今こそ考えるべき「MaaSの足元」― デンソーテン×中央復建コンサルタンツ 特別対談 ―
2021/3/30(火)
日本版MaaSの実現に向け、各地で取り組みが進んでいる。都市向けや地方向けといった地域ごと、あるいは観光や通勤などの用途ごと、それぞれの目的に最適な姿を模索しながら進化を続けている状況だ。
新たなMaaSアプリや関連サービスが次々と市場に登場する一方、実際にサービスを提供する現場では、利用者や事業者はさまざまな困りごとを抱えている。
その最前線でソリューションを提供し、移動の価値を生み出すためには何が必要なのか?
株式会社デンソーテン(以下、デンソーテン) でMaaS推進室長を務める植島啓吉氏と、中央復建コンサルタンツ株式会社で常務取締役 経営企画本部長を務める白水靖郎氏の対談を通じて考えていきたい。
新たなMaaSアプリや関連サービスが次々と市場に登場する一方、実際にサービスを提供する現場では、利用者や事業者はさまざまな困りごとを抱えている。
その最前線でソリューションを提供し、移動の価値を生み出すためには何が必要なのか?
株式会社デンソーテン(以下、デンソーテン) でMaaS推進室長を務める植島啓吉氏と、中央復建コンサルタンツ株式会社で常務取締役 経営企画本部長を務める白水靖郎氏の対談を通じて考えていきたい。
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デンソーテンは2020年、源流の川西機械製作所から数えて創立100年を迎えたのを機に、2030年に目指す姿を表した「VISION2030」を策定した。これまで培ってきた車載器の製造を通じた「クルマの価値向上」に加え、移動課題の解決を通じて人々の生活を豊かにする「生活の価値向上」を掲げる。さらに同年、MaaSの事業化に向けた機能開発やブラッシュアップなどに取り組むべく、新たにMaaS推進室を設置した。
対して、中央復建コンサルタンツ株式会社(以下、CFK)は、2021年度に創業75年を迎える総合建設コンサルタントのパイオニアだ。国や自治体と密に連携しながら、国内外の鉄道・道路・橋梁などの社会インフラの計画・設計をはじめ、まちづくりのコーディネートなどにも携わっている。
これまでクルマづくりをサポートしてきたデンソーテンと、インフラ構築やまちづくりに関わってきたCFK。一見すると対照的に見える両社だが、対談を進めるにつれ、「価値創造」という共通点が浮かび上がってきた。
■事例から見る「地域の困りごとを解決するソリューションづくり」
――ここ数年、MaaS導入に向けた取り組みが各地で行われていますね。コロナ禍を経てもなお、この勢いは続くように思います。
白水:関西で言うと、2025年の大阪・関西万博は大きなマイルストーンになりますよね。CFKでは誘致の段階から関わっています。つい先日(3月4日)、Osaka MetroがMaaSアプリを発表するなど、都市部での交通課題の解決を目指したMaaSが各地で盛んですね。
――それに対して地方部では、地域交通の維持などの課題解決に向けた動きが活発です。デンソーテンでは地域の交通事業者と連携しながら、バス事業者向けのサービスを提供していると伺いました。
植島:はい。顔認証技術を活用した属性別の乗降分析・マスク着用啓蒙・車内混雑見える化のサービスを試行いただいています。
元々の目的はオンデマンド交通の紹介だったんです。ところがある地域交通を担っているバス事業者様ではすでにいろいろな取り組みを始めていて、われわれが提案するシステムをいきなり導入するのは難しいようでしたので、そちらに切り替えることにしました。
――なるほど。前述のサービス提供に切り替えた経緯を詳しく教えてください。
植島:さらにお話を伺っていくと、年2回行う路線バスの乗降分析がバス事業者にとって大きな負担になっているという困りごとが明らかになったんです。そこで、われわれの持つ顔認証技術が役に立つのでは、と提案しました。属性特定と乗降人数・場所をカウントする従来のOD分析に加え、混雑状況の見える化などにも活用できるように取り組みを進めました。
さらに、顔認証技術はマスク着用の啓蒙にも応用しています。乗客がマスクを着けずバスに乗ってきても、直接運転手さんからは注意しづらいそうなんです。そこでシステムが代わりに乗客へ通知して着用を促すことができます。
白水:ただデータを分析するだけではもったいないですし、より良いサービスづくりやマーケティングにもうまく使っていきたいですね。もちろん取得したデータを活用する時は個人情報の問題を考えるのが前提ですが。
――自社の製品を売り込むだけでなく、現場が抱える困りごとに寄り添ったからこそ生まれたサービスなんですね。
植島:デンソーテンにとって、デンソーグループの一員として自動車メーカーはもちろん、タクシー、バス、トラック、さらにはレンタカーやカーリース、人や物を運ぶクルマのほとんどがお客様です。それらのお客様と直接コミュニケーションを取れる立場にいると、実際に現場ではいろいろな困りごとがあると気付かされます。そういうお客様の悩みを、われわれのソリューションで解決したいと考えています。
■ドライブレコーダーを利用した「モビリティマネジメント」の可能性
――都市と地方という地理的な区分のほかに、どういうシーンで使われるかという視点もあると思います。例えば、観光型MaaSに関連して取り組んでいることはありますか?
