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MaaSは「移動の困りごと」を解決するために【デンソーテン トップインタビュー】

2022/5/24(火)

デンソーテン 代表取締役社長 加藤之啓氏

デンソーテン 代表取締役社長 加藤之啓氏

日本版MaaSの実装に向けた動きが各地で進む一方で、あらためて地域が抱える課題の多様さが浮き彫りになっている。人手不足や公共交通の採算悪化など、現場の数だけ課題が存在する。

株式会社デンソーテン(以下、デンソーテン)では、あらゆる「移動」を提供する現場が抱える困りごとに注目し、解決に貢献するサービスを開発している。代表取締役社長を務める加藤之啓氏に話を伺い、同社が推進するMaaS事業の実像に迫る。

▼目次▼

  1. ■ 課題解決型のMaaSを目指して
    ■ 待つことを価値に変える「困ってMaaS」
    ■ 「地域活性化MaaS」で地域移動の確保に貢献
    ■ 旅をより安全で快適にする「ツーリズムMaaS」
    ■ 2030年に向けた構想


■課題解決型のMaaSを目指して

――ここ数年、デンソーテンはコネクテッドサービスの開発に注力しているように見受けられます。どんな事業を進めているのか、全体像を教えていただけますか?

加藤氏:デンソーテンは、移動における安心安全、さらに快適や感動を提供するコネクテッドサービスの開発を推進しています。既存のフリート事業をベースに据えつつ、MaaS基盤の拡張やAI技術の発展にも力を入れています。

デンソーテンのコネクテッドサービス

(資料提供:デンソーテン)



――フリート事業ではどのような取り組みをしているのでしょうか?

加藤氏:フリート事業は、大きく分けて3つの領域でサービスを展開しています。まず、全国で約3割のシェアを持つタクシー向けの配車管理サービス。次に、通信型ドライブレコーダーを活用したリース・社有車向けの安全管理サービス。そして、同じく通信型ドライブレコーダーを活用した保険分野での事故サポートサービスです。

――全ての領域でデンソーテンが開発したデバイスを活用しているんですね。

加藤氏:はい、車載タブレットや通信型ドライブレコーダーなど、ニーズに応じたデバイスの開発能力を持っていることが、私たちのフリート事業における特徴の一つです。また、近年力を入れているクラウドサービスとの組み合わせで、ハードとソフトのトータルソリューションを提供できることも大きな強みだと考えています。

――続いてMaaS事業について伺います。現在さまざまな企業がMaaS事業に参入していますが、御社はどのような取り組みを行っているのか教えてください。

加藤氏:MaaSと言われると、みなさんどのようなサービスを想像するでしょうか?多くの人は、複数の移動手段を検索・予約・決済し、出発地から目的地まで効率的に移動するマルチモーダルアプリを思い浮かべると思います。

一方で、実際に移動サービスの現場に目を向けてみると、事業者も利用者も多くの困りごとを抱えています。例えば、人手不足や赤字路線の問題、免許返納やオーバーツーリズム、挙げると切りがありません。デンソーテンは現場が抱える困りごとに着目し、「課題解決型MaaS」の提供を目指しています。

デンソーテンのMaaSへの取り組み

(資料提供:デンソーテン)



――導入ありきではなく、課題解決の手段としてMaaSを活用するということですね。具体的にどのようなサービスを開発しているのでしょうか?

加藤氏:現場の困りごとは多種多様です。そこで私たちは、「困ってMaaS」、「地域活性化MaaS」、「ツーリズムMaaS」の3つのMaaSを開発しています。

■待つことを価値に変える「困ってMaaS」

――まず「困ってMaaS」から伺います。ユニークなネーミングですが、これはどんなシーンでの利用を想定しているのでしょうか?

加藤氏:「困ってMaaS」は、大規模イベントなどで移動需要が集中した際に、混雑の分散と平準化を行うサービスとして開発しました。何万もの人が集まるイベント会場は移動に関する不便を抱えた状態だと言えます。特に帰りの混雑は、まともに歩くのさえ大変です。

――その不便をどうやって解消するのでしょうか?

