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【特集】国の「自動運転100カ所」目標、その鍵は金沢に。菅沼教授率いるムービーズの「マップレス自動運転」に試乗して感じた勝算

2026/1/8(木)

運転席に座る菅沼直樹教授の手は、ハンドルから離れている。しかし、後部座席から見る光景、車の動きは「普通の運転」そのものだ。車は時速60kmで滑らかに金沢市街を走り抜ける。これは、国の「自動運転100カ所」目標達成の鍵となり得る「マップレス」技術の最前線だ。本稿では、27年に及ぶ研究の結晶であるこの自動運転車への試乗と取材を通じ、日本の交通課題に挑む技術の核心と、社会実装へのリアルな足取りを深掘りする。

菅沼 直樹(すがぬま・なおき)氏 金沢大学 高度モビリティ研究所 教授|株式会社ムービーズ 代表取締役CTO
経歴:金沢大学工学部を卒業後、同大学大学院自然科学研究科にて博士号(工学)を取得。1998年の修士課程より一貫して自動運転技術の研究開発に従事。2002年に金沢大学工学部の助手に就任。講師、准教授などを経て現職。知能機械学、知能ロボティクスを専門とする。2024年5月、自身の研究成果の社会実装を目指し、大学発スタートアップ「株式会社ムービーズ」を設立、代表取締役CTOに就任。

【試乗ルポ】時速60kmの衝撃。車窓から見えた未来の片鱗

自動運転中の車内

自動運転中の車内


まるでベテランドライバー、常識を覆す「普通の速度」

金沢大学のキャンパスを出発し、車両は山側環状道路へと滑らかに合流していく。後部座席から見える光景から、まず驚かされるのは、その速度だ。メーターの針は時速60kmを指し、周囲の車の流れに完全に乗っている。この走行は、これまで多くの自動運転実証で見られた「安全に配慮した低速走行」とは全く次元が違う。発進タイミング、加減速、車線維持、そのどれもが機械的な硬さを感じさせず、まるで熟練ドライバーが運転しているかのようだ。

菅沼教授はこともなげに言う。「我々は最初から一般道で、他の車の迷惑にならない速度で走ることを目指してきましたから」。その言葉から、27年に及ぶ研究への自信が感じられた。

屋根の上の「目」と「デジタル」の頭脳

大型のLiDAR(ライダー)と8台のカメラ

大型のLiDAR(ライダー)と8台のカメラ


この滑らかな運転を支えているのは何か。試乗後、教授の指す車両のルーフに目をやると、大型のLiDAR(ライダー)が鎮座し、その下に設置された8台のカメラが見える。これらの「目」が周囲360度を監視し、捉えた膨大な情報は、車内のモニターに集約される。菅沼教授が手元の端末を操作すると、モニター画面の認識モードが切り替わる。そこには、周囲の車両や自転車が、赤や黄緑の四角いオブジェクトとしてリアルタイムに表示されていた。それはまるで人気ゲーム「マインクラフト」のようである。「車両から見える全てのオブジェクトを認識し、これらのデジタルな情報を解析した頭脳が、アナログで自然な運転を生み出しているんです」と、教授が説明する。

そのアナログな運転は、菅沼教授自身が運転しているときと区別がつかないぐらい自然な走行だった。

自動運転技術を育てる「最高の教師データ」になる金沢の土地と気候

モニターで確認できる車両が認識している周囲の情報

モニターで確認できる車両が認識している周囲の情報


最も難しいとされる交差点での右折も、車両は対向車の流れを的確に読み、安全マージンを確保しつつスムーズにクリアしていく。なぜ、これほどまでに高度な判断が可能になったのか。その答えは「学習場所」にある。交通量が多く、トンネルや細い道が混在し、雨や雪も多いこの金沢の「難環境」こそが、自動運転の技術を鍛え上げる最高の教師データになるという。「こういう厳しい環境でのみ良いデータが取れます」と菅沼教授は語る。週に3~4日行う地道な学習走行が、この自然な運転を育て上げてきた。

地図と雪との闘い ― 日本の常識に挑む2つの技術

高価な「3D地図」より低コストを実現する「マップレス」という選択肢

現在の自動運転開発において、多くの企業は、専用の計測車両で作成した高精度3次元地図(HDマップ)を用いる方式を採用している。これは、数センチ単位で道路や周辺の構造物をマッピングし、車両に完璧な地図を記憶させて走るアプローチだ。安全性は高いが、その作成と維持には莫大なコストがかかり、変化の激しい道路環境に追随し続ける必要がある。この方法は、採算性が厳しい地方での普及は難しい。国の「事業性の確保」という最大の課題に対し、菅沼教授は明快な答えを示す。「我々のアプローチはマップレスです」。それは、初期投資と維持費という課題を克服し、日本の隅々にまで自動運転を届けるための選択肢だ。

2D地図と「確率的認識」、曖昧な情報から確信を生む頭脳

サイドに設置されたセンサー

サイドに設置されたセンサー


「マップレス」とは、地図を全く使わないわけではない。菅沼教授が代表を務めるムービーズが使用するのは、自社の車両が走行しながら自動生成も可能な、簡素な2D地図だ。しかし、これだけでは立体的な情報が欠けている。ではなぜ正確に走れるのか。

「簡素な地図と、自分の目(センサー)でリアルタイムに捉えた情報を組み合わせて走る。人間が初めての道で地図を片手にに運転するのと同じ発想です」。あらかじめ所持している2D地図の情報と、センサーから取得した信号や白線などの断片的なインフラ情報を合わせて、「今いる場所は、地図上のここに違いない」という最も高確率な答えを導き出す。この独自の「確率的認識手法」という統計的な処理を瞬時に行える優れた頭脳こそが、低コストと高精度という二律背反を両立させる技術の核心だ。

