Autonomous Vehicles and ADAS Japan 2016 汎用から専用へ パイオニア
2017/6/29(木)
パイオニア株式会社(以下パイオニア)からは、自動運転開発事業部の畑野一良氏が『自動運転の実現へ、パイオニアが果たす役割』をテーマに登壇しました。
高度化地図“データエコシステム”
2020年頃までに高速道路・専用道路での自動運転の実用化、2025年頃までに一般道路も含めた自動運転の実用化、という2ステップで自動運転技術が進むと言われています。その中で、パイオニアが取り組むのは2ステップ目の一般道路も含めた自動運転で、この段階ではさまざまな周辺環境への適用が不可欠になります。そのために3D-LiDARや高精度地図をどのように使い、またどこを標準化・共通化していくべきか、ということを模索しています。
一般道路での自動運転の実現のために取り組むべき領域は大きく3つあると考えています。まず1つ目は、3D-LiDARなどのセンサーです。自車と周辺環境との距離を測定し、周辺環境認識、自車位置推定に加え、地図の生成や更新にも役割を果たします。2つ目は、言うまでもなく高精度地図です。そして、パイオニアが特に重視している3つ目の領域は、システムです。実際の環境はあたかも生き物のように流動的に変化するため、地図もそれに合わせて常に最新のものに更新する必要があります。
しかし、それにはコストがかさむため、測量機器を積んだ地図整備用のクルマだけでなく、一般のクルマも活用し、データを収集してメンテナンスに使うことが必要不可欠です。こうしてセンサーと地図を結びつけて地図の更新を行おうというのが、パイオニアが掲げるデータエコシステムで、高度化地図とも呼んでいます。これはフルスペックのデータの集積である高精度地図とは異なり、恒常的なメンテナンスができるように必要な部分をうまく抽出し、メンテナンスに適したサイズやフォーマットにしたものです。
3D-LiDARの技術
データエコシステムの実現には3D-LiDARが重要な役割を果たします。3D-LiDARはパルスTOF方式という方法で物体との距離を測っています。送信したレーザーパルスが帰ってくる際の波形をもとに、TOF(Time-of-Flight)時間、つまり送信時刻と受信時刻の差を測定し、どの方向のどれくらい先に物体があるのかを認識するというものです。この際、雑音にまみれた微弱な光信号波系から極めて微小な時間差を計測するため、非常に広帯域な信号処理を行わなければなりません。
こうした技術により、3D-LiDARでは、数センチレベルで距離を測ることができます。また、反射率ごとに色分けし、横断歩道を見分けることも可能です。また、点ごとに距離情報があるので、点との距離を完全に認識することができます。レーザーの光学的な性質上、影になっているところを把握することはできませんが、それ以外は360度把握することができます。
従来のレーザーレーダーでは360度のスキャンはできず、ビーム幅も数10度にも及ぶ太いものを数本程度使ったものでしたが、3D-LiDARでは0.5度の細いビームを数千本から数万本360度に展開してスキャンすることができるようになりました。また、測定距離も従来の20m程度から最大数100mにまで伸びました。
このように、3D-LiDARは高い性能を持っていますが、導入には非常にコストがかかるという問題点があります。コストを抑えるための方策として、パイオニアは「汎用から専用へ」という流れを重視しています。つまり、従来のリッチな汎用センサーを、車載アプリに最適化させることで、全体に膨大なレーザーを放射するのではなく、欲しいものだけに絞って最適化し、必要な情報だけをとるようにすべきであると考えています。
光技術の応用
パイオニアは以前より、車載用のCDプレーヤーを手がけてきました。クルマの中は、熱、振動、埃といった精密機器にとって致命的な要素の揃った過酷な環境です。そんな中で、いかにレーザー光線を使って信号を読むかという高度な光技術が培われました。この技術から、小型光学モジュールや信号処理技術を開発し、高品質で大量生産する力も持っており、それを活用して3D-LiDAR市場に参入しています。
スキャンの際はセンサーを回転させるのではなく、MEMSを使います。これは、非常に小さい鏡を電磁方式で動かし、光を動かすというものです。また、レーザーを出して帰ってきた信号を取得する際、雨や雪の影響を受けたり、遠くに行けば遠くに行くほど精度が落ちてしまいます。
こうしたノイズに対処すべく、地デジチューナーで培ったデジタル信号処理技術を応用し、遠くまでクリアな信号を取り出すことに成功しました。MEMSで小さく・軽く、信号処理技術でより遠くというように、既存の要素技術を3D-LiDARに転化しています。
高度化地図エコシステム
時代が進むにつれてセンサー性能や利用環境も変わっていくでしょう。すると、最適な位置推定方式も変わり、その変化に合わせて地図のスペックも変わってくるはずです。なので、それを前提とした考え方が必要です。一般のクルマを使って地図情報を更新するという継続的な取り組みになると、そういった技術進歩をうまく吸収できる形にしなければなりません。
地図やセンサーについて過度にリッチあるいはプアなものを使うのではなく、その時代時代の技術水準に応じて、情報量が適切かつ低コストになるよう、弾力的に変化させていくというのがあるべき姿と言えるでしょう。これがパイオニアの掲げる高度化地図“データエコシステム”です。
