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JMS2023│現役マネージャーが語る自動車整備マーケットの未来について【寄稿:ヤマウチ】

2023/11/14(火)

株式会社ヤマウチ(本社:香川県高松市)にてカーライフ事業部(整備工場3店舗・鈑金工場1店舗運営)を統括する現役マネージャーが、現場目線で自動車整備マーケットの未来について語ります。

■自動車整備市場はシュリンクするのか?

車が空を飛び、気軽に利用できるモビリティが街中を席捲する未来。ライドシェアが主流になり自動車はEV化のみならず自動運転が当たり前になる。今年のジャパンモビリティショーではそんな技術が現実のものとなり、SDGsの色合いもさらに深めて、コロナ前の2019年にはなかった「今が未来」の影をいよいよ濃くしている印象を受けた。技術が高度化するほど人の手から遠ざかっていくように、これらの変化とはつまり、今後の自動車整備マーケットが縮小していくことを意味するのであろうか。

マイクロモビリティからエアモビリティまで、さまざまなモビリティが会場を賑わせた
「誰ひとり取り残すことのない未来」は誰にとっても耳ざわりよく、また各種の紙面でも注目される未来像である。しかし今年のモビリティショーを見学して、そんな先端技術に支ええられた優しい世界観に惹かれるいっぽう、わたくしの心の大半を占めていたのは「この未来が到来しても、メカニックの生活が保証できるのだろうか・・」という不安なのであった。

EV化によってクルマの使用パーツは3分の1に減るといわれる。クルマから内燃機関や変速機という複雑な構造がなくなりクルマが際限なく簡略化されてゆくと、いずれ電化製品と同じように「修理する」という概念が「不良モジュールを交換する」という意味に置き換わってしまうかもしれない。そしてこのようなクルマの家電化、モジュール化は、自動車整備をPC片手にする白衣のデータチェックへと変化させるかもしれないのである。

そのときメーカーは必要な整備データを公開してくれるのだろうか・・。整備工場はメーカーの数だけ故障診断機器を取り揃えなければならなくなるのだろうか・・。わたくしたちの整備工場は全車種全メーカーを取り扱っているけれど、新たな技術が次々と登場したときメカニックはついていけなくなるのではないだろうか・・。これがわたくしの抱えた不安の中身である。

先日の日経新聞にも「さよならスマホ2050年普及率0%」というヘッドラインが躍っていた。現時点でスマホが無くなる未来を想像することはできないが、固定電話から携帯に、ガラケーからスマホにと、それまでの「当たり前」が変わってゆく姿を目の当たりにしてきたのは、他ならぬわたくし自身なのである。現在進行形のクルマの進化が、逆にわたくしたち整備業者に絶滅を迫る理由となることだってありうると思うと、わたくしはメカニックを含む自動車整備業界の将来が怖くてたまらなくなってしまったのだ。

各社様々なEVのコンセプトを提案。EV化によりクルマの部品点数は減ると言われる

■自動車整備業界における課題

整備業界の不安はハードウェアの問題にとどまらない。ソフトウェア、より端的にいえば自動車整備に関わる人びとの環境にも課題を抱えている。すくなくとも現時点で、自動車整備業界が他の業界と比較して遅れをとっていることは明らかである。その内容をいくつかピックアップしてみよう。

1.玉石混交の整備市場
国内のコンビニを合わせて約3万店舗といわれるが、全国にはそれに倍する60000店舗以上の整備工場が存在している。一般にはあまり知られていないが、整備工場は①「決められた箇所のみ分解整備ができる限定認証工場」、②「車両すべての分解整備ができる認証工場」、③「国の機関になりかわって車検を通す事ができる指定工場(民間車検工場)」の3つに分類されており、これらの分類は地方運輸局長の認証により区別されている。しかし認証後は資格の更新という概念がないため、いちど認証を受ければ現代車輛の知識がなくても車検整備事業は継続できてしまうのである。コンビニの2倍ある整備工場のうち、どれだけの工場が最新の技術に追いつけているのかは知りようがないのが現状で、水準に満たない整備工場の存在が業界全体の信頼を傷つけ、ひいては整備市場そのもののシュリンクを自ら招きかねない状況にある。

2.専門家の支援が得られない
工場の技術が水準に満たなければ、いきおいアップデートを強行となるが、実はその点についても課題がある。いわゆる専門家が有している情報より、現場は常に先を行っているのである。先日著名な専門家を招いて整備講習会を開催したが、そのテキストの内容はすでに8年ほど前から現場で実践されていた。わたくし自身は技術的な評価ができる立場にはないが、講義を受けたメカニックの感想は「英語がしゃべれるのに中1のテキストを教わっている感覚だ」というものであった。現在の状況では、現場が苦戦しても自らの力でアップデートを図るよりないのである。

