【特集】自動運転実装の最前線 国交省 物流・自動車局 久保田局次長「社会全体で支える地域の足」
2025/8/21(木)
現代日本の社会課題解決に大きな効果が期待される自動運転。モビリティに関連する民間・公共の企業・団体が自動運転の実装に力を尽くしているのは読者が知る通りだ。「2025年度50カ所、2027年度100カ所でレベル4サービスを提供」とする政府目標も耳になじんで久しい。一つの節目となる2025年度に当たり、LIGAREと、モビリティジャーナリスト/LIGARE編集委員の楠田悦子は日本における自動運転実装の最前線を特集する。まずは「公」の最前線を国土交通省 物流・自動車局 久保田秀暢 局次長に聞いた。
久保田秀暢(くぼた・ひでのぶ)氏 国交省 物流・自動車局 局次長
経歴:1992年運輸省(現国交省)入省、2008年自動車基準認証国際化センター(JASIC)ジュネーブ事務所長、2012年国交省 自動車局 技術政策課 自動車基準協定対策官。環境政策課長、審査・リコール課長、技術・環境政策課長などを歴任し、2023年7月から現職。
運賃モデルの限界 公共交通を守るには
――「今、なぜ自動運転が必要なのか」を改めて伺いたい。利用者からの運賃収入に頼ったビジネスモデルのまま公共交通を維持することが厳しい時代だからということに尽きる。日本の労働生産人口が減る一方で高齢者は増え、高齢者が移動する手段の確保は、深刻な社会課題としてある。自家用車の運転が困難な人々のためには公共交通が必要だが、景気が右肩上がりで利用者数が伸びるといった時代でない。働き手の不足も顕在化しており、DXをはじめとする省人化を通じ、少ない人手で社会を回すことが求められている。その中に自動運転の実装も含まれる。しかし、問題解決には省人化と同時にコスト支払いも求められる。社会全体でコストを負担しながら公共交通を維持することが必要だろう。
近年の交通の歴史と、私の入省以来の経験を振り返っても、社会に若者が多く好景気だった80年代にはバス・鉄道共に路線増設が続いた。しかし、当時から将来の少子高齢化は指摘されていて、廃線もあった。その後、経済が低迷した90年代から21世紀にかけて運賃モデルの限界が見える中でも、どうにか粘ってこられた。だが、この5年くらいで交通や社会の問題が一気に現れたのが実情で、自動運転など省人化を進め、みんなで公共交通を維持しなければいけないというのが大きな流れだと思っている。国交省としても自動運転の実装や交通空白の解消に精いっぱい努めている。
――「公共交通を維持するためにみんなの負担が必要」という点も、もう少し詳しく説明いただきたい。
マンションのエレベーターと同じだと考える。マンション共益費には、エレベーターの保守に関わる費用も含まれ、エレベーターをほとんど使わないだろう1階の住民も支払っている。「使うかもしれないから、すべての住民がコストを負担する」という考え方で一般的なものだろう。公共交通のビジネスモデルも運賃だけでは無理が生じているので、住民が支払う税金、場合によっては国からの補助金も含めて維持する必要があるのではということだ。今は自家用車を使って自由に移動できる人でも、年を取ったときに移動手段をどう確保するかという話にもつながる。地域住民にとって最も身近な行政である地方自治体が中心となって自動運転を地域に実装し、移動の足を守る必要がある。
「補助は開発投資」次代の産業育成を狙う国交省
――米国、中国のIT企業によるレベル4自動運転タクシーが話題だ。日本では自治体を中心にバスから実装するのは、なぜか。米グーグルや中バイドゥは何兆円単位の資金を投じてシステムを開発し、自動運転タクシーを走らせている。一方、日本の企業が同規模の投資をできるかという問題がある。そのため、国交省では補助事業の形で自治体を介して「開発投資」をし、自治体と国内企業が協力して実装を進めているとの認識だ。海外企業がレベル4を一般市販の乗用車に応用しようと志向する一方で、国内では自治体が中心となって、まず地域ごとの公共交通としてレベル4実装を目指しており、アプローチ方法が異なると感じている。
日本の自動車メーカーは世界に先駆けて市販車のレベル2、レベル3を実現してきた。ただ、クルマはSDV、自動運転車へ、極端に言えばレベル3までと全く違うものへと急激に姿を変えつつある。米中がレベル4開発で先進的というのは事実。ただ、忘れてならないのはレベル4の市販車、自家用車を提供、単独で開発している自動車会社は世界のどこにもないという事実だ。米中も含めてIT会社と自動車会社が組んで自動運転車を造っているように、システムだけでも、従来型のクルマだけでも次代の自動車は成り立たない。世界的な競争力をもつ自動車メーカーや、次代を担うシステム関連の会社など、業態を問わず日本企業が強みとする技術を伸ばし、産業を育成するために国交省は「投資」をしている。
――世界で存在感を持つ日本の自動車OEMは自動運転をどうみているのか?
