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名古屋大学 森川特任教授に聞く、日本の実情に根差した自動運転の社会実装への道筋とは

2025/8/4(月)

ゴルフカートの運行によるオンデマンドの移動サービス2023年2月の出発式の様子 (取材を受けているのが赤木特任教授)

政府が「2025年度に50カ所、2027年度に100カ所」というレベル4自動運転サービス実装の目標を掲げる一方、高額なコストや技術、制度の壁が立ちはだかり、その実現は容易ではない。そんな中、いち早く地域に根差した自動運転の社会実装を試み、さらにその先の持続可能なモデルを構想しているのが、名古屋大学の森川高行教授らの研究グループだ。交通計画の第一人者である森川教授は、日本の社会課題を解決するために、どのようなアプローチで自動運転と向き合っているのか。これまでの軌跡と未来への展望について、モビリティジャーナリストの楠田悦子が聞いた。

交通計画から自動運転へ ― 研究の原点と転機

――自動運転の研究に従事するこれまでの経緯は。

私の専門はもともと土木工学の中の「交通計画」であり、鉄道や道路をどこに作るべきか、料金体系をどうするか、といった需要予測が専門である。車との縁がある名古屋という土地柄もあり、2000年頃に関わった大規模な実証実験を期に高度道路交通システム(以下ITS)の研究に関わり始めた。(当時からITSの究極の姿は自動運転だろうと言われていた)

大きな転機は、2013年度に始まった文部科学省の大型研究プロジェクトであるセンター・オブ・イノベーション(COI)。産学官連携で9年間にわたり「高齢者が元気になるモビリティ社会」をテーマに掲げ、トヨタ自動車を始めとする企業と名古屋大学が中心となって研究を進めた。当初はまだ「自動運転」を表立って掲げてはいなかったが、中山間地域やニュータウンのラストマイル問題を解決する手段として、その重要性は認識していた。

――名古屋大学の自動運転に関わる2人のキーパーソンがいた。

名古屋大学の自動運転開発には、2人のキーパーソンの存在が大きい。1人は、オープンソースの自動運転ソフトウェア「Autoware」を開発した、現ティアフォーCEOの加藤真平氏である。COIプロジェクトが始まった当時、名古屋大学の准教授であった同氏は、独自にソフトウェア開発を進め、2015年には名古屋市の公道で改造したレベル2のプリウスを走らせることに成功し、大きなニュースとなった。これはCOIプロジェクトの最初の大きな成果の一つである。

その後、加藤氏がティアフォーを立ち上げ大学を去ると、その研究と思いを引き継いだのが、東京農工大学から移ってきた2人目のキーパーソンである赤木康宏特任教授であった。赤木特任教授は、名古屋大学独自の自動運転ソフトウェア「ADENU(アデニュー)」を開発し、現在の活動の技術的な中核を担っている。

住民と共に創る社会実装 ― 愛知県春日井市高蔵寺ニュータウンの軌跡

――高蔵寺ニュータウンでの社会実装のきっかけは。

高蔵寺ニュータウンとの関わりは、2016年に当時の伊藤太市長とまちづくり推進部長が、私の研究室を突然訪ねてこられたのが始まりである。「高蔵寺ニュータウンがオールドニュータウン化し、様々な問題が生じている。市として『もう一度ニュータウンにする』という再生計画を立て、様々な取り組みを進めているが、どうしても交通の面が弱い。特に自動運転のような新しい技術を使って、ニュータウンをもう一度再生できないだろうか」。この非常に切実な相談が、我々が高蔵寺に関わる直接のきっかけとなった。

――ゴルフカートを使った自動運転サービス。

愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンでの取り組みは、まさに試行錯誤の連続であった。当初、豊田市足助地区のような中山間地域で成功した「住民同士の助け合いライドシェア」の仕組みを導入してみた。しかし、コミュニティが密な中山間地域とは異なり、都市近郊のニュータウンでは「知らない人の車に乗ることに抵抗がある」という住民マインドの壁にぶつかり、全く利用されなかった。

