【特集】「自動運転の旗振り役」が語る、社会実装の現在地と未来/JARI所長・東大名誉教授 鎌田実氏インタビュー
2025/9/2(火)
日本における自動運転技術の社会実装はどのように進んでいるのか。国土交通省や経済産業省の自動運転サービスに関する制度設計や推進に深く関わってきた、JARI(日本自動車研究所)代表理事・研究所所長であり、東京大学名誉教授の鎌田実氏に、自動運転技術やサービスについてのこれまでの取り組みと今後の課題について話を聞いた。
25年50カ所、27年100カ所の政府目標を実現するために
――まず、これまでの自動運転へのご関与について教えてください。2015年に経産省製造局長と国交省自動車局長の懇談会として立ち上がった「自動走行ビジネス検討会」で座長を務めたのが最初です。この自動走行ビジネス検討会は2023年に「モビリティDX検討会」と名称を変えています。
また2018年には「自動運転車の安全技術ガイドライン」のとりまとめ役。他にも「限定地域での無人自動運転移動サービスにおいて旅客自動車運送事業者が安全性・利便性を確保するためのガイドライン」策定、道路運送車両法改正に向けた交通政策審議会陸上交通分科会自動車部会 自動運転等先進技術に係る制度整備小委員会などの委員長として関わってきました。
さらに、2020年までは国交省の自動運転の基準緩和やODD(運行設計領域)を検討する「公道実証ワーキンググループ」で座長・主査を担当しました。2021年からは、経済産業省・国土交通省の自動運転レベル4等先進モビリティサービス研究開発・社会実装プロジェクト「RoAD to the L4」の推進委員を務めています。
2020年からは代表理事・研究所所長を務めるJARIが第三者評価を行うようになりました。

「RoAD to the L4」の実証実験地域(引用:経産省・国交省「自動運転レベル4等先進モビリティサービス研究開発・社会実装プロジェクト(RoAD to the L4)」Webサイトより)
――これまで数多くの現地視察をされていますが、なぜですか?
これまで47カ所56路線(2025年6月現在)を訪れました。どういう環境で、それに対して車の技術がきちっと対応できているか、できるだけ多く見て回るようにしています。
“自動運転の旗振り役”として、政府目標の2025年50カ所、2027年100カ所に自動運転サービスを実装できるように近づけたいと考えているからです。
視察する地域は、単なるデモンストレーションではなく、社会実装に近づきそうな地域、自動運転が地域課題の解決にどう貢献しているかという観点で選んでいます。地域の公共交通計画の中にしっかり位置づけられていることも重要だと考えています。
写真左:伊予鉄グループが運行する自動運転バス/写真右:大阪メトロが運行する自動運転バス(いずれも鎌田氏の撮影)
――視察ではどのような点に注目されていますか?車両に乗るのではなく、自分の足で歩いて走行環境を見て回るようにしています。各々の環境下で車の技術がどのように対応できているのか。リスクアセスメントがどのように行われていて、システムとしてどういう対応をしているのか。動かそうとしている人が、どれだけリスクがあると認識しているのか。的確に見て取れるように、なるべく多く現地を見て回っています。
自動運転レベル4の申請がくれば、国土交通省公道走行WGで検討するわけですが、自治体や企業が申請する書類が十分かどうか、地方運輸局が判断するのにつなげるためです。
自動運転レベル4の普及における日本の実像
――特に注目されている地域や企業はありますか?自動運転レベル4は人の介入なしでODDの中を完全に自動で走行できないといけません。単に車両を自動で動かせればいいというわけではないのです。周りの車両・自転車・歩行者などが数秒後にどうなるのか、周りの環境の変化を予測するためには、センサーで周りをよく見る必要があります。そしてシステムに故障やトラブルがあったときに、車はそれを自身で認識して、安全に停止させること、システムの一系統に問題があってもバックアップができる冗長性というシステムが組んであることも求められます。そのため人の介入なしの自動運転レベル4走行は、レベル2と比較して、かなりレベルが高くなるのです。
これらを全てクリアできていて数多く展開できそうなのは、現時点では、ティアフォー、BOLDLY(ボードリー)、先進モビリティ、この3社です。ボードリーは、社会実装に向けて非常に意識が高く、真剣に取り組んでいると感じています。レベル2ながら通年運行を毎日実施しており、データも蓄積されています。レベル4に向けて地道に積み重ねています。ティアフォーの車両も、現時点で、他と比較して性能が高いと思っています。
――海外視察を通して、日本との違いや現状をどう見ていますか?
