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【西鉄】自動運転バスで、熟練運転士の乗り心地を実現 サービスインに向け実証実験

2020/12/8(火)

実証実験に使用した自動運転バス

実証実験に使用した自動運転バス


西日本鉄道株式会社(以下、西鉄)と西鉄バス北九州株式会社(以下、西鉄バス北九州)は、全長約10.5キロの朽網駅(JR九州日豊本線)~北九州空港間で、中型自動運転バスの実証実験を行った。

西鉄の自動車事業本部未来モビリティ部で企画開発課長を務める日高悟氏は「本格運用は2025年を目指しています。慢性的な運転士不足解消の起爆剤として大いに期待しています」と力を込める。

自動運転の導入に向けた動きが各地で加速している中、公共交通、特にバス業界ではどのような状況になっているのか。西鉄の取り組みに迫る。


今回の実証実験は10月から11月のおよそ1カ月間実施。座席を多めに設置した定員56人のいすゞ自動車「エルガミオ」をベースに産業技術総合研究所(産総研)が開発した中型サイズの自動運転バスを使用して1日6往復、一部期間には一般客を乗せて運行した。

途中、トヨタ九州苅田工場前のバス停にも停車。信号機と連携した信号情報提供システム、危険情報提供システム、GPSでの位置情報を得られない区間は磁気マーカーを導入し、さらにバス運転手が運転した走行データを自動運転システムに学習させることで、滑らかな走りを実現した。

写真:自動運転バス、搭載機器(前方・側方用LiDAR)、運転席

車体には、LiDAR、ミリ波レーダー、ステレオカメラを搭載し、上部に取り付けられたGNSSとLTEアンテナで、GPSと携帯電話基地局の電波を取得し、自動運転に活用している。なお、本事業は、経済産業省・国土交通省の「中型自動運転バスによる実証実験」に採択されている。

日高氏に自動運転バスの実証について、さらには実用化に向けた課題について話を伺った。

※GNSS(Global Navigation Satellite System):GPS(全地球測位システム)、GLONASS、Galileo、準天頂衛星(QZSS)等の衛星測位システムの総称。(引用:国土地理院)
(インタビュー実施日は、実証期間中の11月13日)

西鉄の自動車事業本部未来モビリティ部で企画開発課長を務める日高悟氏

西鉄 自動車事業本部 未来モビリティ部
企画開発課長 日高 悟 氏



■走行安全性と社会受容性を検証

――今回の実証試験をこの路線で行った理由について教えてください。

コロナ禍ということもあり現在の利用客は減少しているのですが、通常なら朽網駅と北九州空港を結ぶ路線は、1日平均500人が利用しており、地域住民にとってはなくてはならない唯一の公共交通機関です。その一方で、西鉄もほかのバス事業者と同様にバス運転士不足の課題を抱えています。そのような状況でもなんとかこの路線を維持できないかと考えた結果、自動運転の実証実験に踏み切りました。

――実証実験ではどのような項目を検証するのでしょうか。

具体的には、走行安全性と社会受容性です。

走行安全性については、実際にどのような場面で人の手による操作が必要になるかを検証します。運転士は常に運転席に座っていて、不安や危険を感じたら即座にハンドルとブレーキの操作をできるようにしました。また、1カ月強の実証期間がありますので、雨天時や強風などの環境下での走行や、乗客を数多く乗せた際の安全性も検証しています。

自動運転中の様子(車内カメラの映像)

自動運転中の様子(車内カメラの映像)



社会受容性については、試乗者や地域住民の方に今回の実証実験についてアンケートによる意識調査を行っています。自動運転化に向けて、地域住民の理解は欠かせません。プレ実証実験の際は、試乗した方から「バス路線が維持されるのであれば自動運転化でも構わない」と好意的な反応を多く頂くことができました。一方、運転席が無人化することについてはまだ抵抗があるというような意見もありましたので、そういった不安を払拭できるように安全性には今後も特に注力していきたいです。

■プレ実証実験で感じた信号情報提供システムの有用性

――今年2月にはプレ実証実験を行っていますね。そこで見えた課題や成果を教えてください。

まず、プレ実証実験と今回の実証試験では変更点が多々あります。プレ実証実験では、途中バス停に停車せずに朽網駅と北九州空港間を直通で運行しました。車両は小型のものを使用し、期間は今回の実証実験と比べ半分ほど。信号情報提供システムも、今回と比べ半分の5カ所だけに設置し、磁気マーカーはまだ埋まっていない状態でした。

そうした違いはありつつも、プレ実証実験では良い成果を得られました。例えば、今回の実証実験では安全面の配慮から一般客を着席させていますが、プレ実証実験の際は、西鉄社員につり革を掴んでもらい立席の状態で走行したり、重りをたくさん乗せて満員に近い状態で走行したりするなど、実際の運行で想定されるシチュエーションを意識した実験を多く行いました。いずれの場合でも十分安全に運行することができました。