しかし、こういったトータルの仕組みを構築するには、我々パイオニアだけでは不可能です。3D-LiDARのハード技術、ナビゲーションで培った位置認識・経路計算ソフト技術、渋滞や画像情報のプローブ共有システム(スマートループ)技術、地図フォーマット・整備技術を活かして、高度化地図データを生成・ 更新するシステムをグローバルで実現するために、さまざまな領域の企業との連携が必要不可欠だと言えるでしょう。
パネルディスカッションでは、「自動運転に必要とされる高精度3Dマップ(ダイナミックマップ)とは」をテーマとし、パイオニアの畑野一良氏をモデレーターに、株式会社トヨタマップマスター(以下トヨタマップマスター)の山田哲氏、ヒア・ジャパンのマンダリ・カレシー氏、株式会社ゼンリン(以下ゼンリン)の竹川道朗氏、インクリメントP株式会社(以下インクリメントP)の阿部聡智氏の5名が登壇しました。
協調領域の明確化
高精度3Dマップ(ダイナミックマップ)は、自動走行・安全運転支援の実現には必要不可欠です。このダイナミックマップの開発のためには、ただ闇雲に各社が競い合うのではなく、必要に応じて協力し合うことが重要です。したがって、そうした協調領域部分に関して、データ仕様やメンテナンス手法の立案といった各種の企画検討を進めて行かなければなりません。
そういった企画検討を目的とし、2016年6月にダイナミックマップ基盤企画株式会社(英語名 : Dynamic Map Planning Co., Ltd. 以下DMP)が設立されました。ゼンリン、トヨタマップマスター、インクリメントPの三社はDMPの主要出資会社でもあります。
各社の取り組み
ゼンリン/竹川氏
「ナビゲーションの知識から培ってきたADAS(先進運転システム)のコンテンツを一般道でも整備していこうと考えています。そうしたデータに自動運転用の高精度データを加えてパッケージし、差分を管理して提供して行くというソリューションを開発・進行しています」
トヨタマップマスター/山田氏
「トヨタさんと共同でマップ・オン・デマンドというサービスを展開しています。マップ・オン・デマンドとは、新しく開通した道路が即座にユーザに届くような地図サービスです。こういった分野がよりリアルに自動運転分野においても必要になってくると考えており、その分野を迅速かつ最良のコストパフォーマンスで行うべく研究開発を進めています」
インクリメントP/阿部氏
「ナビと高精度地図との連携を重視しています。ナビそのものの発展のほか、駐車場や施設の出入り口などの情報を高精度地図上に追加していくなど、高精度な整備をしていくべきと考えています。また、なるべく安い機材で3D空間を構築できるような車両の開発を進めており、低コストと網羅性を両立しつつ、高精度地図の開発を進めています」
ヒア・ジャパン/カレシー氏
「hereの考える高精度地図であるHD Live Mapは多層のレイヤーで構成されているので、デベロッパーはそこから必要なレイヤーを抜き出してカスタマイズすることができます。フルスペックのデータが必要であれば、交通ルールやレーンごとにどのように曲がるかといったデータまで網羅しており、逆にADASに必要なものだけを抜き出すということも可能です。そういったさまざまな用法に対し、HD Live Mapという1つのフォーマットで対応することができます。
自動運転技術の発展に伴い、センサーはどんどん増え、クラウドからの配信速度もどんどん上がっていくでしょう。そんな中で、高精度地図のある程度の標準化は必要不可欠であると考えています。hereが公表しているセンサーデータクラウドのインターフェースの標準規格は、日中韓や欧米を含めて11社のサプライヤーやOEMが賛同して頂いています。標準化が進まないと、いくら良いセンサーが開発されても安全な自動運転は実現できません。高精度地図と標準規格をあわせることによって、自動化が進むモビリティ社会において、交通機関なども含めた包括的なプラットフォームを作っていきたいと考えています。
また、DMP設立について、もちろんhereのフォーマットを使っていただけるのが一番ですが、hereが重視しているのは一刻も早い標準化なので、日本でも標準化の流れができ始めていることは非常にありがたいと考えています。クルマは輸出産業でもありますので、グローバルとうまくすり合わせて行くことに期待しています」
標準化すべき領域は?
ゼンリン/竹川氏
「サービスが進むにつれて、標準化に取り組まなければならないところも増えてくると思います。しかし、まずはデータの概念や、高精度のデータはどういう精度でどういうものであるべきか、といった最下層のデータモデルの標準化に取り組んでいます」
ヒア・ジャパン/カレシー氏
「サービスを支えるプラットフォームとして提供することを目指しています。そのためには、基本モデルとサービスモデルとの間でうまく整合性をとることが重要になります。なので、それぞれ協調と競争がうまく共存できるようなフレームワークを早急に整備しなければなりません」
トヨタマップマスター/山田氏
「今までの歴史においても地図というものはナビゲーションのアプリケーションと一体になって開発されてきました。自動運転においても、どう地図を使うかということが鍵になります。どこまでが協調でどこまでが競争かといったところが、現状ではまだ煮詰まっていないので、OEMであるカーメーカーとともに地図の使い方、使われ方、役割をもう少し追求していかなければなりません。落ち着いてゆっくりやっていかないと、最後のエンドユーザのために迷惑をかけてはいけないという気持ちもあります。今後、関係者でよく協議して決めていきたいと考えています」
インクリメントP/阿部氏
「山田さんが仰ったとおり、標準化すべき領域はまだ煮詰まっていないと考えています。ただし、じっくり腰を据えてというよりは、DMP設立も踏まえて、スピード感を持って進めていくべきでしょう」
ナビ地図との連携は?