アメリカや中国では、無人のロボットタクシーがすでに走行しています。しかし、それのための費用は莫大で、日本が同様にできるかというと現実的には厳しい面があります。
ただし、レベル2の自動運転バスの実用化数では、日本が世界一といってもいい状況です。NAVYA(ナビヤ)社のARMA(アルマ)が全世界でかなりの数走っていますが、一番走行実績があるのは茨城県の境町と言われています。
ITS世界会議2024でのエピソードは印象的でした。欧州勢が「車両がないから自動運転が進まない」と発言した際、米UCバークレーの先生が「そんなことはない。サンフランシスコではロボットタクシーが何百台も走っている。ただ違うのはかけているお金だ。10ビリオンダラーかければできる」と答えて会場が笑いに包まれました。
また、別の会場で「日本では10を超える地域で、日常的に自動運転バスが走っている」との発言があると、その会場がどよめきました。日本の実情は、まだ世界に十分に認知されていないのです。マスコミは日本の自動運転は遅れていると書くのですが、遅れている部分とそうでない部分があるので、それらをきっちり認識して報道して欲しいと思います。
普及に向けた課題と、今後の方向性
――日本の自動運転普及における課題はどこにあると感じますか?「大量普及に向けたシナリオが描き切れていない」ことです。
現状では、自動運転バス車両1台に1億円、維持に年間1千万円というコスト感では、大量普及は難しい。何台出れば、いくらまで価格が下がり、国がどの程度補助すれば広がるのか。その戦略が曖昧なままでは、いくら技術が進んでも普及にはつながりません。たとえば、公共交通は独立採算で回せないので、赤字補填していますが、その赤字補填くらいの中で持続可能なモデルを構築していく必要があります。
自動運転はバスではなくタクシー(編集部注:に注力すべき)ではないかという意見があるが、日本はバスから自動運転サービスが普及していくだろうと考えています。まずは路線が決まっているところで、バス停からミーティングポイントという形で増やして、定時定路線のバスからデマンド交通へ路線網が広がっていくような形態で進化していくのではないでしょうか。「本気度の高い地域をいかに増やせるか」が鍵になります。
――5年後、10年後の高齢者の移動の確保はどのように考えるとよいでしょうか? 最後に、自動運転の未来について一言お願いします。
高齢者の移動の確保の観点から言うと、自動運転の旗振り役として言いにくいのですが、「自動運転にそんなに過度な期待をしないで見守って欲しい」と思っています。現実を踏まえた実装戦略を地道に描くこと。その積み重ねが、結果として日本の強みになると信じています。自動運転はあくまでも手段であり、それだけで課題解決を考えずに、使える手段をきちんと考えて、選択していくことが望まれます。
現状では、ドライバー不足には公共ライドシェアなどで対応しながら、デマンド交通の活用が現実的な解だと思います。またカーボンニュートラルへの対応も避けては通れません。
10年、20年のスパンで制度設計と技術革新のバランスをとって自動運転の技術を段階的に拡げていくことが求められています。
鎌田実(かまた・みのる)氏 JARI代表理事・研究所所長/東京大学名誉教授
経歴:1959年生まれ。東京大学工学部機械工学科を卒業後、同大学院工学系研究科舶用機械工学専攻を修了。東京大学工学部講師を経て、2002年に東京大学大学院工学系研究科教授に就任した。その後、東京大学高齢社会総合研究機構の機構長・教授を務め、2013年から東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。2020年にJARI所長に就任し、翌年に東京大学名誉教授の称号を受けた。専門分野は車両工学、人間工学、福祉工学、ジェロントロジー(老年学)。これまで政府の自動運転・モビリティ関連の重要委員会などで委員や座長などの役割も多数担ってきた。
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