また、信号情報提供システムは、非常に有効であることが分かりました。プレ実証実験の期間中、信号情報提供システムが搭載された交差点では、人が運転する場面はほぼなく、全て自動で通過することができました。その有意性から、今回の実証実験では導入数を増やし、ルート上にある10カ所の信号機全てに導入しています。公道上の全信号機と連携する実験として、10.5キロを走行するのは日本最長距離です。

信号情報提供システム(写真提供:西鉄)

信号機と標識の間にあるのが信号情報提供システム
(写真提供:西鉄)



■信号提供情報システム、危険情報提供システムについて

――信号情報提供システムの仕組みについて教えてください。

携帯電話用の発信機を既存の信号機に取り付け、そこから発信される信号情報を、バスに取り付けたLTEアンテナが受信するという仕組みです。プレ実証実験の際はクラウド方式を採用していました。これは、信号機から発信した情報を一度クラウドに送り、再度バスに伝達するというものです。ただ、この方式だと伝達に平均0.5~0.8秒かかるため、実際の信号の切り替わるタイミングに比べて若干のズレが生じていました。

そこで、今回の実証実験では10カ所のうち6カ所を直接伝達方式にしました。この方式だと、クラウドを介さずに信号機とバスが直接やり取りできます。伝達時間が平均0.2秒~0.3秒に短縮され、信号が切り替わるタイミングのズレを最小化しました。

――危険情報提供システムも1カ所取り付けていますよね。

はい。大規模な交差点があるのですが、バス側のセンサーだけだとどうしても死角ができてしまうので、そこに取り付けています。全部で4つある信号機のうちの2つにカメラとセンサーを二つずつ設置しました。センサーでの検知とAIによる画像処理で車両や歩行者の将来位置や交錯を予測し、衝突の危険がある場合にバス側へ停車信号を送るという仕組みです。

このシステムのおかげで、死角からの対向車や、後方からの歩行者の存在などに気づくことができ、安全性を向上させることができました。公道での実証実験は日本初となります。

今回は信号に取り付けましたが、必ずしも信号である必要はなく、街路灯などに取り付けることも可能です。技術パートナーの日本信号さまには大変感謝しています。

■GPSの電波が入りにくい場所には磁気マーカーで対応

――道路に埋め込んだ磁気マーカーについても教えてください。

高架道路の下を走る区間が600メートルほどあるのですが、その区間ではGPS電波が入りにくくなるため磁気マーカーで走行を支援しています。愛知製鋼製の30Φ×20ミリの磁気マーカーを上下区間に、2メートル間隔で計600個埋め込みました。

実は、プレ実証実験の際はまだ高架道路が完成していなかったため、磁気マーカーは使用する必要がなく設置していませんでした。そのため、今回の実証実験において磁気マーカーとGPSがうまく切り替わるかを心配していましたが、スムーズに切り替わり安全に運行することができました。

――プレ実証実験ではGPS精度が課題になっていたそうですね。

はい、自動運転中に運転士がオーバーライド(操作介入)したのは、片道で平均2回ほど。多かったケースは、前方車両に接近しすぎた時と、GPSの精度が瞬間的に低下した時でした。

今回の高架道路のように上空が長くふさがれている場所や、高層ビルが横に建っている場所なども電波は入りにくくなるので、磁気マーカーが必要になると思います。

熟練のバス運転士の走行データをAIが学習

――実際に乗ってみたところ、かなり滑らかな走行だと感じました。何か秘密があるのですか。

今回の自動運転では、長年にわたって路線バスや高速バスを運転しているベテランドライバーが走行したデータを自動運転システムに学習させて再現するという方法を取っています。プロの運転をお手本に走行していることが、滑らかな走行を実現させているのではないでしょうか。

データだけでは分からないようなバス運転士の技術もかなり反映させています。例えば、この区間は単なる直線に見えるが、実は少し沿道の樹木がはみ出しているという運転士の気づきを参考に、あえて少し右側で走行させたり、制限速度50キロ規制の道路でも大型車が多く通過する場所では、安全面を考慮してあえて40キロで走ったりするなど、そういった細かい運転技術も事前の調律作業を通じて自動運転バスに覚えさせています。最終的にはバス運転士の走行時と変わらない乗り心地まで精度を高めていきたいです。

――完全に自動化するとバス運転士の仕事がなくなるとの批判もあります。運転士はこの実証に対してどのような反応だったのでしょうか。

自動運転バスが街中を自由自在に走行するような世界は、さまざまなハードルがありますし、まだまだ実現には時間がかかります。現在は、自動運転システムが人間の運転を手本に学習する段階が始まったばかりです。今回の実証実験では、運転士に対して、今まで培った技術・ノウハウを自動運転システムに教え込んでほしいとお願いしています。彼らもやりがいをもって職務を全うしてくれていて、われわれとしても誇りに感じています。

