【選書】観光と交通の架け橋となる実践的ガイド/『二次交通の教科書 地域の稼ぐ力を高める』
2025/5/9(金)
モビリティ・ジャーナリストの楠田悦子氏が執筆した『二次交通の教科書 地域の稼ぐ力を高める(以下、本書)』は、地域の観光振興と交通課題に対して当事者目線で向き合った実践的ガイドブックだ。本書に盛り込まれた知識や事例の数々は、持続可能なまちづくりを考える人々に新たな知見と未来への希望をもたらしてくれるだろう。
【有料会員向けの本記事を、期間限定で全文公開中︕】観光と交通の分断という課題
「二次交通」とは、拠点となる空港や鉄道の駅から観光地までの交通のこと※を指す。過疎化などを背景に、多くの地方都市において大きな課題となっている。※引用:株式会社JTB総合研究所 用語集
本書の冒頭で楠田氏は、観光分野と交通分野における双方の連携不足を指摘する。例えば多くの自治体において、両分野に別部門で取り組んでいることからも、この指摘に頷ける人は多いだろう。
こうした背景から、本書の読者層は「DMOや自治体担当者、観光事業者、地域・まちづくり関係者、交通事業者」を念頭に置く。「観光客を呼び込みたいけれども、移動手段がない」という地域に向けた実践的な内容となっている。「既存の公共交通の構造や問題点、新しく登場してきた移動手段やサービスの基本的なことを知ること」と「ツールとして移動手段をどんどん使い、地域活性化に繋げていくこと」。この二段構えのアプローチが重要だと楠田氏は説く。
本書の構成と特徴
全5章の構成である本書は、インバウンド観光における二次交通の重要性から始まり、実際の事例紹介、ニーズ把握とデータ活用の方法論、新しいモビリティサービスの解説、そして既存交通事業者との共創に欠かせない「向き合い方」まで網羅されている。第1章:インバウンド対策として「二次交通の整備」が不可欠な理由
本章では、政府の「訪日外国人6,000万人」という意欲的な目標に触れつつ、リピーターを地方空港へと誘引する戦略や、新幹線駅・地方空港から先のアクセスが弱い地域での対策について論じている。また、インバウンドの主力は20〜40代の若者層であり、日本人観光客の中心である中高年層とは異なるニーズを持つことを指摘し、これらのニーズにマッチした二次交通の整備が重要だと強調している。第2章:各地で動き出す「二次交通」事業の成果と苦悩
MaaSに取り組む新潟県湯沢町の事例や、自転車を軸とした京都市・金沢市の観光まちづくりなど、多様な切り口から現場の取り組みを紹介している。加えて、MaaSが多くの地域で実証実験止まりとなってしまう原因を分析し、解決の糸口として湯沢町における取り組みを深掘りしている。企画や改善策の提案、評価などを担う「MaaSプランナー」や、乗り継ぎの結節点となる「トランジットセンター」の設置がその一例だ。また、京都や金沢における自転車活用の事例では、自転車の「見える化」や市民主導のまちづくりという視点から、持続可能な観光交通のあり方が示されている。さらに章末には、2021年に日本最大級の商業リゾートとして三重県多気町にオープンした「VISON(ヴィソン)」のトップインタビューも収録されている。
第3章:事例で紐解く、「ニーズの把握」とデータの活用」
「自治体や公共交通の民間企業は、乗ってもらいたい人の情報を把握せずに走らせている」との鋭い指摘から始まり、適切なデータ収集と調査の手法を解説しているのがこの章だ。観光レストラン列車を運営する平成筑豊鉄道の事例を通じて、「誰が来ているのか、誰に来てほしいのか」という基本的な問いかけの重要性を示している。「鉄道とは何か」と交通機関の本質的な価値を見直して取り組んだ事例は、大いに参考になるだろう。
章の後半にはインターネットを活用した情報の集め方や企画立案の手順、調査方法など、実務者に役立つ情報をまとめており、特に観光事業者や自治体担当者にとって有用な内容となっている。