トヨタマップマスター/山田氏
「ナビ地図はアプリケーションと一体となった開発がされています。ナビ地図はユーザの指向性にあわせたものが求められますが、高精度地図ではクルマの中での役割が求められます。なので、ナビ地図との標準化はそう簡単にはいかないでしょう。ただ、案内という面に関しては、ある程度の標準化はできるのではないかと考えています。次に、自動運転とどう一体化するかということになりますが、最終的には標準化されるでしょうが、最初のうちは個々の会社のやり方があると思うので、すぐに標準化というわけにはいかないでしょう」
ゼンリン/竹川氏
「ナビ地図を道路地図ネットワークと解釈するか、ナビゲーションとの連携と解釈するかによって答えは変わってきます。前者の場合は、高精度地図と同様に随時データを収集してその差分を管理していくべきでしょう。後者であれば、必ずしも高精度地図と同じようなナビ地図が入っている必要はないかもしれませんし、鮮度の問題も出てきます。今はまだ標準化していこうというところには議論が行っていないのではないかと思います」
インクリメントP/阿部氏
「高精度地図とナビ地図では地図の作り方が違います。高精度地図では周辺環境を的確に調査しないといけないので、道路が開通してから実地調査をしないといけないという事情があります。しかし、ナビ地図の場合は、先行取得ということができます。つまり、ナビの販売にあわせた形で調査を進めて事前に道路データを入れておくことができるのです。このように地図の扱い自体が異なるので、標準化は簡単ではないでしょう。ただ、インターフェースの部分に関しては各社やり方そこまで変わらないと思うのである程度の標準化はできるのではないかとは思いますが、直近では難しいかと思います。それよりも、まずは高精度地図そのものを標準化して必要があるでしょう」
ヒア・ジャパン/カレシー氏
「自動運転用の地図とナビ地図はそもそも違います。HD Live Mapではそこから取り出して自動運転にもADASにもナビ地図にも使えるというような形で取り組んでいます」
費用の負担は?
トヨタマップマスター/山田氏
「ユーザとしても自動運転機能をいつも使うわけではありません。なので、最初のうちは普及を狙った政策的な価格を、カーメーカーや地図メーカーの費用負担のもとに提供するということも、やりすぎない範囲ではありますが、ありえるかもしれません」
インクリメントP/阿部氏
「誤解を恐れずにいうと、エンドユーザが負担すべきと思います。自動運転はあくまでエンドユーザ向けの機能ですから。ただ、ユーザが直接負担するのか部分的に負担するのか、部分的に負担するのであれば、初期購入費用や維持費など、誰がどの部分をどう負担するのか、といった議論も必要です。サービスとして運用して行く中で、ビジネスモデルも確立してくると思いますが、ある程度は負担していただきながら、より良いサービスを提供していくというのがシンプルな考えかと思います」
ゼンリン/竹川氏
「最終的にはクルマの値段に乗っかってくるので、最終的にはエンドユーザにご負担いただく形になると思います。ただし、クラウドに情報をユーザが提供してくれているということともあるので、その情報を企業が自由に他のものに使っていいとなると、どんどん価格も安くなっていく可能性もあります。そういったビジネスモデルをあわせて検討して行く必要もあるかと思いますが、当面はエンドユーザ負担になるかと思います」
ヒア・ジャパン/カレシー氏
「同様に、クルマにかかるコストであるため、最終的な負担はエンドユーザになると思いつつ、ユーザの情報を使って私達が地図を更新しているのであれば、それに応じたビジネスモデルを検討する必要があると考えています。現在、hereでもドイツのダイムラー・アウディ・BMWのプローブ情報を試験的にクラウドで処理し始めていますが、ビジネスモデルの検討以前に、そのプローブを処理し、その有用性を検証して行く必要があります。ビジネスモデルの検討はそれからになるでしょう」
パイオニア/畑野氏(モデレーター)
「基本的には受益者負担というのが皆さんの意見ですね。ただ、グーグルマップやグーグルナビが無料で提供されているように、他で大きなお金になるところがあれば、ビジネスモデルとしては必ずしも受益者負担じゃなくてもいい。そういうビジネスモデルが構築できればいいと思いつつも、現実にはそううまくはいかない中で自動運転ははじまっていくというところでしょうか。しかし、クルマに深くつながった情報になってきますので、何らかのマネタイズを諦めずにスタディし続けるという姿勢は重要だといえるでしょう」