未来の車室空間に求めるものは?<テイ・エス テック×ソニー特別対談>
2020/9/10(木)
■変わる「座る」
——「愛されるシート」は非常にユニークな発想ですが、これを実現できた背景は?小堀氏:私たちはシートメーカーという固定観念にとらわれず、未来社会に対してどういう新しいものを提供していけるかを考えています。
2012年から社内で技術開発のメンバー以外にも営業や購買など本部を横断して若手が集まり「座ラボ」という『座る』を哲学し科学する研究会を立ち上げていました。
そのほかにも、大学の先生などの有識者や社外の視点を交えたワークショップを通じて、社会へ魅力を創出していくプロジェクトを進めるなどしています。例えば、愛されるシートをリハビリに活用するアイデアなどもこの活動の中で生まれています。
江里口氏:シートが設置できるだけの空間があればいいので、病院でのリハビリなどに有効かもしれませんね。
小堀氏:運動もリハビリも、楽しく自分からやりたいと思えるのがいいですよね。テイ・エス テックは企業理念に「人材重視」「喜ばれる企業」を掲げていて、「INNOVAGE」も「愛されるシート」も乗った方に喜んでもらい、笑顔を提供したいというのが根幹にあります。
弊社は典型的なBtoB企業ですが、愛されるシートのイベント出展を通して一般ユーザーの方からご意見をいただく機会ができたので、この声を生かしていきたいです。
——これまでの自動車用シートの概念が大きく変わりそうですね。
小堀氏:自動車には命を守るという最重要課題があり、弊社は各国の法規と各自動車メーカー独自の耐久性や快適性の基準に応える製品を提供し続けてきました。今の自動車は、丈夫な車体とシートベルトで体をシートにしっかり固定すること、つまり自動車とシートがそれぞれ安全性を担保しています。
ただ今後、完全自動運転が実現し、そもそも衝突しない車になるとすれば、従来の前提は大きく変わってくると思います。シート専門メーカーでなくても、インテリアメーカーが座り心地も見た目も良いシートを作れるようになるかもしれません。
江里口氏:自動運転で言うと、SC-1はセンサーを四方に搭載しているので走行中コースから外れることはありませんが、時速3kmでも急停止することがあります。
たとえ自動運転車だとしても、急停止した時、安心して座っていられるシートとエンターテインメントの両立は必要だと感じますし、とても価値があると思いますね。
小堀氏:そうですね、社会全体が衝突しない車に置き換わるにはまだ時間がかかるでしょうから、安全性と適度な自由度のある空間をいかに活かすかが、私たちの非常に大きな課題になると思います。
■移動時間の意味が変わる
——移動に対する期待や価値観が変わる中、どのようなコンセプトが求められるでしょうか?江里口氏:例えば飛行機での長時間移動はつらいものです。でもアップグレードして、シートが快適でサービスも良ければ、もっと乗っていたいと思うでしょう。同様に、苦痛に感じる渋滞中も快適なシートと楽しいエンターテインメントがあれば、楽しい時間、楽しい場所に変えられると思います。
小堀氏:INNOVAGEのコンセプトには「トキづくり」というキーワードがあり、今まで移動するだけだった空間から、その時間をいかに新しい価値に変えていくかを考えています。
江里口氏:SC-1は最高で時速20kmくらい出せますが、あえて低速にしています。これは、徒歩と同じくらいゆっくりでも乗車中のコンテンツが楽しくて快適なら、遠い場所にもあっという間に到着した感覚になるはずだ、という考え方を元にしています。時を忘れるような移動をSC-1では提供していきたいのです。
——それぞれのプロダクトについて、今後の展開や将来的な目標を教えてください
小堀氏:自動車は生産性の観点から同じものを何千台も作る工業製品のため、パーソナライズは行われてきませんでした。しかし、近年ヨーロッパではカスタマイズが進んでいます。
こういうシート機能が欲しいという要望に対して最適なものを提供して、車室空間の新しい価値という観点でも自動車を買ってもらえるようになるのが夢の一つです。
江里口氏:大学の研究者など異業種の方と連携する中で、われわれだけでは思いつかないような斬新なアイデアも生まれました。無人自動運転の実績を積んで評価も頂いたので、さらに魅力的なコンテンツを生み出したいです。
SC-1という場を使って、どんな新しいこと、楽しいことができるのかに挑戦していきます。いつか、目的地に行くまでの乗車料は無料、つまり移動はタダだけど、車室空間で利用するコンテンツで収益をあげるという、従来とは全く違う概念を実現したいです。
——テイ・エス テックとソニーの技術を掛け合わせるとさらに面白い世界が実現できそうですね。
江里口氏:シートがコントローラーになる発想はとても面白いので、例えばリハビリ用コンテツを開発して、どこかの病院でカスタムしたSC-1を走らせてみたいですね。
高梨氏:愛されるシートでSC-1自体も動かせるようになれば、健常者でも障がいのある方でも動かすことができる車をつくることができるという可能性を感じました。SC-1と愛されるシートを使って、どのような世の中に役に立つことができるか、もっと考えてみたいですね。
小堀氏:移動の時間で笑顔を提供するという発想が私たちに共通する点だと感じました。「座る」を見える化すること自体が今までにない発想なので、コラボレーションを通して新しいアプリケーションが開発していけそうですね。
学校や病院、介護施設など、それぞれのコミュニティの課題を解決できるようなアプリケーションを開発し、自動車で提供できるものだけにとどまらない、新しい価値、喜びや楽しさを社会に提供していきたいです。
左から、ソニー 江里口 真朗 氏、髙梨 伸 氏 / テイ・エス テック 小堀 隆弘 氏、手塚 信之 氏、郭 裕之 氏、沼尻 浩行 氏