加藤氏:センサーや位置情報によって人流を把握する技術を活用します。その技術を用いれば、人流のシミュレーションを行い、混雑予測や待ち時間を推定することが可能です。イベント参加者向けのスマートフォンアプリを通じて、そうした混雑情報を配信して、利用者の行動変容を促す仕組みとなっています。

――待ち時間を可視化できれば、すぐ帰るか、その場に留まるか、利用者は判断しやすいですね。

加藤氏:加えて、その場に留まれば待ち時間に応じたポイントを付与したり、周辺の飲食店のクーポンを配信したりすれば、「すぐに帰らない方がむしろ得する」状態を作り出すことが可能です。つまり、「待つことを価値に変える」ことができるんです。

そうしたソリューションを提供すれば、利用者は混雑を回避した移動ができますし、周辺の飲食店もせっかく人が集まるチャンスを生かすことができます。併せて、効率的にタクシーの利用をレコメンドすれば、タクシー事業者にとってもメリットが生まれるでしょう。

利用者だけでなく、イベント主催者や交通事業者、周辺の飲食店それぞれにとっての「うれしさ」を提供するのが、「困ってMaaS」の目指す姿です。

デンソーテンの「困ってMaaS」

「困ってMaaS」
(資料提供:デンソーテン)



――実装に向けて、現在はどのような状況でしょうか?

加藤氏:昨年、神戸のJリーグの試合開催に合わせた実証実験を実施しており、今年は6月以降の試合を対象に準備を進めています。この取り組みを皮切りに、さらにサービスに磨きをかけて、全国でも展開を進めていく方針です。

■「地域活性化MaaS」で地域移動の確保に貢献

――続いて「地域活性化MaaS」について教えてください。

加藤氏:人手不足や公共交通の採算悪化などが影響し、交通空白地域の増加が大きな問題となっています。そうした地域における利便性向上に貢献するのが「地域活性化MaaS」です。

――具体的にはどのような取り組みを行っているのでしょうか?

加藤氏:バス事業者と連携して、定常的な移動量の把握と行動分析のサポートを行っています。バスの車内にカメラを設置して、乗り降りを検知するシステムを通じて正確な乗降者数を取得します。そのデータを分析すると、例えば過疎地の路線で、どのルートにどれくらいの本数で運行すれば最も効率的か、という点が見えてくるわけです。

「地域活性化MaaS」における定常的な移動の把握

「地域活性化MaaS」における定常的な移動の把握
(資料提供:デンソーテン)



――データを活用して、効率的な運行につなげていくんですね。

加藤氏:また、現在各地で導入が進んでいるように、今後はデマンド型の乗り合いバス・タクシーが必要となる地域も増えてくるでしょう。「地域活性化MaaS」の取り組みでは、デマンド化を見据えたシステムの開発も行っています。

デマンド交通は地域のタクシー事業者が運行を担うケースが多いですが、実際に取り組んでいる事業者に話を聞いてみると、ルート設定や配車指示が煩雑で、小規模なエリアであってもオペレーションに苦労するそうです。さらに、デマンド交通のシステムは、一般のタクシーのシステムとは別々になるケースも多く、うまく効率化できないという困りごとがあります。

――その困りごとはどのように解決するのでしょうか?

加藤氏:デンソーテンは、これまでのタクシー向けサービスで蓄積したノウハウを生かし、ルートの策定や予約に基づいた配車指示を行うプラットフォームを作成しています。タクシー事業者にはタブレット端末を使い、利用者の予約に基づいた配車指示を受ける仕組みです。

このプラットフォームのポイントは、デンソーテンのシステムと他社のデマンドシステムを連携させることです。この連携によって、1つの車載タブレットで一般のタクシーとデマンド車両を切り替えて運用できるようになり、業務の効率化に貢献できます。

「地域活性化MaaS」のデマンド交通への適用

「地域活性化MaaS」のデマンド交通への適用
(資料提供:デンソーテン)



