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見えない人流をデータで可視化。バス路線の再構築から浮かぶ商機とは?

2024/12/27(金)

ハイブリッドノンステップバス(写真提供:神姫バス)

ハイブリッドノンステップバス
(写真提供:神姫バス)

深刻な運転者不足や収益の減少に直面するバス業界。そんな中、兵庫県姫路市に本社を構える神姫バス株式会社(以下、神姫バス)は、位置情報AIベンチャーのLocationMindと協業し、GPSデータを活用したダイヤ編成支援サービス「xPop for Bus Operation Management(以下、xPop for Bus)」の提供を開始した。実証実験では利用者数が最大1.5倍に増加するなど、既存路線の最適化と潜在需要の発掘に可能性を見出したという。

本記事では、神姫バスの事業戦略部事業開発課で課長を務める柳原渡氏(以下、柳原氏)と、バス事業部計画課の髙瀨史章氏(以下、髙瀨氏)へのインタビューを通じて、同サービスのポテンシャルを探っていく。

人手不足と収益減少、バス事業者が抱える課題

神姫バス 事業戦略部事業開発課 課長 柳原渡氏(写真右)、バス事業部計画課 髙瀨史章氏(写真左)

神姫バス 事業戦略部事業開発課 課長 柳原渡氏(写真右)、バス事業部計画課 髙瀨史章氏(写真左)


――今回リリースしたサービスの概要を伺う前に、現状のバス業界の課題を教えてください。

柳原氏:まず挙げられるのが、深刻な運転手不足です。日本バス協会の試算では、2030年には36,000人のバス運転手が不足すると言われています。また、人口減少や、コロナ禍を経た人の移動の変化などを要因とする収入の減少についても、重要な課題となっています。

――他の業界でも耳にする機会の多い、デジタル化やデータ活用の遅れについてはいかがですか?

柳原氏:それも課題の一つです。例えばダイヤ改正に際して、データそのものは取得していても、十分に活用できていないケースがあります。背景には、データを現場で使える形に加工するための時間と労力がかかるため、結果としてデータを用いず経験や勘に頼っていたりする現状があると考えています。

髙瀨氏:弊社においても、独自の交通系ICカード「NicoPa(ニコパ)」や相互乗り入れのICカードから、ご利用のあった系統やバス停、時間などのデータを取得できます。ただ、実際にダイヤ改正に利用する場合、各担当者が必要なデータを個別にCSVで抽出・加工するなど、膨大な労力が必要です。いずれにせよ現地調査は必要ですので、「それなら現地に行った方が早い」となるんですよ。

――そのデータ活用の課題は、ほかのバス事業者にも共通するものでしょうか?

柳原氏:経験や勘にもとづいた現地調査を重視する点は、共通していると思います。他の事業者とやりとりしていても、そうした意見を耳にします。

人流の可視化で需要を把握、15分単位で移動量を分析

――では、今回発表した「xPop for Bus」の概要を教えてください。

柳原氏:「xPop for Bus」は、GPSデータを活用してバスのダイヤ編成を支援するダッシュボードサービスです。大きく2つのポイントがあります。1つ目は、地図上の任意の2点間における双方向の移動量を15分単位で可視化できることです。ここでいう「点」は、500m×500mのメッシュのことを指します。例えばA地点を神戸空港、B地点を三宮駅とすると、これらの2点間を行き来するOD量が可視化され、ピーク時間、ボトム時間を容易に確認することができます。

ODの表示例。円は1メッシュの流入/流出量、線は2つのメッシュ間のOD量を示している。

LocationMind xPop © LocationMind Inc.
ODの表示例。円は1メッシュの流入/流出量、線は2つのメッシュ間のOD量を示している。
(出典:PR TIMES/LocationMindプレスリリースより)

「LocationMind xPop」データは、NTTドコモが提供するアプリケーションの利用者より、許諾を得た上で送信される携帯電話の位置情報を、NTTドコモが総体的かつ統計的に加工を行ったデータ。位置情報は最短5分毎に測位されるGPSデータ(緯度経度情報)であり、個人を特定する情報は含まれない。

※OD:Origin(出発地)-Destination(到着地)の略語。 ある地域を区分(ゾーニング)し、どのゾーンから出発してどのゾーンに到着したかを、一定の時間内分にまとめたもの。(参照:京阪神都市圏交通計画協議会 用語集

――移動量を直感的に「見える化」できるサービスなんですね。続いてもう1つのポイントとは?

柳原氏:任意の1地点を選択すると、その地点に繋がる人流の多い地点をランキング形式で表示することができます。例えば神戸空港を選択した場合、どこから来ている人が多いのか、どこへ行く人が多いのかといった情報を容易に確認することができます。

画像左:OD量を上位400 位まで絞り込み表示した場合
画像右:OD距離を1km~2kmに限定表示した場合
(出典:PR TIMES/LocationMindプレスリリースより)

実証実験で「見えない需要」を発見、ダイヤ最適化で利用者増

――同サービスは、東大発の位置情報AIベンチャーであるLocationMindと協業して開発したそうですね。

柳原氏:LocationMindは、内閣官房の新型コロナウィルス感染症対策サイトをはじめ、東京都コロナ感染症モニタリング会議などに向けて、高精度な分析データを提供するなど、多くの実績を持つ企業です。同社の強みである人流分析に大きな可能性を感じ、2022年夏から協業を進めてきました。

――サービス開始にいたるまで、どんな取り組みを進めてきたのでしょうか?