植島:デンソーテンは、昨年の10月よりレンタカー事業者様と一緒にレンタカーの受付無人化と交通事故低減を目指した実証実験を行っています。
白水:顔認証の応用に加え、ドライブレコーダーの活用も検証されたんですよね。詳しく教えていただけますか?
植島:はい。レンタカー予約者を対象に、スマートフォンを活用した顔認証による受付、車両の解錠・施錠などを行い、レンタカー会社の受付を無人化する取り組みです。その際、ドライブレコーダーの映像から作成した運転マナー動画の事前配布も検討しています。他にもドライブレコーダーの活用としては、走行中の安全運転支援のための音声ガイダンスや、旅行者の運転行動分析、危険運転多発エリアの抽出、渋滞分析、訪問先分析なども検証しています。
取り組みを始めたころはまだ新型コロナウイルスの感染拡大前でしたから、インバウンドを意識していました。観光地の方々に伺ったところ、「外国人観光客が来てくれるのは嬉しいけれど、日本の法規や慣習を知らない車が違法駐車や一旦停止無視をしているのを見ると怖くなる」という声がありました。実は受付の無人化よりも、そういった困りごとを解決したいというのが元々の始まりだったんです。今後はインバウンドの需要回復を見据えた取り組みも検討したいと考えています。
白水:予約アプリを用いることで事前対策を打てるのはとても良いですね。例えばレンタカーを利用する外国人観光客向けに、おすすめスポットを紹介し、選んでもらう。そうすれば、アプリ側が回遊プランを示してくれるとともに、安全な回遊ルートをレンタカーのナビシステムに事前登録でき、観光振興と安全向上の両面で貢献できそうです。すごく可能性を感じるシステムですね。
植島:そのほかの地域では、高齢者にドライブレコーダーを貸し出して、安全運転の支援システムを提供しつつ、運転挙動についてレポートを出して、免許返納を検討するための客観的なデータとしても使っていただく取り組みなどを推進したいと考えています。デンソーテンが長年培ってきたナビやドライブレコーダーといった通信型の製品と、そこから入手できるさまざまな走行・挙動データに基づく安全運転支援サービスの実績は、これらの取り組みを進めるうえで大きなアドバンテージになります。
白水:「モビリティマネジメント」という政策があります。これは運転に限らず、個人がどの交通モードを使うかも含めて調査・診断をして、自家用車の利用削減や便利な交通モードの提案などをインタラクティブにやり取りをしながら行動変容を促す取り組みのことで、日本でも20年ほど前から始まっています。
デンソーテンの事例は、さらに高齢者ドライバーの能力も含めてマネジメントしていく方法ですから、ニーズがあると思います。また、年齢などの要因で運転が不向きになってきた人には、デマンドバスや乗り合いタクシーの利用など、代替手段を提案する応用も可能ではないでしょうか。
■街の課題を解決する「困ってMaaS」 異業種連携も
――人気の観光地でなくても、例えばイベント開催によって公共交通の混雑や道路渋滞などの問題もしばしば起こりますよね。デンソーテンはそれに対するソリューションも持っているのでしょうか?