この失敗から、やはりここでは自動運転による解決が必要だと痛感し、2018年の春に赤木氏が開発した自動運転ソフトウェア「ADENU(アデニュー)」が搭載されたゴルフカートによる1日限定のデモンストレーション走行を実施した。これが成功を収め、我々の社会実装への挑戦が本格的に始まった。

――実装に向けた最大の課題は「運行主体」。

最大の課題は「誰が運行主体になるのか」というコストの問題であった。これをタクシー会社に運行委託すれば、人件費などを含め莫大な費用がかかり、持続可能なサービスにはなり得ない。レベル2の自動運転では運転席に人を配置する必要があるため、この人件費をいかに圧縮するかが鍵であった。

我々が出した結論は、「住民が主体となって運行を担う」というものであった。名大研究者と市の担当者、そして住民の代表の方々が中心となり、何度も対話を重ねた。「持続可能な形にするには、皆さんが『自分たちの足』として関わってもらうしかない」。この考えを粘り強く伝え続けた結果、ついに住民の皆さんが動いてくれた。2022年の夏、住民有志による「NPO法人 石尾台おでかけサービス協議会」の設立が実現した。

これを受けて市も本格的な実装に踏み切り、新たに7人乗り3列シートのゴルフカートを購入。我々がそれを自動運転化し、2023年2月から、ゴルフカートの運行によるオンデマンドの移動サービスが本格的にスタートした。現在もほぼ毎日運行が続いており、住民NPOが運行主体となるこのモデルは、世界でも初めての事例だと自負している。

レベル4のような完全無人化でなくとも、住民が「自分たちの足」として関わることで、持続可能なモデルは作れる。高蔵寺の事例は、その証明になった。

――高蔵寺ニュータウンでの成功を基に、活動は全国へ。

高蔵寺での取り組みと並行して、大阪府四條畷市や静岡県の各地など、主に行政・自治体からお声がけいただき、我々の自動運転ソフトウェア「ADENU」を使った実証実験を継続的に行ってきた。そして現在、それらの取り組みの多くが、国が目標として掲げる「2025年度までに50カ所」に向けてレベル4実装に向けた、最終的な準備段階に入っている。

日本の活路を示す「レベル3.5」と「梅」の戦略

――レベル4の実現困難な状況下、名古屋大学の「遠隔アシスト」というアプローチは。

現時点で国が進めるレベル4は、システムの判断のみで走行する非常にハードルの高いものである。特に、複雑な交差点などをすべてシステム任せにすることは現実的ではない。そこで我々が着目したのが、「遠隔アシスト」である。

車が判断に迷いスタックしてしまった際に、遠隔地にいるオペレーターがカメラ映像を見て「発進してよい」などの指示を出す仕組みだ。中国のBaiduやPony.aiはすでにリアルタイムの遠隔アシストによる運行を行っている。しかし、日本の現行制度では「遠隔アシスト」という概念がなかった。そこで我々はこれを「レベル3.5」と位置づけ、レベル2の車両をベースに、遠隔支援者が判断をアシストするという形で、より早く、安全に省力化を実現できると考えている。

――日本初、遠隔アシスト型自動運転の実証。

先に述べた「レベル3.5」構想を実現するため、遠隔監視システムの分野で日本をリードするソリトンシステムズ社と共同で開発を進め、2023年12月11日から15日にかけて、高蔵寺ニュータウンで日本初となる実証実験を行った。

実験では、ニュータウン内の1拠点と、愛知県内の遠隔監視室を、ソリトンシステムズ社の映像伝送システムで接続。運転席にドライバーが乗車した状態の自動運転車両(レベル2)に対し、遠隔監視室のオペレーターが車両内外の映像をリアルタイムで確認しながら、路上駐車車両の回避や、見通しの悪い交差点での安全確認、発進指示などの運転支援を行った。この実験は、遠隔地にいる一人のオペレーターが複数の車両を支援・運行管理する将来の省力化モデルを見据えた、重要な一歩である。

遠隔アシスト実証実験の様子(支援者は左側のボタンで遠隔アシスト)


