【特集】鉄道と自動車に精通した研究者が語る自動運転とMaaSの展望―須田義大教授インタビュー
2025/9/4(木)
鉄道と自動車の垣根を越えて研究を続けてきた須田義大教授(現 東京工科大学 片柳研究所教授・未来モビリティ研究センター長)は、それぞれの分野で進む自動運転の普及について、“ある問題点”を指摘する。現在も両分野の第一線を走る同氏だからこそ見える課題、そしてモビリティ社会の変革につながる道筋を聞いた。
鉄道と自動車それぞれの第一線で走り続けたこれまで
――須田教授の研究領域は、鉄道と自動車の両者にまたがっています。どのような経緯でこれまで取り組んできたのでしょうか?大学院の修士課程で当時は「車両工学」と呼ばれていたモビリティの研究を始め、最初は鉄道車両などのハードウエアに関する研究をしていました。そのころ所属していたのが、両分野の大家である井口雅一先生の研究室でした。のちに鉄道と自動車の両分野を研究するようになったのは、井口先生に師事したことが大きなきっかけです。
――ハードウエアの研究を続ける中で、領域を広げる転機があったのでしょうか?
東大の生産技術研究所(生産研)で約35年にわたり研究を続け、その間も機械工学のハード部分である車両全体やアクティブサスペンションに関する研究に取り組んでいました。
大きな転機は、まず2000年に駒場リサーチキャンパス へと研究室を移転した際に、自動車のドライビングシミュレーターを導入したことです。これを機に、ハードウエアだけでなくヒューマンマシンインターフェース(HMI)の研究へと領域を広げていきました。次に、千葉実験所で電車のモックアップ※を使った乗客の快適性評価などの環境心理学にも携わるようになりました。
また、当時所属していた生産研は分野の垣根が低い組織で、機械工学出身の私自身も、土木や電気の先生方と横断的にITSプロジェクトを立ち上げることができました。そうした組織的な風土も、研究領域を広げていけた大きな要因です。
※当時は生産技術研究所附属千葉実験所に配備。2017年に現在の柏地区に移転。
――産業界との関係も幅広いそうですね。
鉄道では全てのJRや公営交通・地下鉄、大手民鉄や車両メーカーと、自動車では主なOEMやTier1のサプライヤーともつながりがあります。一見すると、鉄道と自動車は隔たりのある分野のように見えますが、自動運転に取り組んでいると、鉄道・バス・タクシー・トラック・自家用車などが全てつながっていくのです。
両分野を知る研究者だからこそ見える、自動運転の課題
――自動運転の話題が出たので伺います。まずは鉄道の自動運転について、須田教授は現状の日本の取り組みについてどのように見ていますか?前提として鉄道の運転は、専用軌道や信号システムなどのインフラが、車両と協調している必要があります。それらの整備負担は重いものの、インフラを全て自前で用意できる体制を備えている点は、通常の運転はもとより、自動運転に取り組む上でも大きな強みとなるでしょう。
実は、国内における鉄道の自動運転(無人運転)は、昔から革新的な取り組みを続けてきました。1980年代のポートライナー(神戸)や90年代のゆりかもめなど、世界に先駆けて無人運転を実現しています。ただそのころと比べると現在は、欧州などよりも取り組みが遅れている印象を受けます。
――遅れているのは、どんな要因があるからでしょうか?
いろいろな要因がありますが、業界全体が保守的な考えに傾いたように感じます。自動車の業界では「世界初」や「国内初」に大きな価値を見出すのとは対象的に、鉄道は「他社がうまくいけば追従しよう」との姿勢がよく見られます。ひとたび事故が起こればマスコミなどから厳しい批判を受けることも影響して、自社への規制が強まっている面があるのかもしれません。
――他方、最近は日本国内でも巻き返しの動きもあるようですが。
JR九州は、昨年3月から香椎線でGoA2.5(緊急停止操作等を行う係員付き自動運転、その他の区分は以下の解説を参照)の運転を行っています。 これは非常に画期的で、「運転免許がいらない自動運転」だと言え、人手不足の解決策にもなり得ます。また東武鉄道はGoA3を明言していますし、地下鉄でGoA4を目指している事例もあります。
今まで鉄道の自動運転に取り組む際は、ホームドアの整備が必須だったり、踏切がある場合は認められなかったり、厳しい条件がありました。昨今、取り組みが進んでいるのは、国交省の検討会を経て、それらの規制が緩和されたことも大きく影響しています。
【Tips】
鉄道における「GoA」とは「Grades of Automation」の略。「IEC 62267(JIS E 3802)自動運転都市内軌道旅客輸送システム」に定められた自動化レベルを指す。レベル0~4の区分がある。
GoA0=目視運転、GoA1=非自動運転、GoA2=半自動運転、GoA2.5=緊急停止操作等を行う係員付き自動運転(ただしIEおよびJISには定義されていない)、GoA3=添乗員付き自動運転、GoA4=自動運転。
参照・図表引用:国土交通省「鉄道における自動運転技術検討会のとりまとめ(2022年)」
――自動車の自動運転についてはどう見ているでしょうか?
