年の11月末には、第一時案ができていたのですが、そこからもっと元気で楽しい案にしたいという思いを込めてブラッシュアップしたビジョンです。

今後はこれをいかに現実にしていくかということが課題になると思います。民間の交通事業者は今、必死で変わろうとしているところです。国も、民間に任せるだけでなく、公共交通サービスのあり方を改めて考え直す時期に来ていると感じています。

国土交通省「2040、道路の景色が変わる~人々の幸せにつながる道路~(概要版)」

国土交通省「2040、道路の景色が変わる~人々の幸せにつながる道路~(概要版)」



(インタビュー/齊藤 せつな、記事/周藤 瞳美)

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