――車両開発もゴルフカートだけでなく、多様化している。

ゴルフカート(グリーンスローモビリティ)だけでなく、日産のクリッパー(軽バン)やトヨタのハイエース(コミューター)といった、より汎用性の高い車両の自動運転化も進めている。特にハイエースは時速40km程度での走行が可能で、幹線道路を含む実証実験には不可欠だ。

このハイエースの開発では、東京の東急にも我々の「COI-NEXT マイモビリティ共創拠点に参画してもらい、彼らの沿線住宅地などでの展開も視野に、共同で実証を進めている。

――世界の自動運転開発の潮流と名古屋大学が目指す立ち位置は。

世界の動向を、私は「松竹梅」で捉えている。Waymoや中国勢が開発する完全自動運転のロボタクシーは、まさに「特上」や「松」。莫大な時間と資金を投じて、人間のようなAIを作る究極の形を目指しており、日本の大学や多くの企業が簡単に追随できるものではない。

一方で、我々が目指すのは「梅」である。ロボタクシーほど賢くなくても、高蔵寺ニュータウンのように、決まった地域や路線を、安全かつ安価に走行できるモビリティだ。日本の喫緊の課題は、高齢化が進む地域での足の確保であり、公共交通への活用である。必ずしも「特上」である必要はなく、むしろ地域の実情に合った「梅」のような、手の届く自動運転にこそ大きな需要と存在意義があると考えている。

持続可能な社会への処方箋 ― コストの壁を越える構想

――自動運転の実装に伴うコストの問題

現在の実証実験は、1週間で5000万円かかるなど非常に高コストで、自治体が補助金なしに継続することは不可能に近い。その原因は、車両やシステム自体が高価であることに加え、実証を請け負う企業が先行投資を回収する必要があるためだ。補助金頼りのこのモデルでは、本当の意味での社会実装は進まない。この構造を根本から変える必要がある。そこでスマートモビリティ公共財プラットフォームという解決策が生まれた。

――解決策として提唱されている「公共財プラットフォーム」構想とは。

我々が提唱するスマートモビリティ公共財プラットフォームとは、自動運転車、基本的な運行システム、必要な最小限のインフラを「公共財」として捉え、国や公的なセクターが主体となって調達し、地域の交通運行者に安価に供給するという考え方である。

具体的には、まず公的セクターが、使用する車両の仕様(例えば大型バス、ハイエースクラス、小型車など)や基本的な運行システムを標準化して決定する。そして、それを政府が一括で調達し、全国の交通事業者や自治体に安価にレンタル・リースする形をとれば、モビリティサービスの提供が可能になるだろうと考えた。そうすることで、今後自治体に多額の補助金を出す必要もなくなるはずだ。この仕組みの理論的補強活動を始めて3年が経ち、2025年度中に提案書を公表し、政府への提案活動などを行う予定である。

――プラットフォーム化のメリットは。

最大のメリットは、コストを劇的に下げられることだ。各事業者がバラバラに高価な海外製車両や独自システムを導入する非効率をなくし、スケールメリットを活かせる。

また、国内産業の育成にもつながるだろう。一定の台数と標準仕様が見込めれば、これまで参入に慎重だった日本の自動車メーカーも「それならうちも作ろう」とEVの小型バスなどを開発するインセンティブが働く可能性がある。道路や公園が公共財であるように、自動運転という新しい社会インフラも、公的な基盤の上に成り立たせるべきだ。現在、この構想の実現に向けて、学会内に委員会を設置し、法制度の専門家も交えて具体的な制度設計の議論を進めている。これは、COIの後継プロジェクトである「共創の場形成支援プログラム(以下COI-Next)」として取り組んでいる。

究極のドア・ツー・ドアへ ― 未来への挑戦

――未来の交通システムとして研究されている「ドア・ツー・ドアPRT」とは。

これもCOI-Nextで取り組んでいる、さらに未来を見据えた構想である。PRTとは「Personal Rapid Transit:個人用高速輸送システム)」の略で、小型の自動運転車両が、幹線道路上などに設けられた専用走行帯を隊列走行で移動し、目的地近くで専用軌道を離れて一般道に入り、利用者の家の玄関先まで送り届ける、というものだ。まさに鉄道の速達性と、タクシーの利便性を両立させた「ドア・ツー・ドア」の交通システムである。