第4章:デジタルと新しい移動手段の現在地とミライ
続く第4章では、ライドシェア、AIデマンド交通、自動運転、電動キックボード、シェアサイクル、ドローンなど、デジタル技術の進化によって生まれた新しいモビリティサービスについて詳述されている。ライドシェアについては、日本での規制緩和の歴史や、コロナ禍の後に顕在化した供給不足、公共ライドシェアの可能性などについて、タクシー業界との関連も踏まえながら論じている。AIデマンド交通では、「チョイソコ」(アイシン)、「のるーと」(ネクスト・モビリティ)、「mobi」(コミュニティ・モビリティ)、「エアポートシャトル」(NearMe)といった具体的なサービスが紹介されている。
自動運転については、2025年度に50カ所、2027年度に100カ所という政府目標に触れながら、愛知県日進市や石川県小松市、西日本鉄道、JR西日本とソフトバンクの共同プロジェクトなど、実際の導入事例を詳しく紹介。電動キックボードやシェアサイクルについては、国内外の比較や導入プロセス、データ分析による新たな可能性についても言及されている。
また、これらの基礎知識を身につける際は、楠田氏が語るように「デジタルに紐づいた新たなサービスは地域の“万能薬”ではない」点にも留意しておく必要があるだろう。
第5章:既存の都市と交通インフラの向き合い方
鉄道やバス、タクシーなど、既存の交通事業者との「向き合い方」まで解説している点は、本書の大きな特色だ。実際に二次交通の整備に取り組む場面を想定すると、これらの事業者との協業なしに取り組みを進めるのは難しいだろう。その点を踏まえ、各業界の現状を整理し直したのがこの章の主な内容だ。さらに、自転車活用やバリアフリー、電動車いすのシェアサービスなど、多様な移動手段についても言及されており、包括的な内容となっている。

「観光✕交通」で生まれる持続可能な地域の未来
冒頭でも述べた通り、本書の特徴は、観光と交通という高い壁のある分野を結びつけながら、著者の現場経験に基づく実践的な知見が網羅されている点だ。特に新たなモビリティサービスの解説は時宜を得たものであり、導入プロセスの具体的な説明は実務者にとって有用な情報となる。また、単なる技術やサービスの紹介に留まらず「誰のために」「何のために」という本質的な問いかけを常に意識している点も見逃せない。本書は、観光と交通の両分野を横断して、持続可能なまちづくりを目指す関係者にとって有用な一冊となるだろう。一方で、本書で紹介された技術やサービスは日々進化を続けており、いつ何時、どんなイノベーションが起こるか予想するのは難しい。それだけに、本書の内容は、上梓された2025年2月以前の情報であることを意識しておく必要がある。さらに、地域によって抱える課題や資源は大きく異なるため、本書で紹介されている事例や手法をそっくりそのまま適用できない場合も多いだろう。教科書として本書を携える読者は、自らの地域の特性を踏まえた上で、オリジナルの解決策を見出すことが求められる。
本書のあとがきで楠田氏は、「うちの地域には何もない」という日本人がよく口にする言葉に対し、「外部からの来訪者によって地域住民が地域の価値を再発見し、誇りを持てるようになる」という観光の本質的な価値を訴える。そして「観光客のニーズを把握し、地域コンテンツと新たなサービスをつくりだすことに長けているのは、移動・交通業界ではなく、観光客と直接のつながりを持つ観光業界の方々」という期待を込めて本書を執筆したという。二次交通という意外な切り口から、地域の未来を変える可能性を示した点は、本書の功績と言えるだろう。
【書籍概要】
『二次交通の教科書 地域の稼ぐ力を高める』
著者:楠田 悦子
発行所:やまとごころBOOKS
発売日:2025年2月10日(月)
定価:2,420円(税込)
仕様:四六判、272ページ
https://yamatogokoro.jp/books/003/