国内外の市場の変化を考えないといけない。30年前に約700万台だった日本のメーカーによる国内向け新車販売は約400万台に縮小した半面、世界合計の販売台数は当時の1.5倍ほど、約2,000万台まで拡大した。このうち1,000万台を海外の現地工場で生産し、日本国内で造る1,000万台のうち600万台を輸出している。世界で戦うための手段の一つとして自動運転は重要だが、国内400万台、全世界で生産するうちの2割のためにレベル4の自家用車を造るかというと、費用対効果を考えて企業としては難しいのだと思う。また、自家用車であれば特定の地域を自動で走るレベル4ではなく、究極的にレベル5が求められるのではないか。
世界基準作りで核心的役割 公平な発展を推進
――自動運転の基準作りで日本の存在感は大きいと聞いている。特に日本車が先行してきた市販自家用車のレベル2領域で事実上の国際標準(デファクト・スタンダード)を確保している。日本が副議長国を務めている国連自動車基準調和世界フォーラム(WP.29)で決められる国連基準がそれで、日本メーカーが培ってきたレベル2、レベル3領域の技術を世界に展開しやすいよう各国が合意した基準を通じて支援している。6月には日本の呼びかけでWP.29内の自動運転分科会がタイ・バンコクにて開催された。アジアでWP.29の会議が開催されたのは今回が初めてで、東南アジア諸国も数多く参加した。発祥時の事情から欧州勢が多く、近年では中国の存在感が高まる会議で、成果を残せていると思う。
https://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha10_hh_000328.html
レベル2、レベル3と公共交通のレベル4は分けて考えるべきだと思うが、当然重なる部分もある。レベル2で培った技術がレベル4開発で役立つところはあるので、クルマの技術をもつ自動車メーカーと自動運転システムを手掛けるスタートアップが共創するというのが現実的な姿だろうし、協業は増えてくると思う。
メリハリの「投資」 重点事例を早期に全国展開
――2025年度の補助、「投資」について詳しく説明を。「重点支援事業」の区分を初めて設けた。自治体による計67事業に対して補助金を交付する。件数だけだと前年度の99件から大幅減とも映るが、実証だけで終わりにするのでなく、将来の実装を念頭に置いた長期的視点で自動運転に取り組むということだ。自動運転車の採用で大きなハードルとなっているのが車両コストの高さだと考えていて、各地に普及させることでコストを低減したい。重点支援事業は、横展開が期待される優良・先駆的事例に対して、1億円の補助上限を3億円まで増やすもの。各地のまち・道路に最適な品質の自動運転を、コストはできるだけ抑えながら効率的に実装したいと考えている。
「最適な品質とコスト」というのは、日本全国で最新技術をつぎ込んだピカピカの自動運転車が必要かということ。例えば、鉄道の廃線跡、他の車両や歩行者がいないルートを走るバスの自動化で、最新の車両を使うなら過剰投資と言えるだろう。最新のバスも、センサーを付けたEVカートも、根付かせる土地、場所、用途に応じた選択肢があることが実装する上で大事だ。また、省人化と効率投資の面から重要な「1対nの遠隔監視」にも予算を厚く配分している。
――「2025年度に50カ所、2027年度に100カ所実装」の目標は高いところにあると思う。達成についての意気込みなど。
先ほども言ったように、日本の社会にとって実装は不可欠と考えている。少子高齢化はどんどん進んでいって公共交通も物流も、運転できる人の数は減っていく。「80歳になって運転できるか? ドライバーの仕事ができるか」という問題もある。団塊世代が75歳以上の後期高齢者になっていて、坂の上のニュータウンからふもとの駅までどうやって移動するのか。みんなが少しずつコストを負担しながら自動運転のバスやタクシーを走らさざるを得ない。昨年度の99事業、本年度の67事業も、国内でこれだけの実証を行った例はない。政府、自治体、企業が協力してやるしか道はないと思っている。日本のまち、道を数多く走って車両コストを下げ、自動運転の選択肢を増やしていく。
(取材/後藤塁・楠田悦子、文/後藤塁)