――このPRT構想は新しいものになるのか。

PRTの構想自体は古くからあり、日本でも1970年代に通産省が「CVS(Computer-controlled Vehicle System)」という名前で、沖縄海洋博覧会などで実証を行っていた。しかし、当時の技術では小さな車両で多くの人を運ぶことが難しく、結局は新交通システム(ゆりかもめ等)のような、より大きな車両を走らせる方向に進んでしまった。

我々はこの夢のシステムを、現代のAIや自動運転、通信技術を駆使して再構築しようとしている。ロンドンのヒースロー空港では、ULTRA社による専用軌道内だけを走行するPRTがターミナル間の移動で既に実用化されている。

――構想に対する産業界の反響と今後の活動は。

2025年3月26日にこの構想を発表するシンポジウムを開催したところ、驚くほどの反響があった。ゼネコン、建設コンサルタント、電鉄、電機メーカーなど、異業種の企業から500名もの方が参加していただき、その後のアンケートで25社が「これは面白い、ぜひ一緒にやりたい」と手を挙げてくださったのだ。これを受け、企業の手弁当(持ち出し)による共創チーム(コンソーシアム)を発足させ、5月30日にはキックオフミーティングを開催した。

いきなり車両やインフラを考えても、どこでどう使うかが決まらなければ進まない。そこで、まずは「事業」「インフラ」「車両・システム」という3つのワーキンググループ(WG)を設置した。現在は、交通計画の知見を持つコンサルタントの方々が中心となり、「事業WG」で、どのような地域やユースケースでこのシステムが適用できるか、需要はどれくらい見込めるか、といった適応地域の検討から進めている。場所や事業性が見えてから、それに合わせてインフラや車両の仕様を具体化していく計画だ。

――このプロジェクトの最終的なゴールは。

このCOI-Nextのプロジェクトはあと7年続く。その期間内に、まずは机上でのPOC(概念実証)を終えたい。「こういう仕様の車両で、こういうインフラを使えば、こういうビジネスモデルが成立する」という青写真を描き切ることが当面の目標だ。

その先は、国の補助金なども活用しながら本格的な開発に進み、うまくいけば日本の新しい輸出産業にもなり得る。その頃、私はもうこの世にいないかもしれないが(笑)、次の世代にバトンを渡すための礎を築くことが、私の最後の仕事だと思っている。

名古屋大学大学未来社会創造機構モビリティ社会研究所 特任教授
森川高行(もりかわ・たかゆき)氏


森川高行(もりかわ・たかゆき)氏
経歴:1958年、神戸市生まれ。1981年に京都大学工学部交通土木工学科を卒業後、同大学大学院修士課程を修了。米国マサチューセッツ工科大学(MIT)にてPh.D.を取得。
1991年に名古屋大学の助教授に着任。2000年に同大学大学院の教授に就任し、2001年からは環境学研究科都市環境学専攻に所属。2014年に名古屋大学未来社会創造機構へ異動。
2016年より文部科学省「センター・オブ・イノベーション(COI)」プログラムの研究リーダーとして、2022年からは後継の「COI-NEXT」プロジェクトリーダーとして、長年にわたり名古屋大学の次世代モビリティ研究を牽引。2024年4月、定年退職に伴い、同大学未来社会創造機構モビリティ社会研究所 特任教授・名誉教授に就任。
専門は交通計画、交通行動分析、交通経済学。ITSや自動運転、MaaSに関する研究と社会実装に精力的に取り組み、学術界においても数々の要職を務める。

取材を終えて
森川教授の話から見えてきたのは、技術の先進性を追い求めるだけでなく、社会の課題に真摯に向き合い、コストや制度、そして何より「使う人」の視点に立った、現実的な解を探求し続ける姿勢だった。高蔵寺ニュータウンでの地道な実践から、公共財プラットフォーム、そしてPRTという未来構想まで。その視線は、日本のモビリティが直面する課題の本質を捉え、持続可能な未来への確かな道筋を示していると感じた。

取材/モビリティジャーナリスト 楠田悦子
文/LIGARE記者 松永つむじ

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