植島:それについては、現在トライアルを進めています。例えば、あるイベントが街中(まちなか)で開催されたとします。イベント後に一気に人が会場から出てきて、電車もバスも混雑し、乗車待ちの人が大勢並んでいる、というシチュエーションはよく起こりますよね。
そこで、30分間程度なら待ってもいいという人に、時間を潰してもらうために飲食店などのデジタルクーポンを配布します。さらにタクシーの配車サービスを組み合わせるなどして、飲食店も嬉しいし、タクシー会社にも嬉しいという仕組みです。都市の交通課題を解決するソリューションとして、「困ってMaaS」というサービス名で展開する計画です。
白水:それはいろいろなシチュエーションで活用できそうですね。例えば大阪・関西万博開催時を想定すると、非常に大規模な混雑が発生するでしょう。30分ずらして帰るなら比較的空いていますよ、という予測と情報提供がビックデータをもとに行われ、「困ってMaaS」と連動できればとても良いですね。
――イベント前後の混雑は、近隣住民にとっても困りごとですよね。
植島:そうなんです。近隣に住む人たちが交通渋滞や人の移動待ち行列ができて困る、といった問題が考えられます。「街が困っている」ならば、われわれのソリューションを使って解決しませんかと自治体や交通事業者、関連企業に提案できるわけです。
MaaSはマネタイズが難しいとよく言われます。しかし、世の中で問題視されている課題を解決するということは、イベント関連企業や交通事業者としてMaaSに取り組む一つの動機付けになると思います。
白水:本来MaaSは課題解決のための公共政策ですよね。マネタイズの面でいえば、バスや鉄道などの交通手段は一回あたりの運賃はとても安いです。対してタクシーやレンタカーは、一回に使うお金がこれらとは一桁違います。また、これまで紹介してくださった事例では、保険や飲食店などさまざまな異業種が参入できます。国や自治体としても、交通以外の面も含めて公的支援の幅が拡がるでしょう。公共交通だけでなく、いろいろ組み合わせることで公共性とビジネス性の両立の可能性があるのではないかと思います。
植島:その通りですね。ほかにも、混雑時に時間を過ごす店舗が目的地の周辺にあまりない場合を想定して、キッチンカーを誘致する試みも行っています。いろんな分野の企業と連携していくとMaaSは成り立つ。取り組みを進めれば進めるほど、そのように感じます。
■「課題解決」+「価値創造」へ!
――多様なデータがつながって多様なサービスが生まれる姿を想像すると期待が高まりますね。
白水:多種多様なデータが取れるようになると、それらを上手くつなぐ基盤が必要です。それがいわゆるMaaSプラットフォーマーの役割だと思うのですが、御社はプラットフォーマーを目指しているわけではないですよね?
植島:今はいろいろなMaaSアプリが市場にあるので、われわれはプラットフォーマーアプリに対し痒いところに手が届く一つのアプリとして使っていただくことを将来的には視野に入れています。やはり大きなプラットフォームに組み込まれた方が、広く利用していただけますから。まずは現在推進しているいろいろなお客様とのトライアルを通じて有効性を実証して、その実績を持ってさらに次へと広げていく取り組みは当然必要です。特にCASE領域のプラットフォーマーと連携することも将来的にやっていこうと思っています。
――最後に、どのようなビジョンでMaaSに取り組むのか教えてください。
植島:元来デンソーテンは車載器を作る会社です。そこにCASEという概念が加わり、コネクティッドに関する技術・サービスを提供することでデータがどんどん集まるようになりました。データを活用した事業は、今後ますます盛んになるでしょう。われわれはその中で、従来取り組んできた「クルマの価値向上」に加えて、移動の課題を解決して生活を豊かにする「生活の価値向上」を第二の柱に仕立てていきたいと考えています。
白水:御社が「VISION2030」で掲げている「価値向上」に関連して、私たちも「価値創造」を会社のビジョンとして示しています。問題解決だけでなく、価値をつけていくんだと。交通の分野でいうと、交通だけでなく「プレイスメイキング」、いわゆる場づくりが大事になります。交通自体は目的ではなく、目的から派生して行うことなので、場づくりを一緒にやっていく必要があるのです。問題解決型の交通対策から、価値創造型のモビリティ政策へ。私たちの考えはとても似ていると感じましたので、ぜひ今後も一緒に考えていきましょう。
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【取材後記】移動データを見える化して行動変容を促す。この取り組みを進めるにあたって、全ての始まりとなるのは現場の利用者・事業者が抱える困りごとに寄り添い、解決を目指す姿勢だ。成長を続けるMaaS市場にあって、あくまで「MaaSは課題解決のための一つの手段」であると改めて認識した。これまで異なる分野で知見を積み重ねてきた両社だが、課題解決の先には生活を豊かにする「価値創造」という共通の目標を掲げている。今後、両社のノウハウやアイデアが交わることでどのようなシナジーを生むのか、興味は尽きない。