――事業者のデマンド交通への対応力が上がるわけですね。

加藤氏:はい、デマンド交通の運用が効率化できれば、移動の足を維持することにもつながりますから、自治体や利用者もうれしいはずです。今後は、連携するデマンドシステムを増やしていく方針です。

■旅をより安全で快適にする「ツーリズムMaaS」

――3つ目の「ツーリズムMaaS」についても教えてください。

加藤氏:もともと「ツーリズムMaaS」は、コロナ禍の前まで急増していたインバウンド需要に対応するサービスとして開発したものです。例えば沖縄県では、レンタカーを利用するインバウンドが増加していました。それに伴い交通事故の件数も増えてしまい、運転する当事者やレンタカー事業者はもちろん、地域で暮らす人たちも不安に感じている現実がありました。

――不慣れな土地で運転することが、事故リスクを高めてしまっているのかもしれませんね。

加藤氏:そこで、レンタカーの利用者には事前に運転マナー動画を配布し、安全運転の啓発を行います。あらかじめ日本国内で運転する際の交通ルールを理解してもらうことで、安全意識の向上にもつながると考えています。

また、レンタカーに搭載した通信型ドライブレコーダーから走行データを収集して運転内容のフィードバックを行ったり、事故やヒヤリハットが起きやすい箇所の注意喚起をしたりといったことにも応用できます。

デンソーテンの「ツーリズムMaaS」

「ツーリズムMaaS」
(資料提供:デンソーテン)



――他方、コロナ禍の影響でインバウンド需要は激減しました。「ツーリズムMaaS」はそれ以外にも応用できるのでしょうか?

加藤氏:実は「ツーリズムMaaS」は、レンタカー事業者の業務効率化やインバウンド向けの多言語対応も想定していましたから、無人・非接触でレンタカーを利用できるサービスでもあります。具体的には、レンタカーの貸し出し時にスマートフォンによる顔認証を用いて、レンタカーのキーを格納したロッカーを開錠し、人を介さずに貸し出しを実現する仕組みを導入しています。

コロナ禍の影響で、なるべく接触を避けて利用できるサービスへのニーズが高まりました。それはレンタカーにおいても同じことが言えますから、現在はそちらに重点を置いて開発を進めています。

■2030年に向けた構想

――お話を伺っていると、多様な困りごとをどのように見つけているのか気になります。

加藤氏:困りごとは現場で生まれますから、足で稼いでいくうちに出会えるものだと考えています。これまで私たちは、市販のカーナビゲーションも開発してきましたから、普段からお客様の声に接して、さまざまなニーズと向き合ってきた土壌があります。

BtoBにおいても同様で、これからも現場に出向いて困りごとに向き合い、解決に貢献できるサービスの提案を続けていきます。

――今後どのような方針で事業を拡大させるのか教えてください。

加藤氏:デンソーテンは、前身となる川西機械製作所誕生から100年の節目に策定した「VISION2030」にもとづいて拡大していく考えです。

デンソーテンの「VISION2030」

「VISION2030」
(資料提供:デンソーテン)



――「VISION2030」では、どのような方針を掲げているのでしょうか?

加藤氏:カーボンニュートラルという世界的な課題を前提としつつ、柱となる方針は「クルマの価値向上」と「生活の価値向上」です。

「クルマの価値向上」については、HMI(ヒューマンマシンインターフェース)としての車載器と電動モビリティの開発に加え、これまで言及したコネクテッドサービスの開発に注力する考えです。

「生活の価値向上」は、やはり移動の困りごとを解決することがベースにあります。そのために、MaaSをはじめとした課題解決につながるサービスの開発をこれからも推進します。

――「生活の価値向上」は2030年までにどこまで拡大する考えでしょうか?

加藤氏: 2030年までには売上高のおよそ25%を占めるまで成長させる方針です。会社の新たな柱とするなら、それくらいの規模まで育てなければならないでしょう。人材の採用・育成も含めて、これからもハードとソフト両面の開発に注力する考えです。

デンソーテン 代表取締役社長 加藤之啓氏

デンソーテン 代表取締役社長 加藤之啓氏

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