LiDAR(光の反射)とミリ波レーダー(電波の反射)の二刀流。

雪は自動運転の天敵だ。物理的に白線を覆い隠し、LiDARのレーザー光を乱反射させ、カメラのレンズを覆ってしまう。「正直、雪の種類も多様です。特に金沢の湿った雪はセンサーに付着しやすく、まだ実証を重ねる必要があります」と菅沼教授は苦笑する。しかし、この雪国特有の厳しい環境こそが、技術を唯一無二のものへと進化させた。「北海道の乾いた雪での走行実績もあります。その秘密は、LiDAR(光の反射)とミリ波レーダー(電波の反射)、この二刀流です」。

晴天時にはLiDARで路面の反射強度を読み取り白線を認識する。しかし、雪でLiDARが使えない状況では、雪を透過しやすいミリ波レーダーに自動的に切り替え、ガードレールや電柱といった周辺の構造物の反射パターンを捉えて自車位置を特定する。天候に応じて武器を変える柔軟な戦略が、四季を持つ日本の道を走破するための現実的な答えのひとつといえる。

27年間の探求。「おもしろい」から始まった自動運転の開拓者

試乗した金沢大学の実験車両レクサス「RX」

試乗した金沢大学の実験車両レクサス「RX」


「自動で動く車は面白い」一人の学生の好奇心が原点

この驚くべき技術は、一朝一夕に生まれたわけではない。菅沼教授の挑戦は、今から27年前の1998年、修士課程の学生だった頃にさかのぼる。「高速で動く車が自動になったら、ものすごく面白いだろうなと。当時は社会課題を解決したいなんて、大それたことは考えてもいませんでした」。

その純粋な好奇心が、日本の自動運転研究のパイオニアとなる長い探求の始まりになった。教授が歩み始めた当時、自動運転はまだSFの世界の話に近かった。しかし、その「面白い」という情熱が、今日に至る技術の揺るぎない土台を築き上げた。

全て手作り、「フルスクラッチ」に宿る哲学

菅沼教授の研究スタイルを特徴づけるのが「フルスクラッチ(全て自前で開発)」へのこだわりだ。多くの研究機関が認識や制御といった特定分野に特化する中、菅沼研究室では地図作成から認知・判断・制御に至るまで、システムの全てを自前で構築してきた。

「ブラックボックスをなくし、システム全体を深く理解することでしか、本質的な課題解決はできない」。その哲学が、後に「マップレス」や「全天候型」といった独自の技術を生み出す源泉となる。2015年には国内大学で初となる一般道での実証実験を開始。一人の学生の好奇心は、社会を動かす力へ変わることになった。

研究室から社会へ。ムービーズが描く「半径5kmの未来像」

無人化への最後の壁 ―「命綱は2本必要」

これほどまでに自動運転の技術が確立されているのなら、なぜ今、運転席に人が必要なのか? その答えは、国の定める保安基準にも関わる、ハードウェアの安全性にある。

菅沼教授はこう説明する。「この車は、ハンドルを動かすモーターが一つしかありません。万が一これが故障したら制御できなくなってしまう。いわば命綱が一本しかない状態です」。どんなに優れたシステムも、それを動かす体が頑健でなければ意味がない。自動運転には自動化の種類によってさまざまなレベルが定義されており、このうち運転者を必要としないレベル4の自動運転を安心安全に実現するには、ステアリングやブレーキシステムが二重化され、片方が故障しても安全に停止できる機能が不可欠だ。この最後の壁を越えるため、ムービーズは自動車メーカーなどと連携し、専用車両の開発も視野に入れる。技術は完成に近づいたからこそ、社会実装という次のステージに進む必要があった。

狙うはロボタク、日本の交通弱者を救うために

北海道上士幌町での実証走行


菅沼教授率いるムービーズが見据えるのは、日本の地方が抱える課題だ。全国で深刻化するドライバー不足により、地域のバス路線は次々と廃止され、運転免許証を自主返納した高齢者をはじめとする「交通弱者」は、日々の移動手段さえ失いつつある。

菅沼教授は自動運転の目標について話す。「最終的な目標は、地域にお住まいの方々が行きたい場所に自由に移動できるタクシー型の自動運転、いわゆるロボットタクシー(ロボタク)でのサービス展開です。病院への通院やスーパーでの買い物など、これこそが地方の地域交通サービスとして本当に求められている形だと考えています」。

北海道・上士幌町や千葉県・幕張で行った配車アプリと連携した実証実験は、その未来図を具体的に示すものだ。「移動を自由に。交通格差のない社会を目指して」。掲げられた理念は、日本の「半径5kmの未来」を支える現実的なソリューションとなりつつある。

取材・試乗を終えて
取材で聞いていた内容と、後部座席で体験した時速60kmの滑らかな走行は、技術がすでに実用レベルにあることを物語っていた。また、その技術が日本の交通弱者を救うという明確な目的を持つことも理解できた。しかし、最後に残るのはコストという現実的な壁だ。

菅沼教授の答えは明確だった。「切り札は、国産・小型・低コストLiDAR『ピクセルライダー』です。これが実用化されれば、車両コストは劇的に下がる。まさにゲームチェンジが起きます」。

試乗を終え、遠くから見るレクサスは、日常の風景に溶け込んでいた。しかし、あの中には日本の交通の未来を大きく変える知能が宿っている。その静かな進化がそこまで来ていることを肌で感じた取材と試乗体験だった。
ピクセルライダー:京都大学が開発したフォトニック結晶レーザ(Photonic Crystal Surface Emitting Laser)を用いたLiDAR.

取材/モビリティジャーナリスト 楠田悦子・LIGARE記者 松永つむじ
文/LIGARE記者 松永つむじ

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