自動車も、鉄道のように運転免許を必要としないルールを設けるのが理想だと考えています。現在、海外を中心にロボタクシーの普及が進んでいますが、今の段階では、単に運転手をシステムに置き換えただけでしかなく、何もメリットを引き出していません。
レベル4以上の完全自動運転を実現できるのなら、車車間・路車間通信を活用して停止せずに走り続けることが可能なはずです。そうしたことも踏まえて、理想的には道路交通法と道路運送車両法を統合してもっと現代の交通事情に即した法律を作る必要があるのではないでしょうか。
須田氏がこれまで携わってきた自動運転プロジェクト(一部抜粋)
MaaSに必要なユーザー目線とは?
――須田教授はJCoMaaSの理事を務めるなど、MaaS領域にも取り組まれています。なぜこの領域に携わるのでしょうか?先ほど述べた通り、私は車両のハードウエアから研究を始めました。例えば1995年頃からJR東海で走り始めた自己操舵台車を備えた振り子式車両は私が手掛けた技術で、今でも日本一のカーブ通過速度を誇っています。 しかしその技術をもってしても、短縮できるのはせいぜい10分程度でしかありません。
10分程度なんて、切符を買うのに手間取ったり駅構内の移動で時間がかかったりしたら、あっという間に経過してしまいます。つまり、せっかく磨いた技術が死んでしまうわけです。そうならないためには、もっと乗客目線で考えたサービスを提供しなければなりません。
――事業者目線からユーザー目線へということですね。
その通りです。これまでは、鉄道、バス、タクシーそれぞれの事業者が、自分たちの領域でしかサービスを考えていませんでした。でも本来はもっといろいろな移動の選択肢があるはずです。例えば「なるべく早く目的地に着きたい」と考えることもあれば、「今日はゆっくりでもいいから座って移動したい」とか、あるいは「なるべくCO2を排出しない手段がいい」と考える人もいるでしょう。そういった多様なニーズに応えるのがMaaSの本質です。
【Tips】
須田氏は自動運転やMaaSのほかに、超小型モビリティなどの開発にも携わってきた。例えば8月5日にLuupが発表した新型モビリティ「Unimo(下図)」の走行安定性を支える「リーンアシスト制御」は、須田氏とアイシンによる共同研究がベースになっている。
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少子高齢化などを背景にした採算悪化や人手不足など、ネガティブな課題への対応が前面に出すぎている印象です。もっと先を見据えた総合的な取り組みが必要で、事業者や官公庁の垣根を壊さなくてはいけないでしょう。
――そうした変革を実現するには、技術的な進歩はもちろんですが、根本的な発想から変えていく必要があるかもしれません。
例えば、駅に足を運ぶと、紙の切符を買う券売機があり、その上には大きな運賃表が貼り出されています。一方、今や乗車するには交通系ICや電子マネーの使用が一般的です。そうであれば、運賃の仕組みをもっとドラスティックに変えることだって可能なはずでしょう。1駅ごとに運賃が違ったっていいし、距離に応じた1円単位の運賃を設定してもいい。
しかし現状は、昔ながらの紙の切符を使っていたころの発想から何も変わっていません。私はこの状況を、「わざわざパソコンを使って紙芝居を見ているようなもの」と例えています。新しいツールの性能を最大限に生かすことを考えないで、昔のシステムのままというのは宝の持ち腐れではないでしょうか。
自動運転とMaaSを融合した未来の都市へ
――現在の取り組みについて教えてください。35年勤めた生産技術研究所を定年退職したあと、縁あって東京工科大学(本部:八王子市)に職を得ることができました。現在は、未来モビリティ研究センターでセンター長の任に就いています。工学・コンピューターサイエンス・デザイン・メディアなど多様な学部同士を横断させ、AIを活用した自動運転・モビリティのプロジェクトを立ち上げることが目下のミッションです。
――なんでも、大学が持つ設備がこのプロジェクトの重要な意味を持つそうですね。
大学はスクールバスを26台所有しており、これは小規模のバス事業者と遜色ないほどの規模です。ドライバーは外部の派遣会社に委託していますが、運行ダイヤは大学側で柔軟に決めることができます。この環境を生かして、自動運転とMaaSをスクールバスで実践しようと考えています。例えば大学構内を自動運転で走らせ、その後は地元の八王子市と連携しながら公道での走行を計画しています。
また、八王子には多くの大学がキャンパスを構えているので、積み上げた研究成果の横展開も視野に入れています。将来的には自動運転の公共交通を優先させる、インフラと協調した自動運転の実現に向けて取り組みを進める考えです。現在進めている東京工科大学でのプロジェクトは、大きな変革の第一歩として位置づけています。
<略歴>
須田義大(すだ よしひろ)氏
経歴:1987年東京大学大学院博士課程(産業機械工学)修了。法政大学工学部助教授、カナダ・クイーンズ大学客員助教授を経て、2000年より東京大学生産技術研究所教授。2007年同生産技術研究所千葉実験所長、2010年同次世代モビリティ研究センター(ITSセンター)長、2018年同モビリティ・イノベーション連携研究機構長を歴任。2025年より東京工科大学片柳研究所教授・未来モビリティ研究センター長。先進モビリティ(株)の社外取締役や(一社)JCoMaaS理事など学外の活動も多数。
文/LIGARE記者 和田翔
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