北九州空港連絡橋

北九州空港連絡橋
(写真: Adobe Stockより)


北九州市ワンストップサポートセンターの存在と今後の展望

――今回、実証実験で行政からのサポートなどはありましたか。

はい。北九州市が運営する「高度産業技術実証ワンストップサポートセンター」に支援していただいています。こうした実証実験を行う際に大きなハードルとなるのが、道路管理者との協議や使用許可です。今回で言えば国道や北九州市管轄の道路、福岡県管轄の道路、航空局が管理している道路まで混在していたので、従来なら事業者が一つずつ調整をしていくことが必要でした。それを北九州市が率先して調整してくれたので、非常にスムーズに手続きを行うことができました。同時に、周辺住民や沿線企業への告知も行っていただいたので、とても多くの方に試乗いただいています。

――社会実装に向けて、どのように進めていきますか。

まだまだ課題が多いと思っています。一般的に言われている技術開発の部分と法整備の両面が整っていないことはもちろん、事故が発生した際の責任範囲も明確に決める必要があると思います。例えば将来的に公道でのレベル3の自動運転車が導入され、自動運転中に何か事故や不具合が生じた時に、自動車メーカー、自動運転システムの技術提供会社、運行事業者のどこに責任があるか、それをどの様に分解して明確化していくのか。又、信号情報提供システムを取り付けるにしても、誰が管理して、コストはどこが賄うのか、事故が起こった際の責任の所在はどこにあるのか、といったことです。
※自動運転レベル3・・・「特定条件下においてシステムが運転を実施する」もの。同レベルにおいては、車線維持機能やオートブレーキなどのように人の手による運転を支援するのではなく、条件次第でシステムが人に変わり運転を完全に担うことになる(作動継続が困難な場合は、システムの介入要求などに応じてドライバーが対応する必要はある)。

また、今回は白ナンバーの車両で実験をしていますが、その場合は道路交通法によりバス停に停車できません。そのため、実証実験用に駐車標識を3カ所設置するなどの手間がかかっています。では、一般的な路線バスのように緑ナンバーでやればいいかというと、その場合は通常の営業している路線バスとして走らせる義務が発生して参りますので、ダイヤ改正作業や事業認可申請が必要ですし、実験車で運行できない際は予備車を用意する必要もあり、別の難しさがあります。

ほかにも、バスを営業所から朽網駅まで運ぶのに、回送という形でバス運転士に運転してもらっていますが、「自動運転じゃないと意味がないのでは」という意見もあります。実用化に向けて越えるべき壁はまだまだあります。

実験用の駐車標識

実験用の駐車標識
(前方車両は通常の路線バス)



――では、いつ頃の実用化を目指していますか。

政府のロードマップでは、2025年度を目途に高速道路や生活道路など40カ所以上で、レベル4(特定条件下における完全自動運転)の移動サービスが広がる可能性があるとされています。当社も、今回のような実証実験を繰り返して自動運転技術の精度を高めていき、25年頃の実用化を目指しています。

最終的には、運転席に大型二種免許を取得していない車内保安員が1人乗務している体制にしたいです。車内保安員には、ドアの開閉や運賃のやり取り、乗客との受け答えなどをしてもらうことを考えています。

【取材後記】

実際にバスに試乗したが、自動運転とは思えないほど滑らかな走行で、カーブを曲がる際も特に違和感はなかった。これまで乗った他社の自動運転バスと比べても乗り心地は一番良いと感じた。自動運転時によく見られるカクカクとした機械特有の動きが今回の実証実験ではほぼ感じなかった。

走行スピードは最大で時速50キロにまで達したが、特に問題は感じられなかった。ただ、バス停への停車時にスピードを減速させるのに時間がかかった点、信号機前で停車する際はブレーキが強めだった点は、今後実用化を目指すにあたって改善すべき課題だろう。

車外に搭載しているセンサー類は他社の自動運転バスと比較してかなり少なかった。センサーの数が多くなるとその分情報処理能力が必要になり、車内に多くの関連機器を載せる必要が生じる。乗客のための車内空間をしっかり確保するために、インフラ側(信号機)などにセンサーを設置することで、車内に乗せる機器を最小限に抑え、バランスを取って実験車を作ったという。

また、技術的な検証もさることながら、「社会受容性」の検証を同じく重要な論点に据えているのは、乗客目線を重視しているからこそだろう。交通課題を乗客目線で解決しようとする取り組みに、今後も注目していきたい。

(取材/齊藤せつな・太田祐一、記事/太田祐一)

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