柳原氏:個人情報が特定されないように匿名化されたGPSデータを用いて、バス運行の効率化に関する実証実験を行ってきました。実際に2023年春にはそれらのデータを活用し、ダイヤ編成を行いました。
(出典:PR TIMES/LocationMindプレスリリースより)

(出典:PR TIMES/LocationMindプレスリリースより)


――実証実験の詳細について教えていただけますか?

柳原氏:神戸の中心街である三宮と、湾岸の人工島であるポートアイランドを結ぶ路線で検証を行いました。掲げたテーマの一つは、バス以外の移動手段、いわば “見えない需要”に対して、適切な時刻と本数を供給できるかということ。もう一つは、人流動向の変動に対して、増便や適切な時刻設定ができるかという点です。

髙瀨氏:検証を行った路線は、第三セクターの神戸新交通株式会社が運営するポートライナー(ポートアイランド線)と並走しています。以前から運行間隔及び所要時間の短いポートライナーに利用が集中しています。特に朝夕ラッシュ時の混雑率の高さが課題で、その解決の一手として関係各所とバスの利用者増加に取り組んでいます。今後は神戸空港の発着枠拡大や国際化も控えているため、効率良く多くのお客様にバスをご利用いただくことが大変重要なエリアです。
OD範囲でODいずれかに「神戸市中央区港島南町2丁目」を含み、かつ、 時間帯を17:15~17:30に絞り込み表示した場合の図

LocationMind xPop © LocationMind Inc.
ODいずれかに「神戸市中央区港島南町2丁目」を含み、かつ時間帯を17:15~17:30に絞り込んだ場合
(出典:PR TIMES/LocationMindプレスリリースより)


――取り組みを通じて、どんな発見や変化があったのでしょうか?

柳原氏:両社で協議を重ねて作成した人流推計データを用いて検討したところ、従来のノウハウでは捉えきれなかった需要が見えてきました。具体的には、18時以降に発生すると見込んでいた夕方のピークが、実際には17時半から18時にかけて起こっていました。

髙瀨氏:その需要に基づいて、2023年4月のダイヤ改正で運行間隔を調整しました。そのほか、運行本数自体は増減させずに、始発のバス停の位置を再配置するなどの対応も行いました。半年間モニタリングを継続したところ、対象の各系統で、コロナ禍中(2022年4~9月)からコロナ禍明け(2023年4~9月)の人流の増加トレンドを上回る利用者数の増加が確認できました。

特に、夕方・夜間における「神戸医療産業都市~神戸駅」の運行系統では、沿線駅の人流の増加トレンドは約1.1倍に対し、利用者数は約1.3~1.5倍と大幅な増加が見られました。 この成果から、全国のバス会社に活用いただける、バス会社専用のダッシュボードサービスの開発をLocationMindと共に進めてきました。

「守り」と「攻め」の両面展開、現場の省力化にも期待

連節バス「Port Loop」(写真提供:神姫バス)

連節バス「Port Loop」
(写真提供:神姫バス)


――他の事業者にとって、「xPop for Bus」を利用することでどんなメリットを得られるのでしょうか?

柳原氏:ここまでの話と重なりますが、「既存の運行路線におけるダイヤ最適化に活用できる」点が一つ、もう一つは「潜在需要を把握できる」点です。

前者については、既存路線の最適化によって利用客の維持・増加を図り、また減便対応においても人の移動量に合わせた運行ダイヤにすることで、影響を抑えることができる、いわば「守り」の部分です。潜在需要の把握については、新たな収益源の獲得に貢献できる「攻め」の部分だと言えるでしょう。これら両面に活用できる点が「xPop for Bus」の特徴です。

髙瀨氏:その他に、担当者の労力を軽減する効果も期待できると考えています。冒頭で述べたように、データが不十分な状況では、路線変更やダイヤ編成のために、とにかく現地に赴き、あれこれと推論を立てる必要がありました。様々な業務を抱える中、一からの調査はかなり大変です。他方、信頼できる人流データをあらかじめ取得できる状況であれば、まずデータにもとづいた仮説を立て、その後に現地調査などを組み合わせてブラッシュアップできます。正確さを高められれば、見直しの頻度や規模も少なくできます。

柳原氏:あくまで人流データですから、現在バスが走っていない地点の移動量も見ることができます。つまり「これくらいの人流の量であれば、新たに路線を敷く価値がある」や「この位置にバス停を置いた方がいいのでは」といった仮説を立てやすいでしょう。他の事業者の声を聞いても、この点に魅力を感じていただいている印象です。

――利用料金については「初期費用450,000円、月額データ利用料 65,000円」と公開していますね。活用できる機能を考慮すると安価だと感じますが、価格設定についてはどんな考えで決めたのでしょうか?

柳原氏:実際、「もっと高い価格設定でもよいのでは?」と他社からもご意見をいただきます。ただ、なるべく多くの事業者に活用していただきたいと考え、LocationMindと協議の上、現在の価格設定にしました。
※価格はいずれも税別。月額利用料は最低12カ月契約、対象エリア 1,000㎢まで

――最後に、今後の方針についてお聞かせください。

柳原氏:今後、長距離バス路線の分析データを追加リリースする予定です。また、多くのバス事業者に活用いただき、業界の課題解決に少しでも寄与できるよう、LocationMindと協力しながら、「xPop for Bus」の改良を進めていく考えです。

(取材・文/和田翔)
2階建てオープンバス「スカイバス」(写真提供:神姫バス)

2階建てオープンバス「スカイバス」
(写真提供:神姫バス)

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