3.自動車整備士の責任に見合った評価を受けられない
さらには人材確保の問題だ。整備士は人命を預かる仕事をしている。しかし一般的にはその責任に見合った社会的評価を得ていないし、現実の給与も低水準であることが多い。責任が重いわりに社会的評価も報酬も低ければ、整備士になりたい者が増えるはずはない。

初出展の新興メーカーの姿も。将来的には彼らとも整備面の連携が必要となるだろう

■自動車整備市場を下支えする要素

前述のような課題を抱える自動車整備業界ではあるが、しかし冷静に考えれば悲観的な要素ばかりではない。以下では、整備市場を下支えする材料についても検討してみよう。

1.車検制度は決して無くならない
毎春に通知される自動車税(軽自動車は「軽自動車税」)は一般財源なので、自動車と全く関係のない教育や医療、公共サービスなどにも活用されている。また、車両の種類によって変化する重量税も2009年には一般財源となり、これも自動車とは無関係に使用されている。いずれも国や地方公共団体の会計に欠かすことのできない財源であり、車検証はこれらの税を完納していなければ交付されないため、事実上車検制度は「徴税のための関所」となっているのである。この優れた徴税システムが廃止される事は考えられない。

2.整備工場はディーラーとの相互補完関係にある
全国で6万店舗ほどある整備工場だが、うちディーラーは1万6000店舗ほどしか存在しない。4割にも満たないのだ。国内で8000万台以上の車が走っている現在、どれほどクルマの家電化、モジュール化が進行しようとも、ディーラーの自社工場だけで車検や整備をすべてまかなうことは不可能である。現在ディーラーと整備工場はゆるやかな協力関係を維持しているが、わたくしはいずれディーラーが優良な整備工場を選別して、明確なパートナーシップ契約を締結する時代が来るのではないかと考えている。

■現場マネージャーが考えたこと

現在は第四次産業革命とも言われている。その行く末を事前には知りえないし、変化の結果は常にことが終わった後にしか分からないものである。さはさりながら、わたくしたちは現に自動車整備を生業としているし、市場の変化があればそれに合わせて進化していかなければならない。現場最前線に立つマネージャーとして、今後の整備市場について愚考してみたい。

トヨタ・スペースモビリティ(プロトタイプ)とその足回り
モビリティショーで展開されるテクノロジーにおののきながらも、わたくしには改めて気付かされたことがある。「未知なる技術は搭載されていたものの、月の上を走る車の足回りは勝手知ったる構造だった・・。未来の車にもライトとタイヤはついているはず・・。そしてどのような未来であろうとクルマに人が乗りこむ前提は変わりようがない。」そう。どれほど技術が進化しようとクルマに自然治癒力は備わらないし、どれほど構造がモジュール化され、内燃機関そのものがなくなろうとも、それに代わる動力が安定するまでのあいだ機械は細かな不具合を出し続けるのである。そこに思い至ったとき、わたくしは逆に「自動車産業の変革期は市場の混乱期ともいえる。方向が定まるまでには相当の時間がかかるはずだし、そうであればこれまで以上にわたくしたちの需要は高まるはずではないか。」と考えを変えたのだ。

それに自動車は動く凶器ともなりえる存在だ。家電製品のように突然動かなくなることは許されない。壊れる前に部品交換をしなければならないし、そのためには定期メンテナンスが必要とされる。こんごクルマが技術のヨロイを纏えばまとうほど、現在でいうところの飛行機のメンテナンス(具合が悪くなってからの手当てではなく、具合を悪くしないための事前整備)のような世界観になっていくのではないか?ならば混乱期を経た後も、自動車整備のマーケットがシュリンクするはずがないのである。

自動運転化やサービス化が進んでも、クルマを安全に走らせるために整備は必要不可欠だ
不正請求などで激震が走っている昨今の整備業界ではあるが、わたくしたちは人命を預かる仕事をしている。いかようにクルマのテクノロジーが進化しても、現場でしかできない問題解決をコツコツと積み上げればディーラーに置いて行かれることはないし、またそうした姿勢を維持していれば、わたくしたち整備工場は、これからも市場で必要とされる存在であり続けると確信している。これまでのクルマの文法を変える技術に満ちたジャパンモビリティショーであったからこそ、逆にわたくしはこの「当たり前」を知り、整備業界の未来に悲観することはないと考えるに至ったのであった。

文:人見 いづみ(株式会社ヤマウチ カーライフ事業部シニアマネージャー)

メカニック全員が退職するという、悪夢のような経験を経て、たった2名からオリジナルブランド「ラチェットモンキー」を立ち上げ、整備工場3店舗、鈑金工場1店舗、年間のべ利用客数3万人・車検台数6500台を実現。現在は自社開発した予約システム「totoco(とっとこ)」を販売しながら、講演活動にも取り組み、現在は専門誌2社のコラムコーナーを受け持つ。香川発ポイ活アプリ「veBee」の立ち上げも手掛けた。

なお、ポイ活アプリ「veBee」は以下で確認できる。